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木造校舎にて  作者: 淡月優水
12/13

 月明かりが差し込む廊下を歩く。前回来た時はこんな感じだっただろうか? と思いながら進む。進みつつ、前回思ったことを思い出す。この木造校舎自体が、まだ構造が定まっていないのではないかと……。それはそれで、ホラーチックのようにも思えてくる。永遠に続く廊下……戻っても出口はない……とか。そう思うと少し不安と恐怖心が湧いて後ろを振り向く。振り向いた先には突き当りが見える。前を見ても突き当りがある。一つ息を吐くと再び歩を進めた。そして左手にある階段の所まで歩くと、もう一度歩いてきた方を見る。

「ホラーな展開じゃないよね」

 夏を過ぎ秋の肌寒さを感じて苦笑いを浮かべながら階段を上る。

 古い木造校舎ではあるが、廊下も階段も軋む音は出ない。月明かりが届きにくい位置の階段を注意深く上る。そしてふと、いつもより月明かりが強い気がした。

「現実を意識してかな?」

 階段を登り切り、2階の廊下の明るさを意識する。

「現実の月明かりより明るい」

 月明かりで出来た自分の影を見てそう呟くと、左の突き当りの教室に意識を向けるが、目的地の教室ではないと判断して右へ向かう。

 しばらく歩くと微かに明かりが漏れている教室の前に辿り着く。

 ゆっくりとドアを開けて入りながら挨拶をする。

「こんばんは」

「こんばんは」

 窓際に置いた椅子に座って外を眺めている人影を見て、虚無だと思ったが返ってきた声は魔術師のものだった。

「一瞬、虚無さんかと思った」

 孤独は素直に思ったことを言う。

「そうだね、虚無さんは毎回窓の外ばかり見ているし」

 無造作に置いてある椅子を持つと孤独は魔術師の隣に置いて座る。

「……? ここから海って見えたっけ? あれ海だよね?」

 窓に顔を近づけながら聞く。

「うん、海だよ」

「月明かりの海……今まで見えなかったよね?」

 今までにも月明かりはあったので、暗くて見えなかったということはないと思いながら海を眺める。

「この世界は殆どが海に沈んだこともある」

「前にどこかで聞いたことあったかも」

 孤独はどこか、ここじゃない所で魔術師がそんなことを言っていたような気がすると、薄っすら思い出した。

「ある意味、あの海は僕の力の象徴ともいえる。力が戻ってきているから海も」

「そういうものなの? じゃあ、もっと戻ったらここも沈んじゃう?」

「さて、どうだろう。たぶん戻るというより超えたらそうなるだろうけど、難しそうだな。それに僕はそれを望まないし」

 窓の向こうの月明かりの海を見る魔術師の横顔を見ると、真面目に何かを考えている様に見えた。

「そういえばこの世界はいつも夜だよね」

「そうだね。この世界は、夜と月と海が構成としてはメインだからね。あの頃という時間は永くて、夜に海をただ眺めたり、月明かりの景色をただ眺めたり……」

 そう言うと魔術師の目が潤むのを見てしまう。

「そうなんだ」

 孤独は魔術師と同じように窓の外の海へ視線を向けた。

「おかげで僕が一生掛かっても至れないところに辿り着いた。もっとも、そこに至ろうとして至った者とは違う。ではあるけど、力を得ることは出来た。もしくは性質の類か。どんなものかと言えば、いまいちわからないけど。あの頃の状態を従えることが出来たわけで」

 さりげなくを装いながら魔術師は欠伸をして目もとを拭う。

「それはあなたにとって、いいことなんだよね?」

「僕は臆病なんだ」

「知ってる」

 真面目な顔で応えた孤独に魔術師は嬉しそうに笑う。

「そう、僕は臆病。それに結構な寂しがり屋でもある。あの頃の自分にとって寂しいというのはかなりの苦痛だった。彼の創り出した魂……心の設計図は寂しいというのを出来る限り感じないように創られている。今、僕が取り戻している力はその設計部分を機能させるのに効率が良い」

「寂しくなくなるなら良いんじゃない?」

「感じないだけで、心はちゃんと蝕まれている。それに――――」

 魔術師は足音に気付いて意識を廊下へ向けた。

「それに?」

「ん? あぁ、えっと。……時間がないのだけど、ギュっとするのとキスをしたい」

 そう言うと孤独が答える前に、隣の椅子に座る孤独を抱き寄せて、目を閉じるのを見てから軽くキスをする。その一連の動作は素早いものだったが、2つの動作の僅かな間が雑という感じを消していた。

「……2人きりだと臆病なのか、わからなくなるね」

 孤独は”それに”が、このことじゃないと思いつつ、これも魔術師が求めていることだと思う。自分を求められていると感じ、口元に笑みが浮かぶ。

「ありがとう。やっぱり君を感じると元気が出る」

 足音の距離を測りながら椅子に座りなおす。

「あっ、そういえば月明かりは明るいけど、アロマキャンドルか電気付けないと暗いかも?」

 孤独も足音の距離を測りつつ、月明かりとはいえ薄暗い感じのところに2人きりというシチュエーションで変な勘繰りをされないか意識する。そして、なんとなく湧いた気持ちからフフッと笑い声を漏らした。

「思い出し笑いかな? ……そこそこの明るさだしこのままというのも。みんなが揃ったら多数決で決めようか」

「それもいいかもね」

 教室のドアが開き、そこには虚無がいた。

「よぉ、こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは」

 挨拶を交わし合う。

「なんだ、今回は月明かりでいくのか?」

 虚無は適当に置かれている椅子を手に持つと、2人から少し離れたところに置いて座る。

「その辺はエタナルさんが来てから決めようと思って」

「そうか」

 孤独は虚無が海を見てどんな反応をするのか気になった。

「そういえば海が見えるんですよ」

「そのようだな。まさかここまで力を戻せるとは思わなかった」

 言葉とは裏腹に声には驚きやらの感情は読み取れなかった。

「驚かないんですね」

「驚いてはいるさ、コイツを見くびっていたと思っているし」

 孤独の方へ顔を向けることなく海を見ながら虚無は答える。それを見て孤独は虚無が確かにちゃんと驚いていると思った。

「僕としては違う力で満たしたかったのだけど、かつてと同じ力でここまで満ちて来た」

 魔術師は哀し気な表情で海を見る。

「だが、しっくり来ているのだろう」

「そうだね、元々持っていた力だし。ただ、強くなるのが難しくなりそうで恐い」

「力が満ちれば強くなれるんじゃない?」

 孤独は思ったことを口にしてみた。

「力に溺れるというのがある。弱いのに力を持つからそうなるのかもしれんな。コイツは対自分という条件なら結構強い。が、力が足りなくてその強さを引き出せないというのが今のコイツだ。まぁ、溺れるときは溺れるものだが」

「あなたって強いの?」

 孤独は首をかしげる。

「さて、どうだろう」

「よくいうな。力を衰えさせて弱っていたくせに、そんな状態から……」

「それは……もっとひどい状態で、それ以上のことをやったという記憶があるからで」

「その記憶も強さの1つだ。そしてそれを少しでも再現することで力を戻すわけだ。再現では力は戻せても強くはなれないがな」

「そうだね。予定では違う力で満たして違うカタチの強さを……強くなるはずだったのだけど、ご時世的なやつが。他に理由を求めればそうだけど、ダメ人間としての臆病な所が根本的な理由だな」

 魔術師は少し大げさに肩を落として嘆く。

「大げさ過ぎて嘘くさい」

「ちょっと大げさに肩を落としてみたけど、かなり凹んでいるのは本当だよ」

「ご時世的なのもだいぶ変わってきたし、これから頑張ればいいじゃない!」

 孤独は思ったことを言ってみる。

「それはそうなのだけど、どうすればいいのか正直よくわからなくなってしまった。ダメ人間なので! ……逃げ口上になってしまっているな。確かにダメ人間だ」

 魔術師は導き出された答えから目を逸らすために、焦点をずらして視界をぼやけさせた。

 表情をなくしてボンヤリした感じになった魔術師を見て孤独は「大丈夫?」と言いながら軽く手を振ってみた。

「だめかもしれないな。それなりに力は戻ったのに、逆にどうしたらいいのかわからなくなる。どうしたものかな」

 悲壮感ではなく困ったという表情で孤独に視線を向ける。

「色々やってみるしかない……とか?」

 思ったことを口にしてみると、魔術師は表情を緩めるような笑みを浮かべた。

「そうだね。そうなのだけど、必要を満たせないことには。でも満ちていく力は、必要を満たさなくても……という感じのモノ。少なくとも今の僕の認識としては」

「ん~~、よくわかんない。必要が必要なくなるってこと?」

「いや、必要なのは変わらないけれど。必要が満たせなくても普通に耐えられて虚しいだけという感じかな。上手く説明出来ないな」

 孤独は”虚しい”という言葉で、ちらりと虚無へ視線を一瞬向けた。

「まぁ、一応言っておくが俺は原因ではなく過程と結果だぞ」

 虚無は孤独をちらりと見てからそう言った。孤独はちらりとみられたことに気付かない振りをする。

「過程と結果か。その先が今であり、これから。過去を踏まえつつ修正したりしていけばいい……という感じで」

「なんだか前向きっぽい」

「とはいっても僕は、心配性で臆病で小心者で……欲深。前だけ見ては生きられない! ……前だけ見てたら色々見落としてしまうし。あぁ、でも隣に君がいてくれるなら、隣の君を見ていたい。あ、いや、えぇっと、前向きにもなれる」

 自分で言って照れて、挙動不審気味になる魔術師を見て少し鋭めにつついてみる。

「前回からずいぶん現実での時間が過ぎた気がするけど?」

「そうだね。けれど僕は1日とて君を思わない日はない」

「なんだか言い訳っぽい。……ちょっとしたことでもいいのに」

「ごめん」

 鋭めとはいえ少しつついてみるつもりが、深く刺さりすぎた気がして孤独の心に甘さが滲みだす。

「まぁ、あなたは臆病だしダメ人間だし力も衰えてたんでしょ。まぁ、しょうがないよ」

「ではあるけど。……頑張る」

「うん、頑張って!」

「ありがとう! 君の言葉1つでかなり違ってくる感じだ」

「それは大げさじゃない?」

「……うーん、でも実際そうなんだよ」

 魔術師は真面目な顔で考えつつ応えた。その様子にお世辞やら調子のいいことを言っているわけじゃないと孤独は感じ取る。

「……」

「……」

 2人が自問するタイミングが重なった。

「話は一段落か?」

 虚無は欠伸交じりに言う。

「僕としてはまだ足りないけれど」

「うぅ、あれ? なんだか急にすごく寒い」

 孤独は腕を交差させて左右の二の腕当たりを擦る。

「現実では12月も中旬のようだな」

「今回は、始めてから現実の世界で結構時間が経過してしまった」

 隣の寒そうにしている孤独を見て、左手を孤独の腰に回して抱き寄せる。

「あぅ?」

 虚無がいるのである意味油断していた孤独は変な声がもれた。

「おっと、つい」

「虚無さんがいるんだよ」

 小さい声で孤独は言う。ちらりと虚無の方を見ると、興味なさそうに窓の外を見ていた。

「力がだいぶ戻って、今の僕で君とのことを思い出して……改めて君のことが好きだと思って」

 魔術師も小声で言う。

「それは、私のこと美化しすぎてない?」

「ないとは言えないけど、君のことをもっと知っていけばいいだけじゃないか。僕も君が思う以上のポンコツだったりするかもしれないし」

「美化してて、知っていったら幻滅しちゃうんじゃない?」

「僕は魔術師だよ。それも愛というのに変換していくさ。魔術師じゃなくても人間はそういうところがあるだろうけど。もう一度言うけれど僕は魔術師だよ。そうなる間に得た精神技術は、なかなかのものでね。それもあってダメ人間だけど」

「そんなこと言って、飽きたとか言うんじゃない?」

「君に飽きるというのは想像できないけど。仮にそんな感じになったら一緒に新しいこと始めてみれば大丈夫。君の力も合わせてもらえれば安心」

「本当? ……まぁ力を合わせればというのは、なんだか良い気がする。そっか、うん」

 孤独は両手を顔に当てて深呼吸しながら、ふと寒さを思い出した。魔術師とくっ付いているところは温かいけれど、普通に寒いと。

「お前ら、寒さはそれでしのげるのか?」

 2人の小声での会話が一段落した雰囲気を感じ取って発した虚無の言葉で、2人はゆっくり離れた。

「いや、ここはストーブさんを連れてこようか」

 魔術師は立ち上がってガラクタの山の方へ向かおうとする。その右手を孤独は捕まえた。

「私も探すの手伝うよ。その、寒いし早く温まりたいし」

「うん。お願いしよう」

 2人はガラクタの山の方へ歩いて行った。


 虚無はその様子を見てから再び窓の外へ視線を向けた。そして、廊下から足音が近づいてきてるのに気づいた。

 近づく足音は走っている。この教室の位置に気づいたらしく、足音は次第にゆっくりとしたものに変わった。そして教室のドアの前で止まると、ドアが静かに開けられた。

「こんばんは」

 ドアを開けたエタナルは遅刻してきたような雰囲気を出しながら静かに挨拶をする。

「よぉ、こんばんは」

 挨拶を返す虚無をみてから、周りを見回す。

「あれ? あの2人はまだ来てないの? 迷ってるのかな。なんだか今回、道に迷っちゃってさ。月明かりがあるから大丈夫だけど、古い夜の学校で迷うとかホラーじゃんね」

「まぁ、とりあえずあの2人はストーブを取りに行ってる」

 ガラクタの積み方で死角になっている方を指さす。

「あ、そうなんだ。2人でねぇ……」

 エタナルは表情をニヤけさせた。

「そういえば、おまえは寒くないのか?」

「あんまり。走り回ってたし……。あと、エタナルって呼んでよ。女の子に”お前”はよくないと思うよ」

 エタナルは右手の人差し指を振りながら虚無を指導する。

「そういうものか?」

「そういうものなの」

 虚無は右のこめかみに人差し指を当てて1つため息をついた。

「エタナルも適当に座って待ってろ」

「そうするよ。虚無君」

 エタナルは椅子には座らず、畳の上に絨毯を敷いたところに座った。

「……」

 その様子を見た虚無は再び窓の外へ視線を向けた。

「ねぇ、虚無君もこっち来なよ。せっかく、えっと……魔術師君がくつろげるようにしてくれたんだし」

 絨毯のヒンヤリした感触から思ったより寒いと感じた。

「海を見ているんだ」

「え? 海なんて見えたっけ?」

 立ち上がって窓の方へ歩く。

「見えるか?」

「えぇ? なんで。前まで見えてなかったよね?」

「そうだな」

「どういうこと? 満潮とか?」

「この世界に力が満ちてきているからだな」

「……うーん、えっと”そういうこと”というやつ?」

 エタナルはこの世界のよくわからない設定というのに思い至った。

「そういうことだな」

「そういうことか……じゃあ、虚無君はこっち来ようか」

 そう言うと虚無の手を引っ張って連れていく。

「……」

 特に抵抗することもなく絨毯の上に座る。

「手を振り払われるかもと思ったけど、案外素直だね」

「俺もなんだかんだで、あいつの影響をうけてるからな」

「あいつって、魔術師君?」

「そうだ、あの甘ちゃんだ」

 虚無はガラクタの山の方を見ていった。

「そういえば結構長くない? ストーブ見つからないのかな」

「ストーブ自体はすぐに見つかるはずだ。2人でなんかやってんだろう」

「なにかねぇ」

 エタナルもガラクタの方を見た。そしてニヤける。


 ガラクタの山の端に置いてあるストーブを魔術師は持ち上げてみる。

「この重さは古い灯油が結構残ってるな」

「じゃあ、すぐ使えるの?」

「古いのはあまりよくないとも聞くけど、大丈夫だろう」

 そう言って1人で運ぼうとする魔術師の右腕に孤独は手を添えた。

「私も手伝うよ。そのために一緒に来たんだから」

「そうだね。それにここは向こうからは死角で、2人きり」

「……えっと、エタナルさんも来たみたいだし」

 雰囲気を感じ取って孤独は牽制してみる。

「耳を澄まして足音に気をつけよう。しかし、月明かりの中で2人きりというのもロマンチックだね」

「それはそうだけど」

 足音に気を配りつつ、にこやかに強引な魔術師にドキリとしていた。そんな孤独の左頬に魔術師は右手を添えた。

「本当に、綺麗で可愛いな。これだけでも改めて好きになってしまう」

「なんだかキザっぽい」

「へへっ、狙ってやってみたり! でも本当にそう思う」

 後半は真面目な声で言った。そして孤独を抱きしめる。

「なんだか温かい」

「寒いからね。もう少しこうしていたいけど、背中が冷えてしまう」

 魔術師は孤独の背中をさすりながら少しずつその位置を下にずらしていった。

「そこはもう背中じゃなくてお尻ですけど?」

「手が滑ってしまった~」

 棒読みな声で言うと少し体を離して顔を合わせる。

「嘘が下手というか、バレるように嘘つくよね」

「正直者なので! 嘘というものにも色々あって一概に悪いモノともいえない。僕は攻撃的なのとか悪意のある嘘は好きじゃないけど。嘘というのは本質的なものが隠れてたりする。状況的にという類の嘘もあるし、あえて気付かない振りをしたり。あぁ、これも噓になるのかな」

「私があなたに嘘ついたら怒る?」

「うーん、君に怒りを覚えるのは難しい。修正できる類のならそうするだけだし、必要なら気付かない振りをするし、健康的な不味い罰ゲーム的なのを飲まされても……これは嘘じゃなくて騙された系か。そういう場合は……」

 魔術師の表情と雰囲気から、孤独は目を閉じて少し顎を上げる。そして唇同士が重なった。

「口移しで不味い健康的なのを頂くことになるわけね。気を付けなきゃ。……お菓子ので試してみようかな。すごく酸っぱいやつとかで」

「それはちょっと楽しみだな。知ってる範囲なら美味しく普通に食べれて騙されたことに気付かないかも知れないけど。っと、ちょっと話し込んでしまった。ストーブさんで温まろう」

「そうしよう。やっぱりちょっと寒い」

 ストーブに2つある持ち手部分をそれぞれ片方ずつ手にして、魔術師が前を歩く形で戻った。


 ガラクタの山から、魔術師と孤独がストーブを持って出て来た。それを見たエタナルは笑みを浮かべてなぜか頷いていた。

「エタナルさん、こんばんは」

「こんばんは」

 魔術師が挨拶をすると孤独もそれに続いて挨拶をした。

「こんばんは。あれ? それ口紅かしら」

 エタナルは魔術師を見ながらそう言った。

「え? え? え? と言いたいところだけど、前みたいには引っかからないよ。ねぇ」

 余裕な雰囲気をまとって後に振り向いて孤独に同意を求める。が、孤独は横を向いて顔を見せないようにしていた。それを見て魔術師は開いている手で自分の唇を触る。

「唇なんて触ってどうしたのかしら?」

 エタナルは笑みを浮かべた。

「いや、唇が乾燥して荒れてないか急に気になって。ねぇ、あ、えっとストーブは置こう」

 地味に動揺している魔術師はそう言って、孤独が持っている方が床に着いたのを確認してから自分の方も床に着けて、ストーブを置いた。そして孤独の方を見ると小さく手招きしているのに気づいて近づく。

「口紅は今回もつけてないよ」

 孤独は小声で魔術師にそう伝えた。

「じゃあ、どうして横向いてたの?」

「なんだろう、今回の色々言ってくれたりしたのもあってか、キスしてたのバレてると思ったら急に恥ずかしくなっちゃって。ごめんなさい」

「そうだったか。ちょっとキュンとしてしまったじゃないか」

 魔術師は孤独を抱きしめたい衝動にかられたが、虚無とエタナルを気にして抑えた。

「二人で何か相談事?」

 エタナルは聞き取れない話をしている2人に尋ねた。

「なんというか、理解を深めた感じです。……なんだか一段と寒さが増した気がするのでストーブさんを使役するとしよう」

 魔術師はストーブを操作して火を灯した。

「あたしは走ってきたからまだしばらく大丈夫だと思ってたけど、ちょっと冷えてきてたみたい」

 ストーブの温かさにエタナルは表情をほころばせた。

「本当に暖かいですね」

 孤独もストーブに当たりにエタナルの隣へ移動していた。

「ストーブさんも明るい感じだけど、蛍光灯かアロマキャンドルか……月明かりだけで行くかどうしますかな?」

 魔術師は最初の方で出ていた話題を取り出した。

「アロマキャンドルで良いんじゃない? 本を読んだり字を書いたりするわけじゃないし」

「私もアロマキャンドルでいいかな」

 孤独は魔術師の方を見てそう言った。

「僕もそれでいいかな。虚無さんもそれでいいです?」

 少し離れたところに座っている虚無に尋ねる。

「多数決じゃなかったか、それなら聞く意味はないだろ」

「意見は聞きますよ的な」

「特にないぞ」

「では、アロマキャンドルに火を灯すとしましょう! あ、アロマキャンドルさん……かな、まぁいいや」

 魔術師はアロマキャンドルに火を灯した。

「なんだか教室全体が温まって来た気がする。ところで虚無君もこっち来なよ」

「ここでも話には参加出来る」

 虚無は窓の方を見ながら応えた。

「そういえば海が見えるけど”そういうこと”ってやつなんだよね?」

「それですな」

 魔術師がそう答えると孤独も頷く。

「ここまで海がくるってこともあるの?」

「それは大丈夫みたいです。ね」

 エタナルの問いに孤独は魔術師の代わりに答えつつ、本当に大丈夫? という意味を込めて”ねぇ?”と魔術師に同意を求めた。

「大丈夫……というか、無理があると思う。あの頃と今とは条件が違い過ぎる。それなりに力が戻って、それをより感じる」

「そりゃそうだ。アイツは常に自分であろうとし続けなくてはいけなかった。それが本当に必要だったかは別として。自分が自分であるという実感が持てず、記憶も本当にあったことなのか確信が持てず、寂しい。過去にも今にも寂しさを埋めることが出来ない。自分である実感が持てないから誰かが何かをしてくれてもすり抜けていく。聞こえていても誰の声も届かない。覚えているのにわかっているのに、どうすることも出来ない哀しさ」

「虚しいものだね。彼は終ぞそれを誰かに理解してもらうことはなかった。が、その状態を従えるに至った。その結果に至る過程で出来たのがあの海。僕は魔術師だからその過程……を、儀式として再現することで力を取り戻している……という感じでいいのかな」

「つまりは、コイツがやっているのは再現に過ぎない。単純な所は元を超えることは難しい。だからここまで来ることはないだろう」

 孤独とエタナルは顔を見合わせる。そしてエタナルは少し首を傾げた。

「えっと、とりあえず海がここまで来ることは無さそうでいいんだよね?」

「そうみたいですね」

 エタナルの問いに答える孤独は、左手の小指と薬指に触れるものに気付いた。左に座っている魔術師を見ると不安げな表情を浮かべていた。触れている指を絡めて微笑むと魔術師の表情は緩んだ。

「あらあら、急に見つめ合っちゃって。お邪魔しちゃ悪そうね」

 エタナルはそう言って虚無の方へ立たないで四つん這いの格好で移動していった。

「気を使わせてしまったかな」

 四つん這いで移動していくエタナルを見ながら魔術師は言う。

「……エタナルさんのお尻見てない?」

「いや、えっと。位置的にそうなっただけで。……見てたけど」

「変態だ」

「とはいっても僕は君のが良いな。じっくり見させていただいてもいいだろうか」

「ダメだよ。ちょっと離れてるけどみんないるし」

 真面目な顔で言う魔術師にドキリとしながら、少し慌て気味で言う。

「今とは言ってないけどね」

「もう! いじわるされた!」

 楽しそうに笑う魔術師に口をとがらせて怒る振りをする。そして孤独も笑う。

「僕はもっと君を知りたい。今の力具合ならきっともっと」

「ひょっとして力を取り戻そうとしてるのって、私のこともっと知りたくてだったり」

 孤独が冗談のつもりで言うが、魔術師は真面目に「そうなのかもしれない」といった。

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