修学旅行8日目 午後7時27分
午後7時27分……
雅宗は感染者を乗せた電車に乗り合わせてしまった。そこで何人もの乗客が感染者に襲われてしまった。そのまま電車は北へと向かって行く。
雅宗が窓を覗くと田んぼや山が背景に見える町に、感染カラスが飛び交う暗闇の夜に多くの人が必死に逃げ惑っている姿だった。警察が誘導するが、そんな事を御構い無しに逃げていた。
道路は渋滞を起こし、街には感染カラスに襲われた感染者で溢れかえっている。
「30分も経ってないのに……街がこんなことに……」
電車の乗客も窓から外を眺め、絶句する。
「……うそ……」
「そんな……」
雅宗は後ろの車両の様子を見る。何人もの人が倒れて、後ろの車両のドアは開きっぱなしになっている。
「……ここも安全じゃないかもしれない……」
雅宗は乗客全員に聞こえる大きな声を上げる。
「皆さん‼︎前の移動しましょう‼︎ここも危ないかもしれません‼︎前に行きしょう‼︎」
「……そうだね……我々も前の車両に行きましょう……」
中年サラリーマンも納得し、この車両に乗っている全員が前の車両へと向かった。そして車両を移り、席に座ると中年サラリーマンの男性が再び優しく話しかけてきた。
「私は儚井……君は?」
「俺は須藤雅宗……高校生だ……」
「こ、高校生⁉︎」
今の雅宗は制服ではなく、普通の冬服を着てるので儚井はそんな雅宗に驚いた。
「何で君はあんなに多くの事を知っているの?」
雅宗は儚井にしか聞こえない程の小声で言う。
「俺は鹿児島から船で四国まで逃げて来た……」
「鹿児島……⁉︎まさか今回の事件の発端となった⁉︎」
「あぁ……」
浮かない顔をしてうなづく雅宗。すると儚井は雅宗の頭を優しく撫でた。いきなりの事に雅宗はびっくりした。
「⁉︎な、何だ⁉︎」
「いや……高校生なのによくここまで1人で来れた事に尊敬したいんだ……」
雅宗はそっと儚井の手を退けて言う。
「1人なんかじゃないさ……友達がいた……先生もいた……そいつらのお陰で今の俺がいる。だけどみんなバラバラになって、何処にいるか分からないんだ……」
「……」
言葉に詰まる儚井。すると電車内のアナウンスが流れる。
「現在、感染者による暴動で金蔵時駅に止まることは出来ません。誠に申し訳ないですが、各駅との連絡を取りつつ、お客様に安全に降りれる駅で止まる事にします。本当に申し訳ありません」
「止まれないだって⁉︎」
「どうゆう事だ⁉︎」
多くの乗客が、不満を持ちながら運転席へとわらわらと向かっていく。
「……街全体が感染者によって制圧されていくのか……」
「何故こんな事に……」
車両の人が少し減った事を確認し儚井が言うと雅宗も言い放つ。
「感染動物達だ……」
「感染動物⁉︎」
「九州にいた動物達が感染者の屍肉を貪ったり、感染者の血が混ざった水を飲んだりして感染した。それがこの四国まで飛んで来たんだ……」
「そんな事可能なのかい?」
「感染した者は俺達と同じ普通の生物ではない。別物だと思った方がいい……痛みも感じない、疲れも感じない……ただ新鮮な肉を漁る化け物さ」
2人が話していると、同じ車両にいる女性が後ろの車両のドア方面を見て叫んだ。
「きゃぁぁぁ‼︎」
「何だ⁉︎」
雅宗は瞬時に立ち上がり、後ろ車両を見ると血まみれの人達が必死の形相でこの車両へと走って来た。
「……クソっ‼︎」
彼らは感染しておりもう手遅れ……そう思った雅宗はドアを強く掴み、向こうからは開けられないようにした。同じ車両の乗客はそんな雅宗を見て、ドン引きしているが、そんな事を御構い無しにドアを抑えた。
もちろん、後ろの車両の人達は必死にドアを開けようとして、雅宗へと必死に叫ぶ。
「開けてくれ‼︎頼むから‼︎」
「それは……無理だ‼︎あんたらはもう感染しているんだ‼︎」
少しずつドアが開きそうになり、雅宗は必死に抑えつけながら、呆然と見ている儚井に向かって鋭き睨みつけ叫ぶ。
「儚井さん‼︎あんたも手伝ってくれ‼︎‼︎」
「え……でも……」
「あんたも感染者になりたいのか‼︎早くしろ‼︎」
「……分かった……」
必死に叩く人達の手に付いている血がべっとりとつき、ガラスも血の手形がくっくりと付いた。儚井は目を逸らしながら、渋々ドアを抑えた。
後ろの車両の人達は、雅宗に罵倒を浴びせる。
「開けてくれ‼︎化け物共がすぐ近くまで‼︎」
「人の心がないのか‼︎」
「死にたくないんだ‼︎早く‼︎」
必死に訴えるが雅宗は耳を傾けず、儚井と共に無言でドアを抑え続ける。
「この車両もダメだ……彼らが感染者になるのも時間の問題だ……彼らが感染者になったら前の車両へと行来ましょう……」
そう言うと雅宗はその車両の乗客に抑えつけながら呼びかけた。
「皆さん‼︎もう一つ前の車両へと移動して下さい‼︎ここも危険です‼︎」
「私からもお願いします‼︎前へと移動をお願いします‼︎」
乗客はガラスの向こうに移る血まみれの人達から目を逸らしながら、さっさと前の車両へと移動して行く。
ドアを押さえつけながら儚井は雅宗に言う。
「わ、私達はどうするんだい⁉︎」
「以前ニュースでは噛まれた数分で感染者になる。それまで耐えるんだ‼︎」
後ろの車両のドア前には何十人もの乗客が集まり、雅宗達が抑えるドアを開けようとする中、雅宗は無情に徹する。
「後ろの人達は俺を悪魔や鬼と言うだろう……だが時には無情にならなければ生きていけない……生きたければ、無情になるんだ‼︎」
「……」
雅宗の言葉に儚井は申し訳なさそうに目を瞑り、ドアを強く抑えた。それから2人は1分間以上抑え続けるとドアを引っ張る力が感じなくなり、声が聞こえなくなった。
2人は手をそっと離し後ろの車両を確認すると、さっきまで必死にドアを開けようとしていた人達全員が感染者となり、車両内を徘徊していた。
「……」
この凄惨な光景を目の前にして絶句する儚井。身体を震わせ、腰を抜かし地面に尻餅をついた。
「はぁ……私が……彼らを……見殺しに……」
息を荒げて恐怖に身体が動かなくなる儚井に雅宗は優しく語りかけた。
「俺達も早く行きましょう……」
雅宗は儚井の肩を持ち、前の車両へも移って行く。
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食事を終えて、小さな個室にいる真沙美の元に早速幸久のスマホから連絡が届いていた。
なるべく電話ではなくLINEで連絡を頼む。
と書かれていた。
「……」
連絡を見た真沙美は、すぐに幸久に連絡を入れた。
明日に署長と共に香川県に行く事になった。なるべく連絡は細かに送るわ。
雅宗は香川県にいる。電話も繋がる。
と幸久に送った。
「……本当にみんなで帰れる日は来るのかしら……」
真沙美は暗い表情にし下に俯く。スマホをギュッと握りしめ、みんなの無事を祈るしか出来ないのであった。
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その頃、荒瀬山上空は無数のヘリが旋回し、アディソン達を捜索している。
「墜落したヘリを発見‼︎乗組員の安否は不明‼︎」
山の中から燃え上がる煙と炎。そして山の中に蠢いている感染者達。ヘリはライトを照らしながら、アディソンを捜索を続けている。
「感染者ばかりで、乗組員の姿が確認出来ません‼︎」
捜索は難航を極めていた。アディソン……そして森と光井の安否は……
この時、午後7時33分……