94話 雪国の空
「彼女にはああ言ったけど、いいのかい」
「何がだ? ああ、奴のキューブを封印している事か」
ローブを身に着け片手に本を持つ老人は、女の疑問に満ちた声をかけられる。薄い本を鑑賞する老人は、時折奇妙な笑い声を上げていた。薄暗い部屋であるが、それは星の海で満たされた老人の愛用する空間である。悠久の時を生きる女にとって、此処に来るのは百四十六億八千万以下略回目であった。老人は少女と謁見した際に使う無理やり老人のような喋りはしていない。
とても老人とは感じられない生気に満ちた声であった。
本に夢中である老人に女は追及の声をかける。
「だってさ、トリガースキル自然取得出来ないように縛るとか鬼じゃないかな。最初に、棍棒を持って槌マスタリースキルとか弓を持ってエイミングマスタリースキルを取得したのだってわからないようにしているし。パッシブ系スキル取得がキューブログに出ているのを彼知らないみたいだし。パッシブスキルとジョブボーナスだけで戦っていくのきついと思うけど?」
「確かにきついが、一般人と同じように自然とスキルが増えたらエライ事になるからな」
女は沈黙し、不満げな眼差しを老人に向ける。
最初からユウタのスキルが動作によって自然獲得していく一般人と同じようならば、極めて不味い事になる事は想像がつく。万能タイプの弊害ともいえるデメリットであった。VRMMOからのトリップ者であるならば、二刀流といっても使える使えないとは別にスキル的なアシストをキューブから受けられるのだ。だが、それを推察する事が可能な程にユウタは経験を積んでいない。
老人は女の圧力を持つ視線をどこ吹く風で本を読み続ける。
「・・・」
「む・・・しょうがないだろ。奴は歩くだけで星を破壊するようになるし、星を投げて遊びだしたりするし、果ては宇宙全体を飲み込んで次元消滅させるんだから。破壊神とか邪神とかってLVじゃねーんだ。おっこれはいいな、くっ」
女の沈黙に不穏な気配を感じた老人が言い訳をし始める。
本気なのか冗談なのか本に夢中で曖昧な様子だ。
心の底から上げている奇妙な笑い声を飲み込むと、本を読む老人は本から女の方に視線を向ける。
女が、奴の事を心配するので気になったのだ。
「まあ、なんだ。クソゲーな奴の人生だが、とりわけ次のイベントが糞なんだがな。あれだろ、茶髪の娘が死ぬシーンだったか?」
「そうだよ。あれ回避してあげないと、やっぱり詰みそうじゃないかな」
突然、空間に浮かび上がる一枚の画像。そこで少年は、頭の無い血まみれになった少女の身体を抱きかかえると絶望した表情で絶叫を上げていた。放置すれば、全次元が崩壊するイベントに繋がる危険なTPである。少年が、破滅の渦エンドルートへ行く地点であった。
「なんとかなるだろう。それは既に手を打ってあるからな。後はアルーシュの腕次第だ」
「直接介入しないでいいのかな。敵さんにはアレがいるじゃない」
「それは、試練だしな。なんとか奴に乗り越えてもらわないとな」
「ふーん。ま、いいけどね。それよりいい加減イイ事しようよ!」
「お前なあ・・・」
気を良くした女が老人に覆いかぶさると、ベッドすらない空間に男と女の声だけが響いた。
やがて、老人はいびきをかき始めて寝ると女が身体を起こす。
映像を見つめる女はポツリと声を漏らす。
「これ・・・どうにか出来るのかな」
少年の映像から切り替えられ、空間に映し出されたのはハイランド軍の浮遊船であった。
◆
総数二十。大小の形の大きさの差はあってもその中に搭載されているモノはかなりの戦闘力を誇る。
指揮を執る将は、異世界からの成り上がりだった。采配としては、中々に悪くない三段構えを取っている。敵に寄られれば、迎撃する事を考えた艦載機と竜騎兵達を積んでいる。空対空ミサイルに対地爆弾まで完備しているのだ。地上を一掃する爆撃が可能な艦隊と制圧する鉄騎兵部隊の前では、まともな国ですら相手にならない。
これで勝てない国があるとすれば、ルーンミッドガルドくらいのものである。実際、帝国のどの戦線においても浮遊船が投入された局面では勝利してきた。これまでは。
空中を浮遊する艦隊の前に一つ戦闘機が現れた。
帝国の誇る艦隊が迎撃に向かわせた戦闘機達は、ことごとく空の藻屑と消えていく。だが、抵抗をやめる訳にはいかない。破った結界の穴に降下する兵が地上に降りる作業にも時間がかかる。先に投下した爆弾により、吹雪の結界を一部破壊。地上の敵兵を掃討するにはいかなかったが、浮遊船に搭載されていた爆弾でなんとか敵に打撃を与える事に成功したはずである。
けれども、ハイランド軍が優勢に進めていた状況はあっさりと覆ってしまう。
たった一機の戦闘機により一隻を残して、残りは撤退を余儀なくされたのだ。かなりの戦力であったが、ルーンミッドガルドの魔術戦闘機を相手にしては分が悪かった。
だが、地上の部隊が任務を進めた様子である。爆弾が開けた分厚い雲と吹雪を降らせていた雲が綺麗さっぱり消えている。
大佐は通信機を手に取ると、敵を引き付ける役を負ったルイデルト少佐に連絡をつける。
「どうやら我らの役目は完了したようだ。少佐済まないが、粘ってくれ」
「了解しました。では、また・・・後ほど会いましょう」
「ああ、生きて帰れよ」
少佐にそう告げる大佐だったが、生還の可能性は限りなく低い。何せかなりの高空である。浮遊船の足は敵に比べるとかなり遅い。むしろ亀といってもいい足の遅さである。
敵機は高速で移動しつつ向かわせる艦載機のすべてを遠距離魔術で破壊。単機の敵は防御に優れるこちらの船体に乗り込んでくるつもりなら、こちらに好都合であった。先発の編隊が全滅した報告を受けた段階で艦隊は転進する予定は固めていた。だが、こちらは逃げられるか微妙な線である。敵機が地上に降りた鉄騎兵を無視するならば、この艦隊も全滅を免れない。
誰かが、艦隊全体の為に殿とならねばならないのだ。
敵が船を破壊するまで少々の時間がある。
無傷で捕獲しようとすれば、さらに時間がかかると推測する。残りを逃がす為少佐には悪いが犠牲となってもらうしかなかった。
降下した全鉄騎兵は四百機相当。それに、護衛の兵達である。本来であれば、このまま地上に接近し空中からの支援砲撃で制圧するのが最近のセオリーとなっているのだ。だが、今回はそう上手くはいかなかった。
爆弾と地上の忍共の活躍により吹雪の結界も解かれているため、大佐率いる船は帰還する事となった。
一を切り捨て残りを温存したのだ。直援のプロペラ機ゼロセンも遠距離攻撃を受けてまともに戦えないまま全滅してしまった。たった一機でこちらの戦闘機が全滅する有様では転進するしかなかった。
(まさか、時間稼ぎにしかならないとはな)
魔術の影響を考えれば、当然の事である。
(やはりルーンミッドガルドは脅威だ。化け物どもを滅ぼさねば、我等帝国の覇道が危うい)
転進する大佐はそう考えると太い葉巻に火をつける。地上に降りた兵達の幸運と殿となった少佐の帰還を祈る。煙を肺に吸い込むと、戦場に残る部下達に思いを馳せた。
◆
謁見室入ると中にはアル様、ヒロさんに他にもどこかで会ったような人達が待機していた。全員片膝をつく姿勢である。その中にはハイデルベル防衛戦で一緒になった異世界人もいるな。手に扇子を持つアル様は、黄金の鎧を黒曜石の椅子に身体を沈めたまま、こちらに視線を向けてきて目と目が合ってしまう。
「む、ようやく来たか。では、これよりハイデルベル制空作戦発動を告げる。ヒロよ、作戦内容を説明してやれ」
「はっ。では、お前等気合いいれろよっ。なんせ空中からやってくる相手の迎撃だ。まずは、異世界人を紹介するぞ。騎士ユキ前へ!」
「はい!」
どこかで見た事があると思えば、ハイデルベル防衛時に見かけた逆ハーレム少女であった。これぞ騎士と言わんばかりの白い鎧に赤いマントという居出立ちだ。黒髪をセミロングに纏めて身長は160cm弱か。少女の周りには赤青緑黄色とカラフルな髪をした騎士剣士に魔術師、拳士が脇を固めている。【鑑定】を使うと、【聖騎士】、【剣聖】、【大魔道師】、【拳聖】と上級職が揃っているな。ユキの職業は・・・・・・【聖女】だと? チートすぎると言いたくなる。神に愛されし者と言っていいような至れりつくせりPTだ。
きっと、サブに色々な職業を持っているに違いないし。これは出番あるんだろうか。それと、LVとかないのか? 俺自身のLVもそうなんだが、普通にあってもおかしくないはず。筈なのだが、見えないのでしょうがない。そうやって納得していたのだが、モニカが転職した事に俺は焦りを感じていた。
俺は自分のPTを見返す。冒険者と盗賊だ、はっきり言って場違いな事この上ない。
どことなく保護欲を掻き立てられる容貌をした少女が小さな声で「頑張ります」と喋って下がっていく。こりゃ、男は放って置かないよな。横にいるシルバーナに突かれるまで、ガン見していたようだ。
次に呼ばれたのは健一郎だった。異世界からトリップしてきた奴だが、その実力は如何に? 戦っている姿は見た事がない。しかし、この男もハーレムを築いているようだ。女三人、十字騎士に魔術師、僧侶かこれまたバランスよさげであった。ヒョロッとしたもやし体型ながら太い首が襟から覗かせている。つまり、冒険とか戦闘とかアレで似非もやしと化しているというわけだ。
黒髪の眼鏡ノッポは軽快な挨拶をしてくる。
「よ。元気にしてたか?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「今日はまた一段と厳しい作戦らしいな」
「そうなのですか」
健一郎は俺の肩をポンッと叩くと前に出ていき「よろしく頼む」と言って前へ出て挨拶を済ませた。
「こんにちわっす」
「智くん。こんにちは」
「お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
子犬系の異世界人智の仲間は、筋骨隆々な重戦士に斥候、弓使い、魔術士に治癒士だ。男三人に女二人か。智が戻っていくと、一人感じの悪い男が出て挨拶もそこそこに戻る。
「では、揃った処で作戦の内容を説明する」
あれ俺の出番は無し? のようです。自己紹介とか無しか。
「敵が空中から接近している情報を掴んだ。よって本来ならば地上で迎撃するところだが・・・今回は空中戦になる。各員一層気を引き締めて貰いたい」
「質問よろしいでしょうか」
「よろしい」
「あのどうやって空中に上がっていくんでしょう」
「それはなあ、飛行魔術を使う。というのではいざという時に魔力が尽きる。よって飛行魔術は予備として温存すの事とし飛行系魔獣を使う。ミユキは使い魔のドラゴンで、他の者はワイバーンで移動するのだ。速度的に敵を圧倒できるか不明なため、雲に隠れながら攻撃するように。ユウタ殿はアル様と同行してもらうが、ここに残るようにな」
「はい」
返事をしつつ座ると、ヒロさんは周囲の異世界人達を見渡す。
「他にはないか?」
インテリな眼鏡をクイッとあげる健一郎が質問する。
相変わらずのノッポで、今日は赤い皮鎧に外套を装備をしていた。
「敵はどのような相手なのですか」
「敵は空中戦艦を操るハイランド軍。中身は帝国の兵と装備だ。舐めてかかれば手酷いしっぺ返しを貰う事になる。戦力の内訳は空中浮遊空母、鉄騎兵、戦闘機、竜騎兵、兵士数不明となっているな」
「そんな大戦力じゃないですか! 我々だけでは無駄死にしにいくようなものです! ご再考を」
健一郎が狼狽し慌てふためくが、アル様がそれを遮る。
「何、心配する事はない。私に任せておけばいいのだ。お前達にはミユキの護衛と降下する敵兵の相手をしてもらう。シールドさえ全開にしておけば、そうそう死ぬ事もあるまい」
「・・・・・・わかりました」
健一郎は尚も不満げに上層部の面子を見ていた。
流石にアル様相手に抗議の声を上げる訳にはいかないみたいだ。
ヒロさんが周りを見渡すと、手を上げるふさふさ髪の少年智が立ち上がる。
「あの~どのようにして相手を倒んっすか。遠距離オンリーではこちらは打つ手無しなのではないっすか」
「その心配無用だ。ユキPTが敵の砲撃銃撃を矢避けのルーンで防ぎつつ魔術で攻撃する。さらに、アル様が敵を仕留めていくという恰好だ」
「そっすかあ、という事はまだ奥の手が用意されているんすね。安心っす」
そう言って片膝をつく智を睨むヒロさん。目付きが怖いですよ。どうやら秘密兵器がありそうで、俺も安心した。この国ってやはり上下関係にはかなり厳しいみたいだな。上がイエスと言えば、下もイエスと言わなくてはならない雰囲気がある。ともあれ、全く議論がないわけでもなかった。地上で迎え撃つという方向性についてだったが。爆弾を搭載している為、意味がないと却下されていたのは感じの悪い男だ。
こいつの名前は憶えなくてもいいか。
俺としてはもっと高度を取って、太陽方向から奇襲するというのがイイのではないだろうか。と、考え込んでいる内に俺以外残っていない。
居残りを告げられた俺以外、他の人達は退出していってしまった。横に居た筈のシルバーナすらである。残されたのは俺だけかよ。
一人片膝をついて待機していると奥から一人の少女がアル様の横に案内されてきた。あれ? この少女何処かで見かけたような。そういえばハイデルベルの王宮で佇んでいた王女様によく似ているような? 白にも見える銀髪で整った容貌はゆくゆくは傾国の顔になる事間違いなく。その姿態は幼いながらも男を引き付けてやまない。だから、あのナオという男もここまで拘ったのだろう。
間近くで見ると、その美しさが良くわかる。そんじょそこらに転がっているような、美形じゃない。アル様も美形ではあるが、男だしイケメンだな。そういえば今日のアル様からはジメッとしたような何かを感じるのだが。陰湿な何かを感じるが、それが何なのかわからない。
アル様の事は置いておいて、まだ少女といっていい王女様を目の前にした俺は緊張で固まる。
そんな俺を見つめる瞳は真っ直ぐで、次に告げられた王女様の言葉で心臓が飛び出しそうになった。
「お願いします。勇者様、どうかハイデルベルをお守りください」
「えっ・・・・・・ちょっとお待ちください・・・その勇者というのは一体なんなのでしょうか」
「聞きました。アル様から、何でもどんな劣勢に立たされても挫けず諦めない男だと。貴方様ならば見事ハイランド軍を打ち払い国を守れるのだと仰られてました」
王女様は俺の手を取ると、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。が、俺にそんな力はない。他の誰かに頼むべきだろう。そう先ほどの聖女様とかイケメン集団に。白く透き通るような肌を薄ら赤く染めてお願いされる程の男ではありませんよ。王女様はどうやら勘違いされているようだ。王女にこんな出鱈目を吹き込んだ張本人の姿を探すと、玉座とも言える豪華な椅子に姿がない。
ヒロさんはどこ吹く風で口笛を吹いているし、どうすればいいんだ。わかりました、と答えるべきなのか? 出来もしない事を約束していいのだろうか。王女様は薄いドレスを着ていて、そのドレスの面積といったら反則すれすれであった。胸がほとんど見えかかっているのである。その蠱惑の物体にノックアウトされてしまった俺は・・・。
「わかりました! 私にお任せください。微力なれど全力を尽くしましょう」
「ありがとうございます。これで国も民も救われるのですね、アル様」
「うむ、レシティア下がってよいぞ。後は、我に任せておけ」
「はい、よろしくお願い申し上げます」
あ、あれ? どういう事なんだ。姿を消していたアル様が玉座の裏から真っ二つになった扇子を手にこちらに来る。その、とんでもなく怒っている? 背中には怒りの鬼神が立っているようで、正直怖いのですが。少年はこちらの目の前まできて立ち止まると、肩に手を添えた。ん? これはもしかして。ヒロさんに助けを求めようとするが、レシティア様をエスコートして姿を消した。
屈んで俺を見つめる青い目は、稲妻が走りそうな光を蓄えていた。
「お前、全力を尽くすって言ったよな?」
「は、はい」
「任せてくださいとも言った」
「そうですが・・・」
俺の返事に気を良くした金髪の少年は、青い瞳に優しい色を滲ませて迫ってきた。俺は咄嗟に逃げ出そうとしたが、肩の力は象に押さえつけられたかの如くであり身体はミリも動かない。そうして逃げ出せないまま、アル様の顔が迫って・・・そのままキスをしてしまう。野郎同士でだ! 心の中で泣きながら俺はされるがままになっていた。情熱的に舌を絡めてくるアル様に、俺はというと呼吸困難になりそうである。
あれ・・・股間がもろに起っているんだけど・・・・・・どうしてこうなった。あれー。け、けっして俺には男色の趣味はない。断っておくが、本当にノーマルなんだから!
そんな俺を他所にアル様の舌技は絶妙で、俺は悶絶寸前である。そうしてどれ位たったのか。そっと口づけが終わると、唾液が二人の間で橋を作ってしまう。糸を引く水を手で拭うアル様は、上機嫌になった。
「ふふん。まあまあだ。お前、大分魔力量が上がったか? 次はもう少し上手くなっておけ」
「はい・・・」
「では、行くぞ」
アル様に続いて部屋を出るとハイデルベル行きの転送室にたどり着く。中にはシルバーナを含めた冒険者達が、転送待ちをしていた。俺はというと、テンションがどんよりとした雲のようになっている。
落ち込む俺の傍に、転送室の中に居た盗賊娘が近寄って来た。
「遅いじゃないのさ」
「悪い」
「で、このままハイデルベル行って戦争かい?」
「みたいだな。怖いなら待っていてもいいぞ」
シルバーナの様子を伺うが、戦争に行くというのに忌避感らしいものは見えない。
「まさか、地獄の果てだってついて行くさ」
「・・・マジかよ。まあいいけど、あれ? そういえば俺達は何に乗るんだろうな」
「さあね、あんたとアル様は他の連中とは別行動みたいだけどさ」
意外な事にさばさばとした調子で、ドキリとしてしまうような事を言う。
ハイデルベルの拠点に移動すると、中はガラガラでベルティンやシグルス様も見当たらない。てっきりこっちで待っていると思っていたのだけれどな。そういえば、ヒロさんが宮仕えだったとは予想外だ。冒険者をしながら騎士として働いているのか、騎士をしながら合間に冒険者稼業しているのか不明である。
レシティア様と姿を消したヒロさんが、屋敷のような拠点で指揮を執っている。動員されている人員は結構な数になっているようで、防寒着等の装備を受け取ると準備が整うまでしばらくうろつく。エントランスホールらしい場所で戦闘があったかのように壁が壊されていた。賊が侵入した跡らしいが、溶けた壁やら酷い有様だ。誰が戦ったのかは聞いている。やはり、さっさと探し出して倒してしまいたい相手だ。
うろつく俺は、先に出発した健一郎や智にユキといった異世界人のメンバーを探していたのだが見当たらない。少し位話す時間があるかと思っていたが・・・。感じの悪い男はスルーしよう、なんというかドブネズミのようなイメージがあるのだ。
玄関の外にある広い庭で雪の積もる芝の生えた場所に案内される。
暫くして、護衛を連れたアル様がやってくると出発を告げる。
「用意はいいか? シルバーナはここに残って待機だ。シルバーナが要る際には【ゲート】で召喚すればいいからな。設定を忘れるなよ」
「はっ」
アル様をPTに入れた後、俺とシルバーナは待機部屋で【ゲート】の位置を決める。
「ここでいいか。十分な広さに、暖房も効いているしな」
「大丈夫なのかい。空中戦闘なんてやったことがないんだけどさ」
「なんとかなるというか、なんとかしないとな。敵の空中戦艦にどうやって乗り込むのかとか。どうやって護衛を排除するのか謎なんだけどな。説明してほしいんだが」
「ふーん。まあ待つ事にするよ。ほらほら、さっさといっといで」
待機するシルバーナと別れて、俺はアル様と屋敷の玄関に向かう。出発前にMPPOTを飲んでおくか。さっきは気絶しなかったが、また大量に魔力を抜かれるとどうなるかわからない。豆な回復さえしていれば、魔力が切れないのが魔術の強みだしな。同行する護衛の騎士が二人アル様についている。その後について玄関に着くと、アル様は庭の敷地で何かを取り出した。
黒いそれは・・・戦闘機のようだ。外から見たフォルムはどこか垂直離着陸機にも見えるが、胴体に大型タービンのようなものが両側についている。全身が真っ黒でわかりづらい仕様にしているのかな。というかこれ飛べるのかが非常に疑問だ。
俺はどこか現実感がないままそれに乗り込む事になった。俺戦闘機に乗り込むのなんて初めてなのですが。全く何のレクチャーもなしである。後ろに座ってモニターに映る敵に向けてトリガーを引くだけでいいらしいんだが。
コックピットの後部座席に乗り込んだ俺は計器類に全く触らなくていいらしい。画面に映る敵機に向けてトリガーを引くだけだし簡単な仕事のようだ。PC画面のようなモニターを見ていると数字が色々並んでいるのに気が付く。
「(発進するぞ。舌をかむなよ)」
「(わかりました)」
どこかで見たようなフライトシュミレーターをしているような感覚だ。空に浮かんでいく浮遊感というか重力を感じつつ上に引き上げられていくと、そのまま前に向かって加速する。
「あのアル様お聞きしたい事が・・・」
「なんだ言ってみろ」
「これどうやって操縦しているんですか」
「ああ、それは一応訓練をしてあるからだ。大昔はかなりの数が飛び回っていたと聞くが、魔術が致命的な弱点を突かれて激減したのだ。空を飛ぶというのは、以来速度が出せないモノばかりになったんだがな。何が弱点か? 気になるだろうから教えといてやろう。気体を固形化する魔術や気流の操作系の魔術の糞弱いという事だ。なんせ重力に逆らって浮くという事は、速度を要するからな。この機体は半物理半魔術で出来ていて弱点を補強してある。魔力を取り込んで、シールドを強化し機体強度を高める事によって山でもぶち抜く程度のダイレクトアタックが可能だ。が、それをやってはお前が持たん。故に、ちまちまと後部と下部についているカノーネで射撃するのだ・・・」
その後も延々と解説が続く。アル様ってこんな解説出来たのか。機体はマッハ2程度はでるとか、これ一機で片づけるつもりだとか。魔術で攻撃されてもある程度耐えられる設計だと聞いて安心する。雲を越えて何もない真っ青な空に突き上がるとさらに速度が増していく。
空中を高速で移動しているのに関わらずこの機体『死をまき散らす黒き翼』からは、不思議と振動とかGを殆ど感じない仕様なのだ。モニターを見ているが、色々な数値が表示されていてもさっぱりわからない。攻撃法も多種多様にあるようなのだが、なんだろう。『トール・ハンマー』『イレイザーキャノン』『ジャスティスモード』心をくすぐられるようなアイコンが表示されている。
なんとなくアル様の内面を垣間見たような気がして親近感が湧くなあ。俺もこういうの大好きですから。色々画面を眺めている内に飛行物のアイコンが現れる。どうもレシプロ機のようで、対象の速度はそれほどでもない。
「何をしている。敵を発見したのだろ、撃て!」
「はっ。しかしこれは敵機なのでしょうか」
「ああ、もうっ。この・・・・・・この機体には生体識別から金属探知まで全てをこなす仕様だ。味方のユキや健一郎達は遥か後方、しかも雲に隠れつつ接近するように指示を出してある。構わん、撃って撃って撃ちまくれ!」
「了解であります」
レーダーの中に入っている飛行物でアイコンが赤いのは敵機のようだ。味方は、見えないな。取りあえず、下部砲塔を使用し『ホーミング・ブリッツ』選択すると弾を射出する。閃光を示すかのようなアイコンが敵機に当たって撃墜を表示がでる。
「アル様やりましたよ」
「ああ、うん。悪くない選択肢だったな。てっきり最初からアレを使うと思ったが、これはこれで有りか。おっと・・・いかん、まだまだ敵はいるぞ。さっさと片付けるのだ」
「了解であります」
アレとは何だろうか。何となくわかりますよ? しかし、直接言うのは憚られた。
イエス、マイロードと返事したくなったが、止めておく。言ったらいったで、卑屈な奴と馬鹿にされそうである。機体を操作するアル様は常に相手の上空を取るという感じで進む。俺はロックオンアイコンが出るとすかさずトリガーを引いていくだけだ。FPSの射的に自信がないわけわけではないが、かなりの距離がある上に敵機の数が多い。十か二十か、そんな数じゃない。編隊を組んでこちらに来る敵を次から次に沈めていく。
レーダーを持っているようだが、悲しいかな敵は回避行動を取る前に墜ちていく。複数ロックオンする事も可能なようで、これ一つで片付いてしまいそうだ。
「敵の手応えが無いのが気になるのですが・・・」
「ふん。こんなものであろう。というのも敵は科学と魔術を融合させてはいるが、魔術を存分に使えてはいない。でなければ、プロペラ機等というモノは使わんしな。無論だが、無人機というはの論外だ。というのは魔術は根本としてヒトの精神がなければ作用しない物だからだ。とはいえ、奴らそれを代用出来るように結晶体を造り出した事は賞賛に値するな。帝国の奴ら小型化はまだのようだが、いずれ可能になるだろう。そうなればまた戦争になる。そういう訳だから、手加減抜きで全機破壊して構わん。敵も殺し殺される覚悟で来ているのだからやってしまえ」
「はっ」
そう説明を受ける間にも赤いマーカーは次々と撃墜の表示を指し示していく。来れば来るほど入れ食い状態だ。敵にミサイルはないのだろうか。まあ、プロペラ機だから機銃か爆弾なんだろうな。旋回するこちらは全くの無傷で相手を撃墜していく。ひょっとして何で落とされているかもわかってないのかもしれない。気が付いたら機体が爆発している、そんな感じなのかもな。
ひたすらこちらの射程に入って来る敵機をロックオンして撃つだけの単純作業を繰り返していく。画面を切り替えられないか弄ってみた。外部モニターから超遠距離望遠モードを選択して観察すると、赤い玉が墜落していくのがわかる。まるで出来の悪いゲームのようでこちらは攻撃を受ける事なく戦いは終わりそうだ。
ま、やられそうになったらそれまでだし、強敵なんて出てこないに限る。竜に乗った兵士とか空を飛んだ兵隊が居ないのが不思議ではあったけど、来る敵を全部落とすのには時間がかかりそうだ。
色々チートな戦闘機は敵がやってこなくなったので前進する。こちらの攻撃でやられた兵隊さん達に合掌しつつ、モニターを見ていると撃墜数が表示されていた。丁度、四百五十である。
現実感の無い戦いだった。一方的にロングレンジからの攻撃で相手を撃ち落とすだけなのである。引き金を引いた当たった死んだ。これがやはり人を殺すという事の罪悪感を薄めてしまうのだろう。だというのに、命令であれば易々と引き金を引いてしまうのが訓練された軍人というモノか。
俺の戸惑いを他所にアル様の操る機体は敵の母艦に接近していく。
「成程な、私の番というのはそういう事か。奴なら乗り込むだろう・・・・・・そうかここで乗り込んでいけば起きる訳だ。ならば、少々惜しい気もするが撃墜してあとから調べればいい。よし、船体下部を遠距離攻撃せよ。武器はそうだな『ライトニング・セイバー』でいけ。間違っても『トール・ハンマー』を撃つなよ?」
「了解しました」
もうちょっと遅ければ押す所だった。やっぱ気になるよなあ。これ。雷神の槌な威力をはっきしてくれるんだろうか。流石に敵艦を両断してしまうような攻撃だと不味い。アル様にしてみれば敵の技術力を確保したいわけで、出来る事なら敵艦を無傷で手に入れたいという所なんだろう。敵艦を観察すると船底がかなりあるタンカータイプでよくこれで浮いて移動出来るなというのが感想だ。甲板に機体は無く、制動は効いているようだが接近されれば護衛艦もない為すぐ落ちるだろう。
トリガーを引くと寸胴な艦後部に、こちらの攻撃がカノーネから射出され突き刺さった。稲妻で出来た剣のようだが、一体どのようにして出来たのかは不明である。黒い煙を吐きながら船体を下降させていく船。にも関わらず、アル様が切羽詰まった声を上げる。
「しまった。既に、攻撃し終えた後か。見ろ地上を」
「これは・・・」
モニター視点を下に向けて移動させていく。地上方向は丸く雲が抉り取られていて、その中には多数の空を飛ぶ生物に乗った兵士と空中を移動するロボットの姿が見える。
地上に向かい飛ぶ機体、だが上空から砲撃だけで片付けられるのか?
撤退していく敵の追撃を選ぶのか、それとも地上の掃射を選ぶのか。
あれもこれもと全ては選べない。
果たして、アル様はどちらを選ぶのか。
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