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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
96/710

92話 魔術師と帝国軍と村と

「はあ」


 豪華絢爛な金髪をフードに隠す少女は大きな欠伸をする。雪国に来てから僅かな日数ではあったが、早くも退屈し始めていた。現在少女が任務を受けているのは、炎の大剣を持つ少年の殺害及び大剣の奪取である。簡単な任務だと思われたが、対象が見当たらないので砦の入口で使い魔を遊ばせていた。

 

 王国の一軍を預かるのは、ベルティンと呼ばれた壮年の騎士であった。だが、作戦に口を出せる程度は少女に権限が許されていた。

 依頼された門の破壊は終わっている、そして内部にいる盗賊達の掃討も請け負っている。しかし、抵抗も弱くこのままでは少年が現れる前に短時間で制圧出来てしまう。故に、時間を引きのばしつつ敵の消耗を誘う事に注力していた。少女の懐には魔力を結晶化させたアイテムを忍ばせている。魔力と呼ばれるそれは、一般的に不思議な力としか認識されていない。


 だが、少女の一族でも当主筋に当たる彼女だけは秘密を知っていた。この結晶体も魔力というよりは科学的に見て、分子よりも尚細かい粒子結合体で出来ている事を。その魔力が何処で生み出され、人は何故使う事が出来るのかを。少女は魔術知識と科学知識の両方を貪欲に求めている。魔力と電気を術式と回路とに流し発動させる事で神秘と物理の力を産み出す。つまるところ、魔術も科学も行くつく先は同じと視ている。


 少女の先祖は異世界から来た科学者であったらしく、魔術を科学的に分析する事に熱心だったらしい。その著書を読む事は一族でも、後継者にのみ与えられる知識であった。代々一族に伝わる古びた本、そこにはこう書かれていた。


 魔力は地中奥深くにあるマグマ、マントルと言われる地殻のまた下に光とも鉱石とも知れない物体が産み出しているという。先祖に当たる初代はその物体を便宜上、光子結晶星神体(フォトニック)と名付けた。そして、このフォトニックに人の精神が呼びかける事によって魔術を行使出来るのだと。だが、地中奥深くを探索する事叶わない。一体どのようにして探索したのか不明である。フォトニックは高度な量子計算機の役目も果たし、魂の蓄積や事象の操作までも可能とするという。

 地中深くにありながらフォトニックが捲くという素粒子が存在する。

 初代はこの素粒子をナロウ粒子と呼びならわしたが、それには訳があった。この粒子が肉体の変化やキューブの生成を助けるのである。魔術の行使も結局この粒子が空間に成果をもたらす。その成果の結実をフォトンマシンが実行しているという。


 次元を超え、距離を越える転移システムやキューブによる肉体の変化操作等もフォトンマシンのアシスト無しには実現が不可能であるとされている。転移する際に出来る光の門は、あれ自体がフォトニックに入る。そして、光に肉体を変換させつつ出る際に、再構成されていると書にはあった。

 本当に、書は真実を語っているのか、少女エリアスにはわからない。ただあるがままに魔力を得て魔術が使える。その事実で少女には十分であった。

 嘘か本当かわからなくても、明日は来る。その程度の認識で十分なのだ。フォトニックの下には何かまだある。その程度の事は推察出来たが、本能的にそれを探る事は自身の消滅を意味すると悟っていた。本の著者でもある先祖もまたそこの下りで以降の研究は無くなっていた。ある日突然、虹色に輝く指輪を残してその足跡は杳として知れなくなったのである。

 その研究は無駄では無かった。初代以降の子孫達は二―ベルンゲンの指輪を持つと言われ、またラインの黄金を秘匿するとまで囁かれる存在になった。研究の過程で得られた数々の魔術が、子孫を繁栄させたのである。

 では、何故称えられるほどの力を手にしながら王とならないのか。そこには、王と魔術師を隔てる絶対的壁が存在するのだ。ラグナロク、およそルーンミッドガルドの民であれば知らぬ者がいないその事態は神々の黄昏とある。だが、実態はこの世界においては違う。それは、神々の黄昏というよりは交代劇であった。

 

 ラグナロクと呼ばれた神々の子孫による闘争。

 

 己ただ一人地上にて貴い存在である事を天界にて見守る創造神に認めさせる事である。天界とはどこか、先ほどのフォトニック内部にあると推測する一族の者も少なくない。エリアスの一族は神々の子孫ではない。故に、王となる資格がなかった。どこまで行っても、魔術師は魔術師と運命は決まっている。だた、たまには魔術師も名脇役を張ってみてもいいのではないだろうか。エリアスには小さな野望が生まれていた。


 魔術師達の王になる、さらに欲目を言えば不遜ながらも魔術の神に上ってみたいのだ。


 ラグナロクを勝ち抜くのが、毎度神族の子孫である必要があるのである。ここがネックなのだが、それをすり抜ける事が可能となるカードがある。

 ライバルは現状で五人。エリアスが把握している相手はいずれも生易しい相手ではない。元より根暗で色恋に疎いのがエリアスであった。ともすれば、ポッと現れた新参に出し抜かれないとも限らない。一刻も早く大剣を奪取して、彼の元に戻るべきであると女の勘が訴えている。

 

 雪で作り上げたゴーレムの目から、ナオと呼ばれた少年の姿が視えた。

 目標を発見した事で魔術の連続使用に入る為、エリアスはベルティンに呼びかける。


「来たわね、周囲を警戒してください」

「お前達、周囲の警戒を厳しくするのだ」

「「はっ」」


 騎士ベルティンは周囲の配下である騎士達に命令を下す。

 周囲は宿営地であるためテントが張られているが、雪の為視界不良であった。奇襲を受ければ、損害は少なくないモノになる。国境沿いに展開している帝国軍の動きはエリアスの使い魔と配下の兵が偵察している。未だ動きが見られないが、少数で潜入してこないとも限らない。

 偵察兵の報告では、その数二万となっている。砦を攻撃中に背後を取られるような事態でなくとも普通なら遁走する数の差であった。


 ベルティンは泰然自若としていて、その内心は伺えない。

 このハイデルベルはルーンミッドガルドにとって北東に位置するが、さらに東に位置するアルカナ帝国との緩衝国にあたり、絶対に抜かせる訳にはいかないのだ。

 帝国が持つ鉄騎兵の能力は侮れるものではない。こちらの戦力は騎士五百に混成歩兵二千だが、騎士一人に家臣か随伴兵が付いておりその配下を含めた場合全体では五千程度になる。兵種をまとめる必要のない柔軟さとその精強さは他国に類をみないモノであり、帝国が通常の兵でもって相手にするならば、その三倍は必要になる。というのが、一般的な軍事評論家の見立てであった。


 兵力は分散させず、集中して運用するべし。それを地でいくのが古参騎士ベルティンの用兵である。今回は前衛正面に二千、本陣に二千、中間遊撃に千百といった所である。

 ここに帝国が奇襲をかければ壊滅するのは王国側というのは普通の見方だ。が、それを覆す存在が王国側にはあった。魔術師ギルド連盟きっての名門、レンダルク家から出向しているエリアスの存在である。

 魔力が続く限りではあるが、魔術的死兵を操る事の出来る彼女がいる限り数的劣勢は気にする事はない。その気になりさえすれば、帝国の鉄騎兵に相当するゴーレムをかなりの数呼び出す事が出来る。

 

 ベルティンとしては奇襲してくる可能性を低く見積もっていた。少なくとも宣戦布告はあるものとみている。少なくとも首都防衛成立の時点では、撤退をする旨を告げていたが。果たして電撃作戦や強襲部隊でもって強引な奪取をしてこない確約はなかった。

 ベルティンが警護する少女は水晶玉を見ながら魔術を行使しているようだ。


「状況はいかがですかな」

「あ~ちょっと押されてるわね。でも、ああっ。この! えーとね、帝国軍の陣地からこそこそ出かけるのがいるみたいね」

「それは、聞き捨てなりませんな。おい、君。伝令を遊撃に走らせろ。後方警戒を密にせよ! とな」

「はっ」

 

 伝令役の兵が素早く天幕を出ていく。もっともルーンミッドガルドの場合はそのまま意味ではない。【念話】による伝令によって細かな連携が可能になっているのだ。

 ベルティンの指揮はエリアスの護衛が基本にあった。大剣の奪取もあるが、エリアスが無事ならば大抵の事態に対応出来るためである。本陣に形成された土壁に、簡易門からほとんどの建造物をエリアスとその配下で作ってしまっていたのだ。前線を部下に任せて、自ら護衛と全体の指揮に当たっているのも、全体の情報を集めるのにエリアス配下からくる情報が役に立つ為だった。


 配下の遊撃兵には敵の脱出路を探らせていたが、割ける兵数も少なく中断をやむなくされた。帝国による脱出の援護であろうか、もしくはこちらが陽動に引っかかり手薄になる経路から逃げ出す算段なのかは不明である。計算が上手な騎士は少ない。どちらかといえば、脳筋であるのが騎士なのだ。ベルティンはそんな中にあって珍しく細かな気配りの出来る男である。

 天幕に一人の従者が入って来る。手には暖かな湯気を立てている飲み物があった。


「お待たせいたしました」

「おお、悪いな」


 一人一人に湯気を立てたコーヒーが配られていく。配下の緊張をほぐす意味でも飲み物は有効である。毒見をしてから、飲むと騎士達は軍議を始めた。


「やはり、後方を取られた場合・・・・・・」

「そうだ、そうなると砦に突進し籠城以外ないか?」

「いや待て、そうすると損害が著しいモノになるぞ。私はこうだ・・・」


 騎士達の話は円卓を囲み盛り上がっているが、フードを被った少女は水晶の玉に向かってしきりに手を翳していた。美しい髪が見れない事が、ベルティンにとっては非常に残念である。年甲斐もなく胸の高鳴りを覚える少女の声は蠱惑の音色に聞こえる。外の天気は、ベルティンの心情に反してますます吹雪が強さを増してきた。こんな状況にも関わらず帝国兵が侵入してくる事態に、ベルティンは首を傾げる。


(さて、帝国の狙いは何処にあるのか)


 ベルティンには報告を受けて判断するしかないのがもどかしかった。だが、一軍を預かる身になってみれば一人の騎士としてただ前線で槍働きをすればいいというものではない。敵が後方を突く意味。それは何の為か? 我らを砦に籠城させるのが狙いにもベルティンには見えた。だが、それはルーンミッドガルド兵には無意味であると帝国とて承知いるのである。幸いこの雪のおかげで敵の進軍は思うように進まない筈、だがそれが思い込みならば? とベルティンは自問自答を繰り返す。 

 

(ハイデルベルの隣国ハイランドの皮を被ってやり過ごすつもりか)


 中身は帝国軍でありながら、少数にて強襲偵察奪取をこなす部隊に敵地の潜入をさせる目論見とベルティンは考えを修正する。多数でもって背後を突くには、敵もリスクが大きい。ならば少数精鋭でもってこちらの出方を伺うというやり方であろう。


 ベルティンは不意に悪寒を感じ取ると天幕の外に飛び出す。盗賊達が立て籠もる砦方向から、天と地を結ばんとする炎が縦に伸びていた。


「あれは一体なんなのだ」


 ベルティンが天幕の中で水晶玉を見つめるエリアスに問いかける。

 沈着冷静かつ、喋りかけなければ無言でいる少女らしくない苦悶の表情を浮かべていた。


「反逆者が大剣のスキルを使用したのよ。まさか、あれを使えるなんてほんとに厄介よね」

「何ですと!?」

 

 エリアスの言葉にベルティンが驚くのも無理はない。何故ならスキルが使えるという事は、大剣に認められたという資格者という事実を得る。そもそも、大剣自体相当な魔力を必要とする代物であった為使用出来る人間は少ない。元々は王国に仕える赤の騎士専用の装備として王国の宝物庫に厳重にしまってあったものだ。それが、先代赤の騎士が行方不明となって一緒に紛失という事態になっていた。


 反逆者と思しき少年が装備していたのは、間違いなく炎の大剣。騎士を殺害して手に入れたか。または、偶然なのかは不明のままだ。水晶玉には炎を防ぐ雪巨人達が見える。

 大剣から伸びる炎は巨人の雪を溶かすものの、一瞬で再生し少年に襲い掛かる。それをなんなく粉砕する少年。そんな終わりの見えない戦いに見えたが、あっさりと少年は砦奥に引き下がっていく。


 エリアスは額に手を添えると、ベルティンを見ながら温くなったコーヒーを飲む。


「反逆者は逃げ出すつもりみたいだけど、どうしますか」

「そうですな。下手な追撃は更なる犠牲を産みますが、やらざるえんでしょう。おい、正面の部隊に進撃の指令を送れ」

「お待ちください。今砦内部は大剣の起こした雪の蒸発によって酷い環境にあります。よって、様子見を進言します」

「ふむ、危うく兵達を危険に晒すところであった。ありがたい」


 顎に手を当てたベルティンがエリアスの言葉に頷く。ただ本陣に居るだけでは掴めない情報である。現場を知らずに進撃していれば、兵達は湯気でやられてしまう所であった。また、ナオの放った火焔による攻撃で地面は鏡面と化しておりまともに進む事は難しい。エリアスの使い魔以外は。

 

 倒された巨人とは別のモノをエリアスは呼び出す。エリアスの使い魔の一種である雪熊はとても可愛らしい姿をしている。エリアスの自信作であったが、他人からみると少々不細工でありその性能とは裏腹に評判は芳しくなかった。


 姿形とは裏腹に、雪熊達は盗賊共を次々に血祭りにあげていった。

 エリアスの使い魔を先頭にして、ベルティンの率いる兵が後に続く。正面で前衛にあたる兵士達が砦の内部に進撃すると砦全体から火の手が上がった。


「これは罠だったのか!?」

「うわあ」

「馬鹿者、落ち着いて行動するのだ」


 兵士達が不安の声を上げる。即座にエリアスの操る雪熊達が手から雪を放つと火が消し止められる。

 別々に何頭でも操れるのが小型の強みだが、エリアスには後方に展開する結界の維持にも集中力をとられていた。吹雪の結界と雪壁の二重の結界をハイランド軍の前に出していたのである。

 

 エリアスが魔術士学校きっての天才と言われる一つに複数詠唱と魔術効果の維持があった。後方から接近してくる存在の中に強敵が混じっている。その事をエリアスの鋭敏な感覚が、危険だと告げている。

 

(どういうことなの? この吹雪の迷窮には入る事は簡単でも、出る事は困難のはずなのに)


 エリアスの思考が現実に追いつかないまま、後方の敵は接近を続ける。












「おっし、お前ら準備はいいか!」

「「はっ、何時でも出撃できます」」


 男の野太い声が電子機器を通して聞こえると冷静に応える兵士達。ハイランドに加勢する帝国軍所属の鉄騎兵部隊がその機体を晒していた。雪化粧で覆われる機体は白色迷彩と相まって発見する事は困難である。最近になって、帝国軍主力とも言われるようになったその体は魔術と異世界の科学が入交り、周辺諸国を圧倒する勢いを帝国にもたらしていた。


 今回、ハイランドに加勢するのは直接ルーンミッドガルドと砲火を交える事を恐れたためであった。一応、ハイランド軍の装備を流用しており、一見してはそれが帝国軍とはわからないはずである。

 そんな偽装兵であった兵士がおずおずと質問を上官に投げかけた。


「質問がよろしいでしょうか」

「なんだ? 言ってみろ」

「我われは一体何処に向かっているのですか。王国軍に奇襲をかけるという事はわかりますが、この鉄の棺桶はどこに行こうというのでしょう」

「ふっ。そりゃあ、決まっている。敵をぶっ潰す為だ! わかりきってんだろうが!」


 しゅんとする兵士に上官はにこやかな笑みを浮かべる。外壁の窓から下を見れば、雲に覆われた地上が見える。まさか敵も高高度から来るとは思ってもないはず、というのが指揮官の発想であった。地上が駄目ならば空中から強襲しようというのである。

 とはいえ、二百機程度の機体で王国軍がどうにかなるとは帝国軍の首脳陣も甘くみていない。


 一時でいい。そう将軍以下帝国軍幹部に命じられてはいても、兵士の上官である少佐の気持ちは晴れなかった。敵陣の真っただ中に降下するのだ。ともすれば、対空魔術の的になる恐れもあった。

 天候頼りの杜撰な作戦とも言えるが、地上を突破する術が見当たらないのである。敵の魔術師は並の腕前ではない。

 当初の帝国軍は王国側に奇襲をかける腹積もりでいたが、その目論見はあっさり潰えてしまった。

 目の前に広がる雪の壁と吹雪に阻まれ、進撃する事がままならなくなったのだ。そこで、急遽立案された作戦がこれである。目標は少数による敵陣かく乱と共に敵魔術師の殺害、もしくは捕獲であった。むろんそこは限りなく成功する見込みは低い数字が割り出されていた。運良く降下でき、運良く敵の妨害もなく、運良く敵の戦闘力が低く、そして目標を発見できる。そこまで行くと出来過ぎであったが、少佐としては淡い期待を抱かないわけにはいかなかった。

 

 一つはこの輸送船自体を爆弾替わりに使えるという事だ。

 二つ目は、敵の目が地上に釘付けにされている点がある。使い魔等の魔術を行使されている形跡からしてもそれが伺える。

 三つ目には、ハイデルベルの王城に入った騎士達から敵に上級騎士や化け物軍団が見えないという報告を受けていた事だ。中級騎士ですらほとんど居ないというのは帝国を侮っている証左になる。


 少佐個人としてはむざむざとやられに来たつもりはない。


 上空を制したならば、やれる事はまだまだある。突撃は程よく状況が整ってからでも遅くはない。

 少佐が乗る飛行船は浮き船ともいわれ速度が出なかった。だが、それがまたエリアスを惑わせていた事は奇襲部隊にとっては幸運であった。全長三百五十m程度の船であったが、二十機の機体を積むには狭すぎると部下達は不満を告げる。


(ま、理由があるんだけどな。言っても中々わからんだろうよ)


 甲板には野ざらしになった機体が肩を寄せ合うように立っていた。中で待機する兵士達は何時でも降下出来るように仕上がっている。機体は鋼鉄に魔術素材を組み合わせた軽量型の機体で、降下作戦にも耐えうる仕様となっていた。

 この船がどのようにして浮き上がっているのか、少佐には説明は無しであったが金属に浮くという性質魔術でもって回路を造り出した位に理解している。気体を詰めた飛空船とはまた違うモノだった。


 船が目標まで到着するまでもう僅かである。ハイランドとハイデルベルにおいて、戦端が切られようとしていた。










「はむ。はあはあっ、頑張れユウタ!」

「むぐぅ、むぐ。うっううう」

「はあ、いいよ。もっとしっかりっ」


 どうしてこうなったのか。変な水音がしているがそれどころではない。

 少し時を遡る事になる。



 飯を食いに俺達はペダ村に来ていた。何もアーティの様子が気になったからという訳では・・・少しあるか。村の様子はいつもと変わらない様子に見えたが、道具屋のゴメスさんの所に寄る道端で人が争っていた。

 少女を庇うように立つ少年が数人の男達と言い争いをしている。


「君可愛いねえ。ちょっとこっちでこの方の相手をしてもらおうかな」

「なんでそんな事しなくちゃならないんだ」

「お前には聞いてねえんだよ!」


 あっ。ロイの鳩尾に取り囲む男の拳が突き刺さると、崩れ落ちる。

 ロイの身体を咄嗟に支えるアーティの腕を掴んだ男は強引に連れ去ろうとしていた。

 これは一体どういう事なんだ? 白昼堂々と拉致が行われようとしているのに、村人達は押し黙ったままである。遠巻きに事態の行方を見守っていると、男達はそのままアーティを引きずっていく。

 本音を言えば、この瞬間にも男達を皆殺しにしてやりたい。だが、状況が飲み込めない上に相手側にいる目付きの悪い男が不気味に感じる。

 遠巻きに見守る村人の中から恰幅のいい中年男が出てきた。相変わらず暑苦しそうな顔をしているその人はゴメスさんだ。


「無礼を承知で申し上げます。ここは最早お父上の領地ではありませんよ。このような無法がまかり通る時代は終わったのです。何卒その娘をお放しくださいますようお願いいたします」

「貴様ぁ、誰に向かって口をきいているのだ! 恐れ多くもこの地一帯を治めるシュテルン家のご子息ギニアス様であらせられるぞ。そこをどけぃ!」

「何卒娘を解放していただきたく存じあげます。この通りでございます」


 ゴメスさんが地に伏せると華美な服装をし、太鼓腹の少年が前に出てきた。


「あのさあ、僕も鬼じゃないんだよ。これまで通り税を納めてくれればいいのさ。それで何もかも元通りでめでたしめでたしじゃないか。それさえ飲んでくれれば、この子は明日にでも返すさ。どうかな平民」

「そんな無茶苦茶で・・・ぶっ」


 抗議しようとしたゴメスさんの頭部をデブが踏みつける。俺の怒りゲージはもう振り切れているが、迂闊に動けない。手練れの護衛がついて居やがるのだ。民家の屋根に何人もの忍者らしき気配を感じて【見破り】を使うと、確かに居た。目を凝らして視るだけなのであるが、スキルによって隠れているのがぼんやりと視えるのである。

 この時ばかりは力のない身を嘆く事になる。無敵の力が欲しい、誰より速く誰より力があり、誰よりも賢い頭脳があればこの災難を潜りぬけられたはずだ。


 だが、怒りを感じても汝、力を欲するか? のようなイベントはやってこない。


 ただの人がどうやってこれを切り抜けられるだろうか。強引にデブを殺そうとすれば、忍者達を相手にする事になる。加えてデブの傍に立つ男が危険な香りを放っていた。侍風の衣装を身にまとい、着流しに腕を入れる男の居出立ちは浪人その物である。擦れきった表情に沈んだ目をしていたその男が護衛をしている。

 一言でいって、凄腕の護衛だ。


 アーティを見ると目が合ってしまう。助けを求める少女の目を見た瞬間、デブの前出ようとしてシルバーナの奴に腕を掴まれた。


「(ちょっとあんた、まさかあの娘を助けようってのかい?)」

「(そうだ。何か問題があるのか?)」

「(大有りだってあいつゴロツキで有名なデブなんだよ。けど、腐っても貴族。手を出せば殺されるよ。周りにいる護衛とかわかっているのかい。シュテルン伯は狡猾、守銭奴として悪名も気にしない奴で息子も相当な悪なのさ。あんな平凡な娘一人に命を懸けるなんて馬鹿な事をしちゃいけない。ってだからあたしの言う事聞いてんの・・・)」


 俺の周りにいた二人は今は居ない。ここにセリアがいてくれたなら、どうとでもなった事だろう。むしろ全員ぶっ殺すか捕獲もありえた。手持ちのスキルと駆け引きでなんとかするしかないな。

 だが、どうするんだ? 俺が迷っていると下衣を引っ張る力に気が付く。


 何時ぞやの赤い頭巾を被っていた少女がいた。


「ねえお兄ちゃん、アーティさんとゴメスさんを助けてくれないの?」

「・・・大丈夫だ。任せてくれ、きっと助けてみせる!」


 俺は少女の言葉に押されるように気持ちが転がった。そうだ、俺は何を迷っていたんだ。水色の髪をした少女の頭を撫でる。

 シルバーナの手を振りほどき、俺はデブの前に出て行く。デブはゴメスさんの頭をぐりぐりと踏みつけて蹴り飛ばした。脳内裁判では既に死刑が採決されていたが、早まると碌な事にならない。

 

 デブがこちらを見ると、俺は手前の地面にトラップを仕込む。


「何だお前、平民風情が頭が高いぞ?」


 護衛の男がずぃっと前に出てくる。まさかいきなり切りつけてくるか? 人が集まっている只中だろうが、やりあうつもり満々のようだ。


「いえ、私はこの村を預かる代官ユウタと申します。無抵抗の民衆に貴族であるお方がこの様な事をなさってよろしいのですか?」

「無論だ。平民とは貴族に使え使役されてこそ、その価値がある。故に、生かすも殺すも我等の気分次第である。で・・・・・・いつまで高貴なる私の前で頭を上げているのだ? 頭を下げよ! 無礼であるぞ」

「そんな無茶苦茶です。この件はお父上は知っているのですか?」

「はっ、そんな事を木端役人が知ってどうするというのだ。もういい、殺ってしまえ」

「・・・承知」


 凄腕がデブの脇から前に出てくると一層の圧迫感を感じる。刹那の内に斬られてしまうな。どう見積もっても、まともにやり合って勝てる相手ではない。ひたひたと迫りくる強敵に、一刀で斬り伏せられる。そんな予感を感じていると、横から盗賊娘が飛び出そうとした。

 目の前にあるトラップホールが見えないのか? 俺はシルバーナの身体を遮ると身体がぶつかり、抱き合うような恰好になった。


「(ユウタ! 後ろ後ろ! アッー!)」 


 DDが危険を知らせてくれるが、身体はすぐに動かずシルバーナと突き飛ばすので精一杯だった。


「あんた危ない! あんたは素早いの苦手だろ・・・胸が裂けて血が出てるよ、ユウタぁぁ」

「グプッ」


 そりゃもろに隙を見せたからなあ。当然、達人ならそんな隙を見逃すはずもなく。横に避けるついでにシールドを・・・という暇もなく、俺は肩口から派手に血しぶきを上げることになった。こちらを真っ二つにする寸前で、相手は罠のトラップホールに落ちていったようである。と、思考しながら回復(ヒール)を傷口にかけていく。傷口からはパックリと割れた肉とその内容物が綺麗に見えたが、断面が綺麗だったせいか魔術でみるみる内に治っていった。腹まで斬られてよく即死しなかったな、というのが俺の感傷だった。

 

 強敵が一人片付いた。


 血塗れになった俺にシルバーナが傷を覗きこんでくる。

 

「傷は大丈夫なのかい」

「心配は無用だ。その内俺を殺すんだろう?」

「あんたまだそんな事言ってんのかい。その気ならとっくにやっちまってるさ」

「そうか? うぷっ」


 不意打ちをやるチャンスはいくらでもあった。そうかもしれないが、こみ上げてくる血で気分が悪くなってくる。周りの村人は青ざめた顔でこちらを見ているが、デブの表情が笑えた。豚のような顔にニヤニヤと下種な笑いを浮かべていた奴は一転して驚きで目が見開かれていた。


「ど、どうして死なんのだ。それだけ傷を負えば即死するはずだろう。それにミチタカは何処へ消えた? ええい、忍者共。奴をやってしまえ!」

「・・・・・・」


 忍者共が無言で足を前に出すと、俺はハッタリをかます事にする。王子の名前を伏せたままで。

 王子の名前を出すのはためらわれた。もっと深く根っこが有りそうである。そこ引っこ抜くまで、伏せておくのがいいだろう。汚物は根こそぎ消毒するのが俺の方針だ。

 虚実を混ぜた言葉を紡いでいく。上手くいく自信は全くないけどな。


「いいのか?」

「何がだ? 平民」

「いいや、あんたには聞いてねえ」

「・・・」

「与作丸や他の忍者達は俺を殺る事を認めているのか?」

「何が言いたい」


 話せるんじゃないか。無論近寄ってきてくれれば、罠にかかってくれる事も期待出来るが。そこは忍者であるから飛び道具も豊富だろうし、一度見た罠にかかるとも思えない。

 無感情な声に内心びびりながらも、俺はハッタリを続ける。


「お前等が勝手な事をして、今度は与作丸の奴に追われ、粛清されないといいがな」

「何? 貴様。与作丸様とどういう繋がりがあるというのだ」


 ここで正直に答えるほど俺も人間が出来てはいない。


「あいつとは知り合いみたいなモンだけどな。命を懸け合う間柄ではあるが?」

「何だと? それを指し示す証拠でもあるというのか」


 もっともな疑問だし、さてどうするか。俺はなんとか・・・陰丸とかいう奴の事を思い出す。


「こいつは盗賊のシルバーナ。訳あって一緒に行動しているが、それが証拠だ」

「うーむ。だとすると・・・・・・」


 どうやら、勝手に勘違いしてくれるようである。何から何まで細かいツッコミを受ければボロがでるからな。意外な所でシルバーナの盗賊ジョブが役に立つ事になった。

 忍者が姿を見せると、アーティを連れて行こうとする男を殴り倒す。

 どうやら、結論が出たようだ。デブはまだわめいているが、忍者がそれを許さない。


「何をしておるのだ忍者よ。さっさと彼奴を始末してしまわぬか。あっこれ私をひきずっていくなあ」

「・・・ここは一旦引きましょう。旦那様にも無茶をするなといわれたばかりのはず」

「だとしてもミチタカの奴が殺されたのだぞ? このままでは済まさんぞ。平民めがぁぁ!」

 

 デブはまだ未練を残していたが、両脇を忍者達に押えられて連行されていく。アーティはロイの介抱をしている。血を流し過ぎたのか俺はそろそろ立っていられなくなった。

 膝がっくりと付くと、そのまま仰向けになってしまう。頭に被ったヘルムが地面にぶつかる所で支えられた。優しく受け止めたその手は女の子みたいだが、誰かなと顔を見ると涙をポロポロと零すシルバーナがいる。

 どうも地面に倒れる寸前で受け止められたようで膝枕状態みたいだ。


 不意にキューブが反応を指し示す。


―――マスターの生命力低下と生命限界値を感知しました。わたしことダンジョン・コアが独自にダンジョンスキル魔力生成を発動します。

 マスターのジョブ:生命王とのリンクを確認。

 マスターのジョブ:死霊王とのリンクを確認。

 低下する血液増量の為、生命操作と力吸収の連続操作を行います。


―――名無しの迷宮 2層

 LV4

 経験値・・・10/600

 迷宮スキル 魔力生成 モンスター製造 罠設置 宝箱生成 迷宮拡張 施設設置 

 捕獲モンスター 黒鬼 サムライ

 SP 36/40 

 mp 10/400


 ダンジョンさんが、勝手に魔力を補充して生命力を回復させたのか。どういう事なのか不明だが、ただLVが上がっているのと死なずに済んだという事実が残った。閉じ込められた侍風の男は、モンスターになってしまったのか。ゴミ箱ダンジョンからボス部屋ダンジョンに様変わりしそうな勢いだ。階層拡張はMPが何故かなくなってしまっている為に出来ない。ここまで来ると、コアが自律思考でも持ってしまったかのように見えてくるな。


 キューブに意識を奪われていた為、シルバーナの顔が迫って来る事に気が付いたが避けれなかった。ガッチリと頭を押さえられて、キスをされると意識が混濁してくる。しかし、おちおち死ぬことすら出来ないのか激痛が身体を襲う。


 あの俺、鼻からも血が噴き出しているんですけど? 身体は血塗れなんですが?


 明滅する意識を激痛が、俺をこの世に引き止めようと呼び覚ます。横を見れば水色の髪をした少女が、必死になって俺の腕を引っ張っている。シルバーナから引きはがそうというのか。

 待って欲しい。俺、死にかけているんですよ。死んじゃうよお嬢さん。わりとマジで・・・二人で引っ張ると裂けちゃうって!

いつも閲覧・評価ありがとうございます。主人公が盗賊王に俺は成る! とかいいだしたらどうしましょう。


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