修学旅行8日目 午後7時35分
午後7時35分……
白い雪が降り注ぐ暗い夜、黒いカラスが街を黒色に染め上げて行く……
雅宗が乗る電車は感染者が増えていく中、北へと進んで行く……
雅宗と儚井が前の車両へと移ると多くの人が集まっていた。そこは前から2両目で、1両目には大量の人が運転席へと押しつめていた。
「何が起きてるんだよ‼︎」
「止まれないのかよ‼︎」
文句を運転席の窓から操縦士に叫ぶ乗客達。
だが電車はスピードを遅める事なく、金蔵時駅へと近づく。
金蔵時駅が見えてくると雅宗は窓から駅を見る。
「⁉︎」
雅宗が見た光景は、小ぢんまりとした駅だが、プラットフォームに大量の人が電車に向かって大声をあげながら手を指し伸ばしている。中には頭から血が出てハンカチで抑える女性や、その場に蹲る男性までいた。だが電車は金蔵時駅では止まらず、そのまま通過して行く。
その間、必死に電車に乗ろうと窓をつかもうとしたり、電車に向かって叫びながら、電車を叩く人達ばかりだった。
「……」
その電車に乗っている雅宗を含む全員が呆然とプラットフォームを眺めていた……
電車が駅を通過したその直後、押し寄せた人が前にいる人を押し、プラットフォームから落ちた。そして駅の外から大量の感染者が押し寄せ、その場から大量の悲鳴と血が流れていった……
そして窓を閉めた雅宗の元に連絡が届いていた。
「ん?……幸久から⁉︎」
ーーーーーーーーーーーーーー
荒瀬山の上空ではヘリでアディソン達の捜索が続いている。
山の中では光井がアディソンを担ぎ、森が周りを確認しながら慎重に進んでいた。すぐ上空にはヘリが徘徊しているが、まだ近くに感染者が細かにうろついている為、下手に連絡する事が出来ず、現在は全員草むらに伏せて居た。
「まだ付近には感染者がうろついているな……」
光井が言うと森は震えながら弱音を吐く。
「前は大杉さんや他の仲間がいたけど……今回は俺達2人だけ……か……はぁ……」
雪が降る寒さの中、ライトで周りを照らす森の額からは軽く汗が流れている。
「何弱音吐いてんだよ、ここから突破する方法を考えろよ」
「はぁ……もう少し山を降りれば、発煙筒を使えるんだけど……これじゃあ……」
感染者が何体もいて諦めるような声をあげる森。流石の光井の顔にも焦りの顔が浮かび上がっている。
「ちっ……よく見たら見慣れた服を着てる奴らまでいるぜ」
それは光井達と同じ自衛隊の服を着ている感染者達だった。その感染者の中には林に威張っていた木田の姿もあった。
「何が感染者を鎮圧するだ……自分達が鎮圧されてどうすんだよ全く……余計な奴らが感染者になったせいでもっと動きづらいじゃないか……」
走りたい光井だが今はアディソンを抱えていて下手に走ってもすぐに感染者に捕まってしまう為、走る事が出来ないのだ。それに森のテンションがどんどん下がって行く。
「実戦訓練や救助訓練、様々な訓練をしたけど非現実的な事が起きて全然訓練を活かせないまま死ぬのかな……嫌だな……そんなの……帰りたいな……実家に……」
悲しく小さな弱々しい声で独り言を嘆く森を見て光井は
「お前は生きたいか……」
静かに真剣な表情で言う光井に森は戸惑う。
「えっ……?」
「ここから逃げて生き抜きたいか……」
「う、うん……」
「そうか……」
すると光井が深く息を吸う。
「それなら、このままここに居ても埒が明けないな……アディソンさんを頼む‼︎森‼︎」
「な、何する気だ⁉︎」
突如光井がアディソンを森に託し、草むらを飛び出た。そして感染者がうろついている方へと走っていった。
「俺を食いたいか‼︎こっちに来い‼︎」
周りにいる感染者は光井の声に反応し、一斉に光井の方へと向かって行く。
「光井‼︎……すまない‼︎」
森は光井の背中を見つめ、アディソンを担ぎ山を降り始めた。
光井は1m先も見えない暗闇の中、追ってくる感染者達に拳銃を撃ち、どんどん感染者達を誘い出す。
「こんな事になるなら、自衛隊になるんじゃなかったぜ……でも、今が1番自衛隊になってよかったと思うぜ……こんな大役を担っているんだからよ‼︎」
光井はニヤリと笑い、アディソンと森を感染者達から離す事が出来た。
上空のヘリも山の中から聴こえてくる銃声に気づいた。
「今の銃声は……まさか……」
無数に飛び交うヘリは銃声がした付近をライトで照らし、銃声の主を探す。ヘリから山の中へと音声を流す。
「現在の居場所を発煙筒か何かで示してくれ‼︎発見次第、すぐさま救助をする‼︎」
森と光井はこの音声を聞き、光井は銃声をより激しく撃ち、森は周りの安全を確認し、発煙筒を炊き、思いっきり空へと掲げた。
「俺はここだぁぁぁぁ‼︎‼︎」
森が掲げた発煙筒から出てくる赤い煙はヘリからでもはっきりと分かるほど綺麗な色だった。ヘリはすぐさま発煙筒の元へと飛んでいく。
「来たか……」
ヘリが自分の真上へと来て、ライトを照らす。森は嬉しそうに手を振り、大声で叫ぶ。
「早くしてくれ‼︎怪我人がいるんだ‼︎……⁉︎」
後ろから人の気配を感じた。なんと感染者が真後ろにいた。
「ぐっ……‼︎」
アディソンを噛み付こうとした感染者に森は自分から身代わりになり左腕を噛まれた。
「クッソォォォ‼︎」
慌てて拳銃を取り出し、涙目になりながら感染者の頭を何発も何発も撃ち抜いた。
「はぁ……はぁ……感染者に……噛まれた……」
そしてヘリからロープと共に隊員が降りて来た。
「大丈夫ですか⁉︎……はっ⁉︎」
隊員は腕を噛まれた森を見て絶句した。
「お、俺はもうダメ……なのか……感染者に噛まれたら……」
「はい……すみませんが、貴方をヘリに乗せる事は……」
「……そうか……ならアディソンさんだけでも……⁉︎」
周りを見るとヘリの音や森の声を聞きつけ、四方八方から感染者数体が寄って来た。
「……早く上に‼︎」
隊員はアディソンをしっかりと掴み、上へと上がっていく。
森は寄ってくる感染者へと拳銃を撃ち、少しずつ迎撃する。流石に拳銃1つでは対処出来ない。
「くっ……なんて量だ……クソっ‼︎」
拳銃に弾を装填した瞬間、後ろから忍び寄った感染者に左肩を噛まれた。
「うあぁぁぁぁ‼……︎死ねっ‼︎」
右手で無理矢理肩から離し、銃で脳を撃ち抜いた。肩からは血が微量ながら流れて、激しい痛みに襲われた。
「また感染者に……くそ……」
そして背後から感染者がまた一体来た瞬間、一発の銃声が聞こえ、それと同時に背後の感染者が倒れた。
「お生憎様……俺もでね……」
「光井⁉︎」
草むらの隅から現れたのは身体中噛まれた後がある血まみれの光井だった。光井は救助隊員に大声で言い放った。
「おい‼︎アディソンさんが起きて、もし俺達の事を聞かれたら、別の場所で仕事してる伝えてくれ‼︎なるべく他の奴らにもアディソンさんに言わないように言ってくれ‼︎頼む‼︎」
隊員は何も言わずに頷き、2人に敬礼し、敬意を払った。それに対して2人も敬礼をした。隊員はアディソンをヘリに乗せて、ヘリは飛び立って行った。
2人は感染者に囲まれた森の中に残された。身体がだんだん白く色が変色を始めるが暗さでそれはあまり分からなかった。すると光井が軽く微笑んだ。
「へへ……」
「……も、もう感染が始まったか?」
「いや……これで俺達は二階級特進かなって……思ってね」
「ふっ……よく言うよ、こんな時に……」
「感染者になって国民を襲うくらいなら……」
そう言うと光井は震えた手で銃を森に向けた。
「な、何するんだ‼︎」
「お前ももう感染者になるんだ……自分の手を見てみろ……」
森が自分の手を見ると、両手が大きく震え上がっていた。恐怖や寒さとは違う、震えが森を襲っていた。
「な、な、なんだ……こ、これは……」
「感染の初期段階だ……諦めろ」
「やっぱり……ダメ……か」
諦めたように大人しくなり、森も銃を光井に向けた。
「死ぬ……な、なら……か、感染者じゃ、じゃなくて……」
「お前の……て、手で……殺して……くれ」
感染の病原体が体の内部を侵食し、おぼつかない喋り方になる2人は静かに引き金を引き、静かに暗い森の中で2発の銃声が響き渡った……
この時、午後7時42分……