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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『平和』売ります

作者: 香村エージ

 仕事の帰り道、いつもは占い師が営業している道端に変な立て札を見つけた。

 側には浮浪者一歩手前の格好をした男が風呂敷を広げて座っている。


『平和、売ります』


「平和を売る、ってなんだい?」


「言葉のまんまでさあ旦那」


 男に聞くとすぐさま返事が返ってきたが要領を得ない。


「それが平和なのかね?」


 風呂敷の上、あぐらをかいて座る男の前に並べられたアクセサリーを指差し、再度たずねる。


「その通りでさぁ、今なら二千円ポッキリ、旦那もおひとつどうですかい」


 親指サイズのアクセサリーに二千円は高い、ぼったくり価格だろうと思いつつも見ていると胸が暖かくなるような不思議な魅力に抗えず、財布から千円札を二枚取り出し男に手渡した。


「毎度ありぃ」


 帰り道、酔っ払いに絡まれることもなく。

 帰宅する時間にはいつも夫婦喧嘩の絶えない隣家族が今日に限っては静かだったり。

 購入した平和の効果を早速感じるのだった。



 ☆ ☆ ☆


 リビングに入るとソファーに腰を降ろし、リモコンを操作してテレビのチャンネルをニュース番組に合わせる。


 ニュース番組では男子高校生が通り魔にナイフで刺され、今も生死の境をさまよっているという事件を報道していた。


 ニュースキャスターが原稿を読み上げる。


「男子高校生は事件直前に平和を売却しており・・・」


 んっ?


「・・・男子高校生が売却した平和を購入したのは海野底市に住む田多々さん」


 ニュースキャスターが俺の名前を告げた。

 俺が買った平和は通り魔に刺された男子高校生の平和だったらしい。

 俺は平和を買った、ならば平和を売った者がいるのも当然か。



 ☆ ☆ ☆



 次の日も平和のお陰か会社でもトラブルもなく順調な1日だった。

 しかし、帰社する頃には平和のアクセサリーは黒ずんでおり、不安を感じた俺は昨日と同じ男から再び平和を購入し帰宅するのだった。



 ☆ ☆ ☆



 リビングのソファーに腰を降ろし、リモコンを操作してテレビのチャンネルをニュース番組に合わせる。


 ニュース番組では帰宅途中の園児に居眠り運転の車が突っ込んだという事故を報道していた。


 ニュースキャスターが原稿を読み上げる。


「園児の母親は事故直前に娘の平和を売却しており・・・」

「・・・母親が売却した平和を購入したのは海野底市に住む田多々さん」


 俺が買った平和は居眠り運転の車にひかれた園児の平和だったらしい。

 俺は平和を買った、ならば平和を売った者がいるのは当然だ。



 ☆ ☆ ☆



 次の日も平和のお陰か会社でもトラブルもなく順調な1日だった。

 帰社する頃には平和のアクセサリーはやはり黒ずんでおり、不安を感じたものの再び平和を購入する気にはなれなかった。


「今日は買わないんで?」


 今日も同じ場所に座っていた平和売りの男がたずねてきた。


「うむ、やめておくよ」


「買わないんなら、売っちゃあくれませんかね、もういらなくなったんですよね、平和」


「かまわんが・・・売る相手を選べたりしないのかね」


「選びたいのならこちらからどうぞ」


 平和売りから受け取ったカタログから、世界最貧水準の国で兵士をしているという日本では小学校に通っている年齢であろう少女を選んだ。


 初めに買った平和は粉々に崩れてしまっていた。

 もう一つの黒ずんだアクセサリーを平和売りに渡すと、平和売りの手の中でアクセサリーは俺が買った時の色を取り戻したようだった。


「毎度ありぃ」


「なんだこれは」


 平和売りが差し出したのは百万円の束が二つ。


「なんだ、って平和の代金でさあ」


「なんでこんなに多いんだ?」


「旦那が売り先を指定した少女のいる国は平和が高額なんでさあ」


「それでは少女は平和を買えないのでは無いか?」


「一日百円あれば良い暮らしができる国でさあ、兵士をさせられている少女にはとてもとても買えないでしょうねえ」


「俺がその金を受け取らず少女はただで平和を買うという事にはできないか?」


「それはできやせん、平和の売買にもルールってものがございやす、どうしてもというならご自分で渡してくだせえ、もっとも少女を見つけるのも、地下銀行を使った不正送金をするのも、二百万円の何割が必要なのかわかりやせんけどね」


 俺は少女の幸福を、信じてもいない神に祈ることしかできなかった。


 帰り道、絡んできたチンピラに二百万円を奪われ。

 帰宅すると、玄関前で隣家族の夫婦喧嘩に巻き込まれて腹に包丁が刺さった俺は救急車で病院に運ばれた。


 ☆ ☆ ☆


 喉が痛い。

 目が覚めると病室だった。

 集中治療室のような部屋ではないことを考えると、意外と軽傷だったのだろう。


 リモコンを操作して、病室の天井隅に備え付けられたテレビのチャンネルをニュース番組に合わせる。


 ニュースではぼろ切れをまとった少女が、どこにでも落ちているような石を代価に平和を買っていた。


むっ?


「ベータケンタウリとオメガケンタウリの間で長く続いていた戦争はトップ会談の結果劇的な終結を迎え・・・」

「・・・市場では平和の暴落が止まらず、平和を空売りしていた投資家や金融機関の動向が不安視されています」


 神様もたまには粋な事をするではないか。

 テレビを消すと、自分の頬が緩んでいるのを感じながら俺は再び目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お話の構成と展開がリズミカルで読みやすいです。 [一言] 誰かのマイナスが誰かのプラスになっているということ。自分が幸せを感じている時に、何処かの誰かは不幸を感じているということを、平和…
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