Session
コチラの物語、【透明人間の憂鬱】【黒猫のスキャット】の数年後の話となっています。ですから透くんは結婚しています。そしてこの短編集にある他の作品からは十数年程前のお話です。
赤い首輪をした黒猫の人形を俺は、そっとお店の棚にさりげない感じに配置する。振り向くと奥のソファー席の所で娘の優璃が足をブラブラさせながら嬉しそうにこちらを見ていた。女の子だからかおっとりした性格で危ない事をする心配もないので今日はお店に連れてきていた。というのは、今日はこの子の二歳の誕生日。その準備で璃青さん達は上でバタバタしているのと、驚かせたい事もあり俺が開店準備をしながらここで面倒をみている。
お店に置かれた置物にまだ拙い言葉で話しかけたりして楽しそうしているのを見ながら、壁にポスターを貼りつけた。
【MISSING
首に赤い首輪をした黒猫さんが行方不明です。どうか皆さんも探してくださいませんか?
見つけてたらそっと店員さんにその場所を教えてください。ささやかなお礼を差し上げます】
そんな文章と赤い首輪の黒猫の書かれたポスターは黒猫恒例の猫探しゲームの始まりを告げるモノ。
「にゃ~にゃ♪ ね~」
そう話しかけてくる優璃に俺はニッコリと頷く。
「そうだね、にゃ~にゃの絵だよ! バーバが描いたにゃ~にゃの絵」
そう答えてみたものの、優璃の視線が壁のポスターでなく何かを包むように合わされた自分自身の掌に注がれていたのに気づき首を傾げる。
「優璃ちゃんは、何持っているのかな~」
そう聞くと、優璃はニコ~と笑いその手を広げる。俺はそこに現れた小さな黒猫の置物を見て驚いてしまう。その猫は、黒猫で行われる猫探しゲームの最初の回で使われた猫だったから。
黒猫の猫探しゲームは、世間的にもイベントのない六月に何かないかという事で始めることになったちょっとした遊びだった。ルールは簡単。指令の猫を探してそれを店員に教えると何かカクテルかおつまみ一品がサービスになるというもの。
その記念すべき一回目は【黒猫に今二十八匹の黒猫が隠れているよ! コースターに書かれたお店の見取り図にその場所を印付けて店員さんに渡すと良い事あるよ! あくまでも探すのは黒猫だけ! 白猫や三毛とかは数えたらダメだよ!】というものだった。
何故二十八匹か?
『猫さんと言ったら二ヤーで二十八よね?』
ママの澄さんがそう言ったから。
ゲームがスタートし意外と真剣に取り組むお客様が多く、イベント自体はそれなりに盛り上がった事は盛り上がった。しかしお蔭でお店は妙な空気になる。いつもはユッタリ音楽を楽しんでいるのに、このゲームにより、皆怪しくキョロキョロ店中に視線を走らせブツブツ呟く。
同じ商店街篠宮酒店の燗さんなんて、一番張り切って楽しんでいた。
「おい! ユキ坊! トイレにいる猫は数に入るのか?」
「いえ、あの子は靴下猫さんなので違いますよ」
燗さんは毎日のように通い、違う席につき猫を探して続けている。
ゲームの話を妻の璃青さんから聞いたという桃香さんも育児の息抜きにと遊んでくれたが、手帳に自分で見取り図を作成してまで挑むという気の入れよう。一匹一匹ジックリ吟味して調べていく様子は犯罪現場にいる科捜研の人。スムージーを飲みながら猫を搜索捜査する様子はゲームをしている客には見えなかった。いつもノンビリした感じで璃青さんと話している時とは異なり凛々しく見えたものだ。
その頃まだ恋人だった璃青さんも、話しかける俺の声も聞こえない程一生懸命猫を探してていた。視線を動かし見つかると目を見開きピクリと身体を動かしコースターに印付けるという事を繰り返す。
「一匹、二匹……二十匹……足りない……」
そしてある程度見つかった後、猫を数えてはハァと悲しげに溜息つく。なんか有名な怪談のお菊さんみたいな台詞をつぶやいていた。
少し考えてみたら分かる事だったのだが、二十八匹は明らかに多すぎた。小さな猫も多い事もあり、座る席によっては見えない場所にもあり、一回の来店でのクリアーはとてもじゃないけど難しい。常連さんでも璃青さんのように二十匹くらいまでしか見つかない人ばかりだった。最も健闘した燗さんと桃香さんでも最後の一匹は見つけられない状況。皆が見つけられない最後の一匹の存在に気がつくのは舞台で演奏している学生とミュージシャンの皆さんだけ。それもそうだろう舞台後ろのミュージシャンのサインの中にあるのだから。Jazzシンガーのイリーナさんがサインした時、ニコリと笑い描いてくれた黒猫がそこにいる。俺はコレもいれるのはどうかと思ったのだが、『これこそがこの店で最高にJazzな黒猫だ!』とマスターの杜さんが言い張り対象猫となった。しかしミュージシャンの後ろの壁なんてお客様から見える筈もない。そこで一週間様子を見守り続けた結果その猫を対象から外し、新たに黒猫の置物を投入する決断をする。分かり易くレジの横に置きそれを二十八匹目の猫とすることにした。しかしふと気付くとその猫の姿が見えない。首を傾げカウンターの中で作業するために入ったらお酒のビンに隠れるような分かり辛い所にあの黒猫がいるのに気が付く。視線を感じ杜さんの方をみるとニヤリとコチラを見て笑っている。
「透くん、そんなに人を甘やかしてはいけないよ! ほら燗もあんなに真剣に楽しんでいるのに。そんな手心加えるのは失礼だ、コチラも真剣に勝負を仕掛けないと」
杜さんはギョロっとした目を店内に鋭く走らせている燗さんに視線を向け人の悪い笑みを浮かべている。この猫探しゲームは、別にお客様と俺達で勝負しているのではなくてサービスの筈なのに、杜さんにとっては違ったようだ。『ぜぇって俺が見つけてやるからな!』と意気込んでいる燗さんの姿が堪らなく楽しいのかニヤニヤしながら見つめている。個人的に友人との勝負をこういう事で楽しんでいるなんて困った方である。俺は杜さんがお客様と会話をしはじめた為に視線が逸れたタイミングでソット隠れている二十八匹目の猫さんとなった置物をエプロンのポケットに入れフロアに出た時に目立つ所に移動しておいた。
しかし杜さんはこういう時は頑固なもので、さり気なくフロアに出て俺が置いた猫を回収してまた分からない場所に置いてしまう。そこで俺は澄さんとバイトの小野くんに協力を仰ぎ、もし変な所にその猫がいたら分かり易いところに移動してもらう事にした。そして四人の手により二十八匹目の猫は移動しまくり、結果よりゲームの難易度が上がってしまっただけとなった。残念な事に勝者もないまま一か月が終わってしまい、サービスだったのか嫌がらせだったのか分からない結果となった。そして今後ゲームを行うときは、もっと分かり易くすぐに楽しめるモノにすべきという反省と、今後のクリアーすべき多くの課題を残した。
そしてこの黒猫探しゲームには大きな謎が一つ残ってしまう。あの二十八匹目の黒猫の置物がいくら探しても見つからないのだ。黒猫メンバーの証言を追って探してみてもその猫の置物発見できない。かなり探したのだが見つからず、酔っぱらった誰かが持って帰ったのだろうと結論をつけて諦めることにした。
その黒猫が、今再び俺の目の前に戻ってきたのである。感動を通り越して呆然としてしまいその猫を見入ってしまう。
「……この子、どこにいたの?」
優璃はン~と首を傾げそしてヘラリと笑う。
「にゃ~にゃ、ヨシヨシ、いーこ」
優璃の小さい指が黒猫の置物を優しく撫でる。まだ言葉も拙い幼い娘に隠れ場所を教えてもらうのは難しいようだ。
「この子はね、ずぅ~っとお出掛けしていたんだ。だから『おかえり~』って言ってあげて。スゴイ冒険から戻ってきたのだから」
優璃は不思議そうに俺を見上げてくるが、コクリと素直に頷く。そして腕をあげて小さな黒猫を捧げ持つ。
「おかり~えらいね~」
優璃の可愛い声が黒猫の店内に響いた。俺も笑いながら頷きその黒猫に『おかえり! よく戻ってきたね』と声をかけた。
コチラの物語を作るにあたってご相談に乗って頂いたたかはし葵さま、鏡野ゆうさま、篠宮楓さまありがとうございます!