修学旅行11日目 午前8時27分
午前8時27分……
薬屋のカウンターに逃げ込んだ二人だが、感染者の多さに抜け出せない状態に陥った。
「まだうじゃうじゃといるな。もっとに奥に隠れよう」
「……」
二人は音を立てないようにカウンターの後ろにある倉庫へと入って行った。
倉庫は狭いが通路や棚には大量の段ボールが積まれており、中には薬などが大量に入っている。
ドアを閉めて、念のために重い箪笥や荷物などでドアを塞ぎ、二人は作戦会議を始めた。
「さぁて、ここからどう出るか。一生ここに篭るのは嫌だからな」
「……本当にすまないな雅宗」
未だに暗い表情で謝る幸久に、雅宗は嫌な顔をせずに優しい笑顔で応えた。
「そんなネガティブな事を言うなって。お前らしくないぞ。いつもみたいに元気よく行こうぜ」
「……」
「……そ、そうだ。もし、北海道に帰ったら何がしたい?みんなでゲーセン行くか?それとも、ラーメンでも食うに行くか。高校の近くの──」
雅宗がいくら元気を出させようと明るい話題を出すも、幸久の顔色は良くなる事はなかった。
幸久が口を開いた。
「由美が精神的に苦しんでいる事に気づかなかった俺が一番の原因だ。ずっと、アイツの気持ちを分かってやれなかった。必要な時に近くにいれなかった」
「お前が四国でどんな事を体験して来たかは俺ははっきりとは分からないがこんな事態だ。由美だって分かってるさ」
「だからと言って、俺は由美を無下にしていた。自分では周りを見ていて、ちゃんと出来ていると思っていたが、そんな事はない。出来ていると思い込んでいただけなんだ」
「そんな事ないって。お前がみんなを導いたから、ここまで逃げてきた。そして俺もお前達と合流出来たんだ。鹿児島のホテルよ時だって、お前が率先して作戦を立案して、即座に実行したから、被害は最小限に済んだ。お前の判断がなければ被害は増えていたに違いない」
「でも、もうみんなはいないんだ。結果が答えだ……」
落ち込んだ幸久を宥める事が出来ずに、自分まで暗くなりそうになるが、その気持ちを必死に抑えた。
とにかく脱出する事を考えて、落ち込んでいる幸久から離れて狭い倉庫の中を探索し始めた。
「脱出しない事には始まらない。とにかく、何かあれば……」
ライトを照らしながら探すも、ここは薬局の倉庫。あるのは薬や栄養剤ばかりであり、到底脱出するには役に立たない物ばかりである。
「薬ばっかりだ。全然役に立たないな……」
だが雅宗はある物を見つけると、立ち止まって苦笑いが浮き出てきた。
「は、はは……やっぱりこれだよな」
それは掃除用具入れであり、その中には九州から幾度となく困難を乗り越えて来た相棒的存在──そうじのモップであった。
とはいえ、モップは一個しかないのだ。他にはバケツや短い箒しかない。
「ちっ、これじゃあ──」
とりあえずモップを取り出して、他にないか探しに行こうとした瞬間──突如して、真横から感染者がいきなり襲いかかって来て、雅宗へと押し倒して覆い被さって来た。
「クソッ!!」
雅宗は咄嗟に口を大きく開けて噛みつこうとして来た感染者の口へとモップの持ち手部分を押し付けて、無理やり食い止めた。
「ま、雅宗……」
幸久は雅宗が襲われている事に気づき、立ち上がるも元気がなく、生気が感じられない感染者のようにふらふらと雅宗の方へと歩いていく。
「幸久は来るな!ここは俺が何とかする!!お前は少し、離れて見てろ!!」
「で、でも……」
「俺達はお前に頼りすぎていたかもしれない!だから、この位の事は!!」
その言葉に幸久は足は止まり、その場から動く事が出来なかった。
そして雅宗はスイッチが入ったように急激に力が入り、無理やり押し退けて感染者を壁へと勢いよく蹴り飛ばした。再び立ち上がる前に雅宗は感染者の頭を蹴り、モップで何度も感染者の脳を刺した。
必死に何度も刺し、感染者は動く事はもうなかった。
「はぁ……これで終わりだ」
「雅宗……」
雅宗のヘルメットには血が付着しており、ヘルメットのシールドを外して、幸久に言う。
「幸久。お前が責任感のある奴なのは分かっている。もちろんみんなも分かっているはずだ。だから、そんなに自分一人に押さえ込む必要なんてない。一人の失敗をみんなで分ければ、負担も減るさ。由美だってお前のそんな性格が好きだって真沙美に言っていたらしいしな」
「……そうか。そうだな。失敗は誰にだってある。そらはみんなでカバーすれば良い。そうやって俺達はここまで来たんだ。だから、生き残って来た」
幸久の顔から光が戻り、ヘルメットを脱いだ。
その顔はいつもの勇ましい幸久の顔に戻っていた。
「失敗したら俺も尻拭いする。だから、行こうぜ幸久」
「あぁ」
二人は握手を交わして、この倉庫からの脱出を考え始めた。
幸久は何か道具を探し、雅宗も何か探していると──
「幸久!ドアがあったぞ!」
「本当か?」
それは外へと繋がるドアであり、店員用の出入り口のようだ。
「ここから外へ出られる。少し迂回して、入り口から階段に向かえば──」
入り口の横の薬局。そこから外へ出て、すぐ近くにある入り口から何とか入り、入り口横の階段から2階に上がる。それが雅宗が一瞬で考えたプランである。
幸久も到着して、雅宗がドアをゆっくりと開けた。
目の前に呆然と佇む感染者の後ろ姿があった。2人は顔が引き攣り、声を上げそうになる。だが、お互いにお互いのヘルメットのシールドを口を塞ぐように手で塞いで声を抑えてゆっくりをドアを閉めた。
雅宗は焦りからか笑いが止まらなかった。
「は、はは……ははは」
「どっちみち、中から出るしかないみたいだ」
「そ、そうだな」
結局二人は薬屋のカウンターから飛び出るしかなくなり、ドアの前に立つ。
雅宗はモップをギュッと握りしめて構えるが、幸久は林に渡された銃を懐から出して見つめる。
「幸久、それは最後の手段だぞ」
「分かっているが……」
「由弘達も来る。急いで行くぞ」
「あぁ」
幸久は銃をしまい、モップを持った。
幸久が荷物を退けてドアを開けようとすると、雅宗はある事を思い出して、バッグからある物を取り出した。
「ちょっと待て。今何時だ?」
「今?」
幸久は部屋を見渡して、壁に掛かっている時計を照らした。
「8時38分だが?」
「よし、OKだ」
「一体何をする気だ?」
「これを使ってここから出るんだ。完全に忘れてたぜ」
取り出した物らを見ると、幸久もその物を見て少しばかり期待するが、少し不安になった。
「それに身を任せる事になるとはな……」
「さぁ……行くぞ!!」
*
由弘と林が薬局側に再び進もうにも、感染者が増えて移動しようにも出来ない状況に陥っていた。
感染動物のトイプードルが鳴いた事を皮切りに、増えてしまった感染者を前に立ち往生していた。
「これは……」
「簡単には動けない状態だね。それに吹き抜けの音も徐々に小さくなって来て、感染者があまり関心を抱かなくなって来た」
流石に長時間に音を出し続けるのは困難なのか、吹き抜けの感染者の気を逸らすための音出しが徐々に弱まって来た。
だからか、感染者は店内に散らばり始め、至る所に徘徊していた。
「大丈夫かな二人共……」
「俺らから音を出して、一気にいきますか?」
「でも、二人の安否や場所を確認しないと我々も危険に陥ってしまう」
「……くっ」
その時──
「うおぉぉぉ!!」
「どりゃぁぁぁ!!」
雅宗と幸久の声が店内中に響き渡り、更には音の鳴る剣のおもちゃやアラームが激しく鳴る目覚まし時計などを至る所に投げ飛ばしながら薬局から走る二人の姿があった。
「幸久、雅宗!?」
「二人共すぐに2階に戻れぇぇぇ!!」
「何だ!?」
二人のいきなりの登場に驚きを隠せないが、それよりもこの状況に驚きを隠せなかった。
激しく鳴る目覚まし時計やおもちゃに興味を示した感染者は移動し始めた。
更に二人は行手を阻む感染者をモップで薙ぎ倒しながら、進んでいるがそれよりも気になる光景が一つあった。それは二人の背後からはあのトイプードルが音に興味を示さず、鳴きながら二人を追って来ているのだ。
「あれって……」
「あの時の!?」
「急いで戻りましょう!林さん!」
「うん!」
雅宗ら二人は重い荷物を背負っている中必死に走っており、由弘らも慌てて2階に戻って行った。
雅宗らもモップやライトなどを投げながら、大急ぎで階段を駆け上がり、ライトが奇跡的にトイプードルに直撃して速度を落とした隙に2階へと滑り込んだ。
二人は疲れて荷物を下ろすとその場に力を抜けて倒れた。
「はぁはぁ……生き残った」
「奇跡の生還ってまさにこの事だな……」
二人の生還に蒼一郎も嬉しそうに駆け寄って来て、厚い握手を交わしてきた。
「よく戻って来たな二人共!!」
「あぁ、無事に何とかな」
由弘も二人の前に立ち、しゃがみ込んで二人の顔を見ながら話しかけた。
「雅宗も幸久もよく頑張ったな。あんな状況で」
「何回も言わせんなよ。慣れたさ、こんな状況は」
「良いコンビだな、全く」
幸久と雅宗はお互いの顔を見合って、笑いながら拳と拳をぶつけ合った。
この時、午前8時40分……




