517話 底の無い迷宮
ユウタは、何がしたいのか。金はある。住むところもある。仕事にも困っていない。
空は、青くて戦いの気配など微塵もなかった。適当に町の壁を壊して飛び去っていく。
「ふむ」
「ふむ。じゃねえ。暇なら次いこーぜ」
青い目の幼女は、黒くて鍔の広い帽子を頭に載せて弄っている。
(次ねえ、飽きてきたんだけど)
一々煩い女の子はエリアスだ。あまりにもやかましかったりするのだから、小姑かと思うほど。
ぷにぷにしている顔は、血色がよくていかにも貴族らしい身振りの良さ。彼女たちは、学校にでも通っているのが普通だ。
戦争は、悲惨なものだ。昼間から城塞が燃え上がっている。アルカディア領とヘルトムーア王国を挟むピレネー山脈は3000M級。歩いて超えられないほどで魔物もうようよいる。当然ながら、北側一か所しかミッドガルド軍の侵攻地点はない。だから、戦争してもそう簡単に侵略できない筈なのだ。
その為に現状は、真ん中から北側を押さえても南側及び南西は手付かずだった。
敵らしい敵が居ない。居ないのは、良い事だ。敵は居ないに限る。
「ヘルトムーアに勇者とかいないのかな」
「いただろ。お前が全部燃やしちまって、だいたい死んでるじゃ。あとセリアの獲物だから」
彼女が一体何を考え、どうしたいのか。ユウタにはさっぱり理解できない。
突撃して出てきた兵士たちは、まさに勇者だったのだろう。届かなかったけれど。
城壁の上で矢を放ってきた兵士を焼くだけで。
言葉に、遠ざかった遠い彼方を見やる。南西に向かってバルセロナまで、或いは南のマラガでヘルトムーア王国は詰むはずなのだ。ユウタがやる気がないのか、それともセリアがやる気がないのか。
「お前、すぐ飽きるから。いつまでも降伏しねえんだろうけど、連中、勝ち目がなくても粘るよな」
無くもないのではないか。ユウタとて無敵というわけではない。投石を受ければ怪我もする。
自身が放つ赤い光と同じ魔術が飛んでくれば、死ぬ。ユウタもそこまで万能ではない。ので付いてくる2人は正気ではない。
「なー、ユークリウッド。迷宮にいこーぜ。こんなんセリアの軍団に任せときゃいいって。適当なとこできりあげてさー」
「今、そういうこと言うのかよ。知らねーぞ」
2人は箒に乗って、ユウタを挟んでいる。護衛もいないのに不安ではないのか。
燃え上がる壁が溶け落ちる様を見守るユウタは、心配になってきた。
サラゴサの街は山間にある。西に行けばヘルトムーア王国の王都。ある日突然、魔物を防ぐ壁が壊れる。最悪だ。ユウタは、やはりやる気が持続しない。転移門で、迷宮にでも行くことにした。
向かったのは、アルカディア領都。復興がなされているのか、喧噪な通りに出た。
浮かんでいる島と青い空が見える。
「あーあ。まあ、しゃーねえか。こいつは、つえーのが居ねえとマジで興味を無くすのはえーし」
「そうだねえ」
敵のゴーレムを見て壮観だなと思い、恐怖した。敵兵の数は、地平を埋め尽くす程だったし。
アルカディアの都は、青空の下には白い鳩が飛び回っている。術士が操っているのか。
人の通りは、多くでヘルトムーア王都とは大違いである。やはり、戦争など無い方がいいに決まっている。
ミッドガルド王国と違うのは、髪色から肌色まで色んな人間が居るということだ。概ね白なのだが、稀に黄色い肌の人間がいた。肌が黒い人が居ないのは、ユウタの知る世界と違う。
話かけてくる人間は、いない。それどころか道にはユウタたちを避けるように流れが出来ている。
歩いても、ユウタたちを遮る人間はいない。不自然だ。
「どうした」
「いや、妙じゃない。大人がさーって避けてくんだけど」
「そりゃ、おめー俺らがいるのに、話しかけてくる奴はいねーよ」
踏ん反り帰るのは、アルストロメリアだ。青い服の上に濃い色の外套を羽織っている。
「いや話しかけられなくても、ガン見されもしないのは?」
「されねーだろ。貴族に、ンな事したら殺されてもおかしくねえ。前から思ってたけど・・・・」
通りの道は、広くて真ん中は馬車、両脇は歩道だ。何分、ユウタは人混みが嫌いである。
黒いローブ姿のユウタと外套を羽織ったエリアスと青い生地の上着に金の縁がされてお洒落をしているアルストロメリア。貴族の子弟と分かるのは、1人くらいだ。
「いいか。ユークリウッド。常識を持て。お前のケツを拭くのに、俺らが居るんじゃねーからな。そうなってるけど。アル様がそーしろって言うからしてるだけなんだぜ」
「ちげーだろ。そういうんじゃなくてよお。しょぼいなりしてると、チンピラに絡まれるからもちっとマシな恰好しろってことを言えよ。奇麗ななりしてるの見たことねーけど」
しかし、ユウタは全く変える気がない。何故? 似合わないからだ。不格好なコンプレックスがある。お洒落から程遠い感性に、人の目が気になるから気にならなくなった。
足の長いユークリウッドの身体には合うかもしれない。黒いローブの下に細い脚とズボンが見えた。
持つ者は、持っている。最初から不平等ではないか。生まれた時から不平等なのだ。
「んー」
「こいつが、服屋に行くと思うか? 俺は、絶対無いと思うね。今、行くっつったらぶったまげる。フィナルとか呼ばねえと」
「なぜ、フィナルなんだよ。あいつ、暇じゃねえだろ」
ごにょごにょと話をする2人と歩く。暫くして、白い壁と高い屋根を持った神殿の如き一画に行きつく。広場は、旗まで立てて勧誘するギルドで溢れていた。町並みを見ても、復興が進んでいて一際人で溢れている。中央に王城で、広場が4方にある形式なのはどこも似たり寄ったりなのか。日本の城下町だと敵の侵攻を防ぐために入り組んでいるのだが・・・
「ユークリウッドが、呼んだら転移門で跳んで来るぜ」
「んー。あいつとユークリウッドの接点がわかんねー」
「そりゃ、俺だって想像もしねえよ」
「そこらへん教えろよ」
「やだね」
勧誘する人間は、いない。ユウタを見て、隣に並ぶ2人に視線を流してあらぬ方向を見る。
乞食もいて、ひったくりや詐欺も絶えない世の中だ。ギルド員になりたいと思う事はないが、募集があるということは必要なのだろう。
「なんで、ここでギルド員の募集をしているのかな」
「見開けてるし、分かりやすいじゃん。あと、中で勧誘をすんの禁止されてんじゃね。ウォルフガルドは、あれまた特殊だぜ。あんなんおかしいからな」
「ふむ」
組合の中に組合。冒険者ギルドはミッドガルドでは国営。ウォルフガルドは、ユウタの・・・民間? だ。旧アルカディア領は、というと国営でつまりギルド員も公務員扱いだ。その中で活動するのは、民間ギルド、ということだ。徒党ことパーティーとどう違うのかというと、違いが見えない。規模というところか。
勧誘する人間も居ないので、ユウタたちは建物の中に入る。すると、空気が緩んだ気がした。
建物は、再生されたのか真新しい。白い柱と緊張した面持ちの衛兵が柱ごとに立っていた。
「がんがん潜ろうぜ」
「おめーの場合、ただの寄生だからなあ」
「いいじゃん。おめーらだけが美味い思いしやがって、出遅れてんのどうしようもねーし」
などと言っていて、努力をする様は見れそうもない。錬金術師なのでポーションを作るしか能がないと言えば、ないのだ。しょうがないのだ。魔術を学んでいるとかそういうのもない。勿論、獣人のような筋肉もなく俊敏でもない。至って普通の人間に限りなく近い。
受付を済ませて、向かったのは底の無い穴という迷宮だ。セリアが破壊して潜ったりと踏んだりけったりであるが、元に戻っているらしくて入口から入って行くパーティが絶えない。入口は薄暗くて雰囲気がある。迷宮に潜るのが奨励されるのは、そこから魔物が出てくるから。
中で増えるのは、瘴気が魔物を作っているのか。それとも?
「すいすい進んでいくのに、罠とか警戒しなくていいのかよ」
「それな」
「風の術が使えるなら、魔物が何処にいて罠の感覚もわかるようになるよ」
酷い話である。わかる者とわからない者。大きな格差だ。ウィンドカッター。初級の術でも使いこなせれば魔術士に勝てる魔物の方が少ない。翻って、錬金術師というと戦闘では何も出来ない。アルストロメリアは、剣と盾を構えている始末だ。ゴブリンが現れても先に、ユウタかエリアスの術が飛んで行ってすることというと魔石拾いくらいだ。
2人は、可愛い。全ては、それで許される。男は、弱い生き物だ。女など必要ないと強がって見せるが、それは空元気に過ぎない。どんだけ醜男であっても良い女を連れていれば、それだけで負けた気分になるものだ。そして、それに気が付くのは若ければ若いほど良い。手遅れになってからでは遅いのだ。だからか。ユウタも1人の方が良いのだけれど我慢している。
彼女は、自然と魔石拾いは素早くなっているが・・・どれだけ度し難くとも・・・
「ユークリウッドが、オーラを教えてやればいいんじゃねえの。ほら、シルバーナに教えてやったみたいによ~。ずっとそれって辛いもんがあるだろ」
「ふむ」
きらきらと目を輝かせてにじりよる幼女と何か呆れたように腕を上にしている幼女。
手持無沙汰なのはわかる。しかし、とユウタはアルストロメリアの肩に手を乗せた。
オーラこと内功は、丹田に貯める。それが普通だ。そして、彼女は全くない。シルバーナでも僅かにあったというのに。これでは、オーラブレードを作るどころか身体強化すら出来ない。歩きながら、というより板に載せて正座をさせた。マナも僅かしかない。かといってエーテルもない。
これは、資質? がないのではないか。とはいえ、これほど無いとむしろ気持ちは上がってきて面白くなってくる。
前衛は、いないのでエリアスにしてもらう。
「で、どうよ」
「うーん。アルストロメリアは、気合十分なんだけど絶望的に戦闘には向いてないよ。もうこれは、一度死んでみるくらいに努力するしかないね」
「ひでえ。そのオーラは使えるようになるのかよ」
獣人は、そもそもオーラもマナも使えて不思議だった。そして、アルストロメリアのように無い人間というのも珍しい。レベルだけがあがって、身体能力はどのようにして上昇しているのか。ゴブリンと相対しても難なく斬り倒す胆力とセンスはあって、どういうことなのかと。
3体でも順に倒せる。ユウタたちの援護もなく、やれる。立ったままの彼女に触れて肩からオーラを流す。全く反応がなくて、顔が真っ赤になって茹で上がった蛸に見えた。続いてマナを流す。僅かに溜まっているそれを拡張すると目が飛び出しそう。
「うーん。これは、時間がかかりそうだ」
「傍からすると、こいつ死んじまいそうな気がするんだけど。大丈夫かよ」
「・・・そう見えねえだろ」
息も絶え絶え。魔物と戦って死ぬ前に自然死しそうだ。道は、広くて薄暗い。柱が左右に並んでいる。歩いて進むのだが、奇怪な魔物が出てきた。一瞬前には、いなかったそれは広場で待ち構えていて天井は無くて赤い月が見えている。月なのかも怪しい。これは、異常だと2人を下げながら腕を振るってくるのを避けた。
肌は、白くておかしな地点でおかしな腕が生えている。背中。足。人型のようだ。
大きすぎる月に、人ならざる腕を伸ばしてくる。ユウタは、電撃を飛ばす。掴まれるのは危険だ。
霧が出てきて、魔物の身体から稲妻が飛ぶ。防壁が機能してユウタに届かない。腕が6本生えている魔物の頭は、白色をした潰れた肉塊だ。眼球がないそれをインベントリから出した丸太で殴る。
腕も先端は手ではない。丸太で殴る。電撃と火球が当たっても効いているのか効いていないのか。
とびかかってきたのも正面から殴る。腕が千切れて全部なくなると、頭から汁を振りまく。
汚い魔物だ。巨体だけれど、ユウタは押し返せる。もしも、押し返せない時は3人揃ってぺしゃんこだろう。6本腕の魔物は、次第に動きが鈍くなっていく。
頭と思しき場所に丸太を突き刺して火を付ける。動かなくなったのでしばらく見ていると灰になって、残ったのは多く赤い魔石だった。
周りの霧も天井の赤い月も見えない。後ろを振り返ると魔石に食い入るアルストロメリアがいた。
小躍りしていて気味が悪い。
「こんなところがあるなんてねえ」
「どーみてもやばげなのだったけど。こいつは、経験値うまうま言ってるし」
「や、やべーって。どんだけあれ、経験値が、魂力あったん」
強い敵を倒せば倒すほど、経験値という名前のモノが得られる。おかしな世の中だ。
そして、アルストロメリアはどれだけレベルが上がってもマナの器が微妙という。
「あの赤い月は、なんだったんだろう」
「調べとくけど、期待しないでくれよな」
神妙な顔をしている青い目を見ていると、鼻に指を突っ込もうとするので避けた。
魔物よりももっとわからないのが、女という生き物である。




