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~希望が丘駅前商店街 番外編~ 黒猫狂想曲  作者: 白い黒猫
黒猫名物~シークレットライブ~ (Jazz奏者Kenjiと寂し気な目をした男)
2/6

chase

 未成年労働法とやらの関係で先に舞台を降りた娘は皆の歓声を浴びながら客席を通りまっすぐ(ユキ)ちゃんの所へといく。マリアが特に好みそうなソフトな笑顔が魅力の男だから当然なのかもしれない。無邪気な様子で抱きつき撫でてもらいながら嬉しそうに笑っている。キス強請り頬にキスされると、マリアは透ちゃんに抱きついて唇に強引にキス返す。子供は羨ましい。俺が同じ事やったら間違いなく殺される。

 カウンターに座り透ちゃんに何か飲み物差し出され受け取り無邪気を装う。真面目な透ちゃんの事だから酒ではないのだろうが、マリアはそれに文句を言う事なく一口飲んで満足気な笑みを返し楽しそうだ。

 フロアーでの仕事に戻ってしまった透ちゃんを、マリアはつまらなそうな顔で追った後、視線を横に向けカウンターにいた青年に話しかけている。俺が先ほど見ていた男にちゃっかり目をつけていたとは。こう言う嗅覚も遺伝するのだろうか?

 そして熱の篭った様子で口説いている。その様子を見ると男は意外と冷静に対処しているようだ。会話を楽しみつつも、可愛い子供を見ている大人の様子。口説くという意味では失敗しているようだ。とはいえ柔らかく笑う男の表情はマリアのツボなのだろう、マリアは榛色の瞳をご機嫌の猫のように細めて見つめていた。

 しかしこういう店での子供のいる限界時間が来たようだ、透くんの奥さんが迎に来て優しく促され、このビルの上の友人宅へと連れて行かれマリアは退場。今日は友人宅で泊まる事になっている。だからどちらにせよ、生真面目な透くんのいる所で、ナンパなんて成功するわけはない。相手をその気にさせた所で、透くんがやんわり相手の男に注意して失敗していただろう。逆に言えば娘は安全な所で面倒みてもらえて、口煩いマネージャーは正月休暇の為先にアメリカに帰らせた事で俺は自由に動けるという事。

 男の視線が再び舞台の俺に向けられた事を感じながら俺はさらに熱を込めてピアノを啼かせる事にする。


 最後の曲も終わり俺は、透ちゃんが持ってきてくれたバーボンを掲げ皆に挨拶して舞台を降りる。そしてカウンターに座る。レコードによるBGMに切り替わりマッタリとした時間となった店内を眺める。

 横目で隣を見ると、一人分程開いたところに先程の青年がモヒート飲みながら店内の空気に染まりノンビリしている。細身のスーツを着ておりいかにも真面目なサラリーマンという感じ。とはいえネクタイの趣味も悪くなく、着こなしにも清潔感もある。誰もが着ているスーツだけに余計に見えてくるそのセンス。軽く香る爽やかなコロンといい、ちゃんと自分というものを知っていて表現出来ている。悪くない。というかとても良い感じだ。

「同じモノをもう一杯お願いします」

 そうカウンターの中に男が声掛けるのを機に俺も動く事にする。

「じゃあ、俺も彼と同じ物を」

 そう言うと男はエッという顔をし、友人の杜は笑う。

「いいのか? 本当に。コレ酒入ってないぞ」

 杜は手際よく作ったカクテルを男に渡しながらそんなこと言ってくる。

「申し訳ありません、私は下戸なので」

 男が少し恥ずかしそうにグラスを手に笑う。通りで結構飲んでいるわりに、理性的で曲に引き込まれるのが遅かった筈である。しかも酒が飲めないとなると、酔いで少し箍を外させて誘う手は使えなさそうだ。

「俺は酒入りの濃い奴を頼む」

 俺はそう注文を変更する。そして男の方に改めて向き直る。

「俺はkenjiだ。よろしく」

 男は目を見開き驚いた表情をするがすぐに笑みを作り笑う。そりゃそうだろ、さっきまで演奏していたのを見ていたから、俺の事を知らないわけない。一見愛想よく笑みを返してくるが、コイツの笑みは完全な外面。嘘臭い笑みという訳ではないが、自分を晒けだすことをしないで少し殻を作り自分を繕っている。こう言う奴はガードが堅くアプローチが難しい。まあ、だからこそ攻め甲斐もある。

「私はセイシュと申します」

「セイシュ?」

 男は困ったように笑う。

「清い酒と書いて清酒です」

「それ、マジ? 本名?

 で、その名前で下戸?」

 清酒くんは笑う。

「よく言われますし、皆に面白がられますね」

 そりゃそうだろう。酒の名前で酒が飲めないなんてギャグだ。

「で、今日は楽しんでもらえたのかな?」

 そう聞くと柔らかい表情で『最高でした』と答えてくる。媚も諂いもない真っ直ぐな敬愛の篭った瞳が気持ち良い。なかなか素直でカワイイ奴なようだ。

「本日ここで、シークレットライブやると聞いて興味から来てみたのですが、kenjiさんが演奏していて驚きましたよ。

 自分の働いている会社のCMに貴方が出演されていたのでそれで知って好きなりました。CDも全部もっています。

 ってかなり俄ファンなのバレバレですね」

 俺は首を横にふる。いきなり芸能人に話しかけられ冷静に会話を返してくるとは、結構肝は座っているようだ。この人馴れした感じは、あの珈琲会社の営業マンといった所か。

「ああいう仕事もしてみるもんだな。こうして新しいファンが増えるならば。

 大仰な言葉で褒め称えられるよりも、そういうシンプルな『好き』って言って貰えるのは嬉しい。

 それにあの仕事がこうした出会いを生んだのならば、やった甲斐もあったというものだ」

 チラリと清酒くんの様子を伺うが、普通に笑みだけを返してくる。こいつ完全にノンケなようだ。どう誘い誘導していくか俺は悩む。

「そう言えば娘の子守もしてくれたようでありがとう」

 清酒くんはフフフと笑う。

「素敵なお子さんですね。やはり凡人ではなくパワフルというか、面白いというか。演奏している時の神がかったあの姿とのギャップも魅力的でした」

 ステージやマスコミの前ではそれなりの格好をしてJazzy Angel(ジャズの天使)とか言われているが、家では裸足でコットンのラフな姿で歩きまわって、芝生の上に猫や犬と一緒に寝転びと野生児である。

「ガキだからな」

「源氏物語についての考察も面白かったですよ。人は様々な相手との交わりで学び心は成長していくものだけど、実は求めているモノは最初から分かっている。だからそこは迷うべきではないって。愛は本能に従うだけでよい! って」

 そんなこと言っていたのか……。俺は笑ってしまう。妻のイーラが何を考えたか『源氏物語』を買い与えたら、夢中になってしまった。彼女の一番の愛読書となっている。

「アイツはチッコイ頃に二十以上離れた年の、しかもパートナーのいる相手を好きになっちまって。そんな状態だから相手からしてみたらあの子はカワイイ子供でしかなく、そういう目で見てもらう事もありえない。

 色々行動して悩んで出た結論は、自分も『紫の上』を作るという事らしい。で、何人かの男の子を候補にして、今育てている最中って訳さ。初恋の相手のように才能ある素敵な男性になるように見守りつつ楽しんでいる」

 そう話すと清酒くんは吹き出す。まさかその初恋の相手が俺の恋人だとは思ってないだろう。

「すごいですね」

 俺もフフフと笑い、モヒートを飲む。

「まあ、分からないでもないけどな、相手を自分思うように染め上げたいと思うのも」

 この男は俺の愛撫にどう乱れるんだろうか? と俺は清酒くんの身体を視線で舐めながら思う。それなりに鍛えているようだし、若い身体というのは唆る。

「でも娘はまだわかってない。ふと見せる意外性こそが、その相手に嵌る原因だとね。そう思わないか?」

 清酒くんは考えるように目を細める。最初にしていた寂しげな瞳に戻っている。

「言えていますね。でもそうかもしれません……そして相手に恋をする」

 そう言って小さくため息をつく。その瞳は此処にいない人物を想っているのだろう。

「ライブ中もアンタの事を見て感じていたんだが、随分寂しげな目をしているな」

 そう言うと、清酒くんは一瞬固まるが苦笑して顔を横にふる。

「まあ、陽気な顔とは言われませんね。皮肉屋ですし」

 俺はニヤリと笑って手を伸ばしその頭を撫でてやると、清酒くんは流石にびっくりした顔をして身体を少し引く。

「偶には感情弾けさせ、思いっきり啼くことも必要だぞ」

「えっ……」

 少し動揺して俺を見つめ返してくる清酒くんの様子は可愛かった。仮面が剥がれた。大人っぽく気取っているよりも、少し慌てた時の表情の方が良い。そうして晒け出させてやろう、その内面を。


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