修学旅行4日目 午後9時35分
午後9時35分……
ホテル8階 816号室
何名かの先生達が会議している。今の暴動で明日の予定が変更されると会議をしていた。そして生徒達が部屋に居るか調べ終えたところだ。1人の若い角刈り教師が悔しそうな顔で名簿を提出した。
「生徒の確認はしました……まだ結構な人数がホテルに戻って来てません……」
その目線の先に1人の白髪のスーツ姿の男性教師が偉そうに座っている。この人こそ時忠高校の教頭先生なのだ。教頭は冷静沈着に話を進めた。
「ホテルの玄関にいる明石先生達からは連絡はありませんか?」
「何回も連絡してはいるんですが、全く返事が来ませんね……」
茶髪の女性教師が説明すると、教頭は舌打ちをしてねちねちと言い始めた。
「ただでさえ大変な時なのに……連絡をしないなんて非常識な。教師として失格だ‼︎」
その一言で部屋は静まり返った。
「一体何をしているんだ‼︎彼らは‼︎」
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その頃南先生と西河先生は息を切らせながら高見馬場南の鹿児島市電高見馬場駅前の歩道を歩いていた。西河先生は無事に南先生と合流出来たようだ。
「昔はもっと早く走れたんですけどね……ははは」
「はは、僕もですよ……それにしても人が全く居ませんね……生徒達の姿も」
「みんな何処か安全な場所に隠れているんでしょう」
2人ともこんな状況ながら無理やり笑って話をしていた。というよりもこんな状況だからこそ、精神を保つために無理矢理笑っていた。
「先生!!」
「ん?」
大声で叫ぶ男性の声が聞こえてきた。そこの先にいたのは由弘達であり、ゾンビから全力疾走で逃げながら、2人の歩道へ向かいながら大声で叫ぶ。
「今すぐ逃げて下さい‼︎こっちは危険でーす‼︎」
「よ、由弘君!?!
西河先生は由弘の声とゾンビ達がこちらに向かって来る事にやっと気づいた。
「由弘?それに、何かが追いかけて来ている……のか?それにあれは鷲田龍樹?まさか追いかけて来てるのは暴徒⁉︎」
未だゾンビだと気づかず、暴徒と思い込んでいる西河先生に龍樹も大声で一言。
「お前らも早く逃げろ‼︎」
そして由弘達が10m圏内に入った時、西河先生は南先生よりいち早く気付いた。こいつらは暴徒じゃない、異常事態だと。
「と、とにかく逃げましょう!南先生!」
「は、はい!」
2人の先生がホテル側に振り向くとゾンビが1体、目の前からゆっくりと迫っていた。
「きゃあぁぁぁ!!!」
甲高く悲鳴をあげる南先生。びっくりして手足が震えて動かなくなり、その場に膝をつく西河先生。
「あ……あわわ……」
「先生‼︎」
その時、先生の元に走って来た由弘がそのゾンビに向かって思いっきりタックルした。柔道部で鍛えた大柄で屈強な体がゾンビに直撃し、3m以上飛んで行く。吹っ飛んだゾンビは身体をピクピクと痙攣している。由弘は体勢を整えて先生達に言う。
「休んでる暇はありません‼︎急いで立ち上がって‼︎」
由弘の言葉に西河先生はゆっくりと立ち上がり、震えた声で言う。
「あ、あれは何なんだ?」
「話は後です!ホテルに戻りましょう!!」
「でも……他の生徒達が……」
「それより今は、自分の安全の確保が優先です!」
すると龍樹がさらっと一言言う。
「こんな状態でホテルへ戻ったら大変なことになるぞ」
「何とか奴らから逃げてからではないとホテルへは戻れないな……一旦隠れてやり過ごすぞ‼︎」
由弘の言葉に3人は一度うなづき、何処かへ隠れる事にした。
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雅宗達は、高見橋の真ん中付近を走っている。雅宗は息切れを起こしかけているが里彦はまだ余裕そうだ。そこで里彦は心配そうに話しかける。
「大丈夫か?少し休むか?」
「はぁ、はぁ……奴らは追いかけて来てないようだな……はぁ……どうしてだろう?」
「俺達を見失ったからか?」
「だと、いいんだがな……」
ある程度ゾンビ達から距離を離したのか、ゾンビ達が見えなくなった。疲れた雅宗の口からは白い息がずっと出っ放しだ。
「はぁ……少し休んでもいいか……」
「良いよ。俺は周りを見張ってるから、少しでも体力を戻しておけ」
「すまないな……」
橋の手すりに腰を掛けたいが雪で濡れていて腰を掛ける事が出来ない。だから雅宗は腰を屈めて膝に手を当てて休憩した。そして里彦はホテルの方角を見て言う。
「早くホテルに帰って暖かい風呂に入りたいな……それに伸二にも色々と言わないといけないな」
「……今はあのホテルが遠く見えるよ」
「そうだな……」
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ホテル8階809号室
雅宗達が居ない部屋に幸久ただ一人が呆然と佇んでいた。さっきのニュースを見て、雅宗達の安否が気になり居ても立っても居られなくなり、先生の目を盗んで1階へとエレベーターで向かっている。
エレベーターはゆっくりと1階へと降りていく。その間も幸久の心の中には親友である由弘や雅宗、そしてまだ戻って来てない生徒達全員を心配している。
「2人共あれ以来連絡が来ない。大丈夫だよな……」
自問自答を繰り返していると1階へと到着し緊張する中、ドアがゆっくり開く。そこはホテル内の和風で綺麗な音楽だけが流れていて、人の気配すら感じない。1時間前までは多くの人で賑わっていた。だが、今は誰もいない──不気味な雰囲気が漂う。
「何だ?誰もいない……のか」
幸久は不安に駆り立てられながらもロビーへと向かう。だがロビーへと向かう途中の廊下で、飛び散った血のような赤い斑点が壁に付いていたり、壁に赤い手形が張り付いて、手を引っ付けたまま血とともにずり落ちた跡もある。
幸久は身の毛もよだつ思いが体全体を包み込み、その血が人間の物であると即理解した。
「まさか、血……⁉︎」
綺麗な石のタイルが貼られているロビーは無残にも血が猟奇的な殺人現場の如く飛び散っており、ホテル員やその他の客が何人も倒れている。
「あ、あぁ……」
この光景に幸久は開いた口が塞がらず、無理やり口を手で押さえる。するとロビーのカウンター横の事務室のドアがゆっくり開く。
「はっ!?だ、誰かいるんですか!!」
ドアから出てきたのは、首から血が垂れた白い肌の明石先生だった。下を向きながらこちらへと歩いて行く。明らかに様子がおかしい、だが幸久は明石先生へと駆け寄った。
「明石先生⁉︎大丈夫ですか‼︎」
明石先生へと走っていくと、明石先生はゆっくり顔を上げた。
「明石……先生?」
幸久が見たもの、それは明石先生だが明石先生じゃない。先生は白眼となり、首を傾けて唸り声をあげている。そして急に幸久目掛けて走ってきた。
「せ、先生⁉︎」
この時、幸久は思い出した。さっきのニュースの生中継でも一瞬映ったのは血まみれで白い肌の生徒だった。明石先生もその生徒と同じ状態になっている。
「まさか……」
それをすぐに察知した幸久はすぐさま後ろを向き、エレベーター向けて全速力で走り始める。
「クソ!どうなってんだよ!」
元陸上部キャプテンの幸久だが、今回は走るフォームなんて関係ない。とにかくがむしゃらに走った。そして明石先生との距離を離してエレベーターへとたどり着きボタンを何度も何度も押した。どんだけ押しても早く来る事はないが、とにかく押し続けた。
「早く来い!!」
明石先生が徐々に近づき、心臓の鼓動も徐々に早くなってきた。そしてドアが開き、焦りながら8階を何回も連打する。閉ボタンも同時に連打する。だが明石先生はすぐ目と鼻の先にいる。
「早く閉じろ‼︎」
明石先生が後1mに差し掛かった時、ドアは無事に閉じた。幸久は物凄く息切れを起こしている。安心したのか、エレベーターの中で腰を下ろした。
何が起きているのか分からない。だが、1つだけ分かった事──それは、この街で何かとんでもない事が起きている。それも普通ではなく、尋常な事ではない。
「はぁ、はぁ……助かった……」
8階へと到達しエレベーターが開き、重い腰を上げて、警戒しながらエレベーターから出る。
「やっと着いたか……」
するとエレベーターのすぐ横に女子生徒のゾンビが徘徊していた。幸久はすぐに見つけた。それも自分の部屋の806号室の前に。
「⁉︎」
先ほどの先生の豹変を見た幸久には思った。彼女も多分襲ってくるだろうと。だが、ここにいても更に増えるかもしれない。とにかく今はここから部屋に戻る事を考えて、一気にエレベーターから出て突っ走った。
幸久の反応速度は早く、ゾンビの横を素早く走り抜け自分の部屋へと駆ける。勿論ゾンビも幸久を追うが先程と同じく距離を離して809号室のドアを到着する。そして震える手を抑えて鍵をポケットから出す。
「こ、こんな時が手が……」
焦る幸久。そして迫り来るゾンビ。鍵穴に鍵を入れようとするが震える手が全く鍵穴に入らず、焦りの汗が流れてくる。
心臓もバクバクと鼓動を増し、今聞こえるのは心臓の音だけだった。
「くっ……早く……」
すると上手く鍵が鍵穴に入りドアが開いた。そしてドアへと滑り込みドアを閉める、がゾンビの手がドアに挟まりドアが閉まらない。
「その手を退かせ!!」
手を無理やり入れ部屋に入り込もうとするゾンビ。ドアを押し部屋への侵入を押さえる幸久。どんだけ押しても手を引っ込めないゾンビに幸久は……ドアを開けた。
ゾンビは部屋に入り込み、その先にドアの内側に隠れていた幸久は一旦廊下へと出た。
「こっちだ!こっちに来い!」
ゾンビは幸久を発見し、すぐさま廊下へと走る。そして幸久は外側ドアの隣の壁に張り付いた。ゾンビが廊下に出た瞬間、すぐさま部屋に入り込み、入った途端鍵をしめた。何とかゾンビから逃げる事に成功した。
「はぁ……何とかなったな……」
幸久は顔面を真っ青になり、ある事に気付いた。
「そういえばここ、8階だよな……まさか、このホテル、アイツらに囲まれてるのか……」
8階にいるゾンビ──つまり、奴らがここまで自分の足で来たという事になる。
「おいおい、マジで勘弁してくれよ……」
この時、午後9時49分……