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お前も猫ならニャーと鳴け

作者: 川本千根

彼氏の愛猫が亡くなった。


あまりに落ち込みがひどいので、私が猫の代わりになってあげようか?と声をかけたらキレられた。

お前なんかにミーアの代わりが務まるもんかと言って。


むっ、私の事、そう思っていたんだ。

お前なんか……ねぇ。


なーんてね、わかってましたよ。

私が祥くんにとってそんなに重要人物でないこと。




彼は大手ゼネコンの営業で、同期の中では出世頭だったらしい。

けれど、過度の時間外勤務とちょっとした上司とのトラブルが原因で精神的に追い込まれ今、長期休業中。


追い打ちをかけるように彼が可愛がっていた20歳の猫が死んだ。

で、益々落ち込んでいる。


私にはライバルがいっぱいいた。

彼を狙うスペックの高い女子たち。

彼の学生時代のガールフレンドだったり、職場の同僚だったり。


彼女たちは彼が大手企業を休職した途端蜘蛛の子を散らすように去っていった。


なんと現金な…


まあ現金なのは彼女たちだけじゃない。

彼の母親もそうだ。


並み居るお嬢様系のガールフレンドじゃなくて、なんでよりによって近所のお弁当屋で働いているこんな子を恋人に選んだんだって目でいつも遊びに行く度に見られてた。


前はお茶なんか出してもらったこともなかった。


でも今は違う。

私が彼の様子を見に訪ねるとすごい勢いで奥から出てくる。


いらっしゃい、良かった来てくれて。

どうぞゆっくりしてらしてね、なんて言って駅前の有名洋菓子店のケーキを出してくれたりする。

ワンピース980円もするお高いやつ。


目でどうかうちの子を見捨てないでねって必死に訴えながら。


ああ、そういう意味では祥くんの私に対する態度はちっとも変わらないなあ。

エリート社員だった時も、休職中の今も。


今も昔もまあまあ冷たい。




真夜中、私は彼を散歩に連れ出す。

昼は外に出たくないって言うから。


人気のない商店街を歩きながらこんなことを提案してみた。


「ねぇ、私がミーアの代わりになれないんだったらしょうくんがミーアになったら?」


「え?」


「祥くんがミーアになりなよ、せっかく会社休んでるんだからさ〜髪もミーアみたいに金髪にしてミーアが祥くんの帰りを待っていたように、祥くんが私があの部屋に行くのを待ちなよ」


そう言ったら祥くんは月明かりの中フッと笑った。

あ、この笑顔、前の祥くんだ。


私にはわかる。

頑張り屋の祥くんは子供の時からずっと取らずに来た休息を今まとめて取っているだけ。

祥くんは時がくれば元の祥くんに戻るだろう。


そしたらまたモテ男に戻るのかな?


私は彼にとってミーアほど重要じゃないのは確か。


お前ごとき、と言い放ったもんな。

あの時も正気の顔してた。


いつか彼がミーア級に大切な人に出会ったらボイって捨てられちゃうのかなあ。


フフ。

だいたい付き合ってって言われたときの理由が、一度素朴な女の子と付き合ってみたいから…だったもんね?

ほんと、正直な祥くん。




「杏奈、明日、髪染めてみる」


「わっ、ほんと?楽しみ」


「駅前のドラッグストアーでカラーリング剤買って帰る。

 杏奈、金貸して、財布持ってこなかった」


「いーよ」


そんなこと話しながら私たちは深夜営業中のドラッグストアに寄った。




翌日、仕事帰りに彼の部屋を訪ねるとほんとに彼は髪を染めていた。

少しオレンジっぽい金髪に。

んーちょっとまだら。

それがまたミーアの毛並みを思い出させる。


「わ、似合う〜!ちゃんとミーアに見えるよ」


そう言ったら彼は真顔で「ニャー」と鳴いた


私は思わず彼を抱きしめた。

この先の不安はあるけれど、今はただこの茶トラの猫を可愛がる。


ただ可愛がる。


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