修学旅行5日目 午前10時2分
午前10時2分……
幸久達の努力の甲斐あって、706号室の鍵を手に入れた。だがその代わりに秀丸の命を失ってしまった。意気消沈する幸久達は非常階段で7階へと戻って行った。
「雅宗、これを返す……」
幸久は血の付着した木刀を雅宗に返した。雅宗は血が付いているのに気づいたが何も言わずに受け取った。
そして7階の廊下に来た時、多くの野球部の生徒やサッカー部の生徒が近寄って来た。
「おい‼︎大丈夫だったのか⁉︎」
「怪我はないか⁉︎」
すると幸久はいきなり膝をつき、頭を地面つけはじめた。
「鍵は手に入れた、だが、秀丸は……」
生徒達は秀丸がいない事に気付きはじめた。そして廊下全体が騒めき立った。
「秀丸……秀丸は何処だ?」
すると幸久は生徒達の前で土下座して謝った。
「秀丸は感染者に、噛まれた。俺はその時、逃げる事しか出来なかった……本当にすまない」
「嘘だろ……」
すると
「ぐはっ‼︎」
「幸久君‼︎」
「幸久‼︎」
野球部の生徒1人が幸久の頬を力一杯殴り掛かって来た。幸久は軽く後ろに仰け反り、頬が赤く腫れた。南先生や由弘が幸久を支える。雅宗はその生徒に殴りかかった。
「雅宗‼︎何してるんだ‼︎」
「こいつには分かっていないんだ‼︎幸久がどんな思いをしたかを‼︎」
西河先生に雅宗は抑えられ、生徒はまた殴りかかろうとする。
「何をやっているの‼︎やめなさい貴方達‼︎」
「お前が秀丸を見殺しにしたって事か‼︎お前が秀丸を‼︎」
南先生の声を無視するように怒り狂う野球部の生徒は他の生徒達に取り押さえられる。だがその生徒の顔や他の野球部の生徒からは多くの涙が流れていた。幸久にも分かっていた。 同じ状況だったら自分も同じ事をしていただろうと。
由弘もその生徒を止めに入った。
「落ち着け‼︎」
「こいつは秀丸を見捨てたんだ‼︎こいつが代わりに死ねば良かったんだ‼︎」
「何だと⁉︎貴様ぁ‼︎」
野球部員の言葉に、西河先生の腕を振り払って雅宗も怒りを表す。
「幸久だって辛いんだぞ‼︎分かってやれ‼︎お前達の辛さもわかるが幸久も同じ、いやそれ以上の辛さを味わっているんだ‼︎」
「うるさい‼︎」
まだ言い合いをする声に、部屋に待機していた由美と真沙美も騒ぎに気づき、廊下に出る。
「幸久⁉︎」
由美が見た幸久は南先生と由弘に支えられていた。そして頬の腫れた跡にも気づいた。
「大丈夫⁉︎何があったの‼︎」
人混みをくぐり抜け、幸久の元に行く。
「何をされたの?幸久?」
「俺の問題だ、お前は部屋に戻っていろ……」
野球部が多くいる事から由美は野球部全員を睨みつける。
「あんた達‼︎幸久に何をしたの‼︎」
「こいつは秀丸を見殺しにしたんだよ‼︎この人殺し‼︎」
「……見捨てた?幸久がそんな事するわけ……」
幸久を見ると、幸久は俯いていた。
「本当だ、俺のせいだ」
「えっ……」
南先生は西河先生と共に幸久の肩を持ち上げ野球部生徒に言い放つ。
「早くその子を部屋に戻しなさい‼︎」
「12時まで自分の部屋で待機していろ‼︎」
そして幸久と共に静かに上がっていった。
「私も……」
由美も共に行こうとすると幸久は力無い小声で言う。
「すまない由美、1人にさせてくれ……」
「……うん」
長い間一緒にいた由美だったが、こんなにも元気のない幸久は初めて見た。辛い時でも明るく振舞っていたる幸久だが、今回は違う。由美は幸久に何も言わずに部屋へと戻った。
「真沙美、戻ろう……」
「う、うん……」
下を向きながら、部屋に入って行く由美。真沙美も無言で部屋に戻って行く。
野球部やサッカー部の生徒達も渋々と8階へと戻って行った。そして雅宗と由弘、蒼一郎と里彦だけが7階の廊下に残った。7階を助けた時と真逆で静かで悲しい雰囲気が漂う。
「鍵を開けよう……」
「あぁ……」
蒼一郎はそう言うと706号室の前に行き鍵を開けた。そして雅宗は押入れに突っかかっている棒を取り除いた。
「大丈夫か?助けに来たぞ」
すると暗い押入れから、綾音が出て来た。雅宗の目を見ると同時に目から涙が出て来た。
「ありがとう、もう駄目かと……」
「そうか、もう大丈夫だからな……」
「何か飲むと良い」
雅宗と由弘が綾音と話している時、幸久は……809号室に連れて行かれていた。
「幸久君、今は休んだ方がいいわ、12時までまだ時間があるし」
「ありがとうございます。先生……」
そう言うと西河先生と南先生は部屋から立ち去って行った。そして幸久は涙を浮かべながら、机を思いっきり叩いた。
「俺のせいだ‼︎俺が連れて行ったから秀丸は、くっ」
「何を1人で喋っているんだ?」
話しかけて来たのは、先程からずっとベットの上で寝転んでた龍樹であった。完全に存在を忘れており、目の涙を拭き、対応した。
「いや、なんでもない……」
「さっき言ってた作戦とやらは成功したのか?」
「成功したが……」
幸久のたどたどしい態度に龍樹は何かを思った。
「……まさか誰か死んだのか?」
「あぁ、俺のせいで……」
「マジかよ……」
冗談のつもりで言った龍樹だったが、本当だと分かり気まずい雰囲気になる。
「……こんな事言うのはあれだが、人って脆いって事だ。目に見えないウィルスで日本中こんなにも大騒ぎだ……俺達はそのやばいウィルスがいる最前線にいる。どんな事があって今は耐えるしかないと言う事だ。たとえ人の死でもな」
「仲間の死をただ耐えろって言うのか‼︎」
龍樹は幸久の制服の胸ぐらを掴む。
「そいつの死は無駄にならないと言う訳だ。そいつの死で俺達は目を覚ました筈だ。俺達は死地にいるって事をそいつで慣れるんだな」
「これ以上絶対に誰も死なさない‼︎そして鹿児島から脱出するんだ‼︎俺達は‼︎」
幸久がそう言うと龍樹はそのまま幸久をベットへと突き飛ばした。
「俺達がこの死地から脱出出来たらな……」
「……脱出してやるさ、絶対に‼︎」
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その頃、806号室に戻って来た里彦だが、伸二が慌ただしくしている。
「どうしたんだ?伸二?」
「大変なんだよ‼︎」
SNSで宮崎県に現れた感染者の写真を見つけた事を教えた。
「何⁉︎宮崎県にだと⁉︎」
「本当だよ、予想以上に増えるスピードが早い……これはまだ、テレビでは報道されていない……」
「何でだよ、こんなの絶対報道するべきだろ!」
「今報道したら宮崎県や他の県も大混乱に陥る。それを防ぐ為かも……まだ広がってもいない筈」
宮崎県はゾンビが着実に増えている。そう確信する伸二であった。
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1階の女子トイレ。雪菜は幸久達の立てた物音に気付き、ドアを開ける。
「さっき人の声が……」
ドアを開けるが、ロビーには幸久達がいた時よりも増えていた。
「やっぱり気のせいなのか……くっそ〜何なんだよ……こいつら」
再びトイレに戻り、トイレの便座に座り寝る事にした雪菜……
そして……時は流れて……
午前11時50分……