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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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89話 盗賊娘と食事

「では、媛。またな」

「ええ、アル様もお元気で。またのお越しお待ちしておりますよ」

 

 いよいよ、ここともお別れかな。アル様も抱き合うのは不味いんじゃないですか。頼綱さんの方を見ると大して気にしている様子でもない。大人の男であった。俺だったらとても平気でいられないがなあ。

 

 媛から離れたアル様の手元には転送室にあった石の台座がある。

 それに手を触れると光の渦が生まれていく。

 光が収まると、元の世界に戻っていた。

 台座を中心にした部屋に帰還した一同が整列する。櫛が欠けたように人員がいなくなってしまった。膝をつく騎士達にアル様が声をかけた。 


「皆の者大儀であった。帰らぬ者も出てしまったが、元より我らの責でもある。また、一層の力をつけるようにしてほしい」

「「ははっ」」

 

 一同揃って返事をする。それにしても、帰ってこれなかった騎士達の魂はどうなるのかが疑問だ。

 蘇生にも鬼達というよりモンスターに丸ごと食われてしまうと、灰からでも蘇生出来る【反魂(ソウルリターン)】を使っても復活出来ない弱点があったみたいだ。消し飛ぶのとどう違うのかまだわからないが、要注意だ。手練れの騎士を失うとか、作戦としては大失敗なのではないだろうか。援軍に行った甲斐はあったのか。 


「それと、ユウタは残るようにな?」

「え?」

 

 アル様はキリリとした表情で皆に告げる。夜も更けているのに、居残りは酷い。

 断固拒否したい所だ。疲れているのだし、さらに疲れそうな事が待っているんじゃ?

 そこに眼鏡のメイドさんが割って入ってくる。


「今日はもう遅いですし、またの機会でいいのでは?」

「それもそうだな。では、ユウタも城に泊まっていくがよい」

「それもまたの機会でよろしいかと」


 メイドさんに諫言されるアル様は長い金髪をいじり始めた。

 そして、ハッとしたように何かに気が付いたみたいである。


「そうか。ああ、そうだなこのままだとセリア達が野宿になってしまうのだったな」

「はっ。それでは、失礼いたします」


 黒髪を団子にまとめて結い上げたメイド長らしき人、眼鏡さんがフォローを入れてくれた。燕尾服姿の執事さんが傍に寄ってくると、袋を手渡される。10万ゴルは入っているとの事だった。

 大金だった。危険な任務だったので手当も厚かったのかもしれない。シルバーナも同様に受け取ると、廊下に退出する。メイド服姿の召使いさんが、城門まで案内してくれるようである。


 真夜中の城につくと、そそくさと城を出る事にした。泊まっていくように勧められたが、セリア達の事もある。廊下に出た俺達は城内をメイドさんに案内されて外に出た。

 城の外はもう真っ暗である。灯りもないので、魔術を使うと灯り入れに光をつけた。どういう仕組みで光が持続するのかは謎なのだが、深く考えると次から次に謎が出てくる。魔術にスキルを使えば、こうなるとだけ考える事にした。

 横を当然のように歩く盗賊娘はスキップをしている。

 

「シルバーナもう遅いぞ。一人で帰れるか?」

「ふん。あたしを誰だと思っているんだい。夜目が利くし、ここはあたしの庭みたいなもんなんだから」

「それならいいけどな」

「それじゃーねー」


 盗賊娘があっさり別れを告げると、足取り軽く夜の街に姿を消した。俺は【ゲート】を使うと、邸宅前に移動する。すっかり真夜中になっていたのだが、中に入る。玄関の前には、少女二人が座り込んでいた。学園で着替えたのか二人ともセーラー服によく似た服装であった。耳をを立たせたセリアがこちらの方をじっと見ていた。


「遅くないか?」

「済まない。ちょっと遠くまで、行ってきたものでね」

「ならいいのだが、女の匂いがするな」


 シルバーナがべたべたしてきたからなあ。匂いがついたのかもしれない。

 セリアは俺に近寄りながら、クンクンと匂いを嗅いでいる。身体が近すぎるだろう、と離そうするものの少女の身のこなしは普通ではなかった。そして、ポンッと手を叩くと「また新しい女か?」と聞いてくるので、全力で否定する。シルバーナとはそういう関係ではないはずだ。油断すれば殺される、そういう間柄のはずだ。異世界で少々世話を焼いた為に、シルバーナには情が移っている事は確かだ。


 セリアから逃げるように中に入ると、寝床に飛び込んだ。もうくったくたである。POTを作るとか色々と整理する事があるはずなのだが、横になると眠気が襲ってきた。色々とやる事があったのだが、もう限界だ。










 雀によく似た鳥の声で目が覚めた。ジャージ姿のまま寝ていたが、着替える事にする。銀次さんから貰った服が非常に有難い。洗濯とか大変だよなあ。そりゃ魔術で何とか出来てしまうのだが、魔力を使うのでそうそう連打するわけにもいかない。何より服の点数が多すぎる。異世界で十日目の朝を迎えた。色々整理したい事があるのだが、朝食の用意をしようと起き上がる。


 服を替えると、装備を整えて下に降りる。二人はまだ寝ているようだ。

 日本とよく似た世界から持ち帰った食材がイベントリにあるので、朝食はそれにするかな。祝宴を開かれている時に、乞食のように頂いてしまった物がてんこ盛りである。味噌は外せなかったし、醤油もたっぷりある。とりあえず、味噌汁はどうにかなりそうだ。昆布が問題になってくるけど、無しでいくか。

 卵巻きと異世界サラダはなんとか俺でもふつうに作れるが、美味しいかどうかは微妙だ。塩サバと漬物は持ち替えった物を出しておくしかない。 


 色々と創意工夫の余地を考えながら、味噌スープにご飯を作る。窯でご飯を炊き上げるといった感じでご飯は作る。粥にならないように水は調整した。美味しいご飯は水にもこだわるものだ。

 

 やはり、まずは美味しい水を獲得する所からだろうか。魔術で作った水よりも自然な水の方がいい気がするけど、どっちがいいのか。まあ、どちらが良いとも言えないような料理の腕なので一つ一つ磨いていかないといけないな。ゲームのようにスキルの熟練度をMAXまで上げればいいというわけでは無さそうなのである。ゲーム世界なら好都合だったのだけれど、そういう世界ではないようだ。


 かつてやり込んだMMOやVRMMOはすべての職とスキルをカンストまで上げてゲームクリア状態だったが、この世界ではキューブを介して何かを操作するようである。それが、脳のリミッターなのか肉体能力なのかは不明だ。ただ、ジョブやスキルが表示されていたりする。そこからが問題で、使用法がわからないと俺自身は使えないというモノが多い。昨日ダンジョンスキルを試してみたら、中々の使い勝手の良さがあった。


 トラップホールを作って自分のダンジョンに飛ばすという奴だ。ただ、これは使えるのかどうか未知数である。下手をするとダンジョンがカオスな状況になるし、中が収拾つかなくなる可能性がある。なんといっても昨日投げ込んだあいつがまだ生きているはずだ。かなりの手練れだけに、セリアに倒して貰うつもりでいる。

 日本風の世界では、用意されていた鎧やら劔という高性能装備のおかげで対等以上に戦えた。今はそれが手元にないので、一刀両断されかねない。それだけのドーピングしていたという事は、今更ながら実感している。身体のキレというか活力みたいなものが湧いてこないのだ。

 ま、アイテムに頼って強くなったつもりになるのは危険だからやめておこう。


 いい感じに味噌汁が出来上がった。湯気を上げたお湯は普通に薪に魔術で火をつけて作ったし、手間のかかった飯を持ち帰ってきている。それをちょっとづつ供えて、彩りを整えていく。

 よし、いい出来だ。今日の朝食は味噌汁にご飯と漬物に塩サバで卵巻き、サラダを加えた苦心の作になった。テーブルに三人前を乗せると、二人を起こしにいく。


 2階に上がっていくと、部屋の前でノックをする。返事がないので声をかける。


「セリア、モニカ。朝ご飯だぞ」

「わかった。今降りる」

「わかりました~」


 部屋の中でバタバタと音を立てている様子だ。昨日が昨日だけに、今日もどうなる事やら。

 二人を呼びに上がって階段を下っていくと、玄関からドアを叩く音がしていた。誰か来たのだろうか、また忍者絡みじゃないだろうなあ。


「どなたでしょうか」

「あたしだよあたし」


 誰だろうか。見覚えのあるようなハスキーボイスである。そっとドアを開けてみると、栗毛の娘が立っていた。そっと、ドアを閉めようとしたら娘はブーツを咄嗟に差し込んできやがった。


「ちょっとあんたどういうつもりだい」

「どうもこうも、お前盗賊だろう。そんな危ないの家に上げるつもりはない!」

「あたしが危ないって? どう見てもあんたのがよっぽど危ないじゃないの。何だかんだと、盗賊行為やってるじゃないのさ」

「あれは成り行きだ。中身だって調べてから有益な情報を精査するつもりなんだよ」

「あーやっぱり自覚あるんじゃないか。入れてくれないとある事ない事噂になるかもしれないよ。それでもいいのかい?」


 シルバーナは何でそんなに中に入りたいんだ。すっかりこいつのペースに嵌まりかけている。盗賊行為と言えば、赤鬼と対決した屋敷でPCやら一式ごっそり頂いている。金庫の方も中身を出す予定ではあるが、なんせどうやって開けるべきか悩んでいる。む、むう。鍵開けの技能をコイツは持っているんだった。やはり盗賊(シーフ)と言えば宝箱を開ける役なのだし、仲間にしておくと便利かもしれない。


 危険と利益を天秤にかけると、どうやら情が利益とか度外視して危険を押しのけてしまった。


「うーん。まあ、入れ」

「ふふん。ありがとよ、ユウタ愛してる」

「冗談はよしてくれ」

「つれないねえ」


 飛びついてくるシルバーナの身体を咄嗟に躱す事ができた。飛び込んでくる娘もぎこちない様子だったので、なんとかぎりぎりだった。不意に、二階から殺気を感じる。組み付いてこようとするシルバーナを手で制すると、振り向く。階段を降りてくる二人の様子が何か変である。何か敵を見つけたように、シルバーナを睨み付けている様子だ。


「ひぃっ!?」


 シルバーナが俺の陰に隠れる。どうやらこの娘は阿保の子でもなければ、鈍感という事でもないみたいだ。銀髪の餓狼と茶髪の猛牛達は、盗賊娘が気に食わない様子である。ここまであからさまだと、シルバーナが二人に殴られそうで心配になる。


「二人とも食事にしよう」

「わかっているが、ユウタそいつは何なのだ?」

 

 セリアの隣に立つモニカがうんうんと頷いていた。セリアの釣り目がグイッと上がっている。なんといったらいいのか答えに困ってしまう。なんせシルバーナと出会ったのが昨日で、早くも家に上がり込んできている。盗賊なのだし、敵とここは答えておくべきだろうか。あながち間違いではないはずだ、例え一時仲が良くなったとしてもいつか袂を分かつことになるはずだ。


「敵かな」

「それは酷いんじゃないかい。昨日は、あれだけ楽しんだってのにさ」

「待て。それは誤解を与えるような言葉だぞ」

「ほう、敵といいながら慣れ合うとはな。ご主人様は女とみれば見境なしか?」

「最低ですね」


 二人の声は氷のように冷たくなっていく。ちょっと待ってくれ。悪化する事態に釈明を余儀なくされる。このままでは、食事もまともにいきそうもない。ともかく話題を変えてしまいたい。ここは惚け通すしかないか? 困ったな。

 横に立つ盗賊娘が、セリアを舐め回すかの如く凝視していた。


「ちょっと待っておくれ。あんた、もしかして銀の騎士かい?」

「そうだったが、今は違う」

「ふへえ、こりゃたまげた。噂は本当だったのかい。通りでここに馬鹿どもがこだわる訳だねえ。あたしはシルバーナっていうのさ。これから世話になるから、よろしくな」


 二人は警戒を解いていない。なんか気になる話をシルバーナは持っているようだ。だが、それは置いておいて話が飛んでくれた。いい所なので強引に、食事に持っていこう。


「その話も気になるが、話は置いておいて続きは食事しながらにしないか? 冷めてしまうんだが」

「わかった」

「わかりました」

「あいよ」


 三人は素直に向かってくれた。三人共に色々あるみたいだが、女心は移ろい安いもんなんだ。明日には気も変わっている事だろう。ちょっと気があるんじゃないか? と、勘違いすると痛い目を見る事になる。ふと何かを思い出しそうになったのか、頭を錐で突き刺したかのような痛みが走った。

 

 なんなんだ。痛みを堪えながらシルバーナの分の食事を用意する。

 盛り付けが少ないのは我慢してほしいな。

 三人は食べ始めた所で、食堂の椅子に座る。「頂きます」と両の手を添えてからご飯を食べだした。美味い! 自画自賛ではあるが、味噌汁はいい感じである。ちょっと濃い目であるけれど、まあ調整が必要だな。

 

「む。まあまあだな」

「え、ええ? セリアさん。これ美味しいですよ?」

「まあ、美味しいな」

「これあんたが作ったの?」

「味噌汁とご飯だけな。卵巻きとサラダは作ったとは言えないな。漬物を作るとか、塩サバというか魚を捌くのはまだ無理なんだ」

「ああっ。昨日貰ってた奴で作ったわけかい。まあまあ、いけるんじゃないの」


 まあまあのようだ。つまり、悪くないが良くもないという事だな。味噌汁は大好物なのだが、口に合わなかっただろうか。ふと、先ほどの事が気になった。銀の騎士だとか、何とかについてシルバーナは知っている様子である。


「ところでシルバーナはセリアが銀の騎士だと言っていたがそれはどういう事なんだ?」

「もしかして、ユウタは知らないのかい。王都じゃ知る人ぞ知る最強の騎士さ。この国では色を装備に着ける習慣もあるのを知らないのかい? 赤、青、黄、緑、白、黒、銀、金と紅、蒼、橙、黄緑、真白、暗黒、白銀、黄金と位階に称号を頂く強者を称えているんだよ。中でも銀の騎士セリアは若手でも抜きんでた体術と戦闘術の持ち主と聞いているけど・・・。着ている服やら・・・少々事情がありそうだし、そこの所はわからないね」


 そういうと、シルバーナはチラリとセリアを眩しそうに見る。その栗色の瞳は、裏路地から宝物を見るかのようなそんな目をしていた。羨ましいという事だろうか、シルバーナは魚をスプーンで何とかしようと苦戦している。他の二人はどこ吹く風で味噌汁を味わっているようだ。


「あたしも気になるんだけど、ユウタとセリアの関係ってなんなんだい。ご主人様がどうとか言っていたけどさ。まさか、そんなねえ・・・」

「確かに私は、ご主人様の奴隷だが?」

「ブフォッ」


 シルバーナは魚を諦めて、飲もうとしていた味噌汁を吐き出しやがった。なんて汚い奴なんだ。恐ろしい子だよ、この子は。すっかり汁まみれになったテーブルをモニカがせっせと拭いていく。

 ゲホゲホッとむせた娘は涙目だった。


「あんた、本当に?」

「ああ、本当だが。他言は無用で頼むぞ」

「え、ええ。こんな事他に喋れないさ。んじゃ、学園にセリア様は通っていないのかい?」

「いや、昨日行ったが?」

「うーん、今日はどうすんのさ。セリア様のファンは多いし、この事は内密にしないとあんた狙われるよ。ベルンハルトとか実はセリア様に惚れているって噂もあるよ? あいつは結構な実力の持ち主だし、実家の権力で嫌がらせをしてくるかもしれないねえ」


 なんでこいつは色々と知っているのだろうか。裏の事情とかにも詳しそうである。盗賊だけに、情報屋とか飼っているという事はありえそうだ。だが、それだけではないようだ。学園生という事なんだろうか、あり得るとすればそういう身分であれば納得がいくが。


「どうするか・・・。とりあえずセリアとモニカには今日も学園に朝から行ってもらうか」

「む。しかし、その娘はシルバーナと言ったがユウタと同行するのか?」

「ああ、そうだがやましい事は起きないはずだ」

「そうか、まあ午後になれば抜け出せるか」

「セリアさん、午後はランキング戦がありますよ」

「ぐ。致し方ないか、ご主人様ちょっと後ろを向いてくれ」

「ん、ああ」


 何かあるのだろうか。俺は椅子から立ち上がると、背中を向ける。不意に気配を感じたが、首筋に何かを感じた。がっしりと、腕が回されて全く動けない。セリアが真後ろについている様子である。


「ふむ、生きて帰るんだぞ」

「ああ」

「ちょっと、セリアさん離れてください!」


 モニカがセリアを引っぺがしてくれる。

 その様子をじーっと見ているシルバーナは、興奮した様子であった。


「ふっふっふっ。強敵だねえ、その方が燃えてくるってもんだよ。銀の騎士も奴隷のままじゃ結婚出来ないし、あたしの勝ちは見えているけどね」

「そうなのか」

「その気になれば、何時でも・・・ん?」


 セリアが玄関の様子を気にしている。誰か来たのだろうか、ノックをする音が聞こえてきた。

 先客万来という奴かな? 俺が玄関に向かう。日本人の癖というのか、さっきは油断していた。


「どなた様ですか?」

「おはようございますユウタさん、レオです。セリアさんを迎えに来ました。扉を開けてくれませんか?」

「はい」


 玄関のドアを開けると、フルプレートではなくブレザー服姿の少年レオが立っていた。

 ニコニコと笑みを浮かべる少年は人懐っこい感じである。


「迎えにきたとは、どういう事ですか?」

「ええと、セリアさんの学園絡みの話なのですが。少々事情がありまして、セリアさんを暫くルナ様と登校させて頂けないでしょうか」

「うーん、他ならぬレオ様のお願いとあれば聞かない訳にはいかないですよね。しかし、学園に通わせるほどの資金に余裕がないのですが」

「そこは大丈夫です。僕に任せてください。あ、モニカさんの制服や通学用の道具何とかもばっちり用意してありますよ。事情の方は後々わかり次第ですが、説明出来ると思いますので安心してください。あいつとかお母さんの事とか、セリアさんは他にも背負っている物が多すぎたんです。後は、裏の事情とか調べていかないといけないのですが、まだまだ時間はかかりそうなんですよ」


 そこまで話すと、なんとなくわかってきた。しかし、俺は全くセリアを手放す気はないのである。そこだけは早い内にケリをつけるべきだろう。ルナ様と争う事になると心苦しいが・・・。

 食堂に戻ると、三人行儀よく食事をしていた。キャットファイトも長くは続かなかったようだ。


「セリアとモニカは食事を終えたら、学園に行く準備を手早くしてくれ」

「了解した。本当に、いいのか?」

「ああ」   


 二人が準備していると、ふと何かを忘れているのに気が付いた。DDはどこだ? 卵はどこいったんだ。自室に戻ると、ベットの上に金の卵が鎮座していた。ペチペチと叩いてみるが、反応がない。これはどういう事なのだろう。寝ているのか? だとしたらまだいいが、死んだとか言わないよな。卵の表面にはどこにも傷らしいものはない。しょうがないのでまた懐に入れておくか。


 馬車に向かう二人を見送ると、ルナ様がこちらに手を振ってくれた。

 いい笑顔だった。お付の騎士達に囲まれていなければ、だが。

 これは、これで良いモノを見れたし、いい気分になった。

 

 服を洗濯しつつ、台所の後片付けをする事にする。シルバーナに手伝わせると、「あたしが?」といいながらもテキパキとやってくれた。割りと家事も出来る子であった。正直、電気関係と洗濯機を持ち帰るべきだった。どうして、米とか味噌とかしか見えなかったんだ! 家電製品を導入しなければ、身が持たないよ。現代日本の有難味をしみじみと痛感する事になる。


 ま、仮に持ってこれたとしても電気をどうにかするとか、水の補給をどうすのとか問題が様々に出てくる訳だが。稲作と味噌はどうにかなりそうだが、醤油と菌関係は非常に難しそうである。

 この世界の魔術関係はチート性能なんだが、どうにもチグハグな機械文明がアンバランスな感じである。魔術車がある事から推察するに、もしかしたらどこかに色々あるのかもしれないな。車輪であったり、魔術車にも先達の異世界人が導入していた形跡もある。

 

「ふー、終わったね。あんたこれからどうすんだい?」

「俺はブラブラと村か、レクチャー屋にでも向かうけど? シルバーナの方こそどうするんだ」

「あたしかい? あたしはただあんたに付いていくだけさ」

「断ると言ったら?」

「陰からつけ回すけど、それだったら隣に居た方が安心できるんじゃないのかねえ」

「仕方がないな」


 また、こいつとPTを組む事になった。気になる事があったような・・・許可証がないとか。あれは一体どうなったのだろう。俺が盗った訳ではないから行方が気にならないわけでもない。


「シルバーナの許可証が無いとかどうなったんだ? それがないとまた王城でとっ捕まるぞ」

「あっ、それねえ・・・」

 

 栗毛の盗賊娘は懐から許可証を取り出して見せる。

 ニカッと笑った少女は、次の瞬間には氷のような声を放った。


「昨日会った連中の事覚えているかい?」

「ああ、お前の連れてたのだろ。一人なんとも言えない腐臭を放ってるのがいたな」

「多分、トッシュの事だろうね」

「そいつが、盗ってたとか?」

「ああ、そうさ。しかもいまいましい事に、人攫い共とつるんでやがったり、親父を嵌めようとしていたりでるわでるわ。今も追手をかけている所さ。そこで、あんたに話があるんだけど聞くかい?」


 仲間に嵌められるとかどんだけだよ。取りあえず、シルバーナに協力してやるか。予定は午後まで目途が立たないな。下手すると、時間一杯掛かってしまうかもしれない。探知魔術【サーチ】で居場所を特定すればはやいんじゃないだろうか。幸いにして俺は探知魔術を習得している。居場所さえ掴んでしまえば、後はどうにかなるはずだ。


 俺は支度をさっと済ませるとイベントリの整理もせずに邸宅を出る。ダンジョンに放置した奴はどうなったのか気になる所だったけれど、確認するとまだ出ていないようである。ひとまず先にシルバーナの手下を始末する事に協力する。


―――名無しの迷宮 

 LV3

 経験値・・・80/300

 迷宮スキル 魔力生成 モンスター製造 罠設置 宝箱生成 迷宮拡張 施設設置

 捕獲モンスター 黒鬼 

 SP 26/30 

 mp 300/300


 キューブから見える項目が増えていた。罠とモンスター製造が機能しているのか? それと魔力生成で経験値が増えてLVが上がったようである。こだわり始めると切がないからなあ。迷宮拡張を選択すると階層が一つ増えたようだ。MPが1になってしまったが、特に問題はないはずである。まだまだカスタマイズしたいが・・・。


 スキル弄りの魅力に打ち勝って【ゲート】を出すと、シルバーナのアジト付近に向かった。

 








「なあ」

「なんだよシルバーナ」

「本当にここに居るのかい?」

「そう言われてもな。【サーチ】をするとここを指し示すんだが?」


 周りを見ると貧民街といったみすぼらしい二階建て建屋が立ち並ぶ。その一角にシルバーナの所属する盗賊団のアジトがあるみたいだ。俺達は子分をわらわらと連れている。シルバーナが道すがら子分に声をかけて集めたようである。

 そして、探知魔術を使って向かった先は普通の雑居ビルのように見える。アジトから目と鼻の先である二階建ての建物。まさかこんな所に、というのがシルバーナの感想なんだろう。


「で、どうするんだ」

「殺さず捕縛できればいい。いや、できるだけ殺さずに捕まえた方が情報を聞き出せるからさ。無理にとは言わないけどねえ。あんたなら手加減もできるんじゃないのかい」


 こちらを見る栗色の瞳は、すぐ殺すだろあんたはっていう目をしていた。手加減できる自信はあまりない。俺は達人とか、最強の戦士とかそういう人種ではないのだ。手加減する事が出来るような相手は、麦を刈り取るが如く相手を倒せるような実力を持つ人間かよほどの雑魚くらいである。

 しかし、ここは子分もいるし捕縛するよう頑張ってみるか。なんにしても情報を引き出す必要があるのだ。背後関係とか洗うには、生の情報源が必要だしな。


「ふー。出来るだけやってみよう。ただ、必死に反撃してくるようだと・・・な」

「そうだねえ。あいつらにそんだけの根性があるかどうか疑問だけどさ」


 俺とシルバーナは建物に【隠形】で近づくと窓を破壊して、火をつけた藁束を次々と投げ込む。子分たちは建物の包囲だ。中からは叫び声が上がると、扉が開かれる。飛び出してきたのは、例の貧相な男だった。


「こいつ!」

「な、シルバーナ?」


 男はシルバーナの足払いを避けられず転倒した。子分たちに囲まれて、取り押さえられる。その後も次々と飛び出してくる男達を取り囲んでは捕まえていった。割と簡単にいったかな。やはり、普通に考えて敵襲だとは考えない物なのかな? それとも待ち伏せがあると思わなかったのか。【隠形】の高性能ぶりには圧倒されるよな。


 中から出てこなくなったので、煙を止めるために室内に入る。【気配察知】では中に反応がもうないが・・・まだ隠れているかもしれない。油断は禁物だな。口に水で濡らした布を当てると発生源に近づく。自分で作った物ながら、凄い勢いで煙を吐き出していた。ただの藁束といってもいろんな枯草が混じっているので、それが反応しているんだろう。


 魔術で消火していくと、ようやく収まった。中に子分たちが入ってくると、家探しを始めた。子分たちは、床の板を引っぺがす所から始めるようだ。室内から出ると、シルバーナがあれこれ指図していた。縛られたトッシュとかいう男とその仲間が連行されていく。娘はさわやかな笑顔を浮かべていた。


「ユウタのおかげで簡単に済んだよ。ありがとねえ」

「ああ、それで謝礼はないのか?」

「身体でいいなら払うけど?」

「金にしてくれ」

「つれない男だねえ、他の男なら喜んで食いついてくるはずなのにさ」


 そう言いながら懐から銅貨を取り出すとよこしてくる。500ゴルだった。まあ、こんなもんかねえ。アル様の報酬が破格なだけで、あれに慣れてしまうと金銭感覚が狂ってしまう。


「あいつらどうなるんだ?」

「聞かないほうがいいさ。いつの世でも裏切り者に対する制裁なんて・・・わかるだろう?」

「そうだな。俺はレクチャー屋に向かうが、シルバーナはどうする?」

「そうだねえ」


 しばらく、顎に手を当てて考えていたが子分を呼び寄せると何か話をしたようである。


「後の始末は部下に任せるさ。あたしにとってはあんたが一番なんだからね」

「まあ、話半分に聞いとく」

「もうちょっと、信じてくれてもいいんじゃないかい」


 栗毛の娘は長い髪を結い上げると近寄ってくる。

 不意に頭に響く声。それと同時に、少女は動きを止めた。


「(こら!)」

「何! DD生きていたのか」

「(当たりまえだよ! ちょっと寝過ごしたらこれだよ。油断も隙もあったもんじゃない)」

「なんだいこの声は・・・」

「シルバーナにも聞こえるのか?」

「ああ、あたしも頭がおかしくなってしまったのかねえ」


 シルバーナはキョロキョロと辺りを見回す。だが、どこから話しかけられているのかわからないようだ。DDは寝てたのかよ、まあ寝る子は育つというし。心配して損したぞ。


「(はいはい、離れる離れる)」

「おお、わかったわかった」

「ユウタこれが何なのかわかるのかい」

「うーん、何と言っていいやら」


 俺達は説明がてら、レクチャー屋に向かう事にした。

 【隠形】やら【見破り】に迷宮スキル各種に梃子入れをしておきたい。

 俺だって、シルバーナの事を信じてやりたいが昨日の今日でほいほい信じる奴はいないと思う。

 なんたって、殺し殺される関係のはずなのである。それに、俺は盗賊が大嫌いなのだ。頼まれたからつい手伝ってしまったが、あっさり引き受けるのもどうかしていたな。


 

 盗賊を信じるには、今の俺には難しそうである。

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