88話 異世界二ホン②
「うっ」
「どうしたのさ」
「いや、陽射しが目に染みただけだ」
【ゲート】から出ると夕暮れに差し掛かっていた。黄色い夕日が目に眩しい。
俺と栗毛の盗賊娘は地下から脱出する事ができたが、路地裏とも言える裏口の通路から出ると【隠形】状態のまま移動する事にした。
返り血で酷い状態だし、着替える必要がある。シルバーナは心配そうにこちらを見るが、俺を殺すとか言っていたのはどうなったのだろうか。油断するわけではないが、こちらに気を許しているようである。
俺たちは彷徨う訳にもいかず、歩いた先の路地裏で【隠形】状態のまま着替える事にした。
「こっちみるなよな」
「わかってる」
「あんたなら見てもいいけど、そん時はオヤジの所に来てもらうからな。ユウタは、絶対盗賊に向いてるって」
「冗談はよしてくれ。俺も着替えるから変な物見ないように注意してくれよな」
シルバーナの様子は伺い知る事は出来ないが、これが女の心変わりというやつか。恐ろしいもんだ。銀次さんから貰った服にジャージがあった。それに二人して着替えたところで、空腹を感じる。飯屋にでも入るか? しかし、アル様には合流を急かされている。加えて、出てきた屋敷から火が出たのか、屋敷の方向に消防車が走って行く。
ひとまず、やる事は済ませたしアル様の所に向かう事にした。カレーの匂いとか牛丼を作るいい匂いがする。異世界では、ずっとスープとか肉とかパンとばかりなのだ。味噌汁が気になる。特に味噌に香辛料系はトン単位で買い付けたい所だ。
いけない、どうも食料事情につい目が向いてしまう。生産に使えそうな菌とかほしいのだけれど、金がない。そういえば銀次さんから貰った資金があるんだった。服の中に封筒が入っていた。中を開けると、10万円ほど入っている。
お札の人が、全然知らない人だ。ちょっと世界が違うのだろうか。
美しい夕日だった。オレンジ色の光線が町並みを覆っている。金はあるんだ、もう寄り道もしまくっている。どの道俺がいなくても大した事ないんじゃないだろうか。
俺は食料を改善するために、店を物色し始める。いっそホームセンター辺りにいってみるのもいいかもしれない。
「(おい)」
「シルバーナ、何か言ったか?」
「いや?」
「DDか?」
「(違うよ)」
「(ユウタ、私を放ってどこで何をしているの!?)」
「(アル様ですか?)」
いつもの澄んだ声ではない。なんというか鬼気迫る声だった。
「(・・・コホン・・・ユウタ。いつまで待たせる気だ。こっちから呼ぶからそこを動くなよ)」
「はい」
次の瞬間、目の前が光ったかと思うと黄金の腕らしき物が伸びてきた。
首を掴まれると勢いよく引っ張り込まれる。これは・・・なんなのだろう。背後から盗賊娘がしがみついてきた。俺は押し込まれるようにして、光る場所に突っ込んでいく。
「ぐっ。押すなシルバーナ」
「どこいこうってのさ」
そうして、光に包まれると【ゲート】を通り抜けるような馴染みの感覚を味わう。
光の濁流が収まると、目に飛び込んできたのは人の顔だった。
「・・・」
「はっ」
「貴様~!」
「あらあら」
俺は、アル様を押し倒していた。金の髪を長く扇のようにしている。桜色の唇が艶めかしく動いた。
「ユウタよ、人前で大胆だな?」
「失礼しました」
俺は背中に乗っているシルバーナを押しのけると、急いで身体をどかした。顔を赤らめるアル様だったが、この人は王子なのだ。男なのである。いかにも勘違いしそうな視線を向けてくるが。
御簾から出てると片膝をつきながら、周りの様子を伺う。青い鎧を装備した騎士達が揃っているが、人数が少ない。半分以下の三人といった所だ。十二人はいたはずだが? 何処にいったのだろうか。押し倒してしまった。アル様に不埒な真似をしでかしたという事で、騎士達に斬られても文句が言えないな。
片側に騎士と召使い達が並び、もう片方には侍風姿の男達が並ぶ。足元を見れば、畳であった。天井はそれなりに高く、どこかの御殿と言ってもいいかもしれない。
こちらを見るアル様の目が厳しい。
「で、この責任は一体どのようにして取るつもりだ?」
「うっ。そ・それは・・・」
「まさかやっちゃいました。ごめんなさいで済むと考えていないだろうなあ」
はい、考えていました。ごめんなさいでどうにかなりませんか。なんなら土下座するしかない。
「この通りであります。申し訳ございませんでした!!」
考えてみても何らいい案が思い浮かばなかった。遅刻に、押し倒すとあっては言い訳出来そうもない。
額を畳みにこすりつけるように、全身全霊でガバッと伏せた。
「まあ、何と見事な土下座なのでしょう」
「ほう、媛はご存知なのか?」
「ええ、侍がやる最大級の必殺技ですわ。これを受けたら許すほかないのではないでしょうか」
「必殺技か。私の所にもサムライが欲しいのだがなあ。まあ、許してやらんこともないか」
話から察するに、姫とアル様は旧知の仲みたいである。
「ユウタ様、お顔を上げてください」
「はっ」
俺は多少顔を浮かせると、周囲の状況を考える。青い騎士達はかなり殺気だっているし、侍風の鎧を身につけた連中も穏やかな雰囲気とはとてもいえなかった。
「もっと、お顔をよく見せてくださいな」
「ははっ。しかし、無礼に当たるのでは?」
「その心配は無用ですよ。それよりも貴方は何処で何をしたのですか」
「ええと、それは何から話せばいいのしょうか」
この世界の礼儀作法がどのような物なのかわからないので、とりあえず頭を下げたままにしたが心配し過ぎだっただろうか。半分ほど簾があげられる。姫と呼ばれた人物は、十二単衣らしい着物を身に纏う黒髪の少女だった。扇子を片手に顔半分を隠している。こちらを見るその眼は好奇心なのかこちらをじっと見つめていた。
対処を誤ると、傍に控えている侍に切り捨てられそうなのが怖い。
「そのように畏まらなくても大丈夫ですよ。この世界に来てから何処で何をしていたか、それだけでいいのです」
「はあ、そ、それは・・・」
媛と呼ばれる少女の声は鈴がなるようであった。その声に罪悪感を呼び覚まされる。
何せやってきた事といえば、原住民の虐殺とか略奪とかそんな感じの事しかしていない。少女の為とはいえ、言うに憚られるような事なのである。黙ってしまった俺をにこにこと見つめてくる姫にアル様というと苛立っている様子だ。
「媛、あまりユウタを虐めるのは困るぞ。簡潔にいってやらねば、こやつはわからないのだ。それと今回の目的も告げていないのでな」
「あらあら、そうでしたのね。でしたら、ユウタ様あまり心配なさらずとも結構ですよ。こちらではおおよその事態について把握しておりますから」
「でしたら・・・」
俺は正直に話す事にした。隠してもなんだか無駄のようであるし、むしろ知っていて聞いているんじゃないだろうか。最初から話す事になったが、こちらの話を聞いている二人は何事か密談している。
二人して頷くと、話し終えた俺に質問を投げかけてきた。
「そいつらの顔が赤鬼のように見えたとありましたが、本当にそう見えたのですか?」
「確かにそう見えました」
「証拠はありますか」
「それは・・・」
そうだ。連中の死体を見せれば納得してもらえるかもしれない。俺はイベントリを開くと、赤い顔をしたゴブリンを取り出す。取り出したそれは赤い顔をした人間ぽい何かだ。
周囲にいる侍姿の男達にどよめきが走った。赤いそれを見たからではなく、何もない所から取り出した事について驚いているのかもしれない。一種の手品みたいにみえるからなあ、これ。
「確かに、赤鬼の手下ですね。これはお手柄です。それで、地下で赤鬼と対峙し、それに打ち勝ったとか。本当にその話は確かでございますか?」
「多分、死んだと思います。死に際の攻撃がありまして、最後の確認をとる事は出来ませんでした」
「そうでしたか。なれば、重畳。今夜中にも、相手は来ましょう。今回の件について全体の説明をいたしましょうか。頼綱、説明をして差し上げなさい」
「ははっ」
頼綱と呼ばれたのは武者鎧を身にまとった青年だった。例によって美形である。どうしてこうも美形ばかりなのだろう。なんかこう宇宙の法則でもあるのだろうか。頼綱は兜を脱ぐと、地図を広げた。近代文明を無視したかのような作戦会議だった。広げられた地図に駒を移して作戦を説明している。
作戦を要約すれば、この本陣ともいえる場所で攻めてくる瘴気の封印を行うという事だ。その際に、妨害してくるであろう敵勢力の駆逐が任務らしい。だが、騎士見習いみたいなものが大手を振って参加してもいいものだろうか。
「ユウタ殿、どうなされた。作戦に疑問はないのか?」
「はっ。私のような見習いが参加してもいいものかと」
「それは、君が決める事ではないだろう。戸惑っていると死ぬぞ?」
「はい。他にもあるのですが、敵の正体はわかっているのでしょうか」
「判明しているだけでも、まだ青、黄、黒、白と凶悪な鬼が残っている。少なくとも無尽蔵の兵力を相手にする事だけは免れたわけだがな」
なんてこった。まだまだ、いるじゃないですか。赤鬼の役割って相手の補給線だとしたら、結構重要な役だったかもしれない。説明を受けていくうちに、絶望的な展開が見えてきた。敵がどこからくるのか掴めない。味方は劣勢で、侍達も配下の忍者もかなり討ち取られてしまっているらしい。今も戦闘が行われているみたいであるが、前線がこちらまでくるのも時間の問題だとか。
何故なのだろう。戦ってみた感触では、相手は大した事がなかったような気がするのだが。作戦の説明中に巫女さん服を着た少女が鎧に剣といった品を持ってきた。聞けば、これをつけて戦闘に出るようにとの事だった。鍋のような鎧を身に着ける。ジャージの上にごわごわとした具足を身に着けているので何とも動きづらい。
「これは一体どのような効果がある鎧なのでしょうか」
「それは、童帝シリーズです。・・・失礼いたしました。大変由緒正しい鬼退治用の武具でございます。こちらがマガダマ、そして劔で御座います」
「あの今、童貞・・・って何ですか?」
失礼極まりない発言に、顔を真っ赤にしている事だろう。顔から湯気がでていてもおかしくない。
そんな俺に頼綱さんが止めを放った。
「ユウタ殿。失礼ながら、童貞ではないかな」
「うっ」
「気に障ったのなら謝罪しよう。この通りだ」
頼綱さんと共に巫女さんまで土下座している。さっき俺がしたばかりなのに、土下座のオンパレードであった。
「いいですよ。ただ、気になっただけです」
「そうか。これは、由緒正しい武具防具ではあるのだが・・・童貞にしか着れない装備なのだ」
「そうなんですか」
「うむ、それというのも鬼達の邪気を払い清めるには穢れ無き巫女と男児が必要なのだ。だが、残念な事に力を持つ者には男なり女が寄ってくるモノ。中々使える者がいなくてな。もっとも他にも条件が色々あるのだが、これは説明が要るまい。あとは、紛失や盗難に気をつけてくれ。国宝級の品なのでな」
「了解いたしました」
内心は複雑だったが、素晴らしい装備なのだろう。俺達は、アル様と共に警備につく事になった。
広い屋敷というより、寝殿作りな宮を出ると玄関のほうで交戦する剣戟の音がしている。夕暮れに染まるそこを屋敷の照明が一帯を照らし出していた。真昼のように煌々と照らされているので、灯りの心配はいらないか。なんとなれば魔術で灯りをつけてもいい。
青い騎士を連れ走り出したアル様に続くと、鬼が立っていた。青い身体をした巨体の鬼と小柄な黄色い鬼だった。どちらもゴブリンが進化したような感じである。
「ぐははあぁぁぁ。歯ごたえがないのお。のう黄ザルよ」
「ぎゃははそうですな兄者~。青いのは結構な美味でござるぞお」
「何を・・・貴様ら~!」
アル様がやばい。殺された騎士達の身体を弄ばんとする鬼達に突っ込もうとしていた。
両脇に控える青騎士達が、取り押さえなければ特攻していた事だろう。
「放せ~。ダニエルが! フンボルト達までやられてしまったというのか?」
「残念ですが、恐らく・・・カニエル、ラシュール、メロリン、リオーネも消息不明です」
「選りすぐりの親衛隊員達だぞ? そんな馬鹿な」
「がははぁ。もしかしてこいつらの事かぁ?」
青い鬼が、巨大な手に何かを捕まえていた。ボロボロになった騎士達に召使いさん達だった。
俺の中で何かが溢れるそんな気がした。気が付くと、シルバーナを置き去りにして走り出していた。
「おおおおぉぉ」
「ぎゃは、馬鹿が釣れおったわ。むぉ!?」
こちらが一気に間合いを詰めるのには驚いた様子だったが、的確に投げつけられてくるモノを避ける。避けられそうもないモノは【ファイア】で迎撃する。モノは粘着力のありそうな、糸であった。これで相手の動きを縛って倒してきたのだろう。受ける訳にはいかない。
間合いを詰めた俺は黄鬼に劔で斬りかかる。成人よりも小さい感じの黄鬼は素早さが武器なのだろう。あっさり躱されると、飛びのいた。
「速いが、それだけでわのぉ。あが・・・?」
黄鬼の身体が、上半身だけずり落ちていく。劔の威力なのだろうか。カスリもしなかったのだけれど、鬼の身体を切り裂いていたようだ。鎧の力なのだろう、全身には力が満ち溢れている。全能感という奴に酔うのは危険だ。鎧からは青い燐光が上っていた。首元につけられた玉のようなペンダントが、血のように淡く輝きを放っている。
「がははぁ、黄鬼を倒したか。少しはやるようだなぁああああ」
青鬼は手に持っていた騎士達を放すと、こちらに突進してくる。巨体なのに速い。上背は4mはあろうかという巨躯がスッと音を立てずに移動してくるのは異様であった。相手の巨大な手が危険だ。何故だかそう感じる。あれで、騎士達は倒されたに違いない。普通の手とは違う大きさであった。
俺は【アースウォール】を使うと、青鬼の前に土壁が出来上がる。壁の傍まで走り寄ると、いきなり出現した壁を青鬼は乗り越えてくる。チャンスだ、こちらを一瞬でも見失った相手の懐に飛び込んでいく。青鬼は手を繰り出してくるが、ワンテンポ遅かった。手を腕を斬りながら、巨体の脇を抜ける。背後に回る俺を捕まえんとする青鬼であったが、劔の桁違いの性能がそれを許さなかった。
「がはっ。こ、このワシが敗れるとはなぁあ。・・・様」
最後まで喋る事ができず、身体の上半分が斜めにずれ落ちた。周りは広い境内のような敷地であった。咄嗟に作った土壁が元に戻っていく。魔術で生まれた土壁が、風光明媚な景観を破壊しまくっているよな。正面の入口を見ると、古いが立派な瓦屋根を持つ門に二体の鬼が立っていた。黒いのと白い鬼だ。黒い鬼はゴブリンとは思えない美形であった。白い方は女なのか? 顔立ちがそんな感じをしている。
白鬼のどことなく悲しみを湛えるその紅い瞳に吸い込まれそうになった。
「(不味いよユウタ。ボケッとしてないで、鬼の身体を燃やして!)」
「ん。わかったよ」
DDに言われて俺は、鬼の身体を【ファイア】で焼いていく。だが、燃えるその死体が掻き消えた。一体何が起きたというのか。
白鬼の手元にある玉が輝いている。むくりと身体を起こす青鬼と黄鬼。二匹は倒したはずなのに、復活するとか反則すぎるだろう。青鬼の身体も黄鬼の身体も焼き焦げているものの、みるみるうちに元通りになっていった。
後方では侍達が準備を整えたのか、頼綱さんに率いられて武者姿で列を作って展開している。黙って見ているのもなんだが、あの黒いのが未知数だ。奴を見ると頭が冷静さを取り戻した。奴の実力次第では、こちらが全滅しかねない。恐らく、侍達を倒しまくっているのもこいつだ。黒鬼が攻撃役で白鬼が回復と復活役なのだろう。
厄介な事になった。しかし、逃げる訳にもいかない。そして逃がす訳にもいかない。ここで確実に仕留めておく必要がある。だけれど、倒しても復活する相手をどうすればいいのか。きっと、騎士達が不覚をとったのもそこにあるのだろう。本当の意味での倒し方がわからない。よくあるゲームでプレイヤーがとるゾンビ戦法。それに近いモノを相手がとっているなら、こちらは圧倒的に不利だ。用意された明かりで、真昼のようになっている場所に男の声が響き渡る。
「弓を放てぃ!」
「「応!」」
そんな俺の思惑とは別に事態が進んでいく。頼綱さん率いる武者姿の侍達が、弓で攻撃を始めたのであった。降り注ぐ弓矢が雨のように鬼達に襲いかかった。鬼達は慌てる風でもなく立っている。白鬼の持つ宝珠がまたも輝く。見えない盾に阻まれるかのようにして、矢は弾かれていく。つーか銃があるのに、なんで弓矢なんだ。銃のほうが有利だろうに何故弓を選ぶのかわからない。いちいち手間をかけて、弓矢を放つ意味がわからないよ。
侍達が攻撃しているのをこのまま、ただ眺めているのは不味い。俺は【雷球】を作り出す。両の手に生まれる電気の塊がどんどん膨らんでいき、以前使った時とは比べものにならない程の密度と大きさである。鎧と玉の補正力なのだろう。この装備相当使えるが、ネーミングだけはなんとかして欲しいものだ。
「食らえ!」
「(いっけー!)」
程よい大きさになった【雷球】を鬼達に連続で投げつける。不可視の盾にぶつかるとバチバチと大きな音を立てた。物理攻撃に合わせて、魔術による攻撃を受ければどうか。雷属性攻撃を受けた盾はたわんで弾けるたのか、盾の無くなった鬼達を弓矢が襲った。
ゾンビな鬼達の倒し方について考えが浮かばなかったが、迷宮に隔離してみるかな。罠スキルに迷宮の設定をしておく。一階から転移使用不能、ただし主は除く。トラップ隔離用の穴これで迷宮に強制転移させる。わかりやすく言えば、一旦入ったら出られないという設計だ。これで、なんとか白鬼以外を隔離してしまいたい。
罠を張りつつ、固定砲台と化した俺は次々に魔術による攻撃を放ちまくる。都合良く接近してきてくれれば、罠に嵌るのだが。そうそう上手くいかないようである。青鬼が巨体でガードしていた。雷球を食らっても、何ら効いた風ではない。何とも厄介な相手だ。つまり魔術に耐性がかなりある相手なので、簡単には倒せない上に手で掴まれると死亡コースという事だ。
「それなら!」
「(ユウタ! 糸!)」
「は?」
いつの間にか伸びてきていた黄鬼の攻撃を振り払う。燃える糸とその先に目がけて火炎を投げつけた。危なかった、自分が罠を仕掛けた所に嵌りそうだった。引きずり込むのはこっちなので、向こうにいくのが俺では意味がない。周りには誰もいないのが寂しい。
セリアがいれば、こいつら如き一人で倒してくれたんじゃないだろうか。モニカでもいいのだけれど、不思議なのはいつもアル様と一緒にいるシグルス様がいない事だ。あの人がアル様の傍を離れる事が想像出来ないのだが、現実にアル様は一人だ。青い騎士は皆手練れのようではあるが、シグルス様に比べれば、何とも頼りない。どういう事なんだろう。
「(ユウタ! 前!)」
「来たか!」
いい加減チクチクと攻撃される事に我慢が限界を迎えたのか、それとも策を内に秘めて突撃してくるのか。黒い奴がこちらに向かって走りだしてきた。片手には刀を携えている。見るからに剣士といったそのい出立ちで手に持つ刀は、数多の青騎士を葬ってきたのだろう。
「シッ!」
「くっ」
こいつ、矢の雨を潜り抜けて切りつけてきやがった。接近してきてくれたので、罠に嵌ると思われたのだ。しかし、黒鬼はトラップホールを知っているかのように巧みに避けて攻撃してくる。受ける俺は劔で両断せんと考えていたが、かなり素早い相手であった。鎧の力で色々とドーピング状態でなければ受けきれない刀捌きである。右から左から、流れるように切りつけてくる。
抜刀術ではないそれは戦場で培ったような刀力であった。かろうじて受ける事が出来る。しかし、それも時間の問題で速さに慣れる前に切り倒されそうだ。
「・・・」
「・・・」
他の鬼と違って無言のまま斬り合うが、かなり分が悪い。鎧と玉の性能で何とか凌いでいる状態だった。このままでは、殺されるのはこちらだ。どうにか事態を打開しなければいけない。賭けは好きじゃないんだが、やるしかないか。俺は黒鬼が斬りかかるタイミングを測る。が、とてもランダム過ぎて緩急をつけた刀を捉える事は難しいようだ。
思い切り突っ込むが、途中でピタッと止まると眼前を唐竹割りする刀が通り過ぎていった。
ここしかない!
「うおおおぉ!」
「・・・何だと!?」
タックルと思わせて、突き飛ばすとトラップに吸い込まれる。倒すのは無理だった。なんとか駆逐する事に成功したが、胸から血が出てきた。あれ・・・どうしたんだ。
「ごほごほっ」
「(ユウタ! 回復しないと!)」
見れば右の胸がパックリと割れて、中の臓器とか肺が姿を覗かせていた。こりゃ・・・死ぬわ。盾を張るのすっかり忘れていた。
激痛にさいなまれながら、膝をつくと傷がみるみるうちに塞がっていく。鎧の機能なのだろうか。だとしたら、なんとも便利な鎧である。だが、それと共になんだか眠くなってきた。燃えるように暑かった腹の内側が急速に冷えていく。
「あんた! 大丈夫なのかい」
「シルバーナ、どうしてここに来た」
「だって、あんたこのままじゃ死ぬよ」
門の所で足止めを食らっていた鬼達がこちらに向かってくる。このままでいると、二人共に殺られる。
盾によく似た結界を再構成させつつ、前進してくる相手に頼綱さん配下と思われる陰陽師風の男達が呪符を飛ばす。
「「急急如律令」」
放たれた紙が燃え上がると火の玉となって、鬼達に飛んでいく。鬼達に影響はないみたいである。かなり小ぶりな火の玉だったし、俺の放った電撃にも余裕で耐えるだけの抵抗力があるのだ。
俺の身体を支えるようにして、立たせるとシルバーナは移動しようとする。
「シルバーナ、もういいから離れてくれ」
「何いってんだい。あんたはあたしが殺すんだよ! 他の誰にもやらせはしないんだからな」
「また、物騒だなあ。このままだと、あいつらに追いつかれる。シルバーナ、お前も死ぬぞ」
「だとしてもだよ! 重いぃ」
頼綱さん配下の妨害も虚しく、鬼の前進は止まる事がない。やがて、弓矢も尽き呪符も同様に無くなったのか、周囲からは兵士達が取り囲むように鬼達に接近する。取り囲む兵達の顔面は一様にこわばっているが、鬼達は嘲笑を浮かべていた。
シルバーナに体を支えられて手を動かすと、ふと手に当たるモノがあった。柔らかいそれは・・・フニフニと弾力がある。ジャージの上からでも極上の感触だった。恐る恐る手を見ると、そこは娘の胸だった。
「おい。ユウタ、どこ揉んでんだよ」
「済まない」
「んじゃ、帰ったら親父の所に挨拶にこいよな」
「どうしてそうなるんだ」
栗毛の娘はニヤッと笑いを浮かべると、俺の手を抓る。現金な事に身体がぽかぽかしてきた。股間は鬼のようになっている。体中に力が漲ってきたようである。これなら、まだまだ全然いけるわ。俺はシルバーナの身体から身を放す。
「大丈夫なのか?」
「ああ、シルバーナのおかげですっかり大丈夫だ」
「ほんとかよ」
アル様の安否を確認すると、冷静さを取り戻したのか青騎士に囲まれていた。だが、こめかみに青筋が立っているような・・・それに、心なしか顔が引きつっている。美しく整ったイケメンが台無しであった。
俺は丸太を取り出すと兵士と戦っている鬼共に向かって走りだす。振り回す丸太を青鬼が受けると、丸太の方が砕け散る。一体どんな身体しているんだよ。
「貴様から来るかぁ! よくも黒兄を殺ってくれたなぁ!」
「はっ!」
青鬼の懐に飛び込む俺を捉えようとする手を劔で切り飛ばした。
苦痛に喘ぐ青鬼の頭部を切断するとシルバーナの方向に投げる。
「(あんたこれどうすんのさ)」
「(黒い穴が見えるか? そこに転がして入れるんだ)」
「(あいよ)」
地面に倒れた青鬼の身体が、バタッと大きな音を立てた。黄鬼はというと、兵士達の槍で滅多刺しになっている。白い鬼だけであるが、抵抗するだろう。手に持つ宝珠が白い光を放つものの、変化が見られなかった。やはり、異世界から召喚するのは無理があるのだ。尚且つ転移不能と死んでいない、頭だけ槍で滅多刺しのままとかの不具合がある。白い女鬼は唇をわななかせると、扇子を振るう。
「おのれ~人間如きが!」
「陰陽師達よ、封印の準備を」
媛様の声が辺りに響くと、烏帽子を被った男達が鎖を鬼に投げつける。間を置かずしてグルグル巻きにされた鬼は抵抗出来なくなった。やがて、捕えられた白鬼に呪符がびっしりと貼り付けられると白鬼は大人しなった。黄鬼と青鬼の身体は火にくべられると焼却される運びになるようだ。瘴気の封印に関してもまた、滞りなく行われるようである。
ただ、我儘王子は大変不機嫌であった。周りの青騎士に当たっている。
「我は非常につまらんのだが?」
「と、申されましても今回の相手は厳しすぎました」
「だとしても、つまらんなあ。ユウタ、なんか芸をしろ芸を!」
「俺に宴会芸なんて無理ですよ。それに【蘇生】で忙しいので勘弁してください」
「ああもう、騎士の腕をもっと上げさせるしかあるまい! お前たち、明日からレクチャー屋で修業だな!」
「「了解しました!」」
騎士達は大変恐縮しているようだ。頼綱さんは媛と二人で立っているが、大変お似合いのカップルに見える。こんな所に来ても見るのは、これだ。何故だが、こういう光景にばかり目が行ってしまう。褒美を賜すという事になったのだけれど、辞退するかな。
「ユウタ様は褒美が要らないとはいかがされたのですか? 何か不満でもあるのでしょうか」
「金銀財宝を一人貰っては色々大変です。私の主はアル様一人ですので」
「そうですね。差し出がましい事を申し上げました」
「そ、その通りだ。・・・ユウタめ一体何を申してくるつもりなのだろうな・・・はっ」
アル様は一人また別の世界に旅立ってしまったようである。強いて言うなら頼綱さんと媛様の接吻シーンが見たいとかいうと打ち首モノだっただろうか。
その後、ちょっとした祝宴が開かれる事になる。どんちゃん騒ぎで忘れそうになるが、死亡した騎士達や召使い達の蘇生も終わっていた。超高性能な装備の数々も返す。
そうして、アル様と引き上げる次第になった。
長い時間鬼達と戦っていたような気がするのだけれど、大して時間は過ぎていなかった。まあ、夜中と言うには違いない。夜空には満月が浮かんでいる。日本とよく似た世界は名残惜しかったが、元の世界に帰還する。アル様と媛の関係とか色々気になる点は多かったのだけれど、とても聞いている暇はなかった。ただ、同盟関係みたいなモノがあるという事だ。
祝宴の時から帰りに至るまで、シルバーナの奴が左腕にくっついて離れないのが、新しい悩みの種になっている。幾らなんでも気が変わるのが、早すぎるだろう。全く油断出来ないのだが・・・
帰りが遅くなると、セリアやモニカに怒られそうである。そこの所だけが、心配だ。
キューブステータス サナダ・ユウタ 16才 冒険者
装備 ミスリルの剣 ハーフプレート チェイングリーブ プレートヘルム 硬い皮のブーツ 対魔術の盾 銅の篭手 オークの弓 オークのワンド
邸宅有り セリア 人狼 モニカ 鍛冶士
スキル テレポート PT編成
特殊能力 なし
固有能力( 人形使役、人形化 、幽体離脱、生命操作、力吸収、ダンジョン生成、竜化)
▽
[冒険者LV82]市民87村人87戦士 87剣士 87弓士 87勇者 87狩人 87魔術士 83商人 83薬剤士 83騎兵 83弓騎兵83格闘士 83英雄 83治癒士 83料理人 83魔獣使い 82付与術士 82錬金術士 82木こり80下忍 80神官78人形使い75死霊王22生命王22闘技士52騎士52槍士52 村主44 竜人14ダンジョン生成士15使徒11
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