修学旅行5日目 午前9時45分
午前9時45分……
明かりを付けると目の前に感染者がいた。幸久はビックリして腰を抜かしてしまった。そして感染者の手が幸久の顔を目掛け伸びた瞬間
「うおおおぉぉぉ‼︎」
秀丸がホテル員感染者の頭に木刀をバットのフルスイングのフォームで食らわせた。感染者は2メートル吹き飛び棚に激突し倒れた。ピクピクと痙攣を起こしそのまま動かなくなった。
「人間と思うなって言ったよな……だからぶっ飛ばした……」
「ひ、ひぃ〜」
蒼一郎も幸久同様ビビって動けなくなり、苦笑いをしていた。
「は、はは……助かったよ」
「良いってもんよ」
秀丸は蒼一郎と幸久に手を伸ばし立たせた。
「早く探そう。706号室の鍵を」
「あぁ……でもこの中をか……」
事務室の中には死体が何体も転がっており、血が飛び散った書類や倒れている机や床に落ちているパソコンがあり、どこに合い鍵があるか全く分からない。
「ここにも感染者が居たって訳かよ……」
唖然とする蒼一郎。
「俺の記憶上、昔旅行へ行った時に鍵無くした時、ホテル員が事務室に取りに行った記憶が、このホテルではないが……」
「入れ物とか無いのか?」
「とりあえずそれっぽいのを探すぞ」
3人は鍵を探すべく事務室内を漁ることにした。だが血の生臭い匂いが3人の鼻を刺激して探す所ではない。
「こ、こんなのキツイ……」
「我慢しろ‼︎鼻にティッシュでも詰めとけ‼︎」
秀丸が蒼一郎に一喝し、しぶしぶと探し始める。だが狭い事務室の中にある血の生臭さは、精神と共に3人の体力もを奪い取る。予想以上の刺激臭が部屋の中に充満する。鼻を摘みながら探すが、流石に気分が悪くなって来る。
「あったぞ‼︎」
部屋の奥から蒼一郎が走って来た。
「706号室の合い鍵あった……ぐへっ!」
走って来た蒼一郎がなにかに躓き、急に転けた。
「痛てて……うわっ‼︎」
それはホテル員の食い荒らされた後の死体だった。死体の赤い血が蒼一郎の制服についてしまった。
「き、気持ち悪りぃぃ!」
秀丸が手を伸ばし蒼一郎を引っ張る。
「サッカー部のキャプテンだろ?そんくらいでビビるんじゃねーよ。部員もみんなこんなのばっかなのかぁ?」
この挑発にも近い発言に、蒼一郎は秀丸の伸ばす手を強く握り、睨みつける。
「俺の悪口はいいが、部員の悪口はゆるさねぇぞ‼︎」
「ふっ……それでいいんだよ、それで。キャプテンならキャプテンらしくしなきゃな」
「ふっ、大きなお世話だ」
2人はお互いの胸ぐらを掴みながら笑った。ここに1つの謎の友情が生まれた。そして鍵を見つけた3人は事務室の出口に立つ。幸久は明石先生がドアの真ん前にいるか不安に思っている。
「ドアの前には明石先生がいるぞ」
「この木刀でぶちのめすまでだ」
幸久達は作戦を考えた。幸久がドアを開け明石先生がいた場合、秀丸が木刀で一撃食らわす。そのまま2階の非常階段まで突っ走る。
「開けるぞ‼︎」
「来い‼︎」
勢いよくドアを開けると、明石先生が目の前にいた。だが秀丸は先生が動く前に顔面目掛けて一撃フルスイングを決める。
「くたばれっ‼︎」
まさにホームラン級のバッティングに勢いよく吹き飛び、ロビーのガラス張りの机に頭から突っ込んだ。その間に3人は事務室から飛び出て、ロビーを駆ける。走っている時、由弘から連絡が来た。
「ゲームコーナー前の廊下に、何体かいるぞ‼︎しばらく待機しろ‼︎」
「……分かった」
幸久は通話を続けたまま、スマホをポケットに戻す。そして階段前で止まり2人に伝える。
「ここで一旦待機するぞ。ゲームコーナー付近で何体かいるみたいだ」
「ここでか?さっき見ただろ?俺には武器がある。またぶっ飛ばせばいい!」
「今は一体だから倒せた。状況が違うんだぞ‼︎」
「そうやってウジウジしてる奴ほど死にやすいんだよ‼︎」
そう言うと秀丸は1人で一気に階段を走り出した。1人で数体いる感染者に挑むつもりだ。慎重に行こうと提案する幸久に対して、一気にカタをつけようする秀丸。
「待て‼︎むやみに行くな‼︎」
幸久の声に耳を傾けずに行く秀丸に、幸久と蒼一郎は秀丸を急いで追いかける。そして秀丸はゲームセンター前で見た。
「あれは、ウチの生徒か?」
秀丸がゲームコーナー前で見つけた感染者は時忠高校の生徒だった。
「……ウチの生徒だろうが感染者には容赦はなしだ‼︎覚悟してもらう」
感染者も秀丸の存在に気づく。そして秀丸は走りながら木刀を構える。
「くたばれ‼︎雑魚共‼︎」
感染者の顔面目掛けて一撃食らわせた。感染者は倒れ動かなくなった。その時、幸久達も2階に到着した。秀丸は幸久達を向きニヤリと笑う。
「言っただろ、こんな奴らぶっ飛ばせいいって」
こちらを向く秀丸の背後に、動くものがいる事に気づいた幸久が手を伸ばして叫んだ。
「秀丸‼︎後ろだ‼︎」
「何⁉︎」
幸久の叫びに、秀丸が後ろを振り向くとホテル員の感染者が目の前にいた。
「ぐわっ」
幸久の声も虚しく秀丸は防御する暇も無く、後ろから肩を噛まれ膝をついた。秀丸は肘で腹に反撃して、少し後ろに引いた。その反動で木刀が廊下に落ちた。
この時、幸久の脳裏にはニュースで専門家が発表していた事が瞬時に浮かんだ。
ーー噛まれた人又は体内に感染者の体液や血液が侵入した場合は2・3分以内にウィルスが体内を侵し感染者になりますーー
「噛まれた、感染者に……」
「おい⁉︎どうしたんだ‼︎」
幸久は顔面真っ青になり、蒼一郎の手を強く握りゲームコーナー目掛け走り始めた。
自分の肩を触り、血がついているのを確認した秀丸。恐怖を紛らわそうと笑うが、手が震えていた。
「か、噛まれた、へへ、俺が嘘だろ……」
信じたくない現実、自分は本当に感染者へとなるのか?感染者になったら感情はどうなる?痛覚は?嗅覚は?視覚は?そんな疑問が頭によぎった。
幸久は地面に落ちてる木刀を走り様に拾い、秀丸を無視するようにゲームコーナーへと入っていった。
「お、おい……ま、待てよ、幸久〜」
秀丸は虚ろな目をしながら苦笑いし、肩を抑えて幸久を追う。幸久は後ろも見ずに非常ドアをすぐに開け、ドアを閉めドアノブを抑える。
由弘も驚きを隠せない表情だった。顔面蒼白の幸久に、嫌な予感がプンプンした。
「何をしているんだ‼︎秀丸が‼︎」
「あ、アイツ……秀丸は噛まれた‼︎もう駄目だ‼︎」
必死にドアを抑える幸久に、蒼一郎は幸久の手を退かそうとする。
「幸久離せ‼︎まだ助かるかもしれないんだぞ‼︎」
「言ったはずだ‼︎噛まれた奴は感染者となり、俺達の脅威となるんだぞ‼︎ここで開けたら、俺達は終わりだ‼︎」
秀丸は必死にドア窓を叩いている。幸久達には曇り窓から叩いているのが見えている。それを見て蒼一郎はただ呆然と立ち竦んでいるだけだった。
「開けてくれよ幸久〜お、俺は大丈夫だ、だから開けてくれよ……幸久」
平然を装い、ドアを開けてと要求する秀丸。だが、声は震えており、感情が全く篭ってなかった。幸久も助けてあげたいが、もう手遅れだと悟った。そして幸久は秀丸から見えるはずもないのに、頭を下げて謝った。
「すまん、秀丸……噛まれたら感染者になってしまうんだ……」
「嘘だ、そ、そんなの信じるかぁぁぁ‼︎‼︎」
秀丸を支えていた感情は一気に爆発した。泣きじゃくりながら、ドアを必死に叩く秀丸。由弘や蒼一郎は聞くに耐えられず、ドアから目を背けた。幸久もずっと謝り続けた。
「すまない……本当にすまない……」
必死に叩く秀丸の背後からは感染者が2匹近づいてきた。焦って秀丸は更に涙を流しながらドアを叩いた。叩き過ぎて手が赤く腫れるも、気づいておらず、痛みも忘れて叩いていた。
「開けてくれぇぇ‼︎俺は死にたくねぇぇ‼︎幸久ぁぁぁ‼︎」
その声は3・4階の階段にいる雅宗にも聞こえた。異常な声、助けを求める声。2階からした。
「何だ今の声は……」
階段から下を覗くと幸久が涙を流しながらドアノブを抑えている。
「幸久⁉︎」
そして秀丸は……
「あっ……開けて……ぎゃぁぁぁ‼︎やめてくれぇぇぇぇ‼︎あぁぁぁ‼︎…………」
ドアを叩く手が引いていき、断末魔の叫びがホテル内に響き渡った。ドアの向こうからは叫び声と共に肉を貪り食う音が聞こえ、その内に叫び声は聞こえなくなった。
「幸久‼︎何があった⁉︎」
この異常な状況に雅宗や里彦、先生達が2階非常階段に降りてくると、幸久はドアをずっと見つめている。蒼一郎は呆然としている。由弘は静かに幸久を見ている。
幸久は自分の震えた手を見て、小声で言う。
「こんなの、嘘だろ……」
雅宗達は秀丸がいない事に気づき、全てを察した。南先生も口を押さえ、その場に座り込んだ。
「幸久……」
そしてここにいる全員が同じ事を思った。自分達はとんでもない場所にいる。それを再び思い知らされた。
ここは日本じゃない……感染列島だと。
そしてこの作戦で1人の生徒が救われる、だが1人の生徒を失った。
先程までの喜びの雰囲気から一転、空気が360°変わった。
この時、午前10時2分……