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魔法少女☆花粉症殺す

「くたばれ花粉症」


 一言吐き捨てずぴっと鼻をかみ、丸まったティッシュをゴミ箱へ投げ捨てる。ティッシュは既に白い山の如しだ。

 ついでにくしゃみを続けて二つ。それからもう一度、躊躇なく鼻をかんだ。

 これが室内のいいところ。私だって一応女子だ、人目のあるところで爆音とともに鼻をかんだりするのは恥ずかしい。


「欧米では鼻をずるずる啜る方がアウトらしいモグよ」

「黙れよ」


 ぎろり、と痒みで赤くなった目で睨みつける。そこにプワプワ浮いているやらたとファンシーな外見の動物――いわゆる『マスコットキャラクター』のモグ(笑)は、私の目線に気付くとひょいと肩を竦めてみせた。

 その二頭身の癖にやけに小慣れた仕草が苛立たしい。欧米か。


「チッ。あー目ん球ほじくり返して丸洗いしてぇ。鼻と耳と喉も洗い流したいわ」


 花粉症、いや、アレルギー患者なら一度は願ったことがあるだろうこの切実な思い。

 モグ(笑)は私の声音の真剣さのせいか、辟易とした顔付きになる。シンプルな顔面のくせに表情はがんがん変わるのが不思議だ。


「そこまでいくと、いっそ首から上とっかえた方が早い気がするモグー…」

「なんで人体って取り外し式じゃないのよ? ――つーかあんた、ホントに花粉症をこの世から消してくれるのよね?」


 もう一度ティッシュをぽんと投げ捨てて尋ねれば、モグ(笑)はもともと丸い目玉をきょとんと真ん丸にした。


「当然モグ。ちゃんとそう言って契約したモグよね?」

「はいはい。んで、それが本当かって聞いてんの」

「もちのろんモグぅ☆ 人間は嘘吐きモグが~モグらはメルヘン的に嘘吐かないモグしぃ~」

「うっぜ」


 悪態を吐いて鼻かみティッシュを投げるフリをすれば、モグ(笑)は残像が見えるくらいの高速移動フェイントでこちらを攪乱しようとうしてくる。


 契約。愉快なマスコットキャラクターと、私のようなうら若き乙女との契約と言えば、ご承知の通り。

 魔法少女だ。


 私の年齢? 女子大生留年一回で二十三歳だよ。ちなみに浪人は一回な!




 私が魔法少女になる契約をこのモグモグ野郎と結んだのは、三月初めのことだった。

 その日も私は花粉症で苦しんでいた。いつもの友達、くしゃみ! 鼻水! 目の痒み! に加えて脱力感にも苛まれ、ぐったりとソファで寝転がっていた。もしかしたら軽い発熱も起こしていたかもしれない。

 しかし処方された薬を飲んだため、これから体調は回復していくだろうと割りかし気楽でもあった。

 具合の悪い人の味方、某スポーツ飲料2リットルペットボトルと鼻に優しい某ティッシュ二箱をテーブルに、傍らには特大サイズのゴミ箱を置いて完全に寝る体勢だったのだが、


「モグモグぅ~☆ モグと契約して魔」


 降って湧いたかのように幻覚まで襲いかかってきた。

 二頭身だが三頭身だかの可愛らしい獣が、きょるるん☆と星を撒き散らしながらキュートな笑顔を振りまいてくる。


 質感までありやたらとリアルで、頭がいかれてしまったかのような幻覚だ。私は花粉症の恐ろしさを改めて実感しながら、とりあえず手元にあった(というより使いたてだった)ティッシュをそいつに素早く投げつけた。運動神経には自信がある。


「目が合ってすぐ汚物を投げられるのは初めてモグ~☆」


 なんだろうこの熱い感情……これは、この感情は…、もしかして、これが殺意?

 手当たり次第あらゆるものをそいつの顔面にぶつけてめり込ませてやりたい、そんな苛立ち混じりの思いがふつふつと湧きあがってくる。


「ちくしょう花粉症許さねぇ」

「花粉症悪くない、冤罪ダメ絶対モグ」


 だってあなた、花粉症が見せてくる幻覚なんでしょう…?

 軽いジョブとともに尋ねれば、軽やかに全てかわされ、モグモグやかましいそいつはにっこりしてみせる。


「モグはモグ・ザ・スマイリー! 微笑みの国の使者モグよ☆」

「モグ(笑)ね」

「人の名前をネタにするのは止めるモグぅ」


 冷静に諭された。

 そうだね、世の中には目も当てられないほどキラキラした名前もあれば目も当てられないほどドブドブしい名前もある。だけどそれは子ども本人の責任ではない。愚かな大人たちが悪いのだ。かくいう私も名前には嫌な思い出があってね。


 私は少し、ほんの少しだけモグナントカへの好感度を上げた。


「私は大喝采だいかっさい さくらよ。気軽に名は呼ぶな」


 この一人で目出度い春真っ盛りな名前のせいで、どれだけ周りにからかわれたことか。まあほどほどに図に乗らせたところで、囀ってた馬鹿どもは老若男女問わず全員地に沈めたが。


「じゃあなんて呼べばいいモグか?」

「そう私を呼ぶ機会もないと思うけどね。まあ閣下、陛下、敬意を込めてそう呼びなさい」

「春かっ…」

「それはよくない」


 お前ファンタジーアンドメルヘンな見た目でよくもそんな発言を。

 微笑みの国の使者とか嘘だろ、と喉首を掴んで詰め寄ると、


「モグはマスコット界の情報最先端を突っ走ってるモグからね☆」


 ぱっちりした目でウインクをしてきたので、そのままぎゅっと力を込めてやると、ぬいぐるみの様な感触に指が沈む。全体的にみっちりと皺が寄って、見るも無残な外見だ。これでこいつは前が見えてるのか?


「綺麗な名前がもったいないモグよ」

「ごめん、そういう性癖ないから獣に褒められても興奮できない」


 顔面というか全身しっわしわな二頭身に言われてもなぁ。

 とりあえず解放してやると、一瞬で元の外見に戻ってみせた。風船に空気を吹き込んだかのようで少し面白い。


「興奮じゃなくてときめき☆ とか言った方がラブリィ~モグ~」

「はあ?」


 イラッとして睨むが、モグは平然としている。

 先ほどからボコボコにしているのに、ハイテンションのまま欠片も揺らがない。なんだこの打たれ強いにも程がある生き物は。今まで見たことのないほど内外揃ってタフな生物である。恐らく鋼とかいうレベルじゃない。きっと魂から超合金でできてるに違いないぞこいつ……。


 若干疲れて大人しくなった私を前に、モグはくるりと宙で星をまとわせつつ一回転してみせた。


「では改めて桜! モグと契約して☆ 魔法少女に☆ なって☆ ほしいモグー!!」

「まずは☆を捨てろ。話はそれからだ」


 水のように流れてきた鼻水を一度かんでから、私はソファーに腰かけ威圧的に足を組んだ。ら、モグはその膝の上に降り立とうとしてきたので素早く追い払う。

 モグはそれを力の抜けた波のような動きでかわすと、結局テーブルの上に立った。足の裏は汚れてないだろうな?


「うう、それにしても本題まで長かったモグよー。ここまでモグを手こずらせたのは、桜が初めてモグ」

「なんだそのセリフ? もしかしてお前マスコットと見せかけたラスボス枠か?」

「違うモグ…そうだったらこんな手強い相手のところになんて来ないモグ……欠片の隙も見せれんモグよ……?」


 なんだその目は。


「まああれだ、契約して魔法少女になって、何? 微笑みの国を救えとかなんかそんな感じってこと?」

「話が早いモグねぇ~。そうモグ。敵を愛と魔法とパワーで一気にすっきり殲滅☆ モグ☆」


 曰く、こちらの世界と微笑みの国はリンクしているとかなんとか。

 微笑みの国は今まで平和いっぱい夢いっぱいに暮らしてきたが、現在『陰の国』、つまり悪者たちによって、代々伝えられてきた微笑みの力の源――笑顔のクリスタルを狙って襲撃されており以下省略。


 そして、どれだけ進行しようにも秘宝のクリスタルを発見できなかった敵は、私たちが今いる世界にもその手を伸ばしてきているとか。


「つまり微笑みの国は攻撃を受けて壊滅寸前と、そういうことね?」

「そうモグー。ううっ、戦後のインフレが心配過ぎて辛いモグぅ。既に貨幣切り換えも視野にいれるレベルモグよぉ」

「お前余裕だな」

「あったりまえモグ! 魔法少女が居てくれたら百人力モグ。頼りにしてるもモグよ、桜!」

「勝手に決め付けないでちょうだい。まだやるなんて一言も言ってないし」


 というか、今までの私の態度でよくもそうプラスにとらえることが出来るな? ポジティブ病か? ポリアンナ症候群のマスコットとか目もあてられねぇぞ?

 言いたい文句はいくらでも出るが、これ以上話を逸らしては何も進まない、と溜息がてら飲み込む。


「てゆーかなんで私なわけ? 今日もただ花粉症で苦しんでただけよ」

「大丈夫、魔法少女に年齢も性別も関係ないモグモグ~☆」

「じゃあ少女っつー単語消せよ! 魔法使いでいいだろうがっ!!」

「そこら辺は翻訳の問題モグー。モグは別に、『若年の女性』って意味がはっきりした単語を使用しているわけではないモグよ?」

「そーなの?」


 私が首を傾げると、モグは大きく頷いた。


「モグらが暮らす笑顔の国の伝承では、この世界の少女がモグらの国を助けてくれたってのがあるモグよ。使ってる単語としては魔法戦士って意味になるモグかね? でも笑顔の国には戦士って職業はないモグからー、なんというか曖昧なんだモグ。こっちの世界では、魔法少女ってメルヘンな存在がぴったりなのかもしれないモグねぇ。とにかく、翻訳家が号泣するくらいには複雑なんだモグ~」

「なるほど分かった。それにしてもモグモグ煩いわねー」


 年齢性別関係ない、とのモグの言葉もやっと理解できた。あちらの認識とこちらの認識が交わった結果、このような翻訳になってしまっているのだろう。まあどうでもいいことだが。


「だけど制服は清楚で可憐でキュートォ、モグよ? 笑顔と魔法と希望の力をいーっぱい詰め込んであるモグ☆ 具体的に言うとほぼ物理無効モグ」

「お前あれだろ? その口調作ってんだろ?」


 鬱陶しい語尾と冷静な語り口は、びっくりするほど相反している。


「というか、それなら更に誰でもいいってことにならない?」

「ならないモグ! 魔法少女には、生まれ付いての適任者が存在するんだモグ。例えば桜みたいに、モグが見えるのも条件の一つモグね。加えて身体能力も高ければ高いほどハッピィ☆ モグ☆ ――もちろん桜だけじゃないモグよ? だから先に一人訪ねてもみたモグが……欲が深過ぎてダメだったモグぅ」

「人格も必要ってことね」

「桜のそのふてぶてしさには感嘆するモグ☆」

「お前ぶっとばすぞ」


 それにしても口の減らないマスコットである。だいたい何が言いたいのか意味が分からない。


「魔法少女として戦ってもらう代わりになんと――なんでも願いを叶えてあげるモグ!」

「……ふーん」


 私の気の無い返事に、モグは「ヤル気ないモグね」としょんぼりして見せる。


 もちろん私にだって願望くらいある。金も欲しい、金も欲しい、そして金も欲しい。やっぱり世の中金ですよ。

 まあ、ニキビのできないすべすべお肌、絶世の美貌なんかもいいかもしれないが、それも最悪金でなんとかなる。なんてったって人間だ、当然ながら無欲とは言えない。

 だが欲しいものは、全て私一人の力で手に入れてみせる! それが私、大喝采桜のやり方だ!

 このようなモグモグ野郎に縋りつくほど惨めったらしくなって堪るものか。

 それが人間様、それが私だ。


――というより、訳の分からん戦いに巻き込まれてまで叶えたい願いがない、というのが本音なのだが。


「なのに欲深過ぎるとダメってどういうことよ?」

「なんでも――じゃなくて、モグらでも叶えられない願いはあるんだモグぅ」

「あー、一応聞くけど、前の奴の願いはなんだったの?」


 世界征服とか?

 それこそ私一人でやるって話だが。

 

「『筋肉ムキムキで美女でエロスで強く逞しいモフモフ獣な人外嫁をおくれー!』とのことだったモグ~」

「ケモナーかよ」


 世界だとかチャチなものじゃなかった。己の煮詰めた欲望丸出しって勢いだった。


「人の身より人外を愛してしまうとのことだったモグ~。人間の業は深いモグねぇ……」

「つーかそんなに困難なのね。まあ確かに人外連れてくるだけじゃダメだもんね。色々法律とか、なにより常識とかいじらないといけなくなるし」

「というより倫理的問題モグぅ☆ ムリヤリ嫁にさせられる方も堪ったもんじゃないモグよ! モグらはメルヘン的に~自由恋愛推奨モグからぁ~」


 そこらへんきちっとしているらしい。


「つーか獣だしあんたが相手してもよかったんじゃない?」

「No thank you」


 発音良過ぎて困惑する。

 お前モグぅ☆モグぅ☆言ってんの完全にキャラ作りだろ。


「それより桜の願いは何モグか?」

「いや、そこまでして叶えたいものもないから。多少のことなら自力でなんとかするわ」


 すっぱり言い切って、私は大きなくしゃみをした。鼻水をかんで、ゴミ箱にティッシュをシュート。ここまでで一セットである。もう慣れたものだ。

 体調も、薬が効いてきたのだろう、先ほどよりはずいぶんマシになっていた。悪くは無い。モグと喋っていたせいで、精神的に疲れてはいるが。

 ついでに目薬を差して、瞬きを繰り返したところで息を吐く。


「ふぅ」


 と、そこでモグとぱっちり目があった。


「――モグにかかれば、桜を苦しめているその花粉症も消しされるモグよ?」

「……」


 詳しく話を聞こうじゃないか。




 というわけで、私大喝采桜二十三歳(今年で二十四歳!)は現在、魔法少女としてこのモグとタッグを組んでいる。

 花粉症を殺すためなら悪党には犠牲になってもらうしかあるまい。そのついでに世界を守ってやるのもやぶさかではない、というわけだ。


「てゆーか花粉症だけ撲滅とかできんの? アレルギーで、免疫がどうとか、難しいんじゃないの?」

「ばっきゃろう☆ そんなの、愛と魔法でイチコロモグ~☆」

「あんたキャラぶれてない?」


 最近モグの気も緩んでいるのか、発言のブレが増えてきた。いや基本的には暴走をいさめる善良かつ冷静なマスコットキャラクターなのだが。


 まあいいか、と私は思う。

 こいつとこうして喋っているのは嫌いじゃない。


「さぁーて、そろそろお仕事行きますか」


 ベランダに通じる大窓をがらりと開ける。見えないが舞い溢れているだろう花粉が室内に侵入しないよう、素早く閉める。

 そして覚悟を決め――正直この瞬間が一番根性が必要だ――大きく深呼吸して花粉散る外気を取り入れ、そのまま何もない正面を睨み付ける。


 眼球の奥底が焼けるように熱くなる。

 花粉によるアレルギー反応ではない。体の中から溢れるパワーによってだ。


 こうして瞳のなかでモグの語尾のごとくきらりと星が散り始めると、全ての準備が整ったという証!


「魔法少女! 花粉症殺す!!」


 最高のかけ声とともに、私は今、変身を遂げる!


「その発言だけ見ると完全にガイキチな人モグ」

「落とすぞカトンボ」


 ぶっちゃけ変身は一瞬で終わる、まさに瞬きしている間に完了する。めちゃくちゃ効率的だ。


 衣装は少女趣味に可愛らしくはあるが、手袋にブーツ、首まで覆われ素肌の露出は非常に少なくなっている。

 異常にボリュームを増し色さえ金に変わった髪は、決して視界の邪魔はすることなく、頭部や顔面、頸部をガードしてくれる。非常に頑丈で、端的に言うと、ウィッグかカツラのような形状のヘルメットである。


 正直そこまで趣味ではない格好だが、機能性抜群でもあるためその根性はなかなか気にいっている。

 頑丈で強力、見た目にごつくなく、その通り動きやすい。パッと見、敵の油断も誘いやすいところがグーだ。


 あとさらさら素材と謎パワーで花粉がつかないのが最高。


「ううっもっと違うセリフが良かったモグー。素敵な桜が台無しモグよぉ」

「私は『魔法少女☆花粉症殺す』だっつってんだるぉ!? ちゃんとお望み通り☆だってつけてやったのに!」

「モグが求めていたのはこれじゃないモグ……百人中九十五人はモグに賛同してくれるモグよ? これじゃないって……」

「だったらその辺でインチキな統計でも取ってなさいよ。私は行くわ」


 「待ってモグぅ~」と背後から焦った声が聞こえるが、私は無視して颯爽とベランダから飛び去った。人々から私の姿は見えない。というより見えないようにしている。


 青空は燦々と晴れ、溢れる緑は照らされて活き活きと輝く。爽やかな春の昼下がり――。


 私はそれを見て、一人拳を強く握りしめた。ついでに奥歯も噛みしめる。


 私は行く。

 ただ独りになっても進み続ける。


 私は戦う。

 己の力で、全ての敵を倒してみせる。


 この世から、花粉症を撲滅するために――!


『魔法少女☆花粉症殺す』の今後の戦いにご期待下さい!!

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