2月26日 修学旅行5日目 午前6時54分
午前6時54分……
昨晩の出来事から9時間近くが経ち、朝になった。まだ薄暗い外には昨日の夜から降り注いでいた雪が街全域を白く染めた。生徒達もこんな状況ながら、寝て力を蓄えていたが、ほとんどの生徒はこの状況に怯えていた。
806号室──
「……い……まさ……おき……」
暗い空間から声が途切れ途切れに聞こえくる声と共に眩しい光が目に刺激を与え、目が少しずつ開いてきた。
「うっ……俺は……」
「やっと起きたか」
誰かの声で起きた雅宗。隣で心配そうな顔をしてる里彦が座ってこちらを直視している。周りを見るとお土産で買った木刀と里彦が持ってきたコンビニのモップも部屋の隅に転がっていた。それに自分の手は、まだ軽く震えていた。
昨日の事は本当にあった事だ。と改めて実感した。
「夢じゃなかったのか……」
「残念ながら本当だ」
雅宗は重い腰をあげ目を擦りながら窓から外を見ると昨日とは違い、見るもの全てが真っ白な世界に変わり果てている。本来なら美しいという感情が湧くはずだが、今回は違う。昨日の惨劇で、不気味に見えた。
「変な光景だな、車の走った跡や人の足跡が全然ないなんて……」
「いや、よく見ろ」
雅宗がホテルの真下に、目を凝らして見るとゾンビの足跡や死体の上に雪が10cm以上も積もっているという異様な光景であった。外にはまだゾンビが歩いており、正常な人間が歩いている様子は無かった。だが、まだ目が冴えてない雅宗には眩しくてよく見えなかった。
「これはこれで嫌な光景だけどな」
里彦は机からスマホを取って、雅宗に投げ渡した。
「さっきから何回も幸久って奴から電話が来てたぞ」
「幸久から⁉︎」
「あぁ」
幸久と聞き、すぐさまはスマホを手に取って幸久に電話を掛ける。掛けてすぐに幸久が電話に出た。
「もしもし‼︎幸久⁉︎」
「雅宗か‼︎よかった……」
雅宗の安全を知り安心する幸久。雅宗は更に聞く。
「由弘もいるか‼︎」
「あぁ、由弘や南先生達もいる」
幸久は由弘から聞いた事や昨日の出来事を話した。ホテル内の事、ニュースの事、帰って来てない生徒達の事など。由弘や先生達の安全を知り安心する一方、街の状況に絶望した。
「つまり街中だけではなく、ホテル内も大変なことに……」
「それと教頭からも連絡が入って、午後にこれからの行動を発表するらしい」
「分かった……」
幸久は更にもう一言加えた。
「後、真沙美がお前の連絡待ってたぜ。一言何か言ってやれよ。心配しているようだから」
「あっ、あぁ……」
そう言うと幸久からの電話は切れた。そして雅宗は電話番号をゆっくり押しながら真沙美に連絡した。物凄く緊張しており、顔が少し赤らめている。
「もしもし……真沙美か?」
「雅宗?大丈夫だった⁉︎連絡がつかなくて……」
緊張した話し方の雅宗だが、真沙美は元気な雅宗の声が聞けて嬉しそうだ。
「俺は大丈夫だ、心配するな……昨日は色々あったが何とか無事だ。お前の方は大丈夫か?」
「私は大丈夫。でも多くの生徒が混乱しちゃって……」
多くの生徒達は全くこの状況に理解が及ばず、混乱する一方である。ニュースでも報道されるのは、小規模な暴動とだけである。だが、生徒達が見たものは、人間でありながら人間ではない生物だった。現状、教頭の指示が出るまで、部屋で待機を命じられている。
「こんな状況だ、仕方ないさ。とにかく教頭の指示が出るまでは部屋を出るなよ」
「うん、分かった……」
「また会おうな。絶対に」
優しく言うと雅宗は電話を切った。すると里彦が聞きに来た。
「何か情報があったのか?」
「午後に教頭から何か発表があるらしい」
「あの教頭だ。変な事にならなければいいけどな」
「そう祈りたいね」
教頭は、雅宗達生徒からは不人気である。口うるさく、頭の悪い生徒にはネチネチと怒る、特に不良生徒の事はゴミを見るような目で接する。雅宗自身も遅刻するタイプでその度に反省文を書かされる。しかも字が汚いと書き直しさせられる。先生達の間でも嫌われているという噂がある。
そんな中、伸二が里彦にヒソヒソと話し、里彦がそのまま雅宗に伝えた。
「おい雅宗、この後テレビで首相の会見があるらしい……昨日の事についてらしいぞ」
「何⁉︎」
そして雅宗達はテレビの前に寄り、会見を待つ。他の部屋でも多くの生徒達が固唾を飲み、会見の時を待つ。
そして午前7時10分……
テレビの画面がアナウンサーの言葉と共に、とある大きな会場に写し変わる。
総理大臣、佐部耕三が会場に入り卓上へと上がり一礼し、神妙な面持ちで語り始める。
「今回の鹿児島中央駅で起きた大規模な暴動により、多数の被害及び、大勢の国民の皆さんに多大なる影響が出ています。現在、多くの情報を元に現状を把握する事に全力を尽くしています。この件に関しまして、政府が一丸となり、対応して行きたい思います」
「更に専門家はこう表明を出しています」
「あれは、暴徒と言うより凶暴化ウィルスによる感染者と言えます」
その言葉を不振に思う雅宗達。
「凶暴化のウィルス……それに感染者?何を言ってるんだ?」
直接ゾンビとは言わず、感染者と表して言っている。いきなりの事で唖然とする雅宗。
「感染者は人を発見すると突如襲って来ます。そして噛みつき、噛まれた人又は体内に感染者の体液や血液が侵入した人は2・3分以内にウィルスが体内を侵し感染者になります。特徴としては眼球は白くなり、肌は白く変わります。なので出来るだけ外出は控えて下さい。もし見つけた場合は、速やかに安全な場所に隠れて下さい」
そして再び画面が総理に戻り、予想だにしないことを言い放つ。
「この現状を踏まえて、政府は只今より九州地方7県に対して緊急事態宣言を発令し、鹿児島県内全域を緊急隔離区域に指定します」
その瞬間雅宗達や会見場の記者達はざわざわとざわめき出す。
「はぁ?緊急事態宣言!?緊急隔離区域?何言ってるんだ?」
「俺達はどうなるんだよ‼︎」
会場も雅宗達もざわめく中、総理は更に追い討ちをかけるように言う。
「緊急事態宣言を発令した県に対しましては、外出などの自粛。政府などからの情報をその都度確認し、自治体の案内に沿って行動をお願いします。そして緊張隔離区域に指定している間は鹿児島県からの出入りを禁じます。電車・新幹線・飛行機・船などのあらゆる公共交通機関の停止、交通規制などを行います」
この会見での内容に他の部屋に居る幸久も驚く。
「これじゃあ、鹿児島から出る事が出来なくなるじゃないか……‼︎」
今後の方針を首相が全国に伝える。
「鹿児島県、各地の球場や大型スーパーなどに大型テントを設置します。そこでは血液検査と身体検査を行い、問題がなければ鹿児島沖にある船から鹿児島県を出る事が出来ます。それまでの支援物資などは各自治体にお送りし、皆様のご家庭にお送りします。情報はテレビやラジオ、インターネットなどで定期的に放送・開示しますので九州地方全域の皆様、そして鹿児島県内の皆様は、正確な情報を元に、どうか安全かつ冷静な判断で行動して下さい」
そう言うと総理は一礼する。記者達が色んな質問をするが、それを無視するかのように会場から立ち去り、その後東京のアナウンサーの画面に戻った。
時忠高校の生徒達の多くは唖然とした。雅宗達も驚きを隠せない状態である。いきなり感染者と言われて、そして隔離地域、挙句の果てに交通機関の停止と。多くの情報に頭を悩ませた。
「各地にって言われても、俺達はこのホテルから動く事が出来ねぇんだよ……‼︎」
外やホテル内は感染者が溢れ、外は雪で移動が難しい、食料が全くない、そして生徒が100人以上いる。この状況で雅宗達はどう生き残るのか?
ーーーーーーーーーーーー
高見橋の真下の河川敷……
雪が降り積もる中、橋の真下は積もっておらずその草むらの中に、1人ポニーテールの女の子が倒れていた。それは、時忠高校の生徒ではない……他の高校の生徒である。
「う……私……なんでこんな所に……」
この時午前7時18分……
新章 九州脱出編 スタート