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~希望が丘駅前商店街 番外編~ 黒猫狂想曲  作者: 白い黒猫
黒猫裏名物~エスプレッソ~ (オーナー透と下戸の男)
4/6

Interplay

Interplay=相互作用

 黒猫のカウンターの奥にひっそりと置かれている銀色のマシン。クロームの筒状の本体にはプレッシャーゲージと木製のレバーがついておりシンプルそのもの、余計なモノはついておらず、また下手に隠すこともしていないその形状は機能美という言葉を使うに相応しい。始めてこのマシンを見たのは子供の時だったが、それでもその恰好良さに感嘆の声を上げたものである。その銀色に輝くフォルムに顔を近づけて見入ってしまった。そんな俺の前でこのマシンを操る叔父の姿もいつも以上に恰好よく男に見えたものである。そしてこのマシンを自分でも扱えるようになったときのなんとも誇らしい気持ちは今でも忘れられない。そしてお酒よりも先に覚えた大人な世界だった。


 とはいえこのマシンを客の殆どはお店のオブジェの一つとしか思っていないだろう。そしてバーであるこの店での活用頻度は一日に数回しかない。というのは殆どのお客様がこのお店にアルコールを楽しみにきているからだ。


 ウェイター注文を受け俺が頷きカウンターに入り、そのマシンの前へと行った時、『え!』という小さい声が聞こえ振り向くと、そこに口を開けてコチラを見ている人がいた。常連の清酒くんという名前の青年である。清酒くんはこの苗字なのに下戸でこのお店にはJazzと料理を楽しみにきているという面白い男。年齢の割に落ち着いた感じで、カウンターのところでいつも俺達と静に会話を楽しみながら時間を過ごす事が多い。今日は杜さんの友人が数人で来ていることでいつもより奥の場所に座り演奏を楽しんでいた。

 その清酒くんが、目を見開き少し興奮した落ち着かない様子でコチラを見ているのに俺は首を傾げる。もしかしてお酒飲ませてしまったのだろうか? と不安にもなる。

Pavoni(パヴォーニ)社のエスプレッソマシンが何故ここに?!」

 若いのに、よくコレが何か分かったなと思う。そうコレは現在のエスプレッソマシンの元祖になったと言われるもので、お手軽に作れるマシンが増えてしまった今の時代殆どこうした所で見かけることなんてなくなってしまった機械なのだ。もちろん1905年以来スタイルを殆ど変わらず今も発売されているものの、イタリア製品で価格も高価な事もありお店に並ぶことも殆どない。俺が初めてみた時ですら既にレトロな存在だった。

「よく知っているね、コレのこと」

 俺は二コリと笑いかけながら、上のタンク栓を外し中に水を注ぐ。そして再び栓をシッカリと占めてからスイッチを入れる。そんな俺の手元を清酒くんが今まで見た事ないような熱すぎる視線を注いでいる事に多少の戸惑いを覚える。

「知らない訳ないじゃないですか! コレずっと買おうかどうか悩んでいたくらいですよ」

 それはスゴイ。このマシンは確か今三十万くらいしたはずである。エスプレッソマシンが欲しければ現在はもっと安くお手軽に作れるものも発売されているし、コレはかなり癖もあり美味しく淹れるのに自分で思考錯誤する必要がある。あえてコレを買うかというのは悩ましいところがある。清酒くんの目は相変わらずエスプレッソマシンへと強くむけられたまま。

「まあ自宅でお手軽に楽しむ感じではないけどね」

 清酒くんは、もっともらしく頷く。そんな表情もワクワクしているのが、丸分かりなので清酒くんらしくなく可愛い。年相応な若々しい感じがなんか微笑ましい。

「まあ、家に既にBrevettiRobbiati(ブリベッティ・ロビアーティ)ATOMIC(アトミーク)とかDeLonghi(デロンギ)のとか直火のものとか既に持っているので、コチラにも手を出していいものかとも悩ましくて」

 清酒くんって何者? なぜそんなにエスプレッソマシンだけを持っているのか? 圧力が高まってきたようで、ゲージの中の針がグリーンをさしたので、ポルタフィルターを一旦付けてレバーを引き蒸気を当て温める。蒸気を出した瞬間清酒くんの表情が輝く。先程年相応と思ったけど、訂正する少年の様に可愛らしくなっている。こんな表情する子だったんだと、清酒くんという人物に興味を覚える

「清酒くんって、喫茶店か何か経営されている人でした?」

 清酒くんの視線はコチラにロックオンしたまま、横に首をふる。ポルタフィルターを乾拭きして豆を擦り切れ入れてタンパーでタンピング作業をする。この詰め方でも味は変わってくるので丁寧でかつ迅速に行いマシンに設置する。

「いえ、サラリーマンですよ」

 この食いつき具合は、普通のサラリーマンではない。よくよく聞いてみると大手珈琲豆メーカーの『マメゾン』の営業をやっているという。そして珈琲に対しての熱い愛を語り出す。かなり、マニアックな所はあるもののその話は楽しくそして分かり易い。清酒くんは頭良い男だし、優秀な営業なのだろう。人に何かを伝える事が上手いという事もあり聞いていて面白かった。とは言え、お酒を飲んで饒舌になる人は多いが、素面でここまでテンション上げて語り出す人は珍しい。

 出来上がったエスプレッソをウェイターに渡して視線を戻すと清酒くんは頬を高揚させモジモジという感じで俺を見詰めている。

「あ、あの、俺も飲ませて頂きませんか? Pavoniのエスプレッソ 」

「勿論、喜んでお煎れしますよ」

 そう返すと清酒くんは少し目を潤ませ嬉しそうに笑った。

「エスプレッソで? それともカプチーノで?」

 清酒くんは子供のように、首を傾げる。その様子はかつての子供時代の自分を見ているようだ。その時のカプチーノはミルク多めに作ってもらったのに関わらず子供の俺には苦すぎて本当の意味で美味しかった訳ではないが、素敵な飲み物を飲んだという満足感はあった。

「いえ、このマシンで作るミルクは滑らかでシルキーなフォームが出来るんですよ」

 俺がそう言うと清酒くんはますます瞳を輝かせる。しかしその表情は何やら悩んでいるようだ。しかし悩んでいるといっても身体全身をウズウズさせていて楽しそうだ。と言うよりそれを見ている俺が楽しい。その悩みの理由も分かり易いからだ。

「ならばエスプレッソまず煎れますからソレを楽しんでいる間にフォーム作ります。そしてカプチーノとして残りを味わってみますか?」

「いいんですか!」

 このニコ~と笑い喜んでいる男は本当に清酒くんなのだろうか? と思う。こんな嬉しそうな顔されて今更『ダメ!』なんて言えるはずも無い。

 そして煎れたエスプレッソを前に清酒くんは幸せそうにそして、恋人とか大切な人への向けているかのように愛しげに見つめている。俺が煎れたエスプレッソをここまで喜んだ表情で飲む客はいない。

「美味しい」

 溜め息をつくように、そう漏らされた声に俺の心に喜びが込み上げてくる。

「豆はマンデリン? でも香りが少し高い」

 ミルクにノズルを入れフォームを作る俺に相変わらず向けながらそんな事聞いてくる。熱過ぎる珈琲愛と、味や香りをシッカリ分析してくる冷静さを併せた感じが面白い。

 ノズルから出てくる音が変化したのを見極めてからミルクを離し、ノズルを空吹かしして洗浄してから布巾で拭く。

「実は今だけですがモカが手に入ったから加えてみました」

 ミルクピッチャーを台で叩きフォームを馴染ませる。エスプレッソにミルク入れてあげようとしたら、清酒くんは手を伸ばし逆にミルクピッチャーを受け取る。

「よく手に入りましたね」

 清酒くんは目を細めて滑らかに泡だったミルクを見詰める。

「知り合いが仕事で世界飛び回っているので、お土産に持ってきてくれたんですよ」

 清酒くんは器用にピッチャーを動かし細やかなミルクでハートの花のついた細かく繊細な葉っぱ描いていく。その美しいラテアートに驚いてしまう。

「随分上手だね」

 感心すると清酒くんは照れたように笑う。

「本当に滑らかなフォームですね。だからここ迄綺麗に描けたんですよ」

 自分の腕ではなく、フォームが良いと謙遜する。そう言うが俺はこんなに美しいラテアートは作れない。実は俺はそこまで得意ではなく、女性客ならハート、男性客ならシンプルなリーフで、記念日だったら花束にメッセージの三パターンでやりくりしてきている。それに恥ずかしい事だが、元々は妻を喜ばしたくて練習したのがきっかけでラテアートが出来るようになった。その後はお客様へのちょっとしたサービスとして使用してきただけでそこまでここで極めるつもりもなかった事もある。

 ここで俺が注いで下手なリーフを晒さなくて良かったとも思った。

「ミルク入れても美味しい」

 清酒くんは自分の折角描いたラテアートが崩れるのも気にすることなく飲みハァと溜め息をつく。

「あぁ、俺勿体無い事していた! ココに来るように少し経つのに、コレに気付かなかったなんて。

バーで珈琲楽しむという発想がなかった。こんな最高のエスプレッソ楽しめるなんて盲点だった」

 そう呟く清酒くんに笑ってしまう。清酒くんはドリンクメニューを余り見ずに、気分を言って相談しながらノンアルコールのカクテルを飲んできていた。彼なりのバー気分を楽しむ為の行動だったようだ。そして清酒くんはあまり自分の事を語らないので、そんなに珈琲マニアであったことに俺も気付いていなかった。

「って失礼ですよね? バーなのにエスプレッソ絶賛って」

 俺は微笑みユックリと首を横に振る。

「いや、コレを喜んで貰えるのは、こだわって仕入れたお酒の価値と味を理解した上で楽しんで貰えるのと同じくらい嬉しいですよ。それに自分が煎れたエスプレッソで清酒くんのその笑顔が見られたなら甲斐があったというものですし」

 清酒くんは俺の言葉に真っ赤になり俯く。

「なんか恥ずかしいですね、ガキっぽい所お見せしてしまって」

 フフと笑ってしまう。微笑ましくて。

「ここではそれで良いんですよ。お客様が寛いで楽しんで元気になる。そうしてもらう事が、お店にとっても喜びなので。それにいつもの大人びた感じも良いのですが、そんな好きな事に夢中になっている清酒くんも私は好きですよ」

 そう言うと清酒くんは照れながらも素直な様子で『ありがとうございます』と返してきた。

 この日を境に清酒くんと打ち解けて色々話すようになる。

 家でも Pavoniのエスプレッソマシンを買ってしまったようなのに、来たら必ずエスプレッソを注文して嬉しそうに飲みながら俺と話をする。清酒くんの影響で逆に俺もロースターまでも買ってしまい、配合焙煎まで手を出すようになりディープな珈琲の世界に引き摺りこまれていた。共に珈琲豆の配合についても語り合うようなり、黒猫のエスプレッソは殆どの人が気付きもしない所で進化を続ける事となった。また清酒くんに見せても恥ずかしくないようにと、ラテアートも密かに練習した事で腕もかなり上がったのは、分かり易い進化なのかもしれない。


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