鳥籠の青い鳥
「青い鳥の話、知ってる?」
初雪の降った夜、君は窓の外を見ながら私に問いかけた。
「幸せを運ぶ鳥のお話……?」
首を傾げて少しだけ考える。確か、幼い兄妹が幸せを運ぶ青い鳥を見つけるために長い旅に出る物語だったはずだ。
「うん、ソレ」
「そのお話が、どうかしたの?」
「今ね、外に青い鳥が居たんだ」
「えっ」
驚いて窓の外に目を向ける。曇った窓ガラスの隙間から見える景色にはまだ白い雪がちらついていた。果たして、こんな寒空の下、鳥は飛んでいるのだろうか。
こんなに寒いんだもの、羽ばたいたら、きっと飛び立つ前に羽の先から凍り付いて、そのまま身体を蝕む冷気に小さな命は簡単に奪い取られてしまうだろう。
けれど、もし動かなかったとしても、動かなければ得ることのない餌を待ちわびるだけで、木の葉や枝をかき集めた粗末な巣の中で餓死するのだ。
そんな不幸な運命しか、きっと待っていない。それなのに、青い鳥は飛んでいるのだろうか。
ならば、見てみたいと思った。運命に立ち向かって飛んでいる姿を見たら、何か変われる気がしたから。
「ねぇ、どこ? どこにいるの?」
必死になって身を乗り出すと、窓の外を見つめたまま、君はククッと喉の奥で笑った。
「よく見て。ホラ、すぐ近くにいるよ」
そう言われて一生懸命目を凝らして見たけれど、やっぱりどんより淀んだ曇天と寒々しい白銀ばかりで、空や海を写したような鮮やかな瑠璃色はどこにもなかった。
君が、嘘をついたのかもしれない。そう思って君の横顔を見つめたけれど、感情のこもらないその顔からはなにも読み取れない。
やっぱり、嘘だったのだろうか。私が信じていたら、馬鹿だって言って嘲るためについた嘘だったのだろうか。
「キミは、青い鳥がいると思う?」
「え……?」
いきなりの問いかけだった。君は何が聞きたいのだろうか、君は私がなんて答えることを望んでいるのだろう。
「私は……いると思うわ」
さんざん迷って、考えたのに、口からでたのは簡単な言葉だけだった。
「へぇ……。どうしてそう思ったの?」
「お話の結末がどうなったかは、知らない。でも、いたら素敵だと思ったの。……この寒空の下で生きていられる鳥なら、なおさら見てみたいわ」
「ふぅん。キミは、青い鳥がどうして雪の中、生きていられるか知っている?」
君はまだ窓の外から視線を外さない。けれど、曇った窓ガラスに写る君の表情はどこか悲しげだ。
「どうして、生きていられるの?」
青い鳥は、幸福を運ぶ特別な鳥だから、生きていられるのだろうか。
それとも、もっと他に理由があるのだろうか。
「分からないの?」
「……わからないわ」
ようやく私の方を見た君は、哀しげな目元のまま、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「じゃあ、キミに僕が特別に教えてあげる」
ゆっくりと歩みよりながら、君は話し出した。
「青い鳥はね、とっても弱くて、すぐ死んでしまうんだ。でも、こんな冬でも生きている。何故かと言うと……それはね、青い鳥は飼い主に生かされているからなんだ」
「生かされて……いる……? 飼い主が、いるの?」
そう復唱すると、君は嬉しそうに笑った。
「そう。青い鳥は自分で餌が取れないんだ。それどころか、綺麗なうえに幸福を呼ぶといわれているから人に捕まってしまう」
だから、と君は呟いた。
「青い鳥は、冬の冷気より冷たい、氷柱でできた鳥籠で飼われているんだ。そして、なにもかも世話をしてもらっているから生きていられるんだよ」
ガラス細工のように繊細な氷柱でできた鳥籠、中央のやはり氷柱でできた止まり木に止まる青い鳥は、とても美しい。
鳥籠は、青い鳥のためにある。青い鳥は、鳥籠のためにある。
あぁ、やっと分かったわ。
「青い鳥は、鳥籠のおかげで生きていられるのね」
導きだした答えを、微笑みながら告げると、君はまた嬉しそうに笑って、私を抱き締めた。長く窓辺に座っていたからか、私を包み込んだ君の身体は氷柱のように冷えていた。
「そうだよ、鳥籠があるから生きていられるんだ。もしなかったら……」
ええ、死んでしまうのよね。
私の青いドレスの裾から見える細い足首に繋がれた鎖を見て、君は満足げに微笑んだ。
「だから、ここから出たらダメだよ。……僕の青い鳥」
窓の外に青い鳥が本当にいたかなんて、どうでもいい。
だって、もしいたとしても、それはきっと鳥籠を失ってしまった死体だから。
冬の空気のよりも澄んだ想いと、身を刺す寒さよりも凍てついた執着に身体が震えた。