登校
月明かりに照らされている木造校舎の窓から明かりが漏れている。この学校にはもう生徒が登校してくることは永遠に無い。蛍光灯の明かりが漏れているその教室には、生徒ではない男が一人いた。
その男は、雑巾で机を拭いていた。拭き終わった机が教室の後ろに無造作に置かれている。
「僕の望みの一つ……友達100人出来るかな! ……そんなにたくさんの人を覚えていられる自信ないな。でもあの頃に望んだことだ」
無造作に置かれた机を見て、色々と思い出して首を横に振る。
「望んでいるのに、どうでもいいとも思ってしまう。これは叶わないことがわかっているからなのかな」
バケツに雑巾を放り込むと、教室の真ん中に机と椅子を一組置いて着席する。
「掃除飽きた」
左ひじを机について、あごを支えて正面の黒板を見つめる。何も書かれていない黒板は何もいわない。何もいわない黒板は、今までどんなことを人間に伝えてきたのだろう? と思いをはせて心の中で問いかける。(おまえの望みはなんだった?)と。
答えない黒板を退屈そうに見ていると。教室のドアが開いた。
「あ、……こんばんは。ここは……学校?」
ドアから入って来たモノは自分がいる場所に戸惑いがあったけれど、その男には自然に話しかけた。それは見知った相手だったから。
「やぁ! こんばんは。ちょいとお待ちを……」
男は無造作に置いてある机を持ち上げて、自分が座っていた席の隣に置き、一緒に用意した椅子を引いて座るように促した。
「失礼します」
「まぁ、ゆっくりしてくれたまえ」
男は座り直すと、先ほどと同じ姿勢で黒板に視線を向ける。その視界の中に隣のからの視線も捉えていた。
「ねぇ、ここって木造校舎っていうやつだよね? なんで?」
聞きながらゆっくり首を振って周りを見渡す。声と共に漂う髪の匂いに男は気持ちが安らぐのを感じる。黒板への視線をそのままに、その声を自分の中で反芻させて楽しむ。
「やっぱり僕は君の声が好きだ」
「ありがと。で、なんで木造校舎?」
「僕は、なんとなく木造校舎が好きだから。実際には木造校舎ってのがどういう感じなのか知らないけどね」
笑いながら隣へ顔を向ける。その笑いには”大丈夫かな”という意味も含まれている。
「木造校舎につていどれくらい調べたの」
「ネットで検索して画像を見たくらい……。前々から興味はあったんだよ、ホラー系のお話にそれなりに出てくる舞台だし」
ホラー系のお話を少し思い出してみるけれど、木造校舎が舞台のお話が思ったほど出てこなかった。それに戸惑って天井へ視線を向ける。天井の木の模様から人の顔に見える所を探す。
「わたしを怖がらせるためだったりするの?」
「怖がった孤独さんが僕に抱き着いてくれたら最高だね!」
天井に人の顔に見えるシミを見つけたけれど、それを話題にせずに嬉しそうに笑う。
「孤独……? まぁいいや」
自分の名前に疑問を抱いたけれど、こういう所では深く考える意味はないだろうと判断する。
「さて、何して遊ぼう。音楽室を探して音楽家の肖像画の目が光ったり動いたりするかを確認に行く?」
「わたしとしては、もうちょっとココのことを知りたいんだけど」
「僕も知りたい」
孤独は視線を合わせてその目をじっと見つめる。孤独は見つめる先の目に闇と細い月を見つけた。
「あなた……変わった?」
「精神的に成長しましたから! ……正確には思い出したのか」
「なにを?」
「簡単に言えば楽しく生きたい。その願いを叶える要素が沢山ほしい! って感じのことかな。……忘れてしまった理由は色々つけられるけど、とりあえずは……あれだな。女の嫉妬というやつで細やかにあった繋がりが壊れたり……。まぁ、ソレのおかげで嫉妬というモノが僕なりに解ったのだけど。……最初、僕はそれを僕に対する宣戦布告だと思った。でも、その切っ掛けを探したけどみつからない。かなり注意深く記憶を手繰って何度も探したけど全然見つからない。むしろ……。本当に解らなかった。僕の持つ細やかな繋がりを壊す意味が……怨まれたり怒らせた理由をずっと探してたけど無いんだ。本当にかなり考えた。そして、その果てに嫉妬を見つけた。要は、僕が他の女性と仲良くするのが嫌だったというだけのことだった。そうして視ると、その一連の流れが視えてきた。……かなしかった。細やかな繫がりが壊れてしまって戻せないことも、その彼女に応えることはない自分も。……誰かのせいにしてしまって嫌なのだけど、たぶんそれが忘れてしまう切っ掛けになっていたと思う」
静かに聞いていた孤独は聞き終わると天井を見て「そう」とひとこと言った。
「少し長くなったけど、僕はその彼女を恨んではいない。おかげで嫉妬というモノに対する理解が深まったし……哀しい思いがあっただけなのだから」
机の天板についている傷を撫でながら言うと。ヤスリがありそうな場所を思い浮かべる。
「そのあと、あなたはその人に何かした?」
「なにもしない。僕が苦しんでいる姿を見ていた……だからそれでいい。何もしないということの方がある意味残酷なのを知っている」
「残酷なのを知っていてそれを強いる……いい趣味してるね」
少し眉しかめて孤独は言う。
「実際のところ、何も感じていないかもしれないとも思うけどね。……どんな答えに至るのか……永遠に僕はそれを知ることがないかもしれない。でも、僕は永遠の時を待つことが出来る。あの頃、どうすることも出来ない精神状態の時に、救いを永遠に求めた……けれど誰かに救われることはなかった。その応用で、僕は僕の中に永遠を創れる……けれど、永遠の壊し方が下手過ぎる」
しゃべりながら机の天板の傷を、指で撫でて数えていたけれど多すぎて数えるのを放棄した。
「それは永遠に許さないということ?」
「僕にとってそのことは、哀しかったこと……というだけで、許す、許さないはどうでもいいことだよ。今は今だし、責められることを望むなら責めてもいいし、許すという言葉が必要というなら許すと言ってもいい。過ぎたことだし、これから何を望むのかの方が大切だ。自分勝手な考え方だけど」
机の天板の傷がどうやってついたのかに思いをはせる。
「ゲロアマな性格ってやつだね」
「うん。甘さは残酷にもなりうる……ゲロアマな僕は、自分が思うより残酷な奴なのかもしれない。それもまた面白い。これは個性といっていいのかな!」
自分の一面が視えた気がして嬉しそうに笑う。それを孤独は静かに見ていた。
「甘さの裏にあるモノ。誰かを傷つけないように気を付けてね」
「……そうだね。気付かないところで沢山傷つけている……。人間ってかなしいね、どんなに優しくあろうとしても、それが逆に相手を苦しめたりもする。なら、誰ともかかわらずに……と、考えてしまっていたし、考えてしまう」
「それは誰だって同じだと思う。難しく考えずに気楽にいこうよ! ……あなたは考えすぎて身動きが取れなくなるタイプみたいだね」
「うん。そうんだね……。楽しく生きるためには、それなりの痛みを伴うということか」
「そういうものだよ。さぁ、頑張ろう!」
孤独は沈んだ表情になってしまったのを励ますように肩を軽く叩いた。
「ありがとう!」
笑顔でお礼を言われて安心する。しかし、その安心はふいに開いた教室のドアの音でどこかへ行ってしまった。孤独は自分以外がここに来るはずがないと思い込んでいたから。
「よお! 何イチャついてんだ?」
背の高い男はドアを開けて開口一番、状況から感じたことを言った。
「誰?」
孤独は小声で聞く。
「えーと、どちらさまでしたか?」
「おい! 俺だよ俺」
「あー、そういう詐欺の人か……怖い怖い」
二人のやり取りを見て、孤独はお互い見知っている同士なのだと感じ取る。
「古いな。今は違う感じの名称じゃないか? それは」
「テレビも新聞も最近見ないから知らん。今の僕なら……いや、ずいぶんと前からだけど虚無さんとこんなやり取りは出来た。少し前ならもっと大人っぽく接したかな」
孤独を見る時とは少し違う目をして虚無を見る。
「一応、俺はあの頃、お前を救おうとしてたんだぜ?」
「知ってます。でも、僕の望む形じゃなかったよ」
面白そうに笑みを浮かべると、虚無にも席を用意する。やや離れた位置に。
「なんで、ソイツとはそんなに近い位置で俺はこんな遠い位置なんだよ!」
「その方が面白いからだよ。なんとなく」
孤独には椅子を引いて座るように促したけれど、虚無に対しては席を指さして、どうぞと促す。
「そうかい、そうかい。嫌われたもんだ。これでも、俺の力を求める人間は多いんだぜ」
「知ってるよ。辛いことなんかは忘れたいって願うことは珍しくない。それと……僕は虚無さんのこと嫌いじゃないよ」
「どうだか」
どこか置いて行かれている感じがしている孤独は、二人の関係を観察していた。
「ねぇ、虚無さんってどんな人なの」
虚無の視線を気にしつつ、小声で聞いてみる。
「簡単に言えばアレは虚無感だよ。虚しいと感じることはよくあることだね。結構人間を苦しめる悪い奴だよ」
「聞こえてるぞ。まぁ、その通りだけどな……意味を求めても無駄だ。だがそれを求めるのが人間だ……そして進んでいく。そして、ふとした瞬間に意味を見失て虚しさを覚える。……なんて言ってみるがただの戯言だ」
一つ欠伸をすると、孤独にウインクした。
「えっと、とりあえず……わたしは孤独です」
虚無がどんな人なのかいまいちわからないので、大人しい感じに自己紹介した。
「孤独か。…………こんなお嬢ちゃんに救えて、俺には救えないとはな。辛いことも、何もかも全部忘れたくないか……。楽しいことだけ覚えておけばいいものを、欲深な人間め」
孤独からその隣に視線を移して吐き捨てるように言う。
「自分の記憶が崩れていく日々を過ごし、苦しんでいた僕に、忘れることを受けれることが出来たと思うのか?」
「そうだな。お前にとって俺は、敵だった……。救ってやろうというのに受け入れない。本当に馬鹿な奴だったな。今も馬鹿なんだろうな」
「馬鹿だよ。自分でも理解に苦しむところはあるけど、そんなのが自分だと信じている。基本的に僕の性質は水なのでね、入れ物次第って感じだよ。孤独さんのいる入れ物を僕は気に入っている」
「その割には、自分を信じるとか……本当に入れ物次第なのか?」
普通に座ることに飽きたのか、虚無は机の上に両足を乗せて椅子に座り直した。
「どんな自分でも自分であることは、かわらない。それを否定したところで疲れるだけだよ。本当の自分を探すってのも面白いけど、結局は自分はここにあるだけだし。それを受け入れられなくて、病むなんてことはよくあることだね。僕はこう見えて素直なんだ」
”僕はこう見えて素直なんだ”というところに、孤独はジットリとした視線を向ける。
「なに熱い視線向けてんだ? コイツは馬鹿だからアホみたいに喜びかねないぞ」
「ちがっ、そういう目で見てるわけじゃないし」
「そういう目で見て欲しい」
孤独に視線を返して、しおらしく言う。
「ほら、調子に乗り始めた」
呆れたように天井を見て、虚無は顔に見えるシミを探す。
「虚無さんは、えっと……この魔術師のことをどう思っているの?」
「馬鹿な奴だと思っている。この短いやり取りの中でも言ったけどな」
「嫌いだったりする?」
虚無は孤独の表情から何が言いたいのか読み取ろうとするが、いまいちわからなかった。
「嫌いではない。まぁ、身の程を知っておけ愚か者が! とは思うけどな」
虚無に”愚か者”と言われて面白くてたまらないというように魔術師は笑った。
「僕もそう思う。本当に愚かしくて笑える」
顔に手を当てて笑う姿を見て、本当に大丈夫なのか孤独は心配になって来た。
「とりあえず落ち着いて」
「え? ああ、うん。落ち着く……落ち着いた。もう大丈夫」
「一応言っておくけど、コイツは本当に大丈夫か? って時でも冷静に自分を視ている所がほぼ確実にあるぞ」
虚無は天井に顔のようなシミを見つけて、それを睨みながら言う。
「そういうこと言っちゃうかな~。孤独さんに心配してもらえなくなったら、寂しくて死んでしまうじゃないか」
「嘘くせぇな!」
「いやいや、割と真面目に言ってるんですけど。……心配はともかく、孤独さんの言葉に一喜一憂したい」
孤独は男二人のやり取りを観察して、自分と接する時と違う魔術師の一面に注視していた。
「っで、そういや……どうして木造校舎なんだ?」
「あ、わたしもそれをさっき聞いた。なんとなく木造校舎が好きだから……だったかな」
自分と同じ問いをした虚無に答えを教える。
「おまえのことだから、どうせろくに調べてもないんだろ? ったく、天井のシミが気になっちまうじゃねぇか」
天井に指をさして文句を言う。
「ああ、あれはここで亡くなった生徒の霊が勉強したい~って言ってるだけだから。気にしないか、勉強を教えてあげれば大丈夫」
「また適当なことを……おまえに霊感なんてものはないだろ」
「適当だったんだ」
適当に言ったことだとわかって安心したけれど、孤独は天井のシミを見ようとしなかった。
「霊感か……そういうモノに限ってじゃないけど、僕は知り得たことからイメージを膨らませてみえないモノを視る。推測と修正を繰り返しながら……まぁ普通のことだけどね。霊感か……とりあえず一度、幽霊をみてみたい。そうすれば、気付かずにスルーしてしまっている幽霊を認識できるようになるかもしれない。まぁ、今の持っている力で視えないことはないけど、話に聞くような感じでもみてみたい視覚的とかで」
天井の不気味なシミを見ながら何か変化がないか注意深く観察する。しかし、シミはシミだった。
「ところで、なぜ俺はここにいる? 俺が必要になったのか? 救いでも求めたか?」
本題だという意味を込めた表情をして虚無は聞く。
「うーん。救いか……人間に救われる人間を最近見たけど良いものだね。……安心して失望してくれ、僕は虚無さんに救いを求めていない。この孤独さんに救われたばかりでもあるし……姿を得てからの孤独さんには2度救われているな。虚無さんとは大違いだ」
嬉しそうに右手の親指と人差し指を折って数える。
「そりゃ、よーござんしたね。人間風情が一言二言多いんだよ」
「人間っぽさを持った虚無さんは素敵にみえますよ。あの頃はただ恐ろしかったのに」
「理解出来ないおまえが悪かっただけだ」
「そうだね。こんな愉快な奴だったとは……。でも闇雲に記憶を虚無に捨てようとするから誤解してしまう」
「そりゃ悪かったな。だけどおまえは、どれも捨てさせようとしなかった」
「うん。虚無さんには悪いけど、お呼びじゃなかった」
「可愛げのない奴だ。孤独もそう思うだろ?」
仲の良さそうなやり取りを見ていた孤独は、少し考えた。
「どうかな、意外とかわいいところあるよ。変態だったりアマノジャクだったり素直じゃなかったり……よくわからない性格だったり」
「それのどこが可愛いんだ? っていうか、俺はコイツに結構ひどいこと言われてないか?」
「そうかな? それは二人が仲良いからじゃない?」
孤独は楽しそうに明るい声で言う。
「僕は孤独さんともっと仲良くなりたい」
「これはいわゆる三角関係ってやつだね」
左右の人差し指と親指で三角形をつくって、そこから笑って二人を見る。
「勝手に言ってろ! で、どうして俺はここにいる?」
「僕が楽しい時間を望んでいるから……ただそれだけだ」
声の感じから、それが嘘のない答えだと孤独にも虚無にも分かった。
「そうか。まぁせいぜい頑張るんだな。お前のような奴が、いつまでそんなことを望んでいられるか見ものだな」
「頑張るよ、望んでいられる限りはさ!」
気楽な口調の中に不安が揺らめいている。
「絆やらそういったモノがもてはやされる感じの昨今だが、そういうモノが、簡単かどうかは解らんが壊れることはよくある。そこに虚しさを感じる。俺の出番というわけだ……そういうことだろ本当は?」
天井のシミから視線を移し、魔術師を見下すように見ながら言う。しかしその目には何の感情も宿っていない。
「そうかもしれないけど。とりあえず……あまり出しゃばらないようにな! 虚無さん?」
「人間っぽさを与えられている以上、以前のようには出来ないから心配すんな」
虚無は自分の両手を見て、自分の人の姿を観察する。
「……わたしもそうなのかな?」
孤独も自分の両手を見て、魔術師に聞いてみる。
「そうだね。でも僕にとっては人の姿を持ていてくれる方が孤独さんを理解しやすいし、愛しやすい」
そう言って両手を開いて、孤独に向けてタッチするように促す。それに合わせて孤独は見ていた自分の両手をタッチさせた。静かな夜の教室にその音が響く。
「俺とはしないのか?」
「しません」
即答だった。孤独と触れ合った両手の感触を味わうのに忙しい。
「席が離れているから」
孤独も虚無にそうこたえる。
「いや、そこはこっちにくりゃいいだろ?」
「えっと、うん。でも、いいかな……」
孤独は虚無から視線をそらせて黒板を見る。古い黒板だった。ところどころにひび割れのようなものも見える。
「まぁ、別にいいけどよ。意味もねぇし。――――で、これからどうすんだ? ここでとりとめもなく話すだけか?」
「僕としてはそれでも楽しいけど、せっかくの木造校舎の……廃校だし、探検でもしますかねぇ~」
「電気は通ってるよね」
「ここは蛍光灯が点くし、そうだね。……廃校……まぁ。難しく考えなくても良いってことで」
「……なるほど、相変わらずあなたらしいね」
微笑んで孤独は魔術師を見る。
「なに二人で解り合った感じになってんだよ」
「え? 虚無さん……僕らに嫉妬です?」
「そうなの?」
二人の視線を受けて虚無は少しうろたえる。
「そ、そんなことねぇし。俺もコイツが結構適当だって知ってるし!」
「場合によるけどな。大切なことには……うん、場合によってだ」
肘をついた左手にあごを乗せて、欠伸をする。その言動から、孤独は照れ隠しだと勘づいた。
「あなたって素直じゃないよね」
「いや、僕は素直ですよ。きっと孤独さんは気付いたと思うし」
とぼけたような言い方に、孤独は頭を掻いて微笑む。
「何に気付いたって?」
苛立ちを滲ませて虚無は聞く。それは天井のシミを見るのに飽きて来たこともあって、とげを感じさせるものだった。
「秘密」
「別にいいんだけどよ……ドアの向こうに何かいるぞ」
虚無のその言葉に二人は視線を教室のドアに向けると、曇りガラスの向こうに人影が映っていた。
「さらに登場人物が増えるの? 大丈夫?」
小声で孤独は魔術師に聞く。
「どうだろうね」
二人が小声で話しているとドアが開いて、そこには女がいた。
「失礼します」
丁寧にお辞儀をする女を見て、魔術師は動揺して視線が泳ぐが、入室を許可する言葉を言う。
「どうぞ……こんばんは」
席を立つと、適当な位置に何組か机を用意する。
「あの、どこに座れば?」
「お好きなところをどうぞ」
女は虚無に近いところにある席に座った。
「よお、こんばんは! あんたが来るとは思わなかったぜ」
「そうね、私もどうしてここにいるかわからないわ」
ちらりと魔術師を見て微笑む。
「あはは!」
微笑みを向けられて、笑い声を返しつつ、孤独を見て”どうしたものだろう?”と伝えてみる。それに対して孤独は首をかしげるだけだった。
「なかなか面白いモノの訪れじゃないか」
虚無は魔術師の動揺を楽しむようにいう。その様子に、現れた女に心当たりがない孤独は戸惑いの表情を浮かべる。
「あの人は誰?」
孤独は小声で聞く。その声には、虚無が来た時とは違う何かが含まれている。
「さて、何と呼べばいいものか」
小声で孤独に応えつつ、表情には”面白いじゃないか”という感情が浮かんでいた。
「とりあえず、自己紹介をしとこうか。俺は虚無だ」
虚無は自己紹介をして、次に孤独にそれをもとめるように手を差し出す。
「こんばんは、わたしは孤独です」
虚無に倣って魔術師に次ぎを促す。
「こんばんは、えっと、僕は魔術師です」
孤独に倣って女に次を促す。
「私は、なんていう名前なのかしら? 教えていただけます?」
女は落ち着いた口調で聞く。
「……次までに考えておき……おくよ。……僕はあなたのおかげで永遠を理解出来たともいえる。……あなたは、もともと人間。でもその名は使えない……一年間という時があったけど、僕は人間のあなたをほぼ知らないのだから」
「そうね、だからこそだったのかしら?」
「かもしれない。友人の一人が言うには、あなたは……。まぁ、偏見やら決めつけが多い友人ではあるけど……信憑性は微妙だな。……とはいっても、あの頃の僕にとっての真実はかわらない。たとえ人間のあなた本人が何を言ってもね。……この先出会うことがあったとすれば、その時、その先がどうなるのかが重要。……願わくば、楽しくいきたい」
「それは光栄ね。私にも、人間の私がどんな人間か知らないけど」
「……ちょっと緊張したな。まぁ、その時が来ればの話だ……。……怖くもある、その為だけじゃないけど、僕は強くなる! 楽しく生きるために!」
「弱くても楽しく生きれるんじゃなくて?」
「どこまで行っても僕は弱い。それでも冗談の一つや、二つや、三つや、四つや、五つや……言えるくらいの強さを持っていたい。ただでさえ、対人系は弱いのだから」
「まぁ、せいぜい頑張るのね」
冷たい視線を向けながら女はそういった。
「大丈夫だよ! あなたは変態で、素直じゃなくて、アマノジャクで、よくわからない性格だけど、たぶん優しいから」
「お、おう。ありがとう! 孤独さんにそう言ってもらえると元気出る!」
孤独の言葉にあからさまにデレた表情になる。
「あの馬鹿面を凍り付かせる台詞を期待するぜ?」
虚無は女に期待して煽るように言う。
「あれは、あれでいいんじゃないかしら。あの頃の彼にはありえなかった表情……もう少し見ていたいわ」
「たしかに。あんたを思っても、アイツはあんな表情をしたことはないな」
虚無と女は二人を冷めた表情で観察する。
「なんか……視線が痛い」
「わたし達、何か変なことしたかな?」
「僕の気のせいかもしれないね」
孤独を見る魔術師の表情を見ながら女は言う。
「私の名前、次とやらにお願いするわね」
「……真面目な感じにしようか、ふざけた感じにしようか……迷うな」
「今の君のセンスに期待するわ。……プレッシャーかけちゃったかしら?」
「怖いな……期待に応えられるかは微妙だな~」
風で窓が揺れて、一同が外へ視線を向けると雨音が響きだした。