修学旅行4日目 午後8時36分
午後8時36分……
黒い煙が漂よう鹿児島中央駅。街中はもちろん、ホテルの屋上はざわざわと騒ぎ始めた。
「事故?」
「動画に撮っておこうぜ‼︎」
呑気に写真や動画を撮る生徒達もちらほらいる。SNSにでも軽く投稿する気なのだろうか。
「ん?」
幸久がふと、ホテル近くの道路を見ると、人が人へと飛びかかっているような光景が見えた。その光景に幸久は驚き、一度目を擦り、二度見をした。
「!?」
「どうしたの?幸久?」
「いや、何でもない(気のせいか……)」
不安な表情になる幸久。何か嫌な予感を感じていた。それもとてつもない恐怖を。
「雅宗……」
その場に雅宗がいない事を祈る真沙美。そして、この煙は外に出ている生徒達の多くは気づいていた。もちろん雅宗達も……
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雅宗達……高見橋を渡ってる途中である。
「何だあの煙は?」
「行ってみよう。ん?……雪?」
由弘が右手を差し出しすと、手のひらに小粒の綺麗な白い雪がゆっくりと落ちて来た。上を見上げると無数の雪が舞い落ちて来る。それに見惚れていると雅宗が一足先に走っていく。
「由弘!早く行くぞ!」
「お、おう」
雅宗達は橋を渡り、煙の出た駅前の広場へとウキウキしながらいく。そこには大きな囲みが出来ていた。そこには時忠高校の生徒や一般の人なども多くいた。 だが、人が多すぎて煙以外全く見えなかった?
「何があったんだ?」
「ここからじゃ見えねぇな……」
二人は人ごみの中を通り、前に出てきた。そして、煙の方向を見ると、軽自動車が電柱にぶつかっている。エンジン部分からは炎が燃え盛り、黒く焦げた臭いが鼻に付き、暗い煙は空から降ってくる白い雪とは真逆に空へと舞い上がって行く。
「じ、事故なのか?」
「それも、ド派手にやったようだな……」
窓ガラスはヒビ割れ、電柱が車にめり込んでいる所を見ると、すごいスピードでぶつかったのが分かる。警察などもまだ来ておらず、駅前はスマホのカメラを構えた野次馬だらけである。
車が故障している横で、サラリーマン風の男と駅員さんの2人が、手と足を無造作に動かして暴れている水色の作業服の男を抑えている。まるで酔っ払いのような暴れっぷりに由弘が腕を鳴らしながら前へ出ようとした。
「酔っ払いか?俺が止めに入るぞ」
「やめとけよ、あの人殺す気か?」
由弘は柔道県大会で2位の実力がある。そんな奴に酔っ払いが投げられたら、死んでしまう。そう思った雅宗は由弘を止めてただ見てるだけだった。
その間、野次馬達は事故を祭りのような感じでスマホで写真や動画を夢中で撮っている。すると、作業服の男が駅員の裾を強く引っ張り何かを訴えてる。
「……けて……た……てくれ……」
息が切れそうな声、そして死んだように白い肌。その言葉を最後に作業服の男の動きが魂が抜けたように止まった。裾を引っ張ってた手も離れ体は地面に倒れた。その瞬間、撮影していた野次馬達は我に返り、その場は静まり返った。殆どの人がスマホを離し作業服の男を見た。サラリーマン風の男と駅員が心臓が動いていないのを確認した。
「死ん……だのか」
「……嘘だろ?」
人が目の前で死んだ。こんな初めての光景に雅宗の心臓はドキドキと鼓動し、手がブルブルと震えていた。由弘も同様で、心臓が激しく鼓動を繰り返していた。
すると、作業服の男の手がピクッと動き始めた。そして作業服の男はいきなり駅員の足を両手で抑え、迷いもなく噛み始めた。
「うっ……ギャァァァ!!」
駅員は悲痛な叫びをあげた。そして足の付け根を肉ごと噛みちぎって、雅宗たちの前に吐き捨てた。
「え?」
雅宗から薄いリアクションが出る。これはフィクションなのか、夢なのか、そう問いかけていた最中で、何が起きたか一瞬、理解できなかった。
血は雪や地面に飛び散り、駅員は倒れた。野次馬達は逃げ、サラリーマン風の男も逃げ、広場には大人数の叫び声が広がった。
呆然と立っていた雅宗の肩を思いっきり揺らして由弘は雅宗を起こした。
「雅宗!!」
「……はっ!?何だ、今のは⁉︎」
「あの男、噛みついたぞ!逃げるぞ!!」
気を取り戻した雅宗達も逃げようとした時、作業服の男が立ち上がった。男は白い目をして、口を大きく開けて、おびただしい量の血が垂れている。そして雅宗の方へ目があった瞬間、雅宗目掛けて言葉にならないうめき声をあげながらフラフラとした歩きを数歩した後、いきなり走り始めた。
「こ、こっちに来た……」
「逃げろ!!」
動揺して体が動かなくなる雅宗だが、由弘の声で再び我に戻り全速力で逃げた。後ろも見ず、男が何処まで迫ってきてるかも分からずただ真っ直ぐに逃げた。
そして街の入り組んだ路地裏まで逃げた雅宗は息切れ寸前で、由弘は案外平気そうだ。体力に自信あるだけに雅宗より体力がある。雅宗は息が切れそうになりながら路地裏の外を確認している由弘に尋ねる。
「何なんだ……今の……」
「俺に聞かれても分かんねぇよ!」
「あ……あの顔……人間じゃ……なかった……」
街から鳴り響く悲鳴の数々。これは現実なのか、夢なら覚めてくれと願う雅宗であった。
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その頃、噛まれて倒れていた駅員の顔色が、変わり始めていた。駅から出て来た野次馬が更に増え、駅の警備員が事故った車の付近と倒れた駅員を確認している。そして警備員2人係で起こそうとしていた。
「だ、大丈夫か?」
警備員が生きているか確認しようしたその瞬間、倒れていた駅員が起こそうとした警備員の右腕を掴み、思いっきり噛みついた。
「い、痛!何するんだ!」
すぐさま駅員を離し、手を確認したら、右腕には歯型が何個もめり込んでいて腕から血が流れていた。そして駅員は立ち上がり、そのまま別の警備員へと飛びかかって首元に噛み付いた。警備員の叫び声と共に瞬く間に駅前はパニックになった。
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駅から離れた港近くの天文館公園。暗く、切れかけの電柱の下で雪菜と3人の取り巻きがタバコを吸っていた。
「駅前とか行かなくていいの?雪菜?」
「あたしはうるさい所は苦手でね。静かな所が好きなのさ」
吸い終わったタバコを小さな雪山に捨て、立ち去ろうとすると公園の入り口に人影が見えた。電灯が無いせいか姿ははっきりとは見えない。雪菜は目を細めて言う。
「誰かこっちをみてるぜ」
「あたしが見てくる」
取り巻きの1人遥子が言うと、その人影の元へと恐れもなく近づいて行った。
「何だよオメェ!あたし達に何か用でもあんのか?」
人を見下したように、その人物に突っかかる遥子。その人物は駅前のとは違う作業服の男だった。その男もまた口から血を垂れ流し、虚ろな目をしている。その姿に遥子は驚き、数歩後退した。
「うわっ!なんだこいつ!!気持ち悪りぃ!!」
すると男はいきなり遥子の親指へ噛みつき、そのまま簡単に噛みちぎって、吐き飛ばした。一瞬の出来事で、遥子は噛みちぎられた事がわからなかった。
「えっ……」
すかさず男は、遥子の首元に噛みついた。雪菜達もその異変に気づき始めた。果物を食べるように噛みつき、そして噴水のように首から吹き出す血。地面の白い雪に血がべっとりと、塗り替えて赤色の雪へと変貌した。
「ふざけんなよ!」
もう1人の取り巻き真矢が、首元に噛みついている男の元へと行き、頬を思いっきり殴った。パンチはもろにあたり、拳は頬にめり込んだが、男は一切噛むのをやめない。その間も噛まれている遥子の力はだんだんと弱まっている。
「あぁ……」
力が無くなるかのように地面に倒れた。血は溢れる水のように地面を赤く染めた。
「きゃぁぁぁ!!」
真矢は甲高く悲鳴をあげた。暗く何が起きてるかははっきりとは見えないが、雪菜は仲間が倒れているのは分かり、少しばかり不安になってきた。
「お、おい……どうなったんだよ?沙里奈も行って来いよ」
「わ、私が?」
「そうだよ!行け!」
2人が口論してる間に、男はそのまま真矢の右腕へ噛みつき始めた。手を振り解こうとするが強く噛まれ、離すことができない。
「は、離せ!!この!」
足で蹴ったり、左手で殴ったりと激しく抵抗するが、痛覚が感じないのか男は無性に噛みつく。
「うっ……」
雪菜は沙里奈の腹を殴り、行くように命じる。
「行け……さもないともう一発ぶち込む!!早く行け!!」
「わ、分かった……」
沙里奈が男の方へと恐る恐る近づくと、倒れていた遥子に足を掴まれる。一旦しゃがみ遥子の顔を心配そう覗き込む。
「遥子!大丈夫⁉︎」
顔を上げた遥子は、口から血が流れ、歯は全て抜け落ちていた。白い目となり、唸り声をあげていた。
「きゃゃぁぁぁ!!!」
離そうと足を振り払うとするが一切離れず、蹴っても何も反応しない。
「離せ!!離せ!!」
すると遥子は沙里奈の足に噛みついた。沙里奈の体に激痛が走り、地面へと尻餅をついた。そして涙目で手を伸ばし、雪菜へと助けを求める。
「雪菜……助けて……」
真矢も横腹を噛まれて、血が滝のよう流れ、その場に血の池が出来上がった。もう意識は無くなっていた。ただの屍のように。その姿を見て衝撃のあまり、尻餅をついた。
「あっ……あぁ……」
雪菜は驚きの光景に恐怖し、顔面が青ざめて震え始める足を無理やり立たせ、涙目になりながら建物の壁に片手をつき逃げ始めた。
「雪菜ぁぁ!!!待って!!!助けてぇぇぇ!!!」
沙里奈の悲痛な叫び声が響くが、耳を傾けずに、ただひたすらに逃げる事だけを考え、おぼつかない足取りで公園から立ち去った。そして自分の理性を保つために、ずっと一人ごとを呟いていた。
「これは夢だ……夢なんだ……夢なんだ……」
立ち去ってからも、公園からは叫び声が聞こえてたが、その内声はなくなり、肉を乱暴に貪り食うような音しか聞こえなくなった。
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ホテル屋上……
最初は興味本意で写真や動画を撮っていた生徒や幸久達は、唖然と街を眺めていた。
10分くらい前までは、綺麗な風景だった場所が今や駅前以外にも繁華街からも阿鼻叫喚の叫び声が響いている。幸久にも街から聞こえて来る声が心に響く。
「何が起きているんだ……」
真沙美は雅宗に電話を掛けるが出る様子はなかった。それが更に不安となり、真沙美の心は不安だらけとなった。
「雅宗……無事だよね……絶対に」
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8階の伸二の部屋
テレビをつけて、ツイッターを見て行ていると[鹿児島中央駅で変な奴が駅員を噛み付いていたwww]という名の動画があった。それは雅宗達が見た男が噛み付く光景が動画してツイッターに流れていた。
「鹿児島中央駅って……まさか……」
するとテレビから緊急速報のテロップが出て来た。
鹿児島中央駅付近にて、小規模な暴動が起こり死傷者が多数出た模様。機動隊が出動し鎮圧を試みる模様。付近の住民は安全な場所へ避難するか、自宅へ待機をお願いします。
「映画みたいな展開だな……」
テロップを見た伸二は部屋の窓を開け、外を覗くと、駅前付近で逃げ惑う人々や倒れている人の姿が目に焼き付いた。
「……え、これ……マジもんかよ……」
伸二は口を開けこの光景を、呆然と見る事しか出来ない。動画や写真も撮る事もしない。ただこの光景を目に焼き付けているだけだ。
この時午後8時49分……