あ
僕は枝を切る。
ぱちんぱちんと鋏を鳴らして、爛々と花をつけるその枝を切る。馬酔木、菩提樹、山吹、蝋梅。大きくなるように。天まで高く育つように。
「お兄さま。」
ああ、耳障りだ。
振り返れば妹が、縁側の柱からこちらを眺めていた。でっぷりと肥えた体に着物を巻き付けて、醜怪な顔を乗せている。
「まだこちらにいらしたのね。もうおじさまたちもお着きになられたわ。はやく広間に向かわれたら?」
「うん。」
「お兄さまが向かわなければお話がはじまらないわ。お父さまがまた怒られるわよ。」
「うん。」
僕の安息地に土足で上がりこみ、醜くおぞましい世界に行けと妹は言う。僕にとって何よりも苦痛であることを妹はしろという。この耳をふさいで、聞こえないことにしてしまいたい。
「すぐに向かうよ。夕子は先に行っていて。」
「わかったわ。」
妹が渡り廊下を歩いて母屋に向かう姿を認めてから、草履を脱いで縁側に上がった。妹の目につかない奥の襖を開けば、体を小さく丸めて座っているヤナギが笑う。
「ごめんねヤナギ。夕子が来ると思ったから。」
「平気よ。」
ヤナギは妹とは大違いだ。
ほっそりとした茎から大きな花弁を咲かす百合のよう。なめらかな肌に赤い着物がよく似合う。寸分の狂いもなく揃った髪が風に揺れた。
「いいの?行かなくて。」
「・・・僕にこの家のすべてを押し付ける集まりなんて、行きたくない。」
「駄目よ。行かなくちゃ。」
「僕だってずっとここにいられないことはわかっている。でも、もう少しだけここにいさせて。」
ヤナギの膝に頭を乗せて、僕の手入れをした庭を眺める。僕はこのときが一番好きだ。ここは穏やかであたたかく、僕のすべてを包み込んでくれる。
「帝都のおじさまが来るんだ。」
「愁が嫌いな方ね。」
「そう。僕を軟弱だってなじるんだ。自分が跡取りになれなかったから。代われるものなら代わって差し上げるのに。」
真四角の厳つい顔で、口を開けば僕の欠点ばかりをついてくる。目を見張るような肩書きを持っていながらも、本家を継げなかった恨みから僕をなじってることは明白だ。
「すぐ終わるわ。いつものようにね。」
そう言われても、滅入った心が晴れることはない。いつもであったら数日間の辛抱だと思えるが、今回はわけが違う。
「・・・どうせ、お嫁をとれっていうんだ。僕はヤナギしか愛せないのに。」
数か月前に成人を迎えた。そろそろ所帯を持てと言われるだろう。多くの親戚が妙齢の娘を連れて来て、炊事場には近所の娘を入れている。その中から選べとでも言わんばかりだ。
醜い女など反吐が出る。誰にも干渉されず、ずっとこの離れでヤナギと暮らしていたい。でもそれは許されない。
「わたしも愁を愛しているわ。」
そっと冷たい唇に口付ける。母屋から妹が僕を呼んでいる。いい加減行かなければ。ヤナギが見つかってしまったら大ごとだ。
「ごめんね、ヤナギ。また隠れていて。すぐに帰ってくるから。」
「わたしはずっと待っているわ。」
最後に一つ手をとって、それから母屋へと向かう。煩い喧騒に、薙ぎ払いたくなる視線にぐっと耐え、全てを腹で押し殺して僕は親戚に会釈した。