86話 王都で盗賊娘!
王城最寄りの地点に、転移する。王城手前に出た俺は大通りに出ると、すぐに通りを歩き出す。
空は曇りで、雨は降ってくる様子ではないが、どんよりと垂れ篭める空気が嫌な感じだ。
セリアとモニカが、PTから抜けている。俺にとって、かなりショックだった。
落ち込む俺に、DDの声が鋭く刺さる。
「(ユウタ! 右に避けて!)」
「何!?」
咄嗟に身をよじると、短剣が俺の居た場所を通り過ぎて地面に刺さった。
当たり所が悪ければ即死する所だった。
スキル【気配察知】これで大体の人数はわかる。一人か? いや、六人くらいは居るようだ。
どうやら、敵に囲まれてしまっているようだ。
【見破り】覚えとくんだった。すっかり、忍者対策を忘れてしまっていた。確か・・・なんかあった筈だが。
これは詰んだかな? 姿は見えないが・・・隠形でも使っているのか姿は見えない。
町中で火壁を放つか。どう見ても放火魔のそれになって、縛り首にされてしまうな。
「(ユウタ! 左前だよ!)」
「くっ」
男が突然姿を現すと、短剣を腰だめに構えて突っ込んで来る。ガントレットで捌きながら、男に足払いを仕掛けた。襲ってきた賊は、もんどりうって地面に転がる。攻撃する時は、姿が出てきちゃうんだねえ。
「(後ろ!)」
「糞!」
止めを刺す事も、捕獲する事も出来ない。背後から突き出された短剣を弾くと、二人目の男にジャブを入れる。軽く入れたつもりだったが、二人目の賊は顔面に拳を受けて倒れた。嫌な手応えがあったから、かなりのダメージかもしれない。セリアに教えられた事を思い出した。足元の影だけは、隠せないんだった。
攻撃を教えてくれるDDには、感謝するしかない。ただ、ちょっと感謝すると調子に乗りそうなのが気になる所ではあるけど。これからは、卵が割れないように気を使わないとな。
そろそろ盗賊達を一網打尽にするべく新スキルを試そう。と、スキルを用意しているタイミングに野太い男の声が割って入った。
「そこまで! 盗賊共もユウタ殿もそこまでござる!」
「誰だ?」
周囲を見ると、通りに面した建物の上には大男が立っていた。いかにも忍者という格好をしたそいつは腕を組んでいる。すっと上から飛び降りて来るそいつはこいつらの上役なのだろうか。
「勘は、いいでござるな」
「忍者かよ」
「いかにも」
与作丸の奴とは手打ちをしてないから、早速襲ってきたって訳か。忍者は口元を隠したままで表情は伺いしれなかった。
「白昼堂々、殺る気か?」
「できればそうしたいところでござる。が、そうもいかぬのが残念でござるよ。会合の結果、今は殺らない方向で決まっているでござる。今回の件に関しては、盗賊達の暴走でござる。皆出てくるでござるよ」
すると、一見して盗賊には見えない男達が姿を現した。身なりがよく普通の冒険者風である。数は三人か、まだあと一人くらいいるはずだが。忍者が厳しい声を放つ。
「シルバーナ。早く出てくるでござる。拙者の顔に泥を塗るつもりでござるか?」
「糞陰丸、あたしはそいつと馴れ合うつもりなんてまっぴらさ」
「ほほう。だとしても拙者が出てこなければ、皆殺しにあっていた所でござろう。いい加減にするでござるよ。今後お前達が勝手に殺られたとしても、尻拭いをするつもりはないでござる」
「なんだと! それじゃ死んだ仲間はどうなるって言うんだい。あたしらはこいつを許すつもりなんて全くないよ。ぶっ殺してやる」
シルバーナと呼ばれた女はいきり立つ。だが「抑えるんだシルバーナ」と、今にも忍者に飛びかからんとする娘を仲間が抑える。悔しそうに顔を歪める栗毛の盗賊女は、忍者にくってかかろうとする。これは仲間割れなのだろうか。
「だから、それ無理でござる。腕も力もないのに、どうやって殺るつもりでござったのか。拙者は不思議でござるよ。もう状況が変わっているでござるから、お主ら諦めるでござる。まさか、残った盗賊仲間を殺すつもりでござるか?」
「なんだいそりゃ」
「お主が、お主の仲間達が、こやつを殺ると王国庇護下にある盗賊全体が抹殺の対象になるでござるよ」
「ふざけるんじゃないよ。こんな小僧に何があるってのさ」
女は忌々しそうにこちらを見る。忍者はやれやれといった視線を少女に向けるが、少女が理解する風ではない。そろそろ時間がやばい事になりそうなので、もう行ってもいいですか。
「ふむ。それを見極める為に、同行してはいかがかな? 隙あれば・・・という訳にはいかぬぞ。むしろ、死なないように身を挺して守らねばならぬ」
「誰がこんな奴を!」
「これこれ、これは命令でござるよ。側にいれば、こやつを誘導する事もできよう。となれば盗賊達に・・・暗い場所に行かないよう防ぐ事も出来る筈でござろう? 後はシルルバーナ殿の腕次第でござる。女の色香に迷う男は多いでござるからな」
忍者の言葉に、顔を真っ赤にする女は地面を踏み始める。何がしたいんだかわからない。俺の意見を無視して同行しようというのか。
「シルバーナどうすんだよ。このままでいいのかよ」
「良い訳あるもんかい。トッシュお前は、アジトに戻って親父に報告しな」
「お嬢はどうするんでげすかい」
「あたしは、こいつに付いていくさ。隙あれば、始末してやる」
「へえ、わかりやした。皆引き上げるぞ」
ロクな女じゃないな。俺の隙を見つけてズブリといくとか。今の内に、始末する算段でも考えるかな。
盗賊娘の仲間は引き上げていく。倒れた仲間を支える男達の内、一人の眼が気になった。そいつは不穏な眼をしている。俺がこの娘を殺してくれるのを期待しているのか、酷く陰気な視線だった。よからぬ事を企んでいそうだが、他所の事情だ。
「それじゃあ、PTにいれな」
「君は、人に頼み事をするのに名前も名乗れないのか?」
「・・・名前はシルバーナ。職業は盗賊でカジノの警備。あんたの番だよ」
「俺はユウタ。職業は冒険者時々代官時々な騎士見習いだ」
シルバーナは「ふん」と鼻を鳴らすと、先に進み始める。
俺達の様子を眺めていた糞忍者が、パンパンと手を打つ。
「ふむ、丸く納まってよろしい。それでは失礼するが、シルバーナよ。我らの目は何処にでもあると心得よ」
「あんたら・・・都合良すぎじゃないのかい」
「なんと言われようが、これが我らの結論でござる。それでは失礼するでござるよ」
そう言うと姿を消す。だが、遠くに行ったという風ではない。近くに気配を微かに感じた。
娘は苛立たしげに、声を荒げる。
「いつまでボケっとつったってんのさ」
「わかっている」
油断ならない女と同行する羽目になった。
この盗賊娘は、非常に愛想が悪い。態度も悪い。どうしてくれようか。
通行人が全くこちらに気がつかなかったのだけれど、一体どういうことなのだろうか。良くある人払いか何かの結界でも張っていたみたいである。
シルバーナと呼ばれる女を先行させて、後ろを歩く。
「なんだいあんたビビって女の尻でも眺めようってのかい?」
「びびるに決まっているだろ。何時殺されるかわからないような奴に、背中を任せるのは自殺行為だろ」
「金玉小さいねえ。男ならどっしりいけないのかい」
「何とでも言え」
この娘、相当口が悪い。そのうち罵り合いになってしまいそうだ。
栗毛に毛皮の服と下衣とブーツといった出でだちであった。身体は出るとこは出て、引っ込んでいる。尻がデカイのが特徴か。フリフリとしならせて歩いているので、わざと誘っているようにも見える。
無言のまま、城門に着くとシルバーナはこちらを向く。
「どうすんだい」
「入城の手続きを取ればいいだろう?」
「だからどうするかって聞いてんだ」
「門番に取り次ぎをお願いすればいい」
盗賊だけに、城に来たことがないのだろう。
栗毛の盗賊娘が門番と話していると、いきなり取り押さえられた。
「何すんだ。この変態!」
「黙れ! この盗賊め。大人しくせんか」
どういうことだ。いきなりシルバーナは捕まっている。
「どうしたんですか?」
「おおっ。これはユウタ殿、よく来られた。この盗賊めが! 不埒にも王城に侵入しよう等と、巫山戯た事を抜かすものでな」
「待っとくれよ。あたしはユウタと同行してんだよ。それに居住許可証も身分証だって・・・あれ・・・ない」
「こやつ・・・王城に堂々と忍び込もうだと!? 死罪は免れぬ物としれ!」
どうするんだこれ。一体どうしてこうなったんだ。
何で盗賊だって、すぐ見破られたのか。あ、【鑑定】でも使われたのかな。それなら一発だ。
ともあれ、いきなり盗賊娘が捕まってしまった。俺も、連座制で縛り首だろうか。それとも磔獄門かな。
「ユウター。ユウタ、助けとくれよ。あ、あたしは同行者だって」
「どうしようかな。盗賊だしなあ。縛り首でいいんじゃないか?」
「あ・悪魔かあんたー」
「とっと歩けこの馬鹿者。牢にぶちこんでやる。こんな事は初めてだぞ。堂々と盗賊が入城しようなどと!」
門番の兵士に取り押さえられて、連行されていく。
栗毛の娘が「うぁあん」と声を上げ鼻水を垂らして、泣いているのでちょっと可哀想になってきた。
クールそうなイメージが台無しになっているのだが。
「すいません。その子は本当に俺の同行者なので、何とかなりませんか」
「何ですって? うーむ。では、一旦取り調べの為に身柄を預かる事だけは譲れませぬ。その間にアル様に許可をお取りください」
「わかりました」
また、面倒な事になった。どうして、こう面倒事が転がりこんでくるのか。アル様が俺に対して持つ債権がどんどん積み上がっていくぞ。どうしたら、この悪循環を抜け出せるのだろう。シルバーナを見捨てる選択肢もあった筈だが、尻に惑わされてしまった。セリアがいないのだ、ちょっとくらい羽目を外してみたい。と、いうのもあるのかな。
「それじゃあシルバーナ、また後でな」
「グス・・・ユウタあんた、あたしをハメたのかい」
「そんなわけない」
「そうかい。そうだよな、一体どうして無くなっているんだ」
シルバーナの顔色は真っ青である。今にも倒れそうになったまま、屈強な門番に連行されていった。
俺はというと、許可証とか何も持っていないのだが。そのまま、取り次ぎをお願いして待つ。案内役が来たら城の中に入ると、入口に控えていた壮年の騎士と移動していく。城内には、連行していかれる娘の姿は無かった。
暫く案内されていくと、広場の黄金色の宮ではなく反対の銀色の宮に連れていかれる。黄金で出来た宮殿よりもスマートで白を基調とした大理石が眩しい。
入口から中まで衛兵がそこかしこにいて、針の隙間もないくらいに控えていた。
天井が高い入口から入り、魔術灯が内部を照らす高さのある広い通路の石畳を抜けると、大扉が見える。
ノックをする騎士に続いて、開いた扉から中に入る。
「ダニエルご苦労」
「はっ」
そう言って、左右の列に並ぶダニエルさん。右に青を基調とした鎧姿の騎士達。左にメイドさんと執事姿の騎士が立っている。
「ユウタ、よく来たな。楽にするがいい」
「はっ」
俺は片膝を着くと次の言葉を待つ。
「今日は、他でもない」
「重要な任務ですか?」
「そうだ。と言っても、セリアがいないようだが・・・どうしたのだ」
「それは・・・事情がありまして」
「ほう。ある意味好都合ではあるな」
周りを見ると、まるで知らない騎士に召使いさん達ばかりだった。初老の執事さんとか凄い威厳がありそうだし。メイドさんもいかにもな三角眼鏡をしている人やら雰囲気を持った人物がいる。騎士は騎士で全身青といった出でだちで、迫力がある。
完全に、場違いだ。
「あのアル様。任務の前に、盗賊娘を解放していただきたいのですが」
「盗賊が、王城に入ろうとした件であろう? 既に目隠し耳栓等拘束具付きで此処に移送中だ」
「ありがとうございます」
黄金色の鎧姿なアル様は玉座とも言えそうな見事な椅子から降りると、こちらに近寄ってくる。
頭を上げてアル様を見る。あれ、瞳の色が少し違うような。気のせいだろうか。
「行くぞ」
「ハハッ」
肩を叩くと脇をすり抜けて歩いて部屋を出て行く。ザワリと部屋の空気が蠢いた気がする。それは、どうも苛立ちといいってもいい感情のうねりだ。不可視の圧力が俺の身体を締め上げるようだった。
アル様に続いて、歩いていくと一つの部屋で止まる。
「ここに入れ」
「はっ」
「アル様準備は整っております」
部屋の中に更に部屋がある。そこには、昨日と同じような転送器らしき物が設置されていた。またか? 遠隔地に行くという事だろうか。昨日の部屋に比べれば、倍以上の広さな部屋の中であった。メイドさんと執事達が、忙しく機器を操作している。部屋に、拘束具をつけた盗賊娘が運ばれてきた。まさか、生贄にするとか言わないですよね。なんとなくそれらしい魔術陣が地面に書かれている。壁にも文様がびっしり生やされており、時折明滅している。
何時も一緒に居るシグルス様が居ない。どういう事なのだろうか。まだ、ハイデルベルの後始末が終わらないという事なのかな。だから、居ないという事ならこれはハイデルベル行きなのだろう。
「レベッカご苦労だ。後は、最終調整だな」
「はい。向こう側の呪力が高まっております。何時でもいけますが、お帰りはいつ頃に設定いたしますか」
「そうだな。ユウタの限界次第だが、いけると思うか?」
「帰るのは簡単でしょうが、こちらから辿り着くにはそれ相応の力が必要でしょう」
「それでは、厳しい賭けになるな」
「やらねばならぬ。それが例え届かなくても。ですよね」
アル様は頷くと、こちらを見て決意を固めた眼差しを見せる。どういう事だかわからないが、とっても危険な香りがする。だから、全力で拒否したい所だったが逃げられない。青い騎士の一人がこちらに盗賊娘をよこす。ちょっと乱暴すぎじゃないでしょうか。シルバーナは、投げられてこちらに歩くとよろめいた。
「大丈夫か?」
「!?」
身をよじるシルバーナだったが、どうにもならないと諦めたようで大人しくなった。拘束具を外そうとすると、止められる。
「ユウタ。転移するまでそのままだ」
「はい。それでこれを使って何処に行くんですか?」
「それはな、異世界だ」
・・・マジですか。アル様待ってくださいよ。俺にとっては此処が、異世界なのです。
異世界から異世界に移るなんて体験をする羽目になろうとは、思いもよらなかった。
閲覧ありがとうございます。
そうだ、異世界でなら・・・
ユウタ「盗賊達と和解なの?」
シルバーナ「ふざけんなよ!」
忍者「和解してくれないと困るでござる。なんなら身体で篭絡してはいかがでござろう。くの一風に!」
ユウタ「えっ」
セリア「ふざけるな!」
忍者「ど・どこから現れたでござるか・・・がくっ」
モニカ「色香で惑わそうなんて・・・ポキポキッ」
ユウタ「なんで俺ぇー!」




