修学旅行9日目 午前10時13分
午前10時13分……
「こっちだ感染者共‼︎俺について来い‼︎」
雅宗の駐車場全体に響く大きな声は、周りの感染者達を呼び寄せた。真沙美達の心配をよそに感染者は徐々に新しい獲物を見つけた肉食動物の如く、雅宗の元へと移動を始めた。
「さぁ‼︎こっちだ‼︎」
雅宗は九州の時から、何回も何回もこの足で感染者から逃げ切っていた。だからこそ自信があり、この足を信じて走った。
雪菜は周りを確認して、感染者がいない事を確認した。雅宗とて無限に走れる訳がない。だから、1秒でも早くこの場から真沙美と里彦を助けて逃げる……
そして取り巻き達の時のように一人で逃げないと……
「行くよ‼︎しっかりついて来い‼︎」
「う、うん‼︎」
雪菜の合図と共に里彦を担いだ雪菜と真沙美は全力で駐車場を駆け抜けた。
2人とも考えている事は1つ……ここから絶対に生き残る‼︎全員で‼︎
走りながら雪菜は、ふと真沙美の顔を見ると、どこか不安そうな顔をしていた。雅宗の事を心配していると、雪菜は思った。
「雅宗って奴……本当にお前の事好きなんだな……」
「え⁉︎こんな時に何を⁉︎」
真沙美の顔は不安そうな顔から赤く火照った。
「今日もヘリコプターを見た時も、自衛隊がいる事も知っていながら、自分一人でも行くって言いやがって……あんな元気で、真っ直ぐな心……あたしにもあったらなって……」
「……あ、あれが雅宗なの……死なんて言葉はアイツの辞書にはない……あるのは生きると言う言葉だけよ……」
「たしかに……そうかもな」
雪菜と真沙美はどんどん離れていく雅宗に振り向く事はせず、そのまま雅宗が戻ってくる事を信じて駐車場を離れた。
そして、その頃元太達は……
「よし‼︎出発だ‼︎」
エンジンフル回転、アクセル全開、元太達が乗る軽トラは病院の方角へと向かった。綾音と伸二も荒い運転の軽トラに振り落とされないように必死にしがみついた。
「お二人さん‼︎しっかり掴まってろよ‼︎」
「そんな事言ったって‼︎」
軽トラックは伸二の叫びに、お構いなしに病院へと向かった。
駐車場を抜けた真沙美達は、こちらに軽トラックが向かって来るのが見えた。
「あれは?」
「あれはあたしらのトラックだ、あれに乗るぞ‼︎」
雪菜は元太が乗っている軽トラに向かって手を挙げると、トラックは目の前で止まった。
「その子が雅宗君が言ってた子かい⁉︎」
「あぁそうだ、お前は助手席に早く乗れ」
そう言うと雪菜は真沙美を助手席に乗せた。そして元太は雪菜に雅宗の行方を聞いた。
「雅宗君は?」
「アイツを助けに行くぞ‼︎駐車場に突撃しろ‼︎」
「駐車場……って、あの感染者まみれの所にか⁉︎」
「あぁ⁉︎アイツを助けるんだよ‼︎」
「わ、分かったよ‼︎」
ちょいキレ気味の雪菜の言葉には迫力を感じ、元太はすぐに駐車場へと突っ込んだ。
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雅宗は必死に逃げていた。後ろから迫る感染者に、だが、自然と足は進んだ。体があったまる中、自分でも分からないが、足がどんどん進む……むしろ早くなってくるように。
どんどん足が早まり、感染者との距離を徐々に開けていく。
「よし‼︎このまま行けば……⁉︎」
その喜びもつかの間、目の前から更に感染者が現れた。囲まれた、だが、今の雅宗には何故か自信があった。根拠なんてない……だが、今、胸の中にあるのはこの場を切り抜ける‼︎
そう思い、目の前の感染者へと突っ込んでいく。
「行くゾォォォォ‼︎」
全ては謎の根拠からの暴挙、それは感染者がいる目の前で足を大きく開いてジャンプをした。だが、ジャンプした瞬間に雅宗は後悔した。自分は普通の人間だと、スーパーマンじゃない。なのに何故飛んだのか?と……
「う、うわぁぁぁ‼︎……⁉︎」
だが、現実は違った。雅宗は3m上空にいた。感染者達の真上を飛んでいたのだ。下から手を伸ばし、こちらを恨めしそうに見ていた。
そして5mもの列になっていた感染者達の上を通過して、地面にふんわりと着地した。
「……何だ……今のは……」
着地してコケそうになったが、すぐに態勢を整えて、そのまま感染者達から逃げた。自分にはよく分からなかった。 だが、今は逃げることを最優先として、そのまま逃げた。
何とか感染者達から距離をとって、駐車場を出ようとしたら、元太の軽トラが現れた。
「おい‼︎俺だ雅宗だ‼︎乗せてくれ‼︎」
「雅宗君‼︎早く乗るんだ‼︎」
焦りながら言う元太。雅宗の背後から感染者が迫り、雅宗は軽トラに飛び乗って軽トラはすぐに再び山の方角へと発車した。
「……何とか助かった……」
何故か疲れなかった。雅宗はその事を真沙美達には言わずに自分の心に秘めた。
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その頃、土佐湾付近で未だ立ち往生している輸送艦。
輸送艦の艦長である大杉は、病室のベットで先日からヘリの事故で気絶しているアメリカから来た金髪の女性科学者アディソンが起きるのを待っていた。心配そうに見ていた大杉。
「……」
するとドアを3回ノックする音が聞こえた。
「入れ」
「三越です……大変な事が起きました」
三越は、この輸送艦に乗る隊員の1人である。
「何だ」
「この輸送艦の食料が底をつきそうです……」
「……そうか……」
九州は未だ感染者の事が解決しておらず、四国はまだ政府による行動は起こされていなかった。その為、四国に上陸する事も不可能になっていた。
輸送艦には現在、九州から多く人々が乗っており、予想以上の人数に食料が底を尽きかけていた。そして大阪に上陸する許可を申請しており、仮テントの土地など用意している途中であった。
「近々、大阪の方より別の船が食料を運んで来る模様です」
「分かった……」
すると、寝ているはずのアディソンの目が少し動いた。三越と大杉はすぐにアディソンへと駆け寄った。
「今、少し動きました……?」
「あぁ……少しだけな……」
そしてゆっくりと薄く目を開けた。
「……大杉……さん?」
「起きたか……」
アディソンはゆっくりと身体を上げて布団から起きた。まだ頭を抑えており、記憶の整理が完了していない。そしてまだ、多少の頭痛がするようだ。
「私は……確か……ヘリに乗っていて……」
「あぁ……そこからヘリは感染動物達に襲われて、墜落した。そして……森と光井の2人がお前も助けた」
「2人はここに居る?御礼を言わなきゃ……」
立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かずに、立てなかった。
光井と森は、先日の感染動物に襲撃された際に、アディソンを命懸けで助けた。そして自分達が感染者に噛まれながらも、彼女を助けるために戦い、救助ヘリに乗せた。そして、お互いに銃を向けて自害した。
あの時の伝言で"アディソンさんには、別の場所にいる"と伝えろと言われている。大杉のその約束を守る為に、苦しい気持ちを抑えて言った。
「彼らは今、別の場所で救助の援軍に行っている。当分は戻ってこないだろう……」
「そうかぁ……なら、大杉さんから伝えておいて、ありがとうって」
「あぁ……分かった。それから医者を呼んで来る……待っててくれ」
「うん……分かった」
アディソンが快く頷くと、大杉は拳を握りしめ、三越を連れて廊下へと出た。
「大杉さん……やはり本当の事を言った方が……」
「彼らが命を託してまで守りきったんだ……その彼女にこれ以上苦しみを味あわせていては行けない……私は守る……彼らとの約束を……」
この時、午前10時27分……