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2 ルリコと、ルリコの影渡りの魔法


 魔法少女の秘密 2


 魔法の種類は、ひとりにひとつ。




『黒帽子』、『影渡り』、『最強』。

 自分につけられた大層(たいそう)なアダ名は、どこかこっ恥ずかしいものだとルリコは思う。別にテレビに出ているわけでもないのに、会ったこともない同世代の少女からそんな名前で呼ばれるのは、正直に言えばやめて欲しかったが、誰に訴えればいいかも分からない。


 確かに、ルリコの使える魔法は非凡(ひぼん)だ。瞬間移動というのは、現代科学を持ってしてもできないことだし、その効果も絶大だ。『犬』と呼ばれるの連中の大元は公安調査庁で、つまり法務省だが、ルリコの捕縛に関しては防衛省からも協力があったこともあるのだから、たまったものではない。

 防衛省、つまり自衛隊だ。向こうが本腰を入れてきたら流石にもうどうにもならないが、その時は話が大きくなる前に関係者を脅すことで止められて本当によかったルリコは思う。あれは人生でも一、二を争うピンチだった。


 自分の使える魔法が、今いる魔法少女の中でも屈指の強力な魔法であることは、まあ認めていい。しかし、ひっそり暮らしているはずのルリコには、生きていく障害が多すぎるのではないかともルリコは思うのだ。

 夜の奈川市。終電も行ってしまって人気(ひとけ)のない奈川駅で、ルリコは帽子を掴んでため息を吐いた。


「久し振りだね、スミナ」

「そうだな、ルリコ」


 売店はシャッターを下ろし、照明だけついた駅の構内は二人の声がよく響く。

 ルリコに対峙するのは、同じ年の、顔なじみの少女。ポニーテールと、いかにも『犬』だ、と分かる真面目そうな堅苦しい顔が特徴の少女。

『犬』のひとりで、リーダー。破魔(はま)使いのスミナ。


 今日は厄日だとルリコはなげく。昼はマユミで、夜はスミナ。ルリコを自分達の陣営に引きこもうとする、厄介な魔法少女ふたりに遭遇することになるとは。


「昼に、マユミを見たよ」ルリコが帽子の下で頭をかく。「ああいうさ、危険なやつを追っててよ。ボクは別に犯罪に手を出してないし」

「未成年がこんな時間にうろついていてるのは、駄目だ」

「それはお互いさま」

「私は」スミナがルリコの背後を指差す。「保護者がいる」


 そういうホラーな展開はやめてくれ、と内心で苦笑いしながら振り向くと、柱のひとつにもたれて、上着を手に持ったスーツ姿の男がルリコを見ていた。

 やあ、と軽く手をあげると男は背中を柱から離す。


「まあ、身構えないで話を聞いてくれないか。とりあえず今日は勧誘ではない」


 くたびれた雰囲気のその男は、目だけが異様に鋭く、薄暗い雰囲気をまとっている。関り合いになりたくないタイプだ、とルリコは男をカテゴライズする。


「僕は君達のいう『犬』の上司みたいなもので、江藤という名前だ。上司と言っても、上からの指示を伝えるだけの中間管理職だけどね」


 江藤と名乗った男はおどけたように言うが、目が少しも笑っていない。

 ルリコは背後にいるスミナの方にも気を配らなければならないので、異様に気が休まらない。とっとと逃げ出してしまいたいが、この状況では魔法は使えない。しかも、そのことを『犬』に悟られてもいけないのだから、できるだけ余裕を演じなければならない。


「それで、勧誘じゃないなら何のようかな」

「うん。実はね、君達の間で最近ホットな噂があるだろう。例の儀式とかいう」


 それは、マギカフェの掲示板で議論される魔法を消失させるとかいう儀式のことだろう。魔法少女以外には秘密のはずのマギカフェだが、江藤が『犬』の上司というなら、その存在を知っていてもおかしくない。


「その儀式とやらが何なのかは僕もよく分からないが、大事なのは、君やマユミのような大物がここに集まっているということだ。

 僕の上司はこれをチャンスだと思ったらしくてね、最も厄介なマユミを保護するように命じられたんだ」


 保護、とは『犬』が魔法少女を捕まえることを示す。

 マユミはルリコ同様ふらふらと日本中を旅しているので、確かに今の奈川市に魔法少女が集まっている状況はチャンスだろう。


「いいんじゃない? ご自由にどうぞ」

「そんな他人事(ひとごと)ではこまる。その作戦には君も参加するのだから」


 勝手なことをぬかす江藤を、ルリコは力いっぱい睨みつけてやった。


「いつからボクに首輪をつけた気でいるのかな」

「そんな気はないが、一応対価は用意してある。君が協力したくなるような」


 見透かしたような江藤の不気味な視線を受けて、ルリコは苦虫を噛んだ表情でその対価とやらについて話を聞いた。



  * *



 みどりの里は事務室とリビング以外では冷房を使うことを禁止されていて、朝の涼しい時間は貴重なものだ。リサが自室が暑くなる前に宿題を片付けていると、遠慮無く扉が開いて、マイカが顔を覗かせた。


「リサ、電話」


 短くそう言うと、マイカは去っていく。今は担当の洗濯をしている最中だった。

 廊下の途中に置かれた電話機の所に向かうと、受話器が外されたまま置かれて保留音を鳴らしている。電子音で流れる『エリーゼのために』は、もう一度保留ボダンを押すと止まった。


「もしもし?」

「あ、もしもし。私、ミカ」


 その声はリサが昨日出会った魔法少女のもので、確かにこの施設の番号は教えたがまさか本当にかけてくるとは思わなかった。


「ミカさん、どうしたの?」

「ミカでいいって。それよりさ、今日、出てこれる?」

「え? 大丈夫だけど」

「ちょっとさ、街を案内してくれない? お昼くらいなら(おご)るよ」

「ほんと? わあ、いいな」

「みどりの里だよね、住所を調べたんだけどあってるかな」


 電話の向こうでミカが述べた住所が正しいものであることを伝えると、ミカは二〇分後に行くと行って電話を切った。

 リサは、今日は珍しくみどりの里にいる年長組のひとりの部屋に行くと、昼ごはんがいらないことを伝えた。


「分かった。なんだ、友達とでかけるのか?」


 リサが頷くと、年長の男は財布から一枚お札を出してリサに渡した。


「ほれ、とっとけ」

「いいんですか?」

「お前とマイカには苦労してもらってるからな。ま、それ以上はやれんが」


 頭を下げて礼を言い、リサは部屋に戻った。

 年長組は学校とバイトばかりであまり施設にはいないが、みんな良い人達だと思う。お金をもらえたことだけではなく、何というか、この施設特有のギスギスした雰囲気が無いのだ。だから施設にあまり居たくないのか、施設に居ないから穏やかなのかは分からないが、施設にずっといる職員や年少組の荒んだ雰囲気がリサはあまり好きではないし、あまり会えない年長組の穏やかさがリサは好きだ。

 それから、持っているジャージの中からできるだけ綺麗なものに着替えて、リサはみどりの里を出た。


「なんか陰気(いんき)なとこだね」


 みどりの里の敷地の外で待っていたミカはそう言って眉をひそめた。

 リサはそれに曖昧に笑って答えずにいると、ミカもそれ以上そのことには触れなかった。

 それからしばらく駅の方へと歩きながらふたりで話した。


「ところで、こんなに出歩いて大丈夫なの?」


 リサがずっと気になっていたことを尋ねた。


「大丈夫って?」

「ほら、昨日の、マユミ派とかいう」

「ああ、もうそれはそれは危険だよ。けど、ちょっと事情が変わってね」


 ミカはスマートホンを取り出すとその画面をリサに向けた。

 マギカフェの掲示板のページには、奈川市でマユミを見かけたという言葉が書いてあった。まるで芸能人だ。

 そしてマユミと同じように奈川市で見かけたと書かれる人物がいた。

 ミカが言う。


「スミナを見たって書いてあるよね」

「書いてあるけど、誰?」

「昨日、魔法少女で有名なのは三人いるって言ったよね。反社会的なマユミと、黒帽子、スミナはその三人目。『犬』のリーダーで、破魔の魔法少女」

「ハマ?」

「破る魔法で、破魔。魔法を無効化できる魔法少女。まあ魔法少女の天敵だね。マユミもスミナのことは避けてるから、この情報が伝わってれば、あんまり目立つことはしない。スミナに見つかりたくはないからね」

「なんか凄いことになってるね」

「なってるんだよ、実際。黒帽子にマユミにスミナ。得体の知れない儀式。マユミ派も『犬』も集まって、私みたいなどっちつかずも野次馬に来てる。こんな状況は初めてだ」


 そうして話しながら歩いていると、そのうちに道路の車線の数が増え、道に並ぶ商店と人の数も増えてきた。

 すでに魔法少女らしき姿を何人か見ている。あちらもリサ達に気づいたようだが、お互いに見なかったことにしていた。


「マユミ派も『犬』も、戦いたいわけじゃないからね。好戦的な人は少ないの。まあ、マユミ本人は別なんだけどね」


 と、ミカは解説する。

 お腹がすいたというミカの意見で、ハンバーグが美味しいと評判のレストランに入る。

 リサが一番安いメニューを頼もうとすると、ミカが呆れたように言った。


「私、結構お金あるから気にしなくていいよ」

「けど……」

「まあまあ」


 ミカは強引にその店の目玉と言えるセットを二つ頼んでしまったので、リサは困ったように礼を言う。

 料理が運ばれてくるまでの間に、ミカが真面目な声で相談する。


「例の儀式について色々と考察が行われてるんだけどね、中々それらしい結論は出てないんだ。そこで、私は儀式って言葉に注目したの。

 儀式って言うくらいなんだから、多分、場所と準備がいるんじゃないかと思うの。次の場所が奈川って決まっているのも、ここに都合のいい場所があるとか、あるいはもう準備が始まっているからじゃないかなって」

「うーん、説得力があるような、無いような」

「そこで、この奈川の特別な場所とか、そういう変な儀式が行われていそうな場所とかを、地元民に教えてもらおうかと」


 それが私が呼ばれた理由か、とリサが納得する。

 スペシャルハンバーグセットの対価と言われれば仕方がない。

 けれど、


「奈川に特別な場所なんてないよ?」


 ありふれた地方都市には、名物になるようなものなんて無かった。


「そこをなんとか」

「なんとかって言われても」


 記憶をできるだけ探ってみても、この街にあるのは都会が劣化した風景だけ。歴史的な建造物も無ければ、近代的な高層ビルもない。人口の減少にともなって増えていく潰れた商店くらいが、日本の平均よりも多いものだろう。

 どう考えてもそれは役に立つ情報ではない。


「まあ、その、ハンバーグありがとうね」


 せめて、リサはそうお礼を言ってごまかした。



  * *



「マユミ、つけられてる」


 駅の東の方を歩きながら、イチノセが掠れた声で言った。

 イチノセとマユミは駅から東の方に歩いている途中で、駅に近い国道沿いの歩道は平日の昼間でもそれなりに(にぎ)わいを見せていた。カラオケ店が宣伝の音声をむなしく流している横を歩きながら、マユミは舌打ちを鳴らす。


「どこだ?」

「反対側の歩道の、手前から三番目。今は立ち止まってるわ」


 マユミは振り向くと言われた通りの場所で、少女がひとり立ち止まってスマートホンの画面を見ていた。通行人は気づかないが、マユミから見ると魔法少女の気配が感じられる。

 しかし、その少女はマユミ達の方を少しも見ていなかった。

 マユミがイチノセに尋ねる。


「本当にあれか?」

「振り向いたら動揺してるみたいだから、多分、画面に反射させて私達を見てるんじゃない?」

「ふうん、じゃあ、『犬』か」


 妙に手馴れている尾行の仕方は、『犬』の特徴のひとつだ。

 マユミは静かに目を細めてその少女を睨む。同時に、マユミの魔法少女の気配が膨れ上がる。


 途端に、視線の先で少女が逃げ出した。走る後ろ姿に向けてマユミが魔法を放つ。少女の脚のどちらに当

たったかはマユミには分からなかったが、少女が派手に倒れる。

 うわ、痛そう、とイチノセが思う。手をつけていたから転んだこと自体はともかく、マユミの魔法が当たってしまったのだ。骨が折れていてもおかしくない。

 車が来ないタイミングをはかって反対側の歩道に行くと、マユミとイチノセは転んだ少女のもとにしゃがみこんだ。


「ねえ、大丈夫?」


 乾いた声で言いながら、マユミは足を押さえて呻く少女からスマートホンを取り上げた。傍目(はため)にはころんだ友達を気遣うような体勢のまま、マユミがドスの聞いた声で質問する。


「ねえ、お前さ、『犬』だよね」


 少女は最初泣きじゃくっていたが、無理矢理に顔を掴んで目をあわせると震える声で肯定した。


「そっかそっか。それじゃあ次ね、あたし達をつけていたのはなんで?」

「そ、それは」少女は鼻水すすりながら答える。「あ、あなたは、私たちの間で一番危険だから、どこに向かったか報告しないと」

「じゃあ、偶然見かけたからつけただけ?」

「そ、そうです」


 恐怖に体を震わせている少女を、イチノセは呆れた瞳で眺める。

 そして冷酷に告げた。


「今の、嘘ね」

「そっか、嘘か。嘘つかれたんだアタシ。ねえ、痛いのはここ?」


 マユミは少女の()れ上がった(すね)のあたりを思い切り握った。音のない悲鳴を少女が叫び、暴れる体をイチノセが抑える。

 確かに悲鳴をあげたはずなのに音がしないことに少女は泣きながら戸惑う。その顔を見てマユミが笑った。


「音を壊したんだ。いくら悲鳴をあげても、誰にも聞こえない。だから、ゆっくりお喋りできるな」


 平日の昼間で、周囲にはまばらとはいえ人通りがあったが、少女たちが道に座り込んでいてもそこまで気にしない。悲鳴をあげれば何事かと思われるだろうが、その希望もマユミの魔法が断ち切った。

 破壊の魔法。

 多くの魔法少女達を従わせ、多くの『犬』達を警戒させるマユミの魔法だ。


「さっきのが嘘ってことは」マユミがもう一度尋ねる。「意図があってつけてきたってことだ。じゃあ、もう一回答えるチャンスをやろう。その意図はなんだ?」


 押し黙る少女の腫れ上がった患部を、マユミはそっと触った。

 先ほどの痛みを思い出して少女が慌てて暴露する。


「め、命令されたの! マユミを探して、その位置を知らせろって!」

「誰に?」

「江藤っていう上司よ! く、詳しくは知らないけど、あなたを捕まえる作戦があるから、その準備にって」


 それからマユミとイチノセはその少女から聞き出せるだけ情報を聞き出した。しかし、江藤という男もその危険は承知の上だったのか、肝心なことは教えておらず、得られる情報は限られたものだった。

 マユミが舌打ちしたのは、奈川市に来ている『犬』について尋ねた時だった。


「スミナのクソも本当に来てるのか。めんどくせー」

「黒帽子も来ていることを考えると、ずいぶん物騒な街になったわね」

「早いとこ(あるじ)とやらを見つけるか」


 マユミは立ち上がると、倒れたままの少女を見下ろした。

 それから、無事な方の(あし)を見て目を細める。


「ま、恨むなら『犬』になった自分を恨むんだな」


 両脚の骨を折り、ついでに悲鳴も魔法でかき消した。

 イチノセはその様子を眉をひそめて眺めてから、歩き出したマユミについていく。

 マユミの機嫌を損ねないように声を殺して泣く少女だけがそこに残された。


 スマートホンは取り上げられたので江藤や仲間に連絡はできない。通行人に頼ったりするのは、江藤から指示されている騒ぎを起こすなという命令に逆らうことになるだろう。何せ、骨が折れているのだ。子供の怪我にしては酷すぎる。

 そうすると人の目をひくわけにはいかず、近くの植え込みの端のブロックにどうにか座った。座ったはいいがどうしようかと少女は不安になる。歩けず、連絡も取れず、通行人も頼れない。どうにか江藤か仲間の魔法少女に見つけてもらう幸運を待つしかない。


 泣き顔を見せると通行人に心配されるので(うつむ)いて、地面を見つめる。『犬』になんかなるんじゃなかった。江藤の口車に乗せられて、確かに給料を貰えるのは嬉しいが、こうして痛くて(みじ)めな思いをさせられるし、そうでなくでもこき使われる。

 出来心で魔法を悪用しなければ、そしてスミナに捕まらなければこんなことにはならなかったのに。

 半年前の自分に止めておけと言ってやりたい、と後悔していたせいで気づくのが遅れた。魔法少女の気配だ。座っている少女に影がかかる。


「あの大丈夫ですか?」


 ジャージの女子と、その横のかわいいスカートの女子が太陽を(さえぎ)って少女を見下ろしていた。

 それは、リサとミカだった。


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