515話 神なき地
ユークリウッドの部屋は、広くなっていく。狭いからだ。白い壁。
白い石でできた板で床を敷き詰めて、その上に青く染めた絨毯を敷く。人の手によって作られたのか知れない模様は、魔除けの効果がある。白い毛玉には効果がないようだが・・・
「本日も進展無しと・・・」
アルーシュは手を揉んだ。睡眠に入ったユークリウッドに違和感を覚えつつ、茶色い椀の茶を啜る。
呆れかえるしかない有様だが、男に媚びの売り方というものがわからない。
左にフィナル。金髪にくりくりした巻き毛。むっつりドスケベだ。白いローブに耳をつけてお洒落している。
その横、並んでエリアス。帽子は室内なので脱いでインベントリにしまっている。白いシャツに黒い上着という恰好だ。
反対側にオデットとルーシア、ザビーネ。
黄色い寝巻を着ているオデットは可愛いぶりっこか。もこもこした服だ。金がかかっている。
ルーシアは黒髪だし、ザビーネは緑色の髪で角が生えている。羊人らしく巻いた角ではない。
使える駒ではあるが、ユークリウッドの事となると平気で裏切る連中だ。油断してはならない。
「お前ら、やる気あるんだか無いんだか」
「焦る必要ありますの」
フィナルは、全然焦っていない澄まし顔だ。だが、土壇場になると顔面崩壊する女である。
根性があるんだか無いんだか。
アルーシュは知っているが、当然のように彼女へ指摘したりしない。下手に暴走されて結果、星が爆散する体験はしたいものではないし。紳士淑女らしく遠まわしにも言わない。焦らなくてどうするという事も。およそアルーシュほど色々な死に方をしている人もいないだろう。神族などといっても人と何らかわらない。種族が樹人で飯の必要が無いと言っても。
「突然、ユークリウッドの奴が彼女できたなんて言い出したらどうする」
「そのような事、断じて有り得ませんわ」
確かに可能性は、零なのだがどうして言い切れるのか。
ユークリウッドのちん滓ぶりは、もうどうしようもないとも言える。
「どうしてそう言えるんだ。有り得ない事ではあるが・・・」
皆して確信しているのだから、したり顔だ。
繰り返す死にざまも話せばアルーシュの妄想と言われるに違いない。
理解を示すのは母親だけだ。しかし、治し方など彼女は知らないと言う。
アルーシュの母親は、樹神として崇められていて大抵の事は知っている。
神列第五位にして星の守護者。輝ける黄金樹。
そんな彼女をして、死に時を逆さまに戻るなどと。
(本当か嘘か、体験した者でしかわからないものだ)
気が狂ってしまっていると言われても仕方がない。
「それよりも今日はどちらへ行かれるのでしょう」
既にレベルが上がりきっているはずの連中は、それでも足りないと貪欲だ。
アルストロメリアが扉を開けて入ってくる。青い外套に白いシャツ。挨拶しながらそそくさと末席に座った。
毎日、二時間。それが、アルーシュに許された時間だ。ユークリウッドの好感度は、上がってないどころかシルバーナに負けている。目下、明日にも乳繰り合いしそうなレベル。
(伝令役を変えるべきか? いや、それでは不自然だ。どうせユークリウッドが直接行くだろう・・・)
「迷宮に行く前に、シルバーナに言っておくことがあってな」
「ここには居ませんけれど」
「あいつが今、一番スケベに近くて明日にでもやりそうな感じでな。お前ら、殺すなよって釘を刺しておかねーと行けないだろ」
壁のテレビは映像を映しているが、見る者はアルーシュくらいだ。
「またまた御冗談を」
「シルバーナは、何故かユークリウッドが言う事を聞いているけれど理由を考えたことはないか?」
視線を動かすが、反応する人間はいない。分かっていない。しょうがないことであるが・・・
「お前ら、千里眼スキル持ってるよな」
「はい」
千里眼。熟練度により、その名の通り千里どころか万里を見通す。
問題は、常時展開しているとマナが持たない点だ。それをカバーしようと考えれば、魔晶石を使うかレベルを上げるかである。名のある魔術師ならば魔力炉を持ってマナの製造で補うことも。
テレビの画面が、燃える死体とユークリウッドを映す。
「あれ? ユークリウッドじゃん」
「静かにしろ」
うめき声を上げる男が宙に浮かんでいる。燃える火の上で、霊体が漂う。
状況は、不明だがユークリウッドが隣の部屋に居ないようだ。
「てめえ、なにもん、あがっ」
首が閉まったのか男は掴めない首を掻きむしっている。
「叫んでいたのは、あなたなのか。どういう理由で? え、わからない?」
ユークリウッドは、手をかざして火を水の出る魔術で消していく。丸焦げになった死体が出てきた。
「殴られて、ガソリンか灯油でもかけられたというところでしょう。ふむ。この人に聞いてみましょう」
動けない男のポケットから手帳と財布を取り出す。
「鈴木 正憲。刑事さんですね。しかし、なんだって刑事が、え? 取り調べを受けた? はー」
何か合点がいったかのようになって、ユークリウッドの目は赤くなっている。背後から接近する男は同じように浮いた。
「ひょっとして、この人たちってその亡くなられた娘さんに関わりがある人の手下なんでしょうかねえ」
手にしていたナイフを取りながら、
「ふむ。残念なことです。ならば、この人たちとその署に行ってみましょうか。何、問題ありませんよ」
浮いたまま、スマホを取り出して手慣れた手つきで指紋認証して解除すると電話番号を開く。
顔をしかめる男2人は、痙攣したり仰け反りをしている。白目を剥き舌を出す。
「何をしているのかって? そりゃ勿論おしゃべりし易くしてるんです。汗を出す運動みたいなもんですね」
満面の笑みを浮かべた。若い方の首が半周する。骨の砕ける異様な音だ。
ユークリウッドが手を振ると男2人とも掻き消えて、手にした鍵を回している。
「1人で十分。えっと、ちょっとあれですけど、首を拝借しまして付いて来れるようにしますね」
家の中を見渡して、寸法の合う箱に被害者を修めると部屋を出て車へと乗りこむ。外は暗い。夜だ。
「路駐するってこれまた不良刑事ってところなんでしょうけれど。まずは、警察署にご挨拶して、そのお友達を当たってみましょう。どうせしらばっくれるんでしょうけれど」
車は、ユークリウッドが運転している。道は知っているかの如く進んでいく。
真っすぐにカワグチ署と書かれた建物の前へと到着すると、車を停めて箱を手にして歩く。
「どう見ても、これって異世界じゃないっすか」
「うむ。正確には、太陽の向こうにある星だろう。次元まで超えられたら流石に追いきれん」
竜神の世界や魔神の世界に行かれても、やはり追いきれないだろう。千里眼で追えるということで、判断したが・・・
「あれ、受付の人を素通りしましたね」
映像からユークリウッドが消えているのだ。すぐに気が付いた。視点は、動かせるが不気味なことには違いない。衛兵もいないのに、門が開いてるという。警備は、酷いものだった。
階段を下りていき扉を開けると、金属の台に人らしきものが乗っている。明かりがついており、人が、
「ん? なんだ? 扉は鍵をかけていたのに」
若い男が1人たっていて、年配の方は腰を動かしている。両方共に空中に浮いて棒のようになった。
念動スキルか風の術か。はたまた、アルーシュの知らないスキルか。固定し束縛するものは、見えない。
「想像以上の腐れ外道だ。これは、もう片っ端から殺していく方が早いかもしれないですね」
寝ている人は、女の子だった。ユークリウッドは、服の乱れを直す。浮く男たちの声は、出ない。
娘の指を採っていたのは謎だ。
「ん? なんでこんなことを? そりゃ、、そういう趣味の外道もいるということです」
ユークリウッドは、男たちを横にして首をナイフで切り落とす。
「最近のナイフは切れ味もいいですね」
クソと書かれた顔は、恨めし気に見開かれている。ユークリウッドは、また姿が消えて扉が開く。
霊安室と書かれたプレートがあった。
「つまり、これはどういう話なんでしょう」
「黙れ」
察するに、焼け死んだ男は被害者で娘は乱暴されていたということだ。そして、死んでいる。
ユークリウッドが関係していなければ、見もせず知りもしないだろう。戦場で耳に入ることがあっても、兵の中にユークリウッドがいれば殺し合いになる。それにしても・・・
(何故、ユークリウッドが異世界もしくはアースにいるのだ)
署長と思しき席には、人の姿がなかった。ユークリウッドの姿は映像に映っていない。
次に、知っていそうな人間と探しているに違いない。
と、スマートフォンを弄り出した。電話か。かける音がなるものの、取った音がしない。
時計の針は、時計の針は八の過ぎ。業務外のようだ。後からきた年配の男が虚空から出てくると、
「田中さん。娘さんのスマホを持ってきてもらえませんか」
よたよたとした足取りで歩く男は、黒い上着に帽子姿。いかにも、怪しくまた、
「田中警部補? どうしました」
虚ろな顔に、涎までたらして歩くのだ。手を振って問題ないと振りをするけれど、尋常ではない。
「自殺者の押収品を、って持ち出ししたらいけませんて」
近寄る男は、膝から崩れて倒れた。ユークリウッドの攻撃に見える。
勘付いた人間は、少ない。音で様子を伺う者ばかりで掻き消えた田中という男に、えっ、ええっと声がする。
外へと移動したら車に乗って、また移動だ。
「てっきり、あそこで皆殺しにするかと思ったけど拍子抜けだね」
「まったくだ」
運転をする片手に、娘のスマホを弄る。
「最近のスマホは便利でいいですねえ。指紋で開くのはいい。これで証拠を隠滅しているのは、大したものです」
姿がでてきたユークリウッドの目は赤い。写真は、ないようだ。通話履歴を見れば、残されているものの被害証拠として使えるものは消去されていて口がへの字になっている。
「となると、学校ですかね。いや、わかってますよ。日中に押し掛けても無駄でしょう。彼らは保身しか考えない」
学校に向かうのか。下手に町並みがあるために、空を飛んでも目立つと考えているのか車での移動が多い。そして、ユークリウッドは、被害者の娘が通っていた学校に近い適当な駐車場に車を停めた。
(何故だ? 何故、異世界のことに首を突っ込む・・・)
どうして、金にもならない事にやたらとやる気を見せるのか。女衒を潰し、女の仕事を減らしてどうするというか。壺でなくとも、彼と被害者は何も関わりあいの無いのでは? 毎日、人は死ぬ。戦争で、病気で、事故で。
祈るべき神も無い星だというのに。
「なんで、こんな狭いのかねえ」
「土地がそういう面積なのだろう。だが、それよりも」
それにしても、豚小屋よりも小さい家である。学校にしても門は低くて、衛兵もいない。
宿舎も無いのか。恐ろしく無防備なのだ。




