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1-2


 リサとミカが去ったチェーンの喫茶店は、壊れた机と椅子を運びだして、ひとまず落ち着いていた。

 何があったのかはある二人を除いて店内の誰も分からなかったが、気味悪がった何人かの客が出て行った以外には取り立てて変化はない。バイトの店員は勝手に出て行くわけにいかず、ほとんどの客は金を払った分はくつろごうと椅子から尻を離さない。


 二人の例外は、何食(なにく)わぬ顔でテーブル席に座って冷房の涼しさを味わっていた。七月も終わりのこの時期は暑い。しかも、この奈川市とやらは特別に暑い。盆地であるため、フェーン現象とやらで気温が高くなるらしいが、詳しいことは分からない。

 マユミは内心で舌打ちした。まったく、気に食わないことだらけだ。無駄に汗をかかすくせに、しょうもない発展具合の都市。逃がしてしまった二人の魔法少女。それに……、


「黒帽子のクソまで来てるとはな。また仕留(しと)(そこ)なった」


 マユミの声は女子中学生の平均よりもハスキーで、ドスがきいていると言える。

 イライラした声をなだめるように、対面に座るイチノセがか細く(かす)れた声でやんわりと話題をそらした。


「あの人まで来てるってことは、本当に何か起こりそうね」

「まったく、何だってんだよ。めんどくせー」


 ショートパンツから伸びる足で机の脚を軽く蹴りつけてやって、マユミは今度は実際に舌打ちする。

 いつもイライラしてるなあ、と対面に座るイチノセはいっそ感心していた。イチノセが見るところ、マユミはそうして見せているのではなく、本当に心からイライラしている。自分をかっこよくみせるために怒ったふりをしている連中は多いが、マユミの怒りは本物だ。


 落ち着きのないマユミとは対照的に、イチノセは物静かな様子だった。七分丈のパンツに長袖のシャツという格好も、手足をさらけ出しているマユミとは正反対。肩まで伸ばした髪がそのままのイチノセに対して、マユミはショートヘアにヘアピンで前髪を留めていた。


 そんな二人の共通点は、魔法少女ということだった。

 そして、ふたりともが同じ派閥に属する。その派閥のトップが、マユミだった。


「黒帽子は置いておいて」イチノセが掠れた声で言う。「あのふたりは誰だったのかな」

「さあな、見たことないやつらだったが」

「私達の陣営じゃないってことは、『犬』なのかな」

「だとすると、どっちかは厄介だな。透明になる魔法か」


 とりあえず手か足を折ってやろうとしたのに、突然二人の姿が見えなくなったことをマユミが思い出す。

 イチノセのおかげで大まかな位置を知ることができたが、結局最後まで見ることはできなかった。

 ストローで音をたてて甘い液体を飲み干したマユミが、鼻をならして呟く。


「黒帽子といい、色んな奴らが集まってるな。こりゃ、本当に何か起こるのか」


 わざわざ奈川まで来たかいがありそうだ、とマユミはストローを噛んで笑った。



  * *



 黒帽子に連れられたどこかのビルの屋上で、ミカは折れた右足をリサの前に出していた。靴下の上からでも分かるくらいに()れ上がっていて、ミカは目をずっ

(うる)ませたまま痛みに耐えている。


「じゃ、じゃあ、いくよ?」

「いいよ、お願い」


 躊躇(ためら)いがちなリサの言葉にミカが頷いて答える。その返事を聞いて、リサはできるだけそっとミカの右足に手を添えた。

 触れた瞬間、ミカの体がわずかに跳ねる。早く終わらせないと、とリサは少し早口でおまじないを口にした。


「痛いの痛いの、飛んで行け!」


 効果は劇的で、みるみるうちにミカの足から痛みが消えていく。足の腫れも治まっていった。

 それを見てミカとリサが驚く。


「へえ、凄いね!」

「あれ、何で!?」


 同時に感想をもらした二人は見つめ合い、それからミカが困ったように尋ねた。


「どうしてきみが驚いてるの?」

「え、えっと、私のおまじないって、痛みは無くせるけど、怪我自体は治せないはず、なんだけど」

「治ってるね」


 ミカはゆっくりと立ち上がって、確かめるように右足で地面を叩いた。

 不思議そうに首を捻るリサに、ミカは思い当たることを述べてみた。


「魔法で受けた傷だからかな」

「それって関係あるの?」

「あいまいなものだからね、魔法ってさ。厄介でもあるけど」


 納得がいったわけではなかったが、分からないことを考えても仕方がない。リサはとりあえず気にしないことにした。

 右足が治ったことを確認すると、ミカはリサを立ち上がらせて屋上の柵の方に近づいた。

 奈川市にしては少し(さか)えた通りが下に見える。ミカが地元民であるリサに聞いた。


「ここ、どこか分かる?」

駅南(えきなん)だね。駅を挟んで、さっきの襲われた辺りの反対側」

「オッケ、それじゃしばらく大丈夫かな。説明が途中だったからね、続きを話そうか」


 ミカは柵を離れると、設置されていた室外機に座って片膝を抱えた。

 その正面に立ったリサを見ると、説明を始めた。


「どこまで話したっけ。ああ、そうだ、儀式のとこ。それで、その魔法を消失させるっていう儀式がここで起こるっていうから、たくさんの魔法少女が集まってるの。夏休みだしね」

「さっきの、あの黒い帽子の人も?」


 黒帽子とミカが読んでいた少女は、気がついたら姿を消していた。

 瞬間移動の魔法とやらで移動したのだろう。少しそっけない態度だと思ったが、助けてもらえただけありがたいことだ。

 ミカは重々しく頷くと、黒帽子について語る。


「魔法少女の中で、有名な魔法少女が三人いる。あの黒帽子はそのひとり」

「なんか、最強の、とか言ってたよね」


 まるでゲームかアニメのような単語だ、とリサが思う。

 少し馬鹿にしたような気配を感じたのか、ミカはその理由を説明した。


「最強の、っていうのは誰かが面白半分でつけた言葉だけど、そう言われるくらいに凄いの。

 そもそも魔法少女は今、大きく二つのグループに分かれてる。ひとつがマユミ派って言って、さっき襲ってきたショートパンツの方のやつが中心になったグループ。これは、もうひとつのグループに対抗するためにできたんだけど、すごく好戦的で、危険だから気をつけて」

「気をつけてって言われても」

「マユミの顔を絶対覚えておいて、見かけたらすぐに逃げる、それだけでいいから。マギカフェにも顔写真が載ってるから、自信がなかったら後で見ておいて」


 ネットサイトに顔写真がアップされるほど危険なのか、とリサが驚く。

 確かに、そのマユミとやらは自分達を見るなり攻撃を仕掛けてきた。その威力も骨を折るほどなのだから、少し笑えない事態だろう。

 あの顔は忘れないようにしよう、とリサは頷いて続きを(うなが)す。


「それで、もうひとつのグループは?」

「『犬』」

「いぬ?」

「そう、『犬』。こいつらはね、国の手先なの。国家の犬、略して『犬』」


 国家の犬。

 また現実味のない言葉がでてきたとリサが思う。大仰(おおぎょう)な言葉は、何か、ごっこ遊びをしているような気恥ずかしさを感じさせる。

 しかしそれを言ってもミカが気分を害するだけだろうとリサは感想を飲み込んだ。


「詳しくは私も知らないけど、警察の公安だとか、防衛省の一部だとか、とにかく、国に従ってる魔法少女達のこと。

 私たちは、きみみたいに静かに暮らしてる人もいれば、さっきのマユミみたいにところかまわず魔法を使う人もいて、それも良くない使い方をする人も多いの。

 誰かを傷つけたり、盗んだり、しかも魔法なんて証拠にならないから警察も役に立たない。だから国が魔法少女を使ってそういう魔法少女を取り締まってるの」

「それって、いい人じゃない? 犬って呼ぶのはかわいそうだと思うけど」

「まあそれだけならね」


 ミカがため息を吐いた。


「問題なのは、『犬』は魔法少女を見つけると、自分達と同じ『犬』にさせようとするの。相手は国だから逆らえないし、『犬』になってしまうと上の言うことに従わないといけない。充分嫌われる原因ね。

 それに反感をもって、反社会的な魔法少女が集まったのがさっき言ったマユミ派。マユミがリーダーなのは、単純に彼女の魔法が一番強いからね。こっちはこっちで、自分達以外の魔法少女を攻撃して脅すことで、仲間を増やしてるんだからいい迷惑」

「脅して仲間って増えるの?」

「だって、仲間になれば攻撃されないんだから。しかも、仲間になってしまえば色々と違法なことをしても『犬』に対抗できる。アメとムチね。傷つかないためにって自分を正当化(せーとーか)して、ちゃっかり犯罪をしていい思いもできる。

『犬』になるくらいならマユミにつくっていう気持ちも分からなくないしね」


 少し達観したようなミカの口調だった。

 自分の知らないところでそんなことがあったんだ、とリサは驚くばかりだ。同じ魔法少女だけれど、リサはただそれを隠して暮らしているだけだった。


「で、『犬』もマユミ派も今は仲間を求めてるわけ。そこで黒帽子の話に戻るんだけど」

「あ、うん、さっきの人だよね」

「そう。黒帽子って通り名の彼女は、『犬』とマユミ派にずっと狙われてるの。何度も襲われてるそうよ。

 けれど、彼女はそのどちらにも捕らわれないで、気ままにあちこちを旅してる。『犬』のネットワークには黒帽子の写真が出回ってるし、マユミ派では懸賞金もかかっているのに、誰も彼女を捕まえられない。

 そんな魔法少女は彼女だけで、だからあの人は最強って呼ばれてるの」

「へえ、すごい人なんだね」

「私は初めて会ったけど、意外に良い人でよかった」


 ミカは心から、と言った風にしみじみと言った。



  * *



 連絡先を交換してリサはミカと別れた。

 時刻はまだ一六時を過ぎた頃だったが、リサの門限は早い。マユミとやらに出会わないか心配しながら、無事に住宅街に入ることができた。繁華街では何人か他の魔法少女のオーラをまとわせた人物を見たが、幸いに気づかれることはなかった。住宅街に入ってしまえば、余所者(よそもの)と出会うこともないだろう。


 しばらく歩くと、リサの住む施設が見えてくる。

 民家というより公民館といった雰囲気のその建物は、敷地の入口に『みどりの里』と書かれた表札をかけている。その表札の左半分には二行に渡って、『奈川市 児童養護施設』と施設の分類が彫り刻まれていた。

 孤児や虐待児など、保護者のいない子供達が奈川市に生活を保護してもらうための施設だ。

 リサの場合は虐待児の方で、母親は『児童虐待の防止等に関する法律』に違反したとしてリサから隔離された。今どうしているかは知らないが、多分それでよかったのだろうと思う。


 敷地に入ってすぐは駐車場になっていて、職員の車がとまっている。その向こうにガラス張りの扉の入り口があり、リサは設置されたナンバーキーに手をかけたところで、嗅ぎ慣れた臭いを嗅ぐ。

 臭いのもとを探して周囲を見回すが誰もいない。風は左の方から流れているので、リサはその臭いを辿る。建物の角を曲がった所で、予想通りの姿があった。


「おー、リサ、おかえり」


 リサと同い年で、同じように施設で暮らしているその少女はリサに向けて軽く右手をあげてみせた。

 その手の指先に挟まれた煙草を見て、リサが眉をひそめる。


「よくないよ、マイカ」

「知ってるよ」


 マイカは力無く笑ってから、見せつけるように煙草を口にした。

 建物と塀に挟まれたその空間は敷地の外からは死角になっていて、マイカはよくそこで煙草を吸っていた。足元に置かれた空き缶には、今日のものだけでない吸い殻が捨てられている。

 もちろんそれは違法で、不健康で、青少年のするべきことではなくて、リサもよくは思っていないが無理矢理やめさせることもできない。マイカが煙草を吸う時は、いつも同じ時だからだ。

 リサは駐車場にとめられた車を思い出してマイカに尋ねた。


「今日は、関根さん?」

「そう。アイツ、やたら機嫌悪くてさ。見てこの(あざ)


 マイカがTシャツをまくると、拳ほどの大きさが青く変色した腹部が見えた。

 痛々しいその光景を悲しそうに眺めると、リサはマイカの隣に並んで壁にもたれかかった。


「あの人、気分屋だからね」

「ガキなんだよ」マイカが笑う。「チビたちが喧嘩するときの声と、アイツがキレてるときの声、そっくりだぜ? だいたい、怒るなんてのは、子供がだだこねてるのと大差ないんだ」


 そう言うとマイカは煙草の煙をゆっくりと肺にいれた。

 理不尽な暴力を受けた後、マイカはここで煙草を吸う。それは良いことではないとリサは思うけれど、しかし、それくらいは許して欲しいとも思う。彼女にとっては煙草の煙はオブラートのようなもので、それを取り上げられたらこの施設の現実は飲み込むには苦すぎる。

 それからマイカは吐き出した煙の行く先を眺める。リサも同じようにその白い煙を眺めた。

 この施設の職員は、多かれ少なかれ児童に暴力を振るう。

 安い給料で生意気なガキの面倒みてればそうなるさ、とはマイカの言葉だが、虐待から逃げた先で虐待を受けるというのも救いがない話だとリサは思う。


「まあ、関根でよかったよ。アイツ、すぐキレるけど、ひょろいからさ」

「安藤さんのは痛いもんね」

「アイツは不意にキレるから怖えよ。あれで自分は熱心な教育者のつもりってのがまたな」


 それからしばらく誰の暴力が一番マシかの話をしていると、やがてマイカが思い出したように言った。


「お前、まだ帰宅報告してないんじゃねえ?」

「あ、まずいかも」

「急げ急げ、またキレるぞ」


 リサは急いで入り口まで走り、番号錠を開けて建物の中に入った。

 もとは公民館だったらしいそこの広い下駄箱に靴をしまい、安っぽいスリッパに履き替えて事務室に向かう。

 等間隔に三度ノックをすると室内から「入れ」と声がした。

 冷房の聞いた事務室では、痩せた男がひとり机に向かっていて、薄くなった頭髪の下の顔をリサに向けた。何か言われる前にリサが言うべきことを言う。


「今帰りました」

「どこに行ってたんだ」


 上ずったような話し方は関根のデフォルトだ。喋り方で誰かを馬鹿にするのもよくないことだと思うが、保護されている児童の誰もがそのモノマネをマスターしているくらいには馬鹿にされている。


「バッティングセンターですけど」


 途端に、冷たい液体がリサにかかった。烏龍茶か、とリサは呑気に思うが関根の顔は歪んでいた。

 コップの中身をぶちまけた関根は思い切り不機嫌そうに鼻を鳴らして、


「市の金でいい身分だな」


 と、嫌味を言った。

 毎月千円の小遣いを渡しているのは施設の方で、その使い道は児童の自由のはずだったがリサは黙って下を向いた。


「親が親なら、子の方もたかがしれるな。どいつもこいつも、クズばかりだ」


 関根の言葉をしばらく聞き流していると、やがて退室を命じられた。

 殴られなかっただけ幸運だと、部屋を出たリサは微笑む。何に不機嫌だったのかは分からないが、そのおかげで門限を数分過ぎていることにも気づかなかったようだ。


 本来施設には三人以上の職員がいるはずだが、どうやら関根しかないらしい。サボっているのだろう。関根が不機嫌だったのは置いて行かれたからか、とリサが納得する。

 サボった人間の代わり誰かが夕食を作らなければならないため、リサがその役目を引き受けた。一応、そのために雇われた人間がいるはずだが、一年の半分以上はリサが料理を作っている。マイカのいうチビたち、年少組の分と、夏休みに入ってバイトに明け暮れる年長組にリサとマイカ、それに施設の職員の分もいれるとそれなりの重労働だ。


 どこか暗い雰囲気の施設は、あまり健全な状態ではないのだとリサは分かっている。年少組の三人は喧嘩ばかりで笑顔を見せることは少ないし、年長組は高い確率で施設に帰らずに外泊をすることが多い。職員の暴力も、訴えるところに訴えれば問題になるのだろう。


 夕食を終えて、マイカと二人で使う部屋に戻る。

 二人でお喋りをしながら、夏休みに出された宿題を進めていた。職員のいるリビングにいたくないため、自室で宿題が(はかど)るのは怪我の功名だとリサは思う。


「まあ、でもさ」


 リサの施設批判に対して、マイカがさとすような口調で言う。


「私たちは他に行き場がない。市の養護施設はここだけだしね。それに殴られてればそれで済むだけ、ここはマシだよ」

「そうかなあ。役所に訴えれば」

「アイツらはクビ、で新しく入ってくるやつが前よりマシとは限らないからね。そもそも、児童福祉に予算がないのが問題なんだ。だから、市長が変わるとか、国から補助金がでるとか、そういうのがないと下手に訴えても逆効果になりかねねえ」


 ノートに向かいながらこともなげにマイカが結論づけた。

 リサはしかし、首をひねってうなる。


「でもなあ」

「理想的じゃないよ、確かに。でも、まだマシなんだよ。県の運営してる養護施設はもっとひどいらしい。下手に問題にしてここが潰れたら、私たちはそこにいかなきゃいけなくなる。

 だったら、ここで我慢しないとさ」

「大人だね」


 リサはため息を吐いてマイカを眺めた。

 涼しい顔で宿題を進める彼女は、リサよりもずっと理不尽な目にあっているのにそれに不満を抱かない。

 憧れと、嫉妬のようなものを感じて、リサはもう一度ため息を吐いてその感情を追い出した。

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