521話 強いこと
強い者が好きだ。セリアに限ったことではないだろう。
雌とて強ければ、好きなように振舞える。強ければこそ、搾取し、蹂躙し、抑圧し、略奪できる。
狼国は、強い雄が雌を抱えて繁栄するのだ。弱い雄の話など鼻にもかけられない。
セリアは、そういう種族でそういう風潮の国に生まれて生きてきたので早々に変わることがない。周りに並べたオブジェの如き男女は強き者ばかり。セリアも歳頃なので、婿を決めておけと言われる。弱き雄は視界に置いて置かない。選考基準はやはり、ユークリウッドになる。
技は、1秒にも満たず放つこと。オーラもマナもセリア以上であること。聖剣、魔剣、武器に頼らないこと。
そうだ。1人で軍団を破壊していけるくらいでなければ婿になる資格などない。
宮殿の玉座は、空っぽ。配下と平地に座ってコの字を描いている。白い柱に灯が灯されていて昼間は日差しを取り入れている仕組みだ。
「あの、セリア様。奴隷にした人間たちは、売れる者なんでしょうか。とてもそうは思えないんですが」
「うむ。心配するな」
心配げに黒い毛の狼女は、言う。
わかっていない。売れる。敬虔な女神教徒のミッドガルド人は、異世界人を殺そうとするだろう。
しかし、どこにでも物好きがいるようにユークリウッドがいる。
彼は、金を持っているが・・・
(わからん。何故、買うのか)
ユークリウッドは、イカレテいる。特に、金にならない異世界人。彼らは神を信じぬ禁忌だというのに使おうとする。彼らの持つ知識は、神々への反逆だ。スキルやレベルで魔物と戦えというのに、兵器を開発して駆逐しようとする。
そうすると自然に高レベルな戦士が居ないくせに、兵隊の数だけは増えるという国になる。ダンジョンでは、銃がほぼ役に立たない。硬い魔物に撃てば、魔物の皮で反射したり壁に当たって味方が危ない。武器だけで勝てるほど獣人と人の差は、小さくないのだ。
黒い髪に獣耳をした家臣の1人は、神妙な顔をしている。
「奴は、この世界の仕組みをよくわかっていない。が、金を持っている。それで十分だろう」
「それってちぐはぐですよね」
茶色い髪に牛の尻尾を生やした幼女が、鼻水を垂れ流す。汚い。
「世界を知らなくとも金儲けは上手いということなのだろう」
どちらかというと、運ではないだろうか。本来、耕作して取れる食料が少なくて魔石で補うのが常のことだった。だからこその魔物狩りであり、迷宮探索を推奨されていたのだ。狼国には、産業らしいものが迷宮冒険者か傭兵だからか。そうであっても、畑仕事を狼人は好まない。買ってきた奴隷に畑仕事をさせて狩りに出かける。
茶牛、黒狼、白犬。彼女たちは金に疎い。
(金儲けが上手いのは、羨ましい)
馬鹿ではない。しかし、賢いといってもわかることだけの判断力。心許ない。
セリアは、腕組みをしながら黒くて大きな影穴を作る。
「あとは、任せていいか」
「はあ。でも、どちらに? この時間なら、おやすみなさいですか」
頷いて、向かったのは夕暮れ時のユークリウッドの屋敷だ。ミッドガルド王都の外に穴を開くと、門を通って入らないと行けない。都の外からは巨大な金色の樹が見えて、天を覆う蓋のよう。都の中に入ろうとする者たちは、検問の為に長蛇の列を作っていた。
勿論、セリアはというと検問を受けることなく中に入る事が出来る。街の上を走って行けば瞬きの内で、ユークリウッドの家だ。ミッドガルド王都は石で舗装されていて通りは広い。人の姿が少なくとも監視の目は、多い。アルーシュの手であり目であろう。都は100万人を有していて、人が多い。
そこだけが調整されるように人が少ない。四方の大辻は、人で波打っている。
ユークリウッドの家が面する通りには、まばらな人影。検問はないけれど、対面する家には騎士団員の精鋭が24時間絶えることなく詰めている。石畳の上に着地して、ちょうど屋台を畳もうとする眼帯の女に、
「ふむ。肉串を20本」
「お客さん。閉店の時間であります」
言うと反応が悪い。セリアも殴りかねる相手だからか。
「折角、行き会ったのだから10本でいいんだが」
「今からでありますか。はあ」
かなり不満気味そうだ。眼帯女は、実のところ片目が悪い訳ではない。ファッションだ。配下の中で、眼帯と戦って勝てる者はいない強さ。勿体ない。なので、目を付けているけれど家臣になりそうもないのが、悲しいところだ。セリアは、鼻の頭を擦った。手早く火を強めて肉を焼く。途端に、香ばしい香りが流れてきた。
「奴は、もう帰ってきているのか?」
「そりゃあ。最近、帰りが早いのであります」
「ふむ」
肉を焼いている匂いを楽しみながら、木箱に座り足を組む。夕暮れの陽を眺める。眼帯は商人の家系だ。しがないパン屋だったはず。どうしてか、ユークリウッドには並々ならない執着を見せている。普通は、稼業の何かしらをやっているのにくっつくのが女というものだ。そう、普通は戦士になったりしない。
「へい、おまちどうであります」
焼けた肉は豚か牛か。流石にセリアは同族を好んで食うことはない。
御代を払って、
「そろそろ、黒騎士団に入る気持ちはないか。お前なら、影狼隊でもトップを張れると思う」
「同じ事をアルーシュ様からも言われてるでありますが、お断りしましたであります」
また、断られた。影狼隊の定員は1万。半分は獣人で埋まったものの雑魚をいれても仕方がないので定員になっていない。彼女は、オーラを使えてマナとエーテルまで。回復魔術も使える。万能タイプだ。モニカともう一枚くらい札が欲しい。ソードマスターでランスマスターでオーラマスターで攻撃魔術も回復魔術も使えて、と。そういうのが転がっている訳もない・・・
「ふむ。気が変わったらいつでもいいぞ」
「それも全く似たようなお声がけであります」
「む、姉上・・・」
アルーシュは、人を欲しがる。セリアだって、脳味噌と戦闘力を兼ね備えた者はいくらでも欲しい。黒騎士団は、常に人材不足だ。男だとユークリウッドに殺されたりするし。スキルとレベルがある人間というのは、引く手数多だ。勿論、それだけで人間が決まるというほど簡単でもないけれど。配下の獣人ときたら脳味噌に筋肉が詰まっている。
門から中に入って、道すがらに、
「ふむ。ルーシアは、一緒じゃないのか?」
「姉上は、ロゥマ国で魔物狩りを指揮しているであります。夜は、帰ってくるでありますよ」
「ふーん。ユークリウッドの奴も東西南北どこでも出張するから、大変だな」
とっても、アルブレスト領騎士団とかいう田舎のぽんこつ騎士団に埋もれさせておくには勿体ない。強いのは良い。セリアは根っからの戦士だ。だから、代わりを演じられる将軍はいくらいてもいい。勿論、弱くては駄目だ。獣人だらけの影狼隊にあって、弱い指揮官に従うことがない。強さこそ正義。
弱ければ、誰も言う事を聞かないのが獣人軍団の特徴である。そして、時に頭を使う事のないそれは弱点にもなる。前に進んでいると前しか見えず、命令を受けると命令だけしか理解しない。戦争を終わらせろと言われて、はいそうします。と、うっかり敵を全滅させれば走狗煮られるのことわざがある通り。
そうだ。じっくりと考えてから行動していい。
「基本は、お金にならないでありますから。何と言いますか、損しているであります」
彼女は、両手を左右にお開きして片目を閉じて見せた。セリア1人ならば、どういう状況でも良い。
だが、軍団はどうだ。なくなってしまえば元も子もない。
ユークリウッドのようなのに出会えば揃って全滅する、という事。劣勢に立てば、時に撤退し戦略の変更をしなければならない。傭兵稼業をしているうちにウォルフガルド王国もこれという産業を育てないといけないのだが、それを変えようにも生物としての性が大きすぎる。
雄は、やって寝て、やって寝ての塵。
奴隷に土木工事から治水工事まで。大工も何もかも奴隷。
果たして、
「損なら、しないのが普通だろ。何故、やる」
「ユーがやると益々、ね」
「ん? ああ、女か」
ユークリウッドは、放っておくとどんどん雌を増やす。しかし、子作りはしない。生物としてどうなのか。ミッドガルド人らしからぬ有り様に違和感を覚えた。
赤い陽が屋敷を染めて、剣を素振りしている2人の兄弟を眺めながら屋敷に入る。オデットは、セリアと一緒に入ってくる必要がなくて羨ましいのだが隣はアルーシュが買い上げて建て替えを行っている。出迎えのメイドは、ようこそおいでくださいました等と挨拶をしながら階段を上る。右から上がればユークリウッドの部屋は手前。鉢に木があり、右手にはオデットたちの家へと繋がる通路だ。奥へは兄弟の部屋。2階建てで物足りない。
木の扉をノックして、入る。
「遅いぞ」
と、床テーブルこと炬燵で7人が屯していた。ユークリウッドの家なのに、我が家のように過ごすのはアルーシュ。そして、左からユークリウッド、エリアス、フィナル。緑髪に巻角のザビーネ。珍しいのが青髪のティアンナ。紫。もはや、頭の髪色でしか覚えられない。くだんのルーシアは黒髪だ。
右の壁には、映像が映し出された板が嵌っていて音も出る。異常な代物だ。セリアは、異世界にテレビという代物がありすぐに電池がなくなる携帯電話という物も知っている。
入口から左奥は、ユークリウッドの机とベッドが並んでいて正面は、長いソファー。ソファーでくつろぐ動物たちが、どうして女神の化身体だなんて想像するだろうか。彼女たちは、人間に全く興味がないことで有名だというのに。
「私も、暇ではないので」
「それ言ったら、ここにいる奴ら全員暇じゃないだろ」
「・・・」
実のところ、居ようがいまいが皆気にしないというか。邪魔だから座れないということもない。セリアは変身出来るし、ゲームとやらはまるで興味が沸かない。もっともらしくやってくるのは、強そうな相手が話題に出て来ないか、或いは迷宮へ遊びに行く集いだからか。
入ってきた狼女ことセリアを見て、一体どういう流れになるのか心配になった。
ユウタは、さっさと寝ようとしているのに夕方から飯を食べ始めて酒こそないけれど宴会だ。
勿論、呼び寄せてもいないがさりとて追い払う訳にもいかない。
「ヘルトムーアはいいの」
「ふっ。心配されるまでもない」
セリアの悪い癖だ。相手を舐めてかかる特徴がある。本人は、強い相手を待っているつもりなのだろうがそうして足を掬われた者のなんと多いことか。逆転というのは、何時だって起きるというのに。
「とりあえず、肉を食うぞ」
「いえー」
ユウタは、肉より豆腐が好みである。もうなんだか肉が食べられなくなっていた。野菜だけのスープだったり鍋の中にある肉片よりも緑色を選んで摘まんでいく。食堂で食べようとしない彼女たちは、どこからか持ち込んだ代物を木でできたテーブルの上にコンロっぽい何かで火を付けて熱している。
「なんだよ。いつも、豆とか野菜ばっかりじゃねえ」
「いいんだよ」
白い毛玉をあごの下に置きながら撫でている。ユウタの右に座ったセリアは、顔を青くしたり白くしたり忙しいようだ。いつの間にか顔色で遊ぶ技術でも、身につけたのだろうか。謎の食事会が始まってからユウタは丸太1号を背中にして映像を見ている。どこどこで何々という放送じみたそれは、アルーシュへの報告のよう。
「税金を上げたら、どうなる?」
「そりゃー、不景気になりますよね」
「じゃあ、なんで好景気かどうか、どうやって判断するんだ」
いきなりぶっとんだ話になってユウタは背筋が寒くなった。税金を上げる奴は、ミンチにする。当然のことだ。そうでなければ、アルーシュにへこへこしてなどない。
「物が売れなくなるでしょう」
「物乞いの数で判断するしかないが・・・」
それにつけても、何もしないのに権利を要求する人間の多い事。
ユウタは、白い毛玉を撫でながら戦争ばかりする面々を見る。はっきりと視線を返してくる幼女たちは、何を考えているのかさっぱりわからない。どうして、ユウタの部屋に屯しているのかも謎だ。
「ふむ。民草の心情を考えるだけ無駄というものだ。大方また、姉上に何かやらされたのだろう」
「ああ」
ユウタは、反乱の鎮圧任務を請け負うこともある。ハイデルベルクの村の一つ。何故だか、領主からの独立を宣言するという。村は、焼かれて1人も残らず奴隷か殺処分という有様。話し合いで解決することなどない・・・
そもそも、ハイデルベルクの事を何故ユウタが始末しなければならなかったのか。景気がどうこうであってもなくても意思の硬い人間は、説得に応じることがないのだ。ミッドガルドの大陸にあっては、全ての領土が王の持ち物。つまり、ハイデルベルクの王から独立するということはそこから攻撃を受ける。
何を考えて彼らが独立を求めたのか。ユウタにはついに理解できなかった。
「気にするなというのに、気にする変わった奴だからな」
「で、強かったのか」
「1秒くらいかな・・・」
「戦いになってねえの。いつものことだけど」
全く、皆してにこにこと笑みを浮かべているのだ。ユウタには、とてもこれまた理解し難い。
人を殺しているのだ。ユウタは気が滅入る。彼女たちは、ユウタの部屋に集まるのがそんなにも楽しいのか・・・
もこもこと大きくなる白い毛玉を背中に置いてクッションの代わりにするととても良い。
「それで、ヘルトムーアはいい加減に降伏させているんだろうな」
「みなまで言われずとも、降伏するという町は攻撃していませんよ」
全くの嘘だ。むしろ、彼女は降伏しないようにじわじわと兵士を倒し、捕獲して売り飛ばしている。これが、味方。これが、敵だったらとんでもなくいの一番に倒さねばならない悪党だろう。どうして、このように育ってしまったのか。ユウタは、考えてもさっぱりわからない。暴力的で狡猾、まさに絵に描いたような暗黒の騎士だった。
「時間をかけたところで、異世界人の強者が現れて足元を掬われては元も子もないぞ」
「肝に銘じておきますとも」
説教部屋だ。ユウタは、何がしたいのか。もうすっかり道に迷っている。強くなることは、正しい。だが、行き当たる魔物は大抵一撃で死んでいる。殺しても死なない相手というと、セリアくらい。頭がなくなったり、胴に穴が開いても生きているものというと魔人? 魔物という風になる。すっかり出会わなくなった黒い眼玉だとか、蛸か何かの変態魔物とか。
彼らは、一体何処に? 強い事。何故強くなくてはいけないのか。ユウタは、女の子にモテたいと思ったのを思い出し、しかし、強い事と何か違うとまた感じている。強ければ、金が入ってくる。稼ぎたい放題である。税金だって好きなように設定できる。税は、極限まで低くすること。
そうして、そうなる為に権力者に媚びを売る。どんなに言葉を尽くしても前世では変えられなかった。世の中は、力で変えられる方が分かりやすい。データや数字を見せても決して理解しない馬鹿というのは存在する。数字を理解しない馬鹿は、説得できないのだ。
「また考えごとをしてる」
「ん、うん」
テーブルの上には、りんごの皮を剥いたものが置かれていて方々で取って食べている。
爪楊枝でそれを刺して、セリアが目の前に突き出したらその手を掴んだオデットがセリアを引きずって外にでていく。ルーシアが後を追って隣のアルーシュを見れば、額に手を当てていた。
ユウタも追ったが、扉の外には人が居ない。戻ると、なんでもないという雰囲気。
「一体、何が」
「まあ、いいじゃんよ。それより、寝なくても大丈夫か」
エリアスは、しきりに寝るように勧めてくる。




