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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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90話 女騎士と忍者と日常と

 ハイデルベルの首都を行きかう兵士を避けるようにして、道を歩く二人の男がいた。

 中肉中背の少年と人相の悪い男の二人組はとある屋敷付近でその足を止める。

 ハイデルベルの王女二人が移送されたという情報を掴んだ二人は張り込みを続けていた。だが、屋敷の警備は厚くおいそれと侵入出来る物ではなかった。

 

 つい先ほどまでは。

 屋敷を出る大量の騎士と兵士達は恐らく市内の巡回に向かうと見ていた。


「行くか?」

「ああ」


 折しも大雪になるそんな吹雪が辺り一面を覆い隠している。

 天候も二人に味方をしているようであった。









「糞がっ!」

「アル様落ち着いてください」


 早朝だというのにハイデルベルに存在する拠点。その一室で、長髪で鎧を着る少年が荒れ狂っていた。未だ、反乱軍を討ち取ったという報告は着ていないのだった。

 

 地理に明るくないとはいえ、多数の盗賊団が潜めるような場所は少ない。故に、早々に片付く筈であった。シグルスは臍を噛む思いのアルルを宥めていた。


「雪さえ収まれば、早々にも捜索は進むでしょう。既にかなりの盗賊共を討ち取っております。早晩首魁を取り押さえるのも時間の問題かと思われますが?」


 アルルは違う目線で見ている。それは、どこか遠くを見通す千里眼のようでもあった。椅子にドサッと掛ける王子は頬杖をつく。


「ハアハア。そうではないっ。そうではないのだシグルスよ」


「どういう事なのでしょうか」


「妹がやりおった。異世界防衛要請を・・・」


「というと・・・まさか鬼族による異世界侵攻の防衛ですか? あれはまず異世界に行くこと自体が難しいのではないでしょうか」


「そのまさかよ。ユウタを使ったみたいだ。おのれ~」


 王子は金髪を指に絡ませると頬を膨らませた。


「成程。ただ、まだ終わりではありませんよ。こちらはこちらで着々と点数を稼いで行けばいいのでは?」


「わかっている。わかっているが、奴が手にした物はデカすぎる。爺のつける点数は跳ね上がるぞ。汚いというか、ピンポイントで追い抜きを図ったな。会えば、またあははを聞く事になるかと思うと気が滅入ってくるわ」


 アルルは窓から外の様子を見る。未だそこは雪が深々と降っていた。ここ本陣の守りは堅い。故に首魁が急襲してくる恐れは薄かった。シグルスに策があるようなので任せているが、来れば飛んで火に入るなんとやらであったか? とアルルは敵が来る事を期待する。

 シグルスは何がアレなのか混乱をきたしていた。普通に考えてわかるはずもない。アレと言われてピンとくるような代物ではないのだ。


「アレとは一体なんなのでしょうか」


「うむ。わからないのも無理はないな。天界でも流行・・・しているようなしてないような代物だ。爺とか狒々爺は嬉々として求めるが、中々手に入るモノでもない。直接取りに行くには人が多すぎるしな。何より行くにはタイミングと時期調整等が必要な上に、何時間も人ゴミに紛れて並ばねばならぬ! あれは地獄以上に地獄である! と、誰かが言っていたな。まあ、薄い本なんだ」


「そんな物をどうして欲しがるのですか?」


「私もわからないわよ。でも、爺様と妹達は大好きみたいだけどね。本当に訳がわかんないわよ!」


 シグルスは興奮し始めたアルルを見ると、どっちもどっちであると、散らかした書類を拾い上げた。興奮すると、女言葉が漏れてくるのも相変わらずである。ユウタの気を引く為というか、婿用餌集めの為にハイデルベルが危機に陥るのをタイミング良く救援に向かう等その最たるものであった。美しい人、物、ありとあらゆるモノを欲してやまない部分がアルルにはあった。


 今回の遠征では多大な軍費が使われているが、その全てがアルルのポケットマネーである。お馬鹿に見えるが、キッチリとしたところもあり何より正義と物欲を両立させるアルルをシグルスは可愛いがっていた。不手際はあったが、目的の半分は達している。ハイデルベルの至宝と炎の大剣。この二つを手に入れて早々に帰還する予定であったが、想像以上の都市内部の荒廃と対象の逃走がそれを阻んでいた。


 扉が開くと部下の騎士が料理を運んでくる。質素な料理である、が頬を膨らませたアルルは不満そうであった。見るからに、こんなモノ食えないと我儘を言い始めた。

 

 仕方ないと、シグルスは溜息をついた。パンパンと手を打ち鳴らす。扉から光が漏れてきたかのようであった。入口に立つのは侍女に連れられた少女二人である。


「来たか! 二人共待ちかねたぞ」


「レシティアでございます。よしなにお願い致します」


「リューズでござます。姉共々よろしくお願いします」


「さあ、こちらに参って給仕をするのだ」


 二人は白いドレスを身に纏いおずおずと進む。その姿はまさに白雪というに相応しく、社交界に出ればダンスの相手をこぞって申し込まれる事だろう。だが、それは一生見る事はないかもしれなかった。アルルは大のダンス嫌いである。加えていうならば、その手の社交場は虫唾が走ると断言していた。どんな相手に手紙を貰っても、出席する事すら断るほどである。当然、彼女たちを社交界に出すなど断じて許さない事だろう。 


 それでは、花も見られる事なく価値を知らしめる事もないのでは? と諫言した事もあった。結果は、いつも同じで取り付く島すらない激怒した声が返ってくるのである。けれど、こうしてこの光景を独占できるのはシグルスただ一人なのだった。その価値がわからないシグルスではない。

 

 シグルスは侍女に指示を与えると策を発動させる。


 アルルはレシティアを右に、リューズを左に座らせると、満足した様子である。姉のレシティアが若干背が高い。妹のリューズが飲み物をアルルの為に注ぐと、三人で食事を取り始める。


「あ、あの。この度は我が国の支援頂き、誠にありがとうございます」

「うむ、そのように畏まられては感謝された気にならないな」

「どのようにすればよろしいのでしょうか」


 (ああ、アル様の悪癖が・・・)


 シグルスはこれさえなければ普通にいい王子、引いてはいい王となっていくだろうと溜息をつく。アルルはシグルスの思いを他所にレシティアに食事を装わせている。所謂接待プレイをしたいのであろう。左にはリューズの腰を触りながら、熱いミルクを注いてもらっていた。アルルは酒の類が一切駄目である。ちょっとでも飲むものならば、天変地異のクラスの大破壊が待っている。

 

 故に、侍女たちには細心の注意を払うように厳命している。普段は発揮できない上に、制御出来ないという厄介な方なのだ。ある程度ダメージを負わなければならないと使えない神技・神術も持っている。それらも、ある条件が揃わねば使えないという困ったモノであった。

 

 つまり、アルルは使えない、駄目な子である。傍迷惑な冒険者まがいの行動には散々悩まされてきた。長年付き合っているうちに苦労ではなくなっていたのだが、最近になって現れた少年が分担してくれている。これは有難かった。なんせ、アルルのような王族は一人ではない。他国の王族と違ってただの王族ではない。これがただの人ならば、何の問題はなかったのだ。


「きゃっ」


「ふふ、どうした?」


「その手が・・・」


「おっと済まない。少々戯れが過ぎたようだな」


「いえ、それよりもミルクがかかってしまいました」


 アルルはまだ二人と戯れていた。どうせ、またあれをするのである。シグルスは今日何度目かわからない溜息をつきそうになる。


(アル様。それでは、ただのスケベオヤジですよ・・・)


 暫くの間、アルルと二人の王女の食事は延々と続いていた。

 不意に扉をノックする音が聞こえてくる。護衛の騎士ではない、とシグルスは扉の向こうを判断した。


「誰か?」


「はっ。火急の知らせでございます。盗賊たちの情報をお伝えしたいのですが」


「聞きましょう」


 ドアを開けると、一人の伝令兵らしき姿をした男が片膝をついていた。木製の分厚いドアを閉めるとシグルスは兵士を見下ろす。その姿は一分の隙もなかった。

 

 足先から頭部まで隈なく全身を白銀の金属で覆い隠し、盾と剣を何時でも抜ける恰好をした女騎士である。何時アルルの身に危険が降りかかるかもしれない。アルルの為とあらば何日眠らずとも全く影響がない、そんな女であった。

 

 腰を落とし、膝をついた兵士は顔を上げようとしなかった。次の瞬間、シグルスは兵士に蹴りを放っていた。ノーモーションで放たれたそれは目標の顔面を確かに捉えた。


「ぐうっ、お前。何時から気が付いたんだ?」


「はは、最初からに決まっているじゃないですか」


「何だと? だが、そんなお前もここで終わりだ!」


 兵士に扮装した男は大剣ではなく、手に持つ剣でシグルスに斬りかかる。上下左右に狭い空間という事を考慮したのだ。だが、シグルスには傷一つつけられない程の技量に差が出来ていた。一撃一撃捌かれる度に男は後退してく。斬り合う二人だったが、やがて男は距離をとる。同時に後ろから迫った相手をシグルスは盾で殴りつける。

 

 だが、その一撃は大振りでかいくぐられる。脇に差し迫る男の短剣だったが、シグルスは甘んじて受けた。一撃をプレートの板で受けるとお返しとばかりに蹴りを見舞う。


「! てめえ・・・ごふぉあ」


「手応えありですね」


「大丈夫かグント」


 アバラに突き刺さった蹴りが立てた鈍い音と共に床を滑るグントは大きなダメージを受けた。

 シグルスは何事もなかったように相手二人を見つめる。見つめる視線は氷点下の冷たさを宿していた。

 

「くっすまねえナオ。部屋に入る事が何故だか出来なかったぜ」


「喋るな。ここは引くぞ」

 

 入れないのは当然であった。シグルスの持つ騎士スキルには騎士結界と呼ばれる防御結界が存在する。重要人物の護衛など、拠点防衛にはうってつけのスキルを習得しない訳がない。何故一人で守っているかといえば、ただ自信があるからだけではないのだ。一種魔術にも通じるシグルスの騎士結界は中に音も通さないほどである。シグルスのスキル練度は、並の物ではなかった。

 

 鍛え抜かれた騎士結界は護ると同時に、アルルを戦闘に出させないものである。

 シグルスは笑みを浮かべると罠にかかった相手を観察する。

 襲ってきた二人は確かに腕が立つのだった。同数のハイデルベル兵はおろかルーンミッドガルドの下級兵士相手では楽勝である。ただ、今回は相手が悪かった。シグルスは前に出ると、盾を構える。


「この場から逃げるのは結構ですが、私たちは今日中にも引き上げますよ。いえ、正確に言えばルーンミッドガルドにお二人をお連れします。ですから、ここで逃げては次があるとは思えませんが?」


「何だと!?」


 シグルスは相手が言葉を紡ぐよりも先に突進すると、長大な盾で弾きとばそうとした。ナオは炎の大剣を鞄から引き抜くと、盾を防ぐ。返す大剣でもって壁を破壊しようとする。だが、弾力があるかのような手応えと共に攻撃は弾かれた。


「何!?」


 驚きの声を上げるナオに生まれた一瞬の隙。それを見逃すシグルスではなかった。盾を構えると直接的な押切りに切り替える。背後に隠れるグントと呼ばれた男ごと吹き飛ばしをかける。


「【盾突撃(シールド・チャージ)】!」

「なんの!」


 盾を前方に構え突進するシグルスの足元にグントは滑り込むと、足を切り飛ばそうとした。

 だが、それを察知したシグルスは宙に飛ぶ。

 グントの斬撃を躱しつつ、盾を足で踏むとそのままナオに空中から飛びかかる。

 

 宙を飛ぶシグルスの体重の乗った盾を大剣で受けるナオは、全体重を乗せた攻撃に強烈な衝撃を受けた。避ける事は出来ない。避ければ斬られる。

 

 咄嗟のことながらナオは、この攻撃を受け止めるしかなかった。受け止められた事を察知したシグルスは剣を突き入れる。それを僅差で躱そうとするものの肩を抉ったのかナオの身体から血しぶきが上がった。

 ナオを踏み台にして飛び越えると、器用にもシグルスは足に引っかけた盾を持ち直す。ナオの大剣が振り向きざまに放たれるも受け止められる。盾と大剣がぶつかり合い火の粉が宙を舞う。肩に傷を負ったナオが間合いを離す。傷口が開き流れ落ちる鮮血と共に、小さなうめき声をナオは上げた。


「ぐっ・・・」


「やりますね。今の攻撃を躱すとは、いささか片割れを侮っていました」


「へっ、てめえこそナオにひん剥かれてさっさと逝っちまいなあ」


「ふふ、雑魚の罵声で激昂するとでも?」


「よせグント」


 じりじりと間合いを詰めるシグルスと対照的に下がるナオとグント。どちらが優勢なのかは明らかだった。時間をかければかけるほど、援軍が来るシグルスに対して二人には余裕がなくなっていく。やがて、二人は頷くと、グントが自身の後方に向けて走り出した。


「あーばよーねーちゃん。今度あったらやらせてくれやー」


 言葉を吐いた瞬間、白銀の剣から光が伸びる。グントに襲い掛からんとしたが、大剣から伸びた炎がそれを防ぎ止めた。激しく交差する光と炎が空間を乱舞すると、大気は悲鳴を上げるようである。


「・・・」


「まあ、あんな奴だけど仲間なんでね」


 ナオは後ろを気にする暇もなかった。神聖剣から放たれた伸びる光を遮る。シグルスの怒涛のような攻撃を大剣で捌き続ける。ナオも反撃を開始した。


「んじゃ、こっちも行かせてもらうぜ!」


「・・・」


 炎の大剣が勢いよく燃え上がる。大剣を振りかざすと、火の粉が空間を走った。舞うように踊るように構えをとると、最上段からコンパクトに纏められた最少の動きで大剣を叩きつけた。ナオは大剣の性能をフルに使う事が出来ないでいる。面制圧する火力を誇る大技【抉り取る巨人の焔】等を出せば、いつかの悲劇をまた再現しかねないのだ。王女だけは、この手に抱きしめるそんな欲望を捨てきれないでいた。

 

 シグルスは盾で火焔剣を受けると、重い一撃で動けなくなった。盾と大剣で力比べをしている状態である。シグルスにはまだまだ奥の手があったが使う訳にはいかなかった。大剣の発する炎の熱で身体をあぶられようともである。騎神召喚も聖剣奥義も迂闊に使えば、この拠点ごと破壊してしまうのだ。

 

 故に、余程追い詰められたとしても出す訳にはいかない。


 シグルスの持つスキルは、使い勝手の悪いスキルが多かった。ナオを押し返さんと力を込める。足元には血で小さな池が出来つつあった。ナオに先ほどついた傷が大きく開いたのであろう。ナオの腕からは急速に力が失せていく。シグルスの盾を強く弾くと、間合いを取る。

 不敵な笑みを浮かべた男にシグルスは違和感を覚えた。


「へへっ」


「はっ」


 後ろに振り回された盾を躱すグント。逃げた筈の男は【隠形】を使って戻ってきたのであった。屈んで躱すと、そこから伸びる短剣は狙いを外す事無く鎧の隙間に刺さるかに見えた。グントが躱したはずの盾は、軌道を変えると短剣を持つ男の腕をへし折った。


「ぐあああ! このアマぁあ」


「死ねクズ!」


 さらに止めの一撃を放とうとしたシグルスであったが、それをナオが妨害する。伸びる炎が、シグルスの斬撃を阻むように割って入った。グントが転がるようにして距離を取ると、シグルスの背後と二人の背後からシグルスの配下が現れる。


「シグルス様! 援護いたします」


「チィッ!」


 ナオが懐から球体状何かを取り出すと、地面に叩きつける。

 ナオのアイテムが、強烈な光と煙を掃き出す。シグルスが一旦距離を取ると、煙に紛れて逃げるグント。ナオは逃走するために横の壁を斬り裂いた。

 騎士結界で強化された壁や床であったが、力の入った大剣の炎と熱には耐えきれずバターの如く斬られる。


「お前達は外に回れ!」


「ははっ!」


 煙が収まる頃にはもはや姿はどこにもなかった。拠点から遠ざかる気配がある。シグルスは破壊された壁と見ると、いまいましそうに屋敷を脱出するナオとグントの姿を眺めた。侵入してくる吹雪と風は内部の温度を著しく下げる。耐寒装備に着替えなければならなかった。

 シグルスは微かに冷たい風の寒さでぶるりと身体を振るわせた。


「この壁の修繕に一体どれだけかかるのか、奴らわかっているのでしょうか」


 シグルスの呟きは、雪降るハイデルベルの吹雪がかき消す。

 既に追手はかけているが、果たして討ち取る事ができるかは疑問を持っていた。早急に拠点を引き払う作業に移る。屋敷内に忍び込んでいる可能性を捨てる訳にもいかなかった。ナオとグントの仲間が変装して潜入している可能性は少なからずあるのだ。


 兵に集合をかけると、屋敷を隈なく捜索していく。点呼と人員の確認も順次実施していった。シグルスは送迎の準備に取り掛かる。ナオとグントの血で汚れた床も清掃しなければならなかった。穴の開いてしまった壁も布で応急処置を施しておく。シグルスは愚にもつかない思索に囚われる。


(警備をわざと薄くしてみたものの、倒すにはいたりませんか。なんとも厄介な相手ですね、ユウタ殿がいればあっさり片づけたかもしれません)


 シグルスが奴らを料理するにはまだまだ時間が準備が足りなかった、と兵に説明しつつ指示を出していった。逃げた先に兵を待ち伏せさせているが、果たして討ち取れるか不明である。もちろん待ち伏せするのは、先に屋敷を出た兵と騎士達であった。

 思案に耽るシグルスの元に屋敷内を高速で移動する気配が向かってきた。

 ルーンミッドガルドに仕える忍者集団の一人であった。天井を移動してくる黒い影が見えた。

 

「影ですか? 出てきなさい」


「さすがシグルス様でござる。お伝えしたい儀がございまして」


「わかりました。ですが、気配を消して移動してくるのは止めるようにとあれ程言っている筈ですが?」


「申し訳ない。忍者の習性なれば、致し方ない事かと。曲げてお願い申し上げる」


「ふー。ではこちらで聞きましょう」


「は、ルナ様とセリア様についてでござる・・・」


 護衛に騎士呼んでその場を任せると、【陰形】で移動していく影を待機小部屋に誘導した。

 室内に入ったシグルスが椅子に座ると忍者は地に伏せる。


「それで首尾はどうなったのですか」


「は、ルナ様とセリア様が合流致しました。離間の計についてはほぼ、失敗でございます」


「ふむ。それについては不問といたしましょう。他にはないのですか? なければユウタ殿の護衛と監視に回りなさい。手が空いている者がいれば、ハイデルベルの反逆者達の探索に人員をお願いしますよ。それとこれは褒賞です」


「はっ」


 シグルスが収納鞄からゴルを取り出すと、忍者に手渡した。忍者は任務に失敗したのであるが、何故か褒美を貰える事に困惑する事になる。故郷の地であれば、首を落とされても文句の言えない失態であった。ルーンミッドガルドに仕えて早10年になる忍者は、感涙を抑えると伝えておかなければならない情報を話始めた。

 

「興味深い情報が一つありますね」


「どれでござりますか?」


「帝国による異世界侵攻計画ですか・・・これについて詳しく調べなさい。それと、他国に寝返る忍者は決して逃がしてはなりませんよ」


「はっ。肝に銘じております」


「ふう、下がってよろしい。寒さには気を付けるのですよ。次は、エリアスの所ですか?」


「そうでござります。お気遣い感謝に堪えませぬ。それでは、失礼するでござる」


 影は頭を下げると、【隠形】を使って姿を消して去った。

 忍者がルーンミッドガルドの地に移住し始めてからおよそ五百年になる。その前も先達たちが居た筈ではあるが、正式に里を開く事を認められたのは凡そ百年ほど前の事だ。里が開かれる以前、忍び堪える者である忍者の数はそう増えはしなかった。任務が激務であるという事もあるが、何より冒険者というモノが明るすぎた。

 暗がりで人が、生きていく事は難しい。だが、たった一つ里が開かれると忍者人口は上昇し始める。


 ルーンミッドガルドでの地位は最底辺ではあるが、徐々に忍者はその存在を認知されつつあった。当然、そこには忍者一人一人の懸命な努力がある。騎士が光なら忍者は影。そういう風に構造が変わりつつあった。


 最近ではあるが、承る事になった盗賊達の監督役という使命も地位向上の結果である。

 

 相も変わらず、忍びを馬鹿にする者も多い。そんな中で、次期大公爵シグルスは忍者達にとって有力な後援者であった。忍者がより力をつけてくれば、また変わるとの声もある。だが、影にしてみれば重用され恩恵に預かれるだけマシであった。上役は何かあれば、任務失敗=自害を強要してくる糞にしか見えない。

 

 一つしかない里を守り変える事が出来るのは、己自身だけだと内心を隠しながら影は吹きすさぶ雪道を走った。










 俺とシルバーナはコントラストが独特な建物の入口をくぐる。

 笑顔で出迎えてくれるのは女店長ココナツさんだ。


「いらっしゃいませー。レクチャー屋『常夏』にようこそ! あ、新しい彼女さんですか?」


「そうさ」 


「違います」


 栗毛娘が、勝手に肯定しやがった。ココナツさんも笑顔で聞かないでくれよ。

 しかも、笑顔で胸に突き刺さる言葉を吐かないで欲しい。


「あの、おねーさんは二股三股はどうかと思うな~」


「違いますって!」


「あたしは一向に構わないけどね。男ならそれくらいの甲斐性が無いと駄目さ」


 うっ、駄目だ。この人は、人の意見をまるで聞く風ではない。この分だと、周囲の人たちまで勘違いしかねない恐れがある。俺はアーティーの事があって、ちょっと色恋は勘弁してほしい、というのがある。惚れたはれたにすぐなったとしても、また大ダメージを精神に受けると持ちそうもなかった。

 笑顔を絶やさないココナツ店長は、手にした万年筆らしき物をくるくると回していた。


「ふーん。ま、それは置いときますかね~。今日はどんな御用ですか?」


「そうですね。迷宮スキルについて詳しく教えてください。あと、見破りスキルのレクチャーとかお願いします」


「そうですか、なんだか多そうですね~。ガンバルを付けますのでその都度スキル本を手にとってレクチャーされてください~。ガンバルちょっとこちらのお客さんお願いするね~」


 小柄な店員が駆け寄ってきた。『常夏』らしく、Tシャツにズボンを着けて何故だかエプロンを前掛けにしている。ガンバル少年に案内されると、店内の一室に通された。部屋中が本だらけで少々のスペースに腰かけと机があった。室内に入るシルバーナは、興味深々といった様子で中の本を漁りだす。

 ガンバルが本棚からスキル本を取ってきてくれた。


「それでは、御用の際にはまた声をかけてください」


「ありがとう」


「それでは失礼致します」


 ガンバルが部屋から退出すると、シルバーナがはしゃぎ始めた。

 一体どうしたというんだ。変な薬でも決まったしまったのか? 


「凄い。こりゃお宝の山じゃないのさ」


「へえ、そうなのか。あ、盗むなよ。死刑ありえそうだからな」


「わかってるってーの。これいいねえ、【二刀流(ダブルアタック)】かい。こっちは【音速刺し(ソニックスタブ)】だ。美味しく頂戴しとくかね」


「うわ、待て。お前盗賊スキルなんて覚えようとしているのか」


「ケチケチすんじゃないよ」


 こいつを強化しても後ろから刺されかねないんだがなあ。読むだけで使えるようになるとは限らない。熟練するようにならないと意味が無さそうだが、丸太二刀流か・・・俺も読んでおくか。とれだけの恩恵があるのか、そこが不明なんだが。キューブを覗いているいると、スキルの習熟度とか見えないのであった。使えるようになる、そんな表示しかされていない。二刀流も音速刺しも、忍者のジョブで覚えられたようである。 

 【見破り】も練習しておくことを忘れない。シルバーナを練習台にして、使ってみること十数度。ぼんやりではあるが、靄がかかったシルバーナを見つける事に成功した。声を出してスキル使うのと、念じて使うのでまた効能が違うようであった。ただ、声に出すという事は相手にもわかる事なので一丁一反である。

 いい加減魔術についても習得を進めないといけない。

 とりあえずは、【反魂】はまだ無理のようだ。【(レイン)】、【(ミスト)】【乾燥(ドライ)】こういう基本と魔術から練習していくかなあ。特に、レインなんてのは農業にも関係している訳である。ミストも相手を幻惑するには持ってこいだしね。ま、サンダーの電撃を有効に使いたいだけであったが。

 無詠唱についても調べておかないといけないな。


 無詠唱が、どの程度の魔術まで有効なのか。下手をすると、上級魔術を覚えるよりも初級や下級で十分なのかもしれない。ただ、反則的な魔術を相手が使ってきた時どうするのか、というのはある。一応覚えておく必要があるよなあ。


 横を見れば、本棚を前にスキル本と睨めっこするシルバーナがいる。


「(ねえねえ、ユウタ)」


「なんだ。どうしたDD」


「(あそこに竜言語教習本があるよ)」


「何?」


 あっちだよ、と言われるがままに移動していくと本棚下段にそれはあった。

 古い文字で書かれていてまるで読めそうにない本であったが、開く。文字が読みづらい上に、見にくさもあって読むのに苦労する。何だってこんな本を読んでいるんだろうとDDに質問する。


「なあ、DD」


「(なんだい)」


「竜言語なんてわかった所で、意味があるのか?」


「(馬鹿だなあ、ユウタは。よく考えてみなよ。僕がいた森にはね、空間接続装置が存在するんだけどさ。それが、多分元の空間の何処かに設置されてしまったんだと考えているんだ。元々ないモノがそこにあるのは異常だしね。だとすれば、元の空間とはどこかな・・・あの森の何処かかな。そこにあるであろう装置を止めるのに竜言語を習得しておく必要があると思うよ?)」


「成程ね。そういうことか」


 確かに空間が接続している? と考えた方が納得がいく。なら森と別の地点を結ぶ何らかのアイテムを弄るか、もしくは破壊する必要があるな。あまり時間をかけて、孵化した大量のトカゲとやり合うのはよろしくない。

 何とかしてその繋がっている仕組みを解明しなければ、ペダ村が危ないな。


 砦なんて作ってみたものの、迂回されて畑がやられたり村が直接襲われればあまり意味がないし。

 そういえば、この後村に行くだけの時間はあるのだろうか。そこを考えないといけなかったに、すっかり忘れていた。メモをとろうとして、ふとシャーペンの事を思い出した。ボールペンとかあると本当に便利だよなあ。

 この世界では、羽ペンが基本であった。

 何でだろうなあ、何故か日用雑貨等が大分退化しているのである。

 こういう細々した物を作ると、大富豪になれそうな気がしてきた。

 ま、商人に暗殺されないように作るとしますかね。


 横ではシルバーナがご機嫌でスキル本に読みふけっていた。俺はカリカリと音を立てて作業に没頭する。竜言語は人が発音する事は難しいのではないだろうか。と思えるような代物である。実際に竜人にでもならなければ、竜言語魔術とか使用する事は困難だろう。作業の合間に話しかけてくるDDに独り反応していると、ただの頭のおかしな人が出来上がる。


 あれっ。ふと気が付いた。DDが居れば竜言語を学習する必要ないんじゃないか。こいつの意図が見えないが、何かさせようと企んでいるんじゃないだろうなあ。龍界がどうとか前にも言っていた気がするが・・・とにかくこれ以上厄介事はごめん被りたい。森に蔓延るトカゲをどうにかしたら、次はゴブリン共である。それと並行して、ハイデルベルに潜伏する糞野郎をしばきにいかないとな。


「(ところでさあ、ユウタはあの子の事どう思っているんだい?)」


「どうとは?」


「(好きなのかって事さ。結構気がある素振りで迫ってくるじゃないか。こっちはおちおち寝てもいられないよ)」


 笑顔は可愛らしいというよりも綺麗だといってもいい。美人系の姉御肌の少女である。好きだと言われれば悪い気はしなかった。ただ、殺すとか言われていなければ・・・である。急に気が変わってそれをホイホイ信じてしまう程のお人好しではない。頼まれるとイエスしか言えない日本人だが、ノーと言えなくても無理だと感じる部分ははっきりさせないとなあ。ただ、拗らせてヤンデレ化やストーカーにしてしまうのは避けたい。


「今の所は、何もないな。出会いが最悪すぎたよ」


「(ふふん。成程のヘタレぶりで助かるよ。是非ともそのままでいて欲しいね)」


「まあ、そう言われるのもしょうがないな」


 DDに言われて、改めて盗賊娘を観察した。

 シルバーナの姿態は非常に好みである。鼻口も小さくパーツが纏まっており、肩まで伸びた髪はややもすれば赤身がかかった茶色で美しい。スラリと伸びた足と胸強調するように引き締まった腰と大きな尻は、男達の欲望を掻き立てる事請け合いだ。ただ、眼光が鋭く男を支配しようとする雰囲気が尻込みさせるのはマイナスに見えた。

 遺恨を捨てるという辺り、さっぱりと物事に拘らない性格をしているのかもしれない。子分がやられた損益と、俺を味方に付ける利益を計算するだけの頭を持っていた。招来は良い女ボスになる片鱗を既に見せている。表だけ見ればそう見えるのだが、裏がどうなっているのかまだまだ見えないのだ。


 他人の評価が知りたい所だが、生憎とシルバーナをよく知る人間が見当たらない。いっそアジトに行って親父さんを見てくるのもありかな。

 

 竜言語や他のスキルを学習しつつ、時間を見て出る事にする。午前中にやらなければいけない事はまだまだあるのであった。

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