修学旅行10日目 午前8時26分
午前8時26分……
いきなり落ちてきた謎の黒いビニールに包まれた物体。落ちた衝撃でビニールが破れ、中から赤い液体が付近の雪を染めた。
「何だ今のは……」
三人はすぐさま下を覗いた。そこにあるのは死体なのか?それとも別の物なのか?
「何なんだよ、あれ!?まさか人か!?」
雪菜が困惑していると、駐車場の感染者が一斉にそのビニールに向かった走り出した。
そして一気にビニール袋へと噛みつき、貪り始めた。肉を食うような何かを喰い千切る音が聞こえ、雪菜は思わず口を押さえた。
中から長い髪の女性の顔が出てきた。だが、顔は感染者に食われ、誰かは判別不可能となった。
「うっ……」
この状況に龍樹は咄嗟に頭の中を整理した。上から落ちてきた。ビニールに包まれたと言うことは誰かが投げ落とした。
そしてすぐに階段から身体を乗り出して、屋上を覗いた。一瞬だけだが人影が見えた。それを見て、すぐさま非常階段を駆け上がり始めた。
「どうした龍樹!?」
「人影を見た!!奴が落とした」
「何!?」
その言葉を聞き、由弘も龍樹を追いかけようとした。だが、死体を見て、唖然としている雪菜が目に入り、雪菜へと話しかけた。
「大丈夫か?」
「う、うぅ……これはキチィぜ」
「とにかく、先生なりここの店員なり呼んでこい!!」
「……わ、分かった」
雪菜は千鳥足の状態でデパートに戻って行った。
そして由弘はすぐに上へと駆け上がった。屋上に到着すると非常階段で龍樹が呆然と屋上駐車場を見て立ち尽くしていた。
「どうした龍樹?」
「あぁ……見失ったようだ。デパートの中に戻って行ったようだな」
「追わないのか?」
「追いかけたって無駄だ」
龍樹が指した場所──屋上駐車場からデパートへの入り口に長靴が落ちていた。
「履いた長靴を脱ぎ捨てて、そのまま元履いていた靴に履き替えたんだろうな。それに周りを見ろ」
「ん?」
駐車場を見ると雅宗達が雪合戦をした跡があり、多くの足跡が残っていたが、降り注ぐ大雪に雅宗達の足跡は跡形もなく消えていた。
非常階段の前にはこちらに歩いてきた足跡があった。それも深く踏まれた跡があり、デパートに戻った跡にも深く踏まれた跡が残っていた。
だが、非常階段前まで来た足跡は深く雪が降り積もっていた。
「今逃げた跡がある……だが、ここに来た跡には雪が多く積もっている」
「つまり、奴はあの死体を投げるまで、長い時間ここにいたというわけか……」
「その通りだ。それよりあの死体は一体誰なんだ……」
二人が考える謎。女性の死体、落とした犯人……
*
その頃、雪菜達は西河先生に事情を話した。
「本当か!?」
「あぁ……いきなり上から落ちてきて……多分女だった」
「……くっ」
幸久の件が起きた直後で、色々と困惑する西河先生。立ち上がろうとすると、元太が肩を抑えて立ち上がった。
「先生は幸久君といてくれ。俺が代わりに行ってくる」
「すいません……ありがとうございます」
「さぁ、雪菜ちゃん。そこへ案内してくれ。店員と共に行くぞ」
「あぁ……」
雪菜達はあまり大ごとには出来ない為、一部の店員を連れて非常階段へと向かった。
*
秀光は結衣を連れて、デパートに戻っていた。幸久を探す結衣に対して、配慮して話題を逸らそうとする秀光。
「幸久どこ〜?」
「幸久はんが落ち着くまで、もうちょいと待とうか」
「待てないよぉ!!」
子供の基本とも言える駄々っ子な結衣に対して、秀光はいやらしく言う。
「待たないと嫌われるでぇ〜」
「……なら、待つ」
「ちょろいもんやで」
案外簡単に静かになった結衣に思わず本音が出てしまった。
「何か言った?」
「いえいえ何も言うてませ〜ん」
「ちょろいとか何とか」
「君の耳の調子が悪いやろ。俺は君に対して綺麗な子やでと言ったんや」
「本当にぃ〜?」
ぷんぷんと怒ったいる結衣を秀光が慰めていると、屋上階段から慌ただしく降りてくる人の姿を目撃した。黒いカッパを着て、顔は見えなかったが背が高く、革靴を履いているのだけ見えた。
明らかに様子がおかしいのは目に見えていた。息切れが目立ち、走り方のフォームも崩れていた。人が集まっていない隅のコーナーへと走って行く。
自分達が雪合戦していた時、居たのかと軽く頭を整理したが、思い出せなかった。
「秀光〜どうしたの?」
「……いや、何でもない。本屋にでも行こか。俺が飛びっきりのを読んだる!!」
「なら、早く行こう!!」
「はいはい」
何かあったんだろうが、自分には関係ないと自己処理して、あの男の事を忘れた。
そして結衣に無理やり引っ張られて、嫌々本屋へと連れて行かれた。
*
元太と雪菜、そして店員2人を連れて非常階段へと向かった。感染者が群がっており、最初はどこに死体があるか分からなかったが、ちらっと見えた髪の毛や散らかっている肉片を見て、ある程度想像がついた。
「うっ……」
店員の1人が口を押さえてデパート内へと戻って行った。
元太も気分が悪くなるのを我慢して、その状況を把握した。
「これは酷い……誰がやったんだ一体」
そこへ上の非常階段から降りてきた龍樹達とも合流した。真っ先に元太が状況を龍樹達に聞き出した。
「何が起きたんだ?」
「色々とあってな……」
由弘が詳しく話した。上にいた人影。更に長靴の事など、現状分かっている情報を話した。
元太は不思議そうに頭を傾げた。
「こんな状況でこんな事をやるとはな……寧ろこんな状況だからこそやったんだろうな」
「どうゆう事だおっさん?」
雪菜の問いに元太が冷静に答えた。
「今みたいな無法地帯だからこそだ。警察も政府も機能していないから、簡単に人殺しが出来る。殺しても裁く者がいない。それは人の基本的な考えすら、変えてしまう」
「……だが、今感染者に喰われている奴は誰なんだ」
「こんなに人がいる場所だ。その内、知り合いか誰かがいない事に気づき、名乗り出てくるのを待つしかない。今分かっている事は、長髪の女性って事だけだ」
「くっ……」
黙り込む雪菜。そこに龍樹が口を挟む。
「俺はその犯人を見た。だから口封じの為に、俺がその犯人に狙われる可能性がある」
「あぁ、龍樹君は注意した方がいい。今夜にも襲撃してくるかも知れない。1人にはならないようにするんだ。なんなら俺が──」
「……気持ちは有り難いが、大丈夫だ。自分の身は自分で守ってやるさ」
龍樹は思わず元太が終始隣にいると想像すると、こんなにも寒い季節だが暑苦しいと思ってしまった。本人なりの優しさだが、龍樹は丁重にお断りした。
「それより、今このデパートに殺人犯が混ざっているって事だな。感染者より厄介かもな」
「あぁ……」
*
秀光が見た人物は、誰もいない端にある服屋の倉庫に隠れていた。息を荒々しく吐いて、フードをそっと脱いだ。フードから露わになった男は冴えない顔をした青年であった。汗がダラダラと流れ、何かに怯えている様子であった。
「はぁ……はぁ……やってしまった。人殺しを……」
「な、簡単だろ?人殺しは」
暗闇から現れたのは不敵に笑う源次郎の息子である茂尾だった。
「こんなやったら──」
茂尾はそっと青年の肩を叩き耳元で囁く。
「こんな世界だから、殺したってバレやしないさ」
「で、でも……落としたところを人に見られた!ど、どうしよう。みんなにバレたら……」
「殺せばいいだろ……寝込みにでも襲え」
そう言って男に渡したのは、ナイフだった。男は震える手でナイフを握りしめた。
この時、午前8時40分……