修学旅行9日目 午後0時39分
午後0時39分……
あんなに長く続いた激しい揺れが唐突に収まった。そして空にいるふんわりとした感覚も収まった。そして俺は目の前から声が聞こえた。
「……雅宗‼︎雅宗‼︎起きて‼︎」
「……着いたのか」
真沙美の声に目が覚め、心地よい気分になった。そこから更に幸久の声も聞こえてきた。
「早く降りろ……雅宗、雅宗‼︎」
何やら慌てている声、いや怒こっている様にも聞こえる。幸久のこんな声を聞くなんて、何があったんだ?
俺はそのまま重い腰を上げて立ち、ヘリから出た。
「……ここは」
ヘリの窓からは色んなビルの街並みが見えた。そして雪混じりの曇り空。
外へ出ると、他のみんなも出ており、なんと俺らは知らない人々に囲まれていたのだ。
「幸久、ここは何処なんだ?」
「ここは……大阪だ。そして今いるのは、ショッピングモールの駐車場の屋上だ」
「駐車場……だと」
周りを見渡すと、車や軽トラなどが止まっており、駐車場の外からは炎混じりの煙が上がっていた。
この時、分かった。この街も感染者にやられていたのだ。そして、目の前にいる知らない人々はショッピングモールに逃げてきていたのである。
そして自衛隊の林さんが、彼らに説明をしている。
「私達は、四国から来て……燃料が切れてここまで何とか」
だが、説明する林さんに対して街の人々は辛辣だった。
「じゃあ何でここに来たんや‼︎」
「ふざけんな‼︎」
怒涛の罵倒が飛び交う中、西河先生や幸久も必死に説明する。
「だから、燃料で切れてここに辿り着いたんです」
「落ち着いて皆さん‼︎ここは話をーー」
だが、人々は話を聞く様子も見せず、どんどん囲みを縮めて詰め寄ってくる。他のみんなも困り果てて行く。
「どうすればいいんだ……」
すると、蒼一郎が喧嘩を始めそうになった。
「俺らの話を聞けって言ってんだよ‼︎」
「他所から来た奴らがよぉ言えるな‼︎」
若そうな風貌ながらピアスを付けた金髪の顎髭が冴えた相手もカッとなり、お互いの胸ぐらを掴みあっていた。
そしてお互いにメンチを切り、幸久と由弘はすぐに喧嘩を止めに入った。
「喧嘩はやめろ‼︎蒼一郎‼︎」
「そうだ、今は落ち着け‼︎」
するとその男性の手下のような男ら数人も混ざりあって、他の人達にも伝染し一触即発しそうになる。すると奥から人を掻き分けて1人のスーツを着た落ち着いた様子の鋭い目をした白髪に包まれた中年男性が現れた。そして金髪ピアスの男性を見て言う。
「これ、やめないか……茂尾」
「ちっ……戻るぞ」
睨みを効かして言う低い言葉からは物凄い重みと気の強さが現れていた。その言葉に周りの喧嘩も自然と止み、茂尾は蒼一郎の胸ぐらを掴む手を離して、舌打ちしながらその中年男性を睨みながら、他の手下達を引き連れながら、その場から立ち去った。蒼一郎も舌打ちを返しながら言う。
「ちっ、気に入らないやつだぜ」
そしてその中年男性は俺達の前に出てきて頭を深々と下げた。
「……我が息子が本当に申し訳ない事を……」
「……」
これには俺達全員が黙り込み、静かになってしまった。その男性の背後からは、1人のちょっと幼い中学生か小学生高学年であろう可愛らしい女の子がチラチラと興味津々な顔で俺らの方を見ていた。
真沙美が小声で俺に話しかけて来た。
「あの子、あの人の子供かしら」
「流石にあの年ではもう無理だろ……」
「何が?」
「……いや、何でもない」
不思議そうに言う真沙美に俺はこれ以上何も言うことはなかった。と言うか言いたくなかった。
その人物を見て、教頭や元太らが少し頭を傾げて考える。
「あの方……何処かで見たような」
「俺もだな、テレビで見た気が」
テレビと言うワードで教頭の頭の中で、ある事が過った。そして何かを思い出した。
「……テレビ……あっ‼︎貴方は……大阪議員の亜沢さんでは⁉︎」
「亜沢?」
それは大阪議員の1人である亜沢源児郎だった。俺はそんなには知らんが、大阪の中では結構人気な議員さんであり、全国的にもちょくちょくとテレビに出ているらしい。
さっきの金髪ピアスはその人の息子だったみたいだ。そして源児郎さんは再び頭を下げた。
「私をご存知とは……ありがとうございます」
「何故貴方がここに?」
「お恥ずかしいながら、四国が危険な時に、孫の結衣と一緒にこのショッピングモールに来ていたらこのような事になって」
結衣、それは多分さっきからチラチラと見ている女の子の事だろう。
その後、このショッピングモールの店長らしき男が現れて、林さんが説明し、源児郎さんも説明すると、何とかここに泊めていただく事が決まった。
俺達全員は店長や源児郎さんに頭を下げた。林さんや教頭、先生らが一人一人源児郎さんへと礼を言うと、幸久も源児郎さんの前に出て頭を下げた。
「ありがとうございます……こんな状況の中、こんなにも多くの人がいるのに……」
「困った時はお互い様です、助け合いが大事なのです」
幸久は源児郎さんの後ろにいる孫の結衣に気づいた。
「その子がお孫さんですか?」
「はい、孫の結衣です。ほら挨拶を」
「亜沢結衣です‼︎よろしく‼︎」
こんな状況ながら無邪気に挨拶する笑顔に幸久も微笑み、軽く頭を撫でてあげた。
「俺は中村幸久、よろしく」
「……」
結衣は幸久に撫でられると、茹でタコのように顔を赤らめて、逃げるように走り去って行った。
そして後ろからジト〜っとした目で由美と優佳が見てきた。
「モテモテねぇ〜幸久〜」
「そっちの趣味もあるの〜幸久君〜」
「い、いや‼︎そんな訳ないだろ‼︎」
俺らは、この大阪のショッピングモールへと泊めてもらう事になった……
ここでもまた狭く、暗い生活が始まるのか……正直、あまりテンションは高くない。でも、みんながいる。前とは違うんだ。みんなで再び支え合うんだ。
当たり前だが、周りからの目は良くない。助けが来たと思ったら、助けでもなく、しかもこんなにも多くの人を連れて来た。
食料にも限りがある。屋上には避難者が10人いた。だが、ショッピングモールにはもっといるだろう。その一方、俺達は30〜40人程いる。果たして、こんな状況でまともに人が生きていけるのか……
この時、午後0時56分……
新章狂乱大阪編 スタート