74話 寒い場所で??
雪の降る寒い小国の王都で、遠くを見るため少女は特徴的な遠眼鏡をつけて、周囲を警戒していた。
「げえぇ」
その業界では戦闘狂で通る少女は短かく驚きの声を漏らした。周囲に居る傭兵達が何事かと見つめた。遠くを見る少女の視線。その先には悪目立ちする黄金の鎧を着た少年と頼りなさそうな少年、それの両脇には白銀の鎧を着た女騎士と悪趣味なフードを被る魔術士、銀髪の人狼にお供の戦士が映る。
傭兵の一人が少女に尋ねる。
「おいトトリ隊長一体どうしたってんだあ?」
「うー。あ? お前ら撤退するよ」
「は?」
男はトトリと呼ばれた少女の声に間抜けな声を上げた。傭兵達は不審げに顔を見合わせる。周囲にある建物では盗賊共がお楽しみの真っ最中だ。トトリの目さえなければ自分達も加わりたい位だった。
頬に傷をつけた悪人面をした傭兵が槌を地面に叩きつける。それは粉雪が舞い地面が揺れる程の衝撃だった。
「隊長さんよお。こちとら糞寒い国で仕事やってんだ。傭兵の仕事はよぉおお、女子供の遊びじゃねえんだよ」
「ふーんそうかいグレゴ。勝手するといい。アタシと一緒に撤退する奴はいるかい」
トトリがそう告げると、ポツポツと手を上げる者が出て来た。だが、怒りが収まらないの者がいた。グレゴと呼ばれた男だった。
「この国の騎士共は殆ど殺ったじゃねえか。もう出てくるのは子供ばっかだろ。それを片付けるのも時間の問題じゃねーか。それを今更何でびびって退却なんだよ。アンタの力は知っているけどよお。こっちは訳がわかんねーよ」
「詳しく説明している時間ないし。仕事は終わってる。後はオマケみたいなもんだろうが。残るのは構わないけどさあ。はい、話はおしまい。それじゃあ帰還する団員いるかい? いるなら集まった集まった」
この数日、思い返せばこれまでは確かにあの男の言う通りに事が進んでいた。この小国の城を陥落させるまで、もうあと少しだった。こんな雪国の辺境国にどうしてあれが現れるのか。運命のいたずらというには出来すぎであった。
トトリが小国で暴れまわる異世界人を支援する依頼を受けて一団を率い、教導する立場に立った。
依頼主の立てた作戦は見事に決まり、ここハイデルベル王国の騎士団は壊滅した。戦闘を楽しむのがトトリの全てだったが、依頼主は外道な作戦を立てるのでトトリは早くもこの依頼に見切りをつけるつもりでいた。
作戦と言うには稚拙だったが効果的だった。盗賊達が女子供嬲っている姿を晒しているだけで、騎士達は突撃してくる。そこをトトリ達傭兵団が取り囲むと言うわかりやすい戦術だった。数で劣り、練度ですら劣っていたハイデルベルの兵士達もまた騎士同様であった。多くの兵士と騎士が突撃も虚しく雪の降り積もる大地に骸を晒した。
トトリの懸念は魔術士の存在であったが、ハイデルベルの質は最底辺で魔術士達は【火炎】すらろくに連射出来ないレベルであった。ハイデルベルの魔術士は太古の昔さながらに呪文を詠唱し、杖を振るのだった。発動のタイミングも内容もバレているような魔術を食らう程トトリは間抜けではなかった。トトリの大剣によって魔術士は騎士や兵士以上に、草を刈るよう切り倒された。
(ま、簡単に行き過ぎたってのはあるね)
トトリはこの数日を思い返す。異世界人は快進撃を続け傭兵団が到着してから僅か数日で王都陥落というところにきて足止めを食らった。最初はなにげない抵抗だと一笑に付していたが、それはトトリの勘違いだった。少数でもって多数を制しうる能力を持つ異世界人達のPTが現れたのだった。奴らはこちらをあざ笑うかのようにつついては引いて、決してこちらを進ませないようにする戦術で時間を稼いでいた。
業を煮やしたトトリが敵対する異世界人達のPTメンバーを一人仕留めた。白銀のフルプレートを装備した女騎士だったが強敵だった。思えばあの時点で撤退するべきであったと後悔する。強敵の名前はラキシアと言っていたか。仕留めた女騎士の死体を弄ばないように厳命したが、それが守られたかどうか今からでは確認しようがなかった。
トトリは沈黙する周囲を他所に帰還する団員を確認していった。傭兵達の間をすりぬけて接近してくる少年がいた。その姿は全身が黒い服で出来ていた。その背中に持つ物は何か。トトリの脳裏には銃という言葉が出てくる。周囲に居る他の傭兵達は少年を見ようとはしなかった。傭兵達は、その武器に恐怖しているのであった。
「やあトトリさんお疲れさま。あのさあ、なんか帰るんだって?」
「そうさ。マサトあんたはどうすんの」
「そうだねえナオの奴はムカつくし、俺も撤退させてもらうかな。あ、ついでにドルフの奴も始末すっかな」
「よく言うよ。あんた遠距離専門だろナオやドルフに接近戦挑まれりゃどうだか」
トトリはマサトと呼ばれた少年が異世界人であることは間違いないと確信していた。マサトと同じような武器を装備した異世界人連中が帝国に飼われていたりするのだ。となれば、やはり鉛玉をその筒から打ち出すのだ。トトリは異世界人達がその筒を銃と呼ぶ事も知っている。
だが、その武器には弱点が存在するのだ。一つは堅固すぎる魔術的防御だ。【盾】と呼ばれる物理防御を習得できるジョブは少なくない。この小国に限らずルーンミッドガルド以外の国民ではこれを使えないのだが、それもキューブに秘密があるとトトリは睨んでいる。
ともあれラグナロウ大陸における大半の国で銃は脅威の代物だ。その速射性といい遠距離から狙い撃つことのできる性能は、もはや戦うのが馬鹿らしくなるほどだった。銃は脅威だ。だが、弱点がないわけではない。
二つ目は弾丸の補給が問題である。トトリは馬頭雨火という代物を見た事があるが、あれは凄かった。大型の魔獣ですら一撃で倒すのだ。威力は凄いのだが、残念な事に使われる弾薬がこの世界では製造し難いという事だ。火の精霊が存在する場所でそれらを作ろうとすれば爆発であった。
銃という物は修理が困難であるのも補給と合わせた弱点だ。ネジ一つバネ一つ足りなくなってもそれは満足に動かなくなるということだ。
それをこの少年は無視していた。トトリにはそれがナオと呼ばれた異世界人と手を組む理由なのかは計りかねた。マサトは堅固な鎧と魔術的支援を受けた兵士達と騎士を造作もなく銃でもって始末していった。ナオの大剣と魔術、そして異能力も脅威だが、マサトもまた怪物だった。
気軽に銃の引き金を引き人を肉塊に変えて行く。それは軽すぎる。トトリには銃という物がどうしても受入れ難かった。たとえ修羅道、暗黒道に堕ちても根っこは騎士に憧れた少女だったかと、トトリは顔を歪めた。
(すべて過ぎ去った昔の事だ)
トトリには父がいた。今もしがない冒険者をやっているだろうか。自分がこうなった事の責任を取って、騎士団を辞め弟に家督を譲ると家を出たと聞いた。トトリは後悔をしている。それはしてもしきれないほどだった。トトリが涙で枕を濡らした日々は、今ではもう数えていない。そして、何時だったか。少女は一つの結論を出した。そうだ、どうせなら行き着く所まで行ってみようと。一人、二人殺したなら殺人鬼でも、千人殺せばどうか。万人殺せばきっと英雄になるに違いがないと今も有りもし無い希望を抱いて走っていた。
それを・・・その剣を・・・黒ずくめの少年マサトは否定する。
少年の持つ武器から放たれる弾丸は、一瞬で一軍を壊滅に追い込むであろう威力だ。
それがこの少年を斬り殺す事をギリギリの所で押しとどめていた。
少年の持つ数々の武器とそれから放たれる弾丸が防御を許さない秘密。無くならない弾薬。そして剣や魔術を防ぐ防具。これらはかつて見た異世界人達が持つ銃とは、一線を画す性能だった。
帝国から武器や弾薬の補給を受けているのか。トトリにはわからなかった。
「へっ、この銃とスーツがあれば無敵ですよ」
「だといいけどね」
「それでなんですけどねえ」
「何?」
「撤退すんのやめてもらえませんかね」
マサトは事も無げに言った。トトリの都合は無視ということだ。トトリは確信した。この少年マサトは強者が弱者をすり潰すのに、罪悪感を一欠片も持ち合わせていないのだ。トトリにはこの醜悪な場面が限界を感じていたのかもしれなかった。ナオと呼ばれる少年の手下達が建物に押し込んでは、狼藉三昧。女と見れば、好き放題であった。
この黒ずくめはナオと呼ばれる首魁の手下になったか。
「何故かな。仕事は終わったでしょ」
「いやねえ、ほら傭兵団に咲く一輪の華。それにナオの旦那が萌えたっちゅーことっすよ」
トトリはマサトの言葉に動揺しなかった。ナオは大男だった。その見下ろす目線はトトリを何処か値踏みしていた。傭兵団に身を置く間、男の視線含まれる感情を感じ取れるようになっていた。
ナオという男は身に過ぎた力を持った下衆というのがトトリの見方だ。
「断ればどうなるのかな」
「そりゃあもう力を見せつけちゃおうかな」
「へえそりゃ怖いね」
この少年は知らないのだ。異世界人がこの世界に来るのは稀ではない。
その特別に見える力も当然のように対応策が練られているのだ。
トトリにはわかる何かが来ることを。
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