520話 都合よくいかない
戦争したい人間は、いるのか。いるのだろう。しかし、当事者となればどうか。戦争に参加したくないと思っても強制されれば否応なしだ。憲法九条が守ってくれることなんてないし、個人がどうこう出来ることなんて本当にない。そう、ないのだ。逃げる? どこに。
灰色の雲とどこまでも広がる大地に緑は少ない。乾いた風が特徴的な異世界に来て、
「勇者様、敵の姿は見えません」
「じゃあ、進もうか」
勇者? 冗談でも酷い話だ。高校生に何を期待するというのか。敵は、どこからやってくるのかわからないのに、徒歩で移動するしかない。味方というと同じように召喚された同級生たち。事情を知って合力するというのも、魔物を相手にするのではなくて敵対する国家だ。兵隊というのだから気が進まない者とやる気になっている者に分れていた。
あくまでも拒否を貫いた者がどうなるかって? 知らないがろくなことになってないに違いない。
体よく追放なんてない。特別な力なんてないのに勇者ときた。鎧の重さがほとんどない。それもこれもレベルとやらの恩恵だという。
「ゴブリンとは違うんだよな」
「ああ」
緑色をした子供のような恰好をした魔物だ。軒並み禿げで筋力もたいした事はない。しかし・・・
勇者? 高校生に一体何が出来るというのだろう。
冗談ではないが、現実だ。漫画のように助けなんて来ないし、レベルが至上の世界だから迷宮に突っ込ませて成長した人間を前線に送る。それも異世界から召喚したガキを。
(くそったれが・・・)
そんなやり方をしている国が滅びかけたヘルトムーア王国という。鎧の重量は感じない。レベルによるものなのだろう。異世界人ばかりで構成された特攻隊だが、随伴する歩兵もいる。横に立っているのは佐藤 智明。女をあてがわれていい気になってたら、前線送りだったという。逃げようもない。
「鈴木さあ。これは、やばい雰囲気だよな」
「まあな」
ゲームの知識が使えるとか、前世の能力があるとか、レベルがあるとかそんなご都合よろしい物なんてなくて。乾いた地面は、若干の赤みで茂みに転がった死体を見ることも稀ではない。地獄の一丁目というか。寄った町は、軒並み瓦礫の山で外れにある民家の傍で野宿。それで勝ち目があるのか。ほとんどないのではないか。
「敵って、どんなんなんだろ。魔王軍て言ってるけど」
「さあ。同じ人間、てのはわかる」
女子は、というと少ない。治癒士か或いは、魔術士になる確率が高くて貴重だからかそうでない斥候職が混ぜられている。拒否権があればいいのだが、そんなに甘くない。一つのパーティーが5人で構成されていて。ヘルトムーア人が2人、3人が召喚勇者という訳だ。現地民で見目良い少女と随伴者の男。
逃げようにも地理が分からないので逃げようがない。
「威力偵察だから、危険を感じれば撤収することはできる。馬を使わないのは、走った方が早いからだ」
「そうですか」
適当な同意を頷いて見せて、黒く塗った鎧の上に金髪が見える生真面目な男だ。彼は警戒を怠らない。散開して進むのは軍隊とも言えないだろう。木が少なくて、ほとんど丸見えだ。隠れるのは、窪みくらいでまさに特攻兵。迷宮に潜りつつ税を払い、そして・・・
「個人的に言えば、もう勝ち目はないと思っているがね。何しろ、敵は1人。ミッドガルドの年端もいかない幼女に負けるんだ。どうしても、国の上層部は首都さえ取り返せれば逆転できると考えているみたいだが・・・」
憂い顔だ。青年、20代の騎士が徒歩というのも訝しむ。馬でいいではないかと。体格の良い青年は、金髪碧眼。どこかのアイドルにも劣らない。
「ヘルソンさんは、勝ち目がなくても戦うのは?」
「そりゃあ、こんなでも自分の国だしな」
そんなものか。鈴木には、なかった。佐藤は、どうか。異世界キタコレなんていうタイプだが、もう浮かれてもない。クラスでは、浮きもしないがぱっともしないそんな位置にいる。歩いて、野宿だ。焚火に魔物が寄らない香を焚く。
「君らを巻き込むのは反対だ。表だって言えやしないが、ここだけならなんとでも言える。何人も同僚は、前線へ向かって帰ってこないんだ。捕まって奴隷になったか死んだか。身代金を払えるのは、貴族くらいだからね」
「・・・」
迷宮で稼げる金であろうか。鈴木は、支給された板金鎧と片手槍と盾というスタイル。槍士で、タンク寄りだ。大して金は、稼げずにレベルだけあげて30ちょっと。それで騎士と同格。兵士だと10以上でなれるので、3か月ならまずまず十分以上と言われている。
「魔物が、出てきませんね」
「ああ。不思議なことだね。王都に行ったのが、もう10年前のように感じるよ。その時は、オークの群れに出くわしたりアースワームに襲われたりしてね。大変な思いをしたものさ」
ヘルソンは、鼻の下を左手の指で擦った。黒く染められた兜に赤い羽根が一枚。騎士の証とでもいうかのように刺さっていた。不意に、
「降参しろ。3秒以内に跪け」
という声がして、周囲を見渡す。ヘルソンは跪いていた。「祝福!」スキルの声を耳にして鈴木は、目の前が暗くなった。次に、光を目にした時には、
「気が付いたか」
見知らぬ天井ならぬ、鉄格子。薄暗い檻の中だ。視線を動かすと男が5人。横たわれるくらいで詰め込まれている格好だ。辛うじて横になっていた。おかしい。戦いになっていなかった。痛みよりも、すっきりとした寝覚めだ。鈴木は、頭を上げ周りを見る。
「ここは?」
外は、というと同じように檻が並んでいる。広場だ。
「状況は、最悪だ。図らずも王都に来てしまった。これから、どうなるのかというと、奴隷として売られるのか剣闘士か何かにされるのかというところかな。脱出は、考えない方がいい」
いやいや、と思いつつも何も出来ずに捕まった事から何も出来ずに殺される予感がした。
「あの声がして、急に意識がなくなったんですが」
「敵の攻撃さ。ただ、もうそういう事は言っても仕方がないかな」
敵、魔物は、斥候が見つけてから対処する。そうだ。先に敵を見つけられなければ一方的にやられるという事。死ななかったのは、運がいい。と、田中と少女の姿がない。斥候と下の世話係らしいが、鈴木はお世話になっていなかった。
敵は、待ってくれなかった。のんびりと警戒が、甘いとかそんなレベルではない。訳も分からずに捕らえられて、奴隷商へ売り飛ばされようとしている。生きているだけ運が良いというか。鈴木は、周囲を伺うもののどうこう出来る様子ではない。手枷が、力を込めても外せない代物なのか。
「こうなったら、大人しくして欲しい。奴隷なら年季で解放だし、剣闘士なら稼げれば解放される。自己買取という奴だ」
「作戦失敗っすか」
「訳も分からず死ぬ方がマシだったか?」
首を横に振った。生きて元の世界に戻ろうとは思わないが、いざチートも無し、レベルやら装備も無しで奴隷落ちしそうになっている現実に頭が付いていかないだけかもしれない。
「大量だが、これは捌くのが一苦労だな。異世界人は、ミッドガルド王国では買い取れないしのお」
「そこは、獣人国にでも売り付ければいかがでしょうか」
「馬鹿者。セリア様がそれを許すとでも? ハイデルベルクかそれともハイランド、ロゥマくらいだろう。そちらに流すしかあるまいよ」
どこなのか説明されていないので、行きつく先があるだけマシというか。黒い燕尾服をきた太っちょと痩せぎすの男。
「さようで。こいつらは、いくらで値札をつけますか」
「異世界人は、50万ゴルから、ヘルトムーア人は10万ゴルからだろう」
競売形式というのは、わかった。そして、ひとしきり話をして去っていく。ため息もついて、腹が減っているのに気が付いた。飯などないのだ。スキルも使えない。魔術も同様か。鈴木は、空腹を感じながら、
「これって、ラッキーな方なんですかね」
「そうだな。消し炭になって転がるよりは、まだね」
「ちなみに、奴隷ってどんくらいで抜けれるんすか」
「5年か。それとも買い取ってくれる知り合いでもいれば・・・」
中々に絶望的だが、脱走を試みるまでもない。鈴木には、行く当てもなければ帰るには召喚術者からの送還を受けなければならないとかなんとかと聞いている。夜は寒くて、凍えそうだ。漫画なら助けに来たぞ、なんてあるが鈴木達には居ないらしい。獣人の見張りも数が多くて鉄格子を破壊して抜け出す猛者なんていなかった。
明かりで眠れないのだが、消すこともない。朝になれば睡眠もろくにとれないまま、男だけが集められた。鉄格子の外に出られたものの、背中が痛み空腹に苦しんだ。ゲームではない。ゲームではないし、アニメでもない。助けも来ない。絶望的な状況だ。
朝になって、外に連れ出された。向かった先は、灰色の壁。そして、大きな門を通り抜ける。通路と小部屋の扉が左右に見えた。奥にまた両開きの扉。誘導されて進み武装した男から鉄の剣を渡された。5人は、全員男で腰巻の布くらいしかない。左右は開けていて、扉が閉まる。空は、青い。観客がいて、相対しているのは居ない。
「集中しろ。これは、闘技場だ」
ヘルソンもまた剣を握っている。佐藤と見知らぬ男が2人。少年だ。高校生くらいか。鈴木は、空を見上げてスキルを使えるのか。試してみたものの、何も起こらない。近接職だというのに、これでは何もできない木偶だ。
「スキルが使えないんですが」
「そりゃ、使えたら逃げ出すことも可能だろうさ」
そう言って、首元を指で差す。輪っかに玉が付いていた。
「スキル封じの魔道具だな。壊せば、爆発するのだろうよ」
終わりだ。頭を働かせても、魔物がゴブリンであっても弱いなんて保証はない。
銅鑼を叩く音がしたと同時に腹に衝撃を受けて、跪いた。口からは、何も胃から出て来ずに鼻から血が出てきて腹を手で押さえた。
「ふむ。これは、弱すぎるぞ」
「んー。じゃあどうするんだよ。こいつらチートスキルとかいうのも、無いようだけれど?」
「連れて行け」
動けない。他の男たちも殴られたのか。剣を手放して海老ぞりになっていたりと様々だ。敵の姿というと幼女が2人。引きずられていくままに、気を失った。
セリアは、というと異世界人に興味が失せている。金になるから奴隷にする。そうでなければ殺すまで。戦争は、長引けば長引くほど狼国にとって外貨を稼げるのだ。できるだけ引き伸ばしたい。しかし、一方でお目付け役が来ていてこれはどうしても脅したり殴ったり出来ない相手だった。
「で、そろそろヘルトムーアとの戦争も終わりな訳じゃん」
「姉上がそう言っているからな」
「戦争は金かかるんだよな。セリアは、奴隷商売で儲けているみたいだけどよ~」
黒い帽子の鍔を弄りながら視線を向けてくる女は、うっとおしい。異世界人は、ユークリウッドに売れる。殺すよりも捕虜にした方が、金になるのを覚えたセリアは旨味へと目が向く。狼国は、とにかく金がない。戦争で荒れた土地といい、粗暴で勉強嫌いな国民性。一体、どうやって教育できるというのか。異世界人は、教育を受けていても戦争には慣れていない様子だ。
(あれが、勇者? ただの雑魚ではないか)
金髪の女は、魔術師で色々と金にできる技能がある。羨ましい。部下も頭が良い。羨ましくてしょうがない。世の中は、力があってもままならない物がある。金だ。勇者と呼ばれる少年少女を特攻させてくるヘルトムーア王国には愚かといっても過言ではない。もっと人を大事にするべきだ。命は、大事にしてこそ輝くし価値がでる。
単純に、安く売りたくないだけかもしれない・・・
「いつもこうやって試してんの?」
「まあ、スキルと魔力を封じて何か出来るなら見所がある。そういう者は、値段を上げやすい」
「奴隷ねえ。ユークリウッドの奴も気が変わったよな」
「うむ」
ユークリウッドは、鉱山奴隷を禁止したり売買の禁止を要請したりと何かとぶつかる男だったが・・・
(魂が入れ替わった? そんな事はない。むしろ、機神から竜神、魔神・・・どういう事だ? というくらいだろう)
神は、人前に現れない。神は、人を救わない。神は、導かない。
獣人を作った神は、あまりの性能差ゆえ人にジョブとスキルを与えたという。
(ふむ。気にしてもしょうがない。こいつは、そういうところ気にする女だ)
観覧席に座って、続きを眺める。ヘルトムーア王国に強者は残っていないのか。それだけだ。金は、そこで稼ぐ。そして、力。それを磨くには、強い者がいる。星は広くてミッドガルド大陸だけでも隠れた強者がいるに違いなのだ。レベル99を超えていく人間は、味方に多くて転職を繰り返して天井をあげていく。
人は、変わる。成長してか、それとも堕落してか。
「変わらない人間がいるものか。特に、ユークリウッドは駄目だと思ったら思い切りがいいぞ。戦いでは、状況の変化に対応できない奴から死ぬからな」
「にしてもだなあ。なんか突っ込み野郎にはえらい厳しいし。壺売りが嫌いだったら殺しまくるし」
どうでもいい話だ。壺売りは、詐欺師だから殺して良し。獣人には突っ込み野郎がいるので前線に出さないようにして、娼婦をあてがう。これが、また金のかかることでセリアの頭を悩ませる。全部己1人でやれればいいが、そうではないのだ。特に、占領という作業だか奴隷売りだかに人がいる。人こそ力というのが、戦争でセリアが殺しまくったところで戦力を削ぐだけだ。
彼は、理解しないが戦いは何時だって起きる。起きないという奴は嘘つきだ。
女が2人いれば男を取り合って争う。ユークリウッドを誰かが1人占めしようとしたら殺し合いしかない。エリアスは、黒い外套を竦め怯えた気配を見せる。取って食うつもりもないが、
「そういう話をしに来たのか?」
「いや、そうだ。そろそろ、ヘルトムーア王国を降伏させるからってアル様に言われてるんじゃねーのって」
黒い帽子を手に後ろにした女は、渋い口を作った。言われるまでもない。
が、
「さぼっている訳じゃない」
「手が足りないんだったら、アルストロメリアとかシルバーナに手伝わせればいいじゃん」
「それは、ありだな」
セリアは、少しだけ迷ったものの兵隊の数が足りていないのは事実なので利用することにした。




