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死ぬまで友達  作者: 郁
1/1

終業式

「あっちぃぃぃぃ」

腹に纏わり付いているバスタオルを引っぺがし乱暴に身体を起こす。


流れ落ちる汗を肌で感じながらあくび混じりの大きな溜め息をついた。


今何時だ?ヨレヨレのTシャツで汗を拭いながら、携帯に手を伸ばす。


画面には9時32分の時刻が知らされていた。


「まだ9時じゃねーか。」


俺は携帯を足元へと放り投げ再び大きな溜め息をついた。


何で朝から最悪な気分なのかって?


それは遡ること20時間前。巻水高校、3年3組の教室にて全ては始まった。


◆◆◆◆


「おい、席つけー。ホームルームするぞー。」

真っ赤なジャージに身を包み手には竹刀を携えているゴツいおっさんが荒々しく教室に入ってきた。


予期せぬ人物の登場で一時停止したかのように皆んなが動きを止めてしまった。


「おら!席つけ!席つけ!ぼーっとすんな!」

怒号が再生機能となり、一斉に自分の席へと向かう。


「田中先生は今席を外せないから代わりに俺がホームルームを行う。」

体育教師であり野球部顧問の今井賢四郎だ。

奴は全校生徒が恐れる鬼のような存在で、一度捕まってしまえば長過ぎる説教という拷問を受けてしまう。


「明日から夏休みな訳だが、お前らは受験生。気を抜かず過ごせよ。以上。解散。」


解散って言った?ん?これで終わり?帰っていいの?

皆が顔を見合わせ確認しあいながらゆっくりと席を立つ。


「あっ!まてまて」

やっぱりまだ終わってないのか?と今井の言葉に皆が動きを止め身構えた。


「松井。松井忠。まーつーい。お前は今から俺の部屋に来い。」

今井はそう言い残し、また荒々しく教室を出て行った。


松井忠…このクラスに同性同名がいないのであれば…俺の名だ。


他の連中は意気揚々と教室を後にしていく。

俺はその姿を目で追いながら、肩に掛けた鞄を机に投げるように置いた。


職員室の隣には今井専用の部屋がある。

生徒の間では鬼ヶ島という名前でよばれている。

退治しに行くどころか逆に退治されるという物語とは全く逆の結末が待っている。


ふぅーと息を吐きノックをする。


「失礼します。」

重々しい扉を開くと、今井は腕を組みどっしりと椅子に座りこんでいる。

鋭い目がこちらを見つめていた。


「はい。そこに正座ー。」

顎を前に突き出し、指示を出す。


「松井ー。お前急に外国の血が流れ出したのか?だからお前の髪の毛は金髪になったんかー?」


あぁ。髪のことかぁ…

やっぱ明るすぎたかぁ…


担任の田中は、のほほんとしたじいさんなので注意されることはまずないし、明日は終業式だし髪染めても乗り切れるだろうと思った。

考えが甘かった…まぁ、今更後悔してももう遅い。


「えーーっとぉー…えー…メイビー?」

…いくら何でもこの返事はやばい。

この空気では言っちゃいけないやつだ。

とりあえず、いつ攻撃されてもいいように歯を食いしばった。


「まーつーいー。シャラーップ。」

まさかの口撃だった。

カタカナ過ぎる英語に思わず口角が上がりそうになったが、唇を噛み締め回避する。


「松井、お前は進学?就職?」


「えっと、就職です。」


「なんの仕事に就きたいわけ?」


「えっと…」


頭悪いし、進学はないな。ぐらいの軽い考えで就職を希望していた。

特に何になりたいとか、深く考えたことなどなかった。


そんな俺を察してか、今井は答えを待たずして話を続けた。


「学校で作られたちっせールールも守れん奴が社会に出て上手くいくとでも思ってんのか?お前が考えてる以上に社会人つーのは厳しいんだ。お前みたいなのはやってけねーよ。」


有難いお言葉に黙って頷いてみせたが、今日って面白いテレビ何かあったっけ?などとくだらない事を考えていた。

もちろんその間も人生セミナーは続く。


「ー という事だ。分かったか?しっかりしろよ松井。」


「はい。よく分かりました。すみませんでした。」


ほぼ何を言われたか覚えていないが、ハキハキと丁寧に返事をした。


「じゃあ、早よ立て。俺はグラウンド行かないかんから。」


やっと終わった。


よく頑張った!俺。


今すぐこの部屋からおいとましたい気持ちは山々だが、1時間も正座をしていた所為で足の感覚は無くなっていた。


やっとの事で立ち上がったが、背後で今井が早よ行けと煽ってくる。

圧を感じながらも、ヨタヨタではあるが一歩一歩確実にドアへと、そして解放へと進んでいた。


あと少し…あと3歩で…


あと2歩…


あと…一歩…


自由だぁぁぁぁぁ‼︎


俺の顔はポーカーフェースを保っていたが、足の感覚さえ戻ればスキップしたいぐらい喜びに満ち溢れていた。


「今井先生失礼します。ありがとうございました。」

最後まで気を抜くことなく、深々とお辞儀をしてみせた。


「はっ?何言ってんだ?ほら。これ。終わったらグラウンドに見せに来い。さっき言っただろうが。」


今井は怪訝そうな顔でビニール袋を押し付けてきた。


嫌な予感がする。


恐る恐る中を覗くと、『綺麗に染まる!髪色戻し!』の文字が見えた。


あっ。そう言えば髪の事で呼ばれてた。

人生について諭されていた時間が長かったからなのかすっかり忘れていた。


「分かってますよ…染めてきます。」

動揺している事が悟られないように、今井に向かって中指…じゃなかった…親指を立てグーサインをして見せた。


完全に復活した足は、教室へと向かって歩き始めた。


「あっ!松井君。おかえり。長いお説教だったね。」

打ちひしがれていた俺に満面の笑みが向けられた。


「あぁ。まぁ、長かったな。疲れた。」


「もう帰るの?」


「いや、今から黒染めして、今井に見せに行かなきゃいけなくて。ってか何でまだお前教室にいるの?」


「僕もさっきまで日誌書いてたんだ」


「ふーん。お疲れ。」


一見なんの変哲もない会話に聞こえるだろうが、正直俺は驚いていた。


席は出席番号順のため、俺の後ろの席には必ずこの男、岬 良太 が座っている。

多分クラスも3年間同じだと思う。

これだけの条件があれば仲良くなりそうなものだが、今日初めてこんなに長く話をしたのだ。


「ねぇ、僕手伝おうか?1人じゃ大変じゃない?」


「手伝うって何を?」


「髪染めだよ。僕手先は器用な方だし。ねっ?ダメかな?」


「いや、別に…」


「どうせ塾の時間まで暇だし。ねっ?いいでしょ?」


「あぁ…いや…じゃあ…頼もうかな。」

別に染める作業は慣れているし大変とも思わないが、岬がグイグイ距離を詰めてくるので、思わず提案を受け入れてしまった。


「よかった。僕頑張るね。」

確かに岬は言った通り頑張ってくれた。

頑張り過ぎてくれた。

まず、説明書を読むのに10分。

タオルだの必要なものを揃えるまで15分。

終いには、制服が汚れるからと体操着に着替えさせられた。


1人でやった方がはるかに早かった。

頼んだ事を少し後悔したが、その間ずっと岬が色々と話をしていたし、割と積極的に参加していたのでそこまで苦痛に感じなかった。


「よし。出来たよ。上手くいったと思う。」

どこから持ってきたのか知らないが、マリーアントワネットが愛用してそうなアンティーク調の手鏡で俺を映しだす。

時間を掛けただけあって、今盛りと黒い泡が俺の頭を綺麗に包み込んでいた。


「おぉ。あんがとう」


「どういたしまして。あとは、20分待って髪洗って、今井先生に見せたら終わりだね。」


「あぁ…そうだな。」

そうだった。

今井の所に行かなきゃいけなかった。

岬に言われなかったら普通に帰った気がする。

危ない、危ない。


「あっ。そうそう。松井君。あと、」

俺はまだ他に何かしなきゃいけないことでもあったか?と岬の言葉に注意深く耳を傾けた。


「僕夏休みが終わったら死ぬつもりなんだ。」


「はぁ…」

返事をしたのか、ただ息を吐いたのか、自分でもよく分からなかった。

突然過ぎる展開に頭はもちろんついていけない。

口がパクパクと餌を強請る金魚の様に動いていた。


そんな俺の様子を全く見ることもなく、岬は素手に染料がつかないように慎重に手袋を外していた。


「…いや、えぇ?お前、急に…何の話だよ…死ぬって…何…」


「理由?生きていても意味がないからだよ。」

岬はゴミ箱に捨てた手袋を見つめながら答えた。


何言ってんだよお前…ってか、何でそんなこと俺に話すわけ?

そう言ってやりたいが、言葉が出てこない。


「それでね。松井君にお願いがあって…」


「いや。無理。俺には絶対無理。」

これ以上は聞いてはいけないと思った。

というか、聞きたくなかった。

強い口調で岬の言葉を遮った。


「僕が死ぬまで、友達になって欲しいんだ。」


無理って言ったじゃんか…俺が言うのもなんだが、お前人の話を聞けよ。


「いや…だから…無理だって…」

お願いを聞いてますます意味が分からない。

状況が飲み込めないままの俺に岬は畳み掛けてきた。


「僕ね。遺書を書くつもりでいるんだけど、もし松井君が断るのなら、君のせいで自殺したって書くよ。」


「ちょと待て…何で俺のせいなわけ?いやいや…ちょと待て。」

何で?どうして?目的は?疑問だらけの岬に恐怖さえ感じていた。


「困るよね?今は警察とかも介入してくるから面倒くさいことになると思うよ?」


「お前それ脅迫かよ?」

さっきから声が上ずってしまう。


「もしお願いを聞いてくれたら、死んだ後は絶対君に迷惑かけないよ。僕の最後のお願いを聞いてくれないかな?詳しい事も今話てしまいたいんだけど、僕今から塾行かなきゃ行けないんだ。だから、明日朝の11時に熊公園で待ってるね。そこでちゃんと話をするよ。」

岬は息つく暇もなく、早々と話を進めていき、気がついた時には待ち合わせの約束まで取り付けていた。


「あっ。そろそろ本当に行かなきゃ塾遅れちゃう。それじゃあ、また明日ね‼︎熊公園11時ね‼︎待ってるね‼︎」

念を押しながら颯爽と岬は去って行った。


その後を追って、俺は行かないと拒否したかったが、俺の足は再び感覚を失っていて動くことができなかった。

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