66話 町で強制!
受付を通り過ぎて入口から出ると、外はまだまだ昼には早かった。2人の奴隷少女セリアとモニカが待っていた。鈍色のヘルムを被った少女二人に近づいて行く。すると突然、モニカが倒れてしまった。セリアは、咄嗟にモニカの身体を支える。
俺は近寄りながら銀髪の少女に尋ねた。
「セリア。モニカは何がどうしたの」
「これは奴隷魔術の影響だ。ヨサクマルの奴に中で何かされなかったか、ご主人様」
セリアは、モニカの瞳を開いて様子を見ている。モニカの身体を支えているが、時折身体がビクッと痙攣しているようだ。これは相当危険な兆候だろう。
俺はロッドを取り出して【ヒール】を掛けながら話す。
「ああ、あの糞野郎には死にそうな幻覚を見せられたよ」
「それだ。モニカはそれが原因でこうなった」
「どういうこと」
「ご主人様は知らないだろうが、奴隷にはキューブに魔術がかけられている。と言う事は知っていると思う。その奴隷魔術は奴隷商人の魔術スキルだ。これは奴隷に【強制】を植えつけるんだが、これにはLVが存在している。【強制】が最高だと今のように死にかけるからどうだろう3まで下げてはいかがだろうか、ご主人様。」
「3だと影響を受けなくなるのかな」
「そうだ」
うーん・・・。正直、モニカに死なれるのは不味い。俺としては下げる事にデメリットは感じないのだけど、何か裏があるんだろうか。LVを下げた途端に逃げられるということもあるよなあ。
けれど今の俺には【サーチ】を覚えた。連行される際に使う所を見たし、間違っていれば後で調べたらいいし。逃げたら逃げたで、捕まえてお仕置きタイムじゃないか!
モニカが逃げる可能性は低そうだけどね。
「いいよ。んじゃセリア。奴隷商人のところに行くかい」
「わかった、ご主人様」
アーバインの奴隷商人の所に向かう事にしよう。俺達は【ゲート】を使うとアーバインの冒険者ギルドに飛んだ。
◆
ギルドの転送室から出ると一人の男が近づいてくる。金髪を左右に分けた優男だ。少年と言っていい容貌で彫りが深くないが美形の部類だろう。金髪の少年は赤い金属鎧を身につけている。
傍まで来た少年はよく通る声で話しかけてきた。
「こんにちは、貴方がユウタ殿ですか」
「そうです。ユウタですが、君はどなた様でしょうか」
「やはり。これは申し遅れました。私はロシナ・アインゲラーと申します。少々お時間よろしいですか」
む。予定があるから断っておくか。モニカを奴隷商人の所に運んで【強制】LVダウンさせてからルナ様の所にセリアを行かせないといけない。
そういえば家には卵が置きっぱなしだったんじゃ・・・。あれも気になる。
俺は申し訳なさそうな表情を浮かべて話をする。
「ロシナさん。申し訳ありませんが、少々用事が立て込んでおりましてまたの機会でよろしいでしょうか」
「いえ、時間なら大丈夫ですよ。待っていますのでどうでしょうか」
そんなに俺と何か相談でもしたいのだろうか。どれだけ掛かるかもわからないのに待っているのか?
「そこまで言うのなら。わかりました。出来るだけ急ぎますが、すぐに帰って来れるかどうかはわかりませんよ」
「ええ、結構ですよ。どうしてもユウタ殿と話してみたいのです。連れもいます。それに此処には喫茶飲食場所もあるので不自由はありませんからね」
「ロシナさんわかりました。それでは、失礼します」
そう言うと俺は優男のロシナさんの横を通り抜けていく。セリアがモニカを抱えてついてくる。
俺達は冒険者ギルドの入口から外に出ると、【テレポート】で奴隷商人の館前に移動した。館の呼び鈴を押すといつぞやの執事さんが出てくる。相変わらずの渋さだ。
目の前まで来ると執事さんは口を開いた。
「これはユウタ様にセリア様ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件で?」
「ええ、実はモニカの【強制】LVを下げて戴きたい。ドッチさんに取り次ぎお願いできますか」
初老の執事は一瞬だけ驚いた様子を見せたが、すぐに表情を戻した。
「わかりました。主人のドッチにお伝えしましょう。こちらでお待ちください。」
なんだろう、驚くような事なんだろうか。どうやらセリアが抱えていたモニカが目を覚ましたようだ。セリアの手から降りて一緒に歩いてくる。
相変わらず立派な装飾をした扉を開けて中に入っていく俺達は一室に案内された。
「こちらです。どうぞくつろぎになってお待ちください」
「ありがとうございます」
3人で広いタイプの長ソファーに腰掛ける。モニカの具合は大丈夫なんだろうか。
「モニカ。もう平気なのかい」
「ご主人様大丈夫です」
「そりゃ良かった」
「あのところでいいんですか」
「何が?」
「強制LVを下げることなんですけどいいんでしょうか」
「そうだね。モニカの事信じてるからね」
「ご主人様・・・」
「ゴホン! ゴホッ」
モニカといい雰囲気になりそうな所だったのにこの娘邪魔しやがった!
おのれ。ルナ様の所にいって叱られてくるがいい。
「セリア」
「な・何だご主人様」
「いやー天気がいいね。これはルナ様の所に会いにいくのには絶好の日和じゃないかな」
「は、はい? 何でそうなるんだ」
「俺さ。レオくんに頼まれてるんだよね。セリアがルナ様の所に顔出すようにって」
「・・・」
「困るんだよね」
「どうしてもかご主人様」
「うん。いくらなんでも顔位見せて安心させてあげないといけないんじゃないのかな」
「む・ぐむ」
俯くセリアは既に涙目になっている様子だ。頭のぴんっと立っていた狼耳が萎れている。これ以上言うのはどうもいじめている気分になって良くないな。
「ご主人様。セリアさんをいじめないでください!」
「いや、いじめてないからね。只、ルナ様の所に顔を見せてあげるだけだから。格好良いセリアがうじうじするのはらしくないじゃないか」
「いいんだ、モニカ。確かにらしくないな。わかった。この後会ってこよう」
「ああ、そうして欲しい。レオくんといいアベルさんといい借りが返すのが大変だよ」
「ご主人様は私がルナ様の所から帰ってこなかったらどうするんだ」
「う? うーん、暴れるかな」
「それはまた。そんなご主人様を見てみたい気もするな」
「縁起でもないこと言わないで欲しい」
「冗談だ」
「ふー」
ニヤニヤするように反撃してきたよこの娘。萎れていた耳は完全復活している。アーバイン城単騎で攻略か・・・。胸が熱くなってくるけど、普通に4騎士に囲まれて死亡するシーンしか思い浮かばないな。けれどその時はなんとかするだろう。
手に入らなかった物は断腸の思いで諦める事もできる。俺は1度でも手にした物を手放すなんてできそうもない。
3人で話をしているうちにドアが開いて相変わらずの悪党そのままな面相をした中年の男が入ってくる。服は普通に灰色の背広を着ていた。中年男ことドッチさんは凄い息が上がっている。
「はあ、はあ。こ・これはこれは、ユウタ様にセリア様。本日は当ドッチ商会にようこそおいでくださいました。主のドッチです。それで、その娘の【強制】を下げればよろしいのですかな。」
「ええ3までお願いします」
ドッチさんはモニカの手をとって出されたキューブに触るとスキルを使う。
「では失礼して【人を縛る戒めよ解きほぐれ給え】ランクダウン!」
「ご主人様【強制】が3まで下がりました。」
「良かったね。それでは料金の方は・・・」
「い・いえ! 貰うわけにはまいりません。結構です」
「でも」
セリアの方に視線を向けると怯えた表情が一瞬見えた。セリアに恐怖しているんだろうか。まあ俺も結構怖いけど。
ドッチさんは話を打ち切るように話題を替えて話す。
「と・当店では新しい子を入荷しておりますが、いかがですかな。格安で提供させていただきますぞ」
「いえ、結構ですよ。」
「それでは、こちらの服等いかがですかな。おい!」
ドアが開くと服を持った執事さんとメイドさんが入ってくる。手に持っていたのは包とメイド服に燕尾服だった。入ってくるやいなや、ドッチさんは額を床につけるように土下座した。
「これはセリア様とモニカ様用に採寸された服でございます。何卒お収めください」
「ドッチさんどうしたんですか」
「セリア様とモニカ様には大変な無礼を働いたものと思われます。何卒、格別のご慈悲を賜りたく存じます」
「ドッチ殿も商売上の仕事なのだろう。あれは気にすることはない」
セリアの言葉を聞いて安心したのか悪党面のドッチさんは気絶してしまった。一体どういうプレッシャーが掛かっていたんだ。
執事さんとメイドさんが服を渡してくる。
「それでは、これをお収めください」
「ありがとうございます。あのドッチさんは大丈夫なのですか」
「はは、そうですな大丈夫です。こう見えて仕事はきっちりこなす真面目な方なのですよ。少々ふっかける所もありますが」
いやそうなのかな。ドッチさんは泡吹いてるんだけど。ん、採寸かそうか。
「執事さん採寸って・・・」
「ゴホンゴホ・・・]
「ご主人様早くお暇しましょう」
「あ、ああ。それでは失礼します」
二人の顔は真っ赤だ。身体をくねらせながらエビダンスでも踊るようにもじもじしていた。俺は執事さんから服を受け取ると、案内に従って玄関に向かった。
「それではドッチ商会にまたおいでくださいませ。主人以下一同皆お待ちしております」
「執事さんありがとうございました」
俺達は挨拶もそこそこに玄関から門を出る。【テレポート】を使うとアーバイン城に移動した。
二人共まだ顔が赤いし、なんだか変だ。
「それじゃあセリア。ルナ様によろしく」
「ああ」
「それと連絡はどうしようか」
「(これで呼びかける)」
「使い方がわからないんだけど」
「(初心者がやる【念話】の使い方は、キューブを出して触れながら念じてみるといい)」
【念話】だっけ便利だ。取り合えず俺はキューブを呼び出すと手を添えて念じてみる。
「(あーあー)」
「(そうだ)」
「(凄いですね)」
「(慣れると無意識に切り替えができるようになる)」
「(では、ご主人様行ってくる)」
「なんか疲れるな。モニカも連れて行ってね。いざというときにはモニカがセリアを連れ帰って来てくれ」
「わかりました」
「それでは行くか、モニカ」
そう言うと二人は領城の方に歩いて行った。
俺もロシナさんを待たせているから急がないといけないな。【テレポート】を使うと冒険者ギルドに移動した。
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