510話 わからないもの
見知った天井を見て、目が覚める。もこもことした動物たちを押しやり、ベッドから起きた。
身体に疲れは、ない。なんでも出来る。
(さて、どうしようかな)
ユウタは、ハーレムを作ろうと思ったはずだ。何故?
誰にも相手にされないのは、寂しい。金を稼いでも、意味を見出せなかったではないか。
何もトラックに轢かれて異世界へとやってきたわけではない。
白い壁に、白い布のベッド。黄色く丸い動物を撫でて白いカーテンを開ける。
人は、居ない。テーブルとソファは、奇麗に片付けられている。毎日誰かがやってくれているのだ。
感謝するしかない。
(うーん)
学校へ行く。違う。戦争しに行ってこいと言われている。だが、気が進まない。
ユウタにしてみれば、段々と気が滅入る。人を殺しているのだ。
戦争したいのか? と、問われれば先手必勝だというのだからやらざる得ないものの・・・
(敵の兵士も人・・・)
戦場に出れば、殺し殺されるのだ。ユウタだっていつかやられるだろう。人を殺して栄光を掴むとは、なんと残酷な世界か。そう言っても、そう思うのはユウタだけ。日本とは、違って人だろうが魔物だろうが殺しただけ褒められる。敵の兵士が1人減って、味方の兵士が戦わなくて済むのなら喜んで戦うのが戦士であり騎士という。
父親、母親、兄弟揃って食事を食べていると、
「ユークリウッドよ。良いか」
珍しく声を掛けられた。
「はい」
「時に、ヘルトムーア王国で戦っていると聞くが、お前に兵がおるのか」
「居ませんが」
他の面々は、黙って話に耳を傾けつつも興味ありげな視線をユウタへと向けている。
ヘルトムーア王国が気になるのか。それとも他に意図があるのか知れないが、訝しんだ。
ユークリウッドの事などほったらかしにしている男が、
「大丈夫なのか。それで、兵も無しに戦うのは無謀のように思えるのだが、杞憂であろうか。殿下は、問題ないと仰られる。と言っても、気になって仕方がないのだ」
「左様でございますか。でしたら、心配ございません」
「であれば良い。だが、殿下は期待しておられる。私や他の者にはされない過分な配慮と待遇であるから、期待に応えるように頼むぞ」
返事を返しながら、面々の顔には笑顔が見える。仮面なのか知れないけれど、ユウタは無碍にできない。ユウタは、子供の身体なのだから怪しむのが普通の反応だ。それとも、アルたちから話でも聞いているのか。それはそれで、どう反応して良いものか。
テーブルを後にして、ヘルトムーア王国へと向かうか迷って玄関から外へと出る。
メイド服の女が、黙って傅いていた。銀髪に、金の瞳は寝ているようですらある。
短く揃えた髪に尖がり角。生えているのか知れないが、奇妙にも追い払おうとは思わない。
そう、動物たちは揃って不愉快な感覚を覚えない。不思議だ。
「変わったことってありますか」
「特にございません」
「そうですか」
ユウタの部屋を掃除しているのは、彼女のようであるが一体如何なる手段で掃除しているのか。
音もしなくて、埃もない。ユークリウッドの部屋に集まってくる姦しい面々を思い浮かべて、待ち構えていた幼女に目を向ける。茶色い頭に不釣り合いな鎧兜をしているのは、シルバーナだ。
「おはよう。ユークリウッド」
「おはようございます」
1人ではない。黒い皮鎧に赤い外套をしている横には、黒い外套に尖がり帽子を手にした幼女が2人。
「おはよう。お前、早いじゃねーの」
「んなことより、どこいくんだってばよー」
お供に連れているのはエリアスとアルストロメリアだ。青い上着は、いつ見ても青い系統ばかり着る彼女らしい。金があるのだろう。ファンタジーならではの派手な装飾などなくて、青い上着に白いシャツ、青いスカートに弁慶の泣き所まである長袖な黒いブーツ。最低限といった毎回同じ。身も蓋もない身だしなみだった。
(朝から3人揃ってどうしたんだろうか)
ユウタは、朝日を浴びながら門へと向かう。妹は、学校、弟たちも学校だ。
3人は、学校へと行かなくていいのか。顎を撫でながら、つるりとした肌はぷにぷにとしている。
4人で並んで歩いてもまだ広い私道をくねぐねとまがりながら進む。彼女たちは、一体何故ユークリウッドのところにやってくるのか。
「今日は、女衒狩りしようじゃないか。ちょっとまたお前の恐怖って奴が足りてねーみたいだからさ」
「えー、ダンジョンがいいんだけど」
「アル様の言うこと無視してんのもどーよ」
迷うところだ。鬱蒼とした森を抜けて門へとたどり着く。門番の男が恭しく門を開けて外へと出た。
「で?」
「女衒に行って、迷宮か現場に行けばいいじゃないかな」
でも、学校は? と思ったもののユウタが言って言うことを聞く幼女たちではない。
引き換え条件やらなにやらで面倒になるのが、予想できた。ユウタは、ハーレムはやってみたいと思ったが苦行だとは想像もつかない。そして、どちらかというと社畜業さながらではないか。シルバーナに案内されるまま、光る門を作ると通り抜けた。
腐った豆を濾したような匂いが漂ってくる。
ユークリウッドは、鼻を摘まむでもない。すっかりと一味に馴染んでいるシルバーナの言うがままだ。女衒と言っても、女を売っている管理者ではないか。赤い煉瓦造りの通りには、薄暗い路地といった風体で入口には女が2人と向く付けき男がまた2人。
男の足首から血が噴き出して転ぶ。それと同時に、男女の身体が路地から通りへと動く。いかなる技か。奇妙な姿勢で固まった4人の男女を見ながら、
「奥に厄介な用心棒がいるよ。格闘家持ちみたいでねえ」
シルバーナは、配置しておいた手下に合図すると男女はそのまま縛られて移送されいく。
「用意周到じゃん。でも女衒を捕まえて何になるんだ? 結局金の取り立てに男は必要じゃん」
「んなの決まってるじゃないのさ。うち以外で股開いて金を取ろうってのはさせねーよってこと」
壁を突き破って飛び出してくる男は、腹が見えていて上着から太い腕と胴をしている。
顔は縦と横に傷が伸びていた。が、空中で丸くなって地面へと落下した。腕は沿って、足は輪の字を描いて団子の様。身体から飛び出す土でできた突起は、真っ赤で血しぶきが飛ぶ。
「え?」
「あぶねーじゃんよ。こいつに殴られたら、俺でもやばいし。問題ないっしょ」
「や、そうなの?」
空を舞う男がまた1人。張り付けに遭ったかの様にして建物から落下していく。目当ての男だ。
拷問好きのセドリック。止める間もなく、落下と石で潰されるのが刹那に起きた。声を出すより早く始末されてしまって背後関係を洗うこともできない。シルバーナは内心を隠しつつ、
「殺すの早すぎさ」
「うーん。なんとなく嫌な感じが漂ってきたし、見ているのも嫌だったんだよねえ」
「いいじゃん。こいつ殺しておいても問題ないっしょ。蘇生させんのも無駄だろ。ユークリウッドが蘇生するとも思えねーし」
「そりゃそうだよ」
できれば、蘇生して欲しい。だが、神官を呼んで可能かどうか。丸い石の下で、原型を止めていない。
石は、重くてシルバーナの力では動かなかった。
「んじゃ、解決、なのか?」
「ん、そうだねえ。そうなんだけど、女が、股を開くのって風紀が乱れてると思わないかい」
「金に困れば、股くらい開くだろ。それしかねーんだから」
問題は、女で戦える者など限られているということだ。体力も、なく腕力もない。レベルを持っていたとしても限られているし、迷宮で鍛えた者でも股を開いた方がお手軽に金になるのはわかってしまう。売る側がいるから、買う者はなくならない。売り手が居なければ、買いようもない。子供でも分かる理屈だ。
石は、また突然消えてなくなり残ったのは赤い染みとなった遺体だ。
「簡単に金が入るのが問題だし、ガキができても堕胎すればいいくらいに思ってやがるし。ああ、なんでユークリウッドに頼んだかって? そりゃ部下が3人もやられて行方不明だからさ。何処へ行ったやらだ」
「へえ。まあ、気が使える奴だとおめーんとこのじゃ難しいわな」
「んなことより、ヘルトムーア行って迷宮にいこーぜ」
両方の白い手袋をにぎにぎと合わせ動かしている。金にしか興味が無い女がユークリウッドにへばりついていて不愉快だが、アルストロメリアの方も同じであろう。光る門を潜りぬけていくと、石でできた床がある。シルバーナの背丈よりも高い壁は、城壁か。右と左、南北に分れたようで浮かび上がるエリアスはスキルか魔術を使っている。
「ヘルトムーアの城じゃん。ここにはセリアいねーんじゃねえの」
「んー、現地を見て回るのもありだけど。2人は、飛べないから箒に乗せて上げてよ」
「いいけど」
命がけだ。箒に取手をつけてひっくり返らないようにするのであるが、シルバーナは飛べない。
地面から浮かび上がると、未知の感覚に目が周りそうだ。
離れていく地面と再び地面へと降りる。手を顔面につけているアルストロメリアにしても飛ぶ、というのは恐怖のようで、ちらりとユークリウッドを見ればにっこりとするのだから憎たらしい。
(糞が・・・)
エリアスの方は、そっぽを向いている。
「飛べねえ野郎をどうしてつれてくんだよ。シルバーナに甘過ぎだろ。ポーション屋もだけどよお」
「じゃあ、俺が連れてくけど」
「だーかーら、箒くらい乗れるようにしとけって。落ちたら自力が浮くくらいできねえと戦いについてこれなくね」
いきなり箒に乗るイベントが始まった。騎士に箒は必要ないのであるが、飛べないと死ぬ、戦えないと言われれば逃げようがない。親指を噛み締めるアルストロメリアは、憤怒の形相である。箒を手に渡されて跨ったところで、浮かない。そもそも、魔術が使えない。シルバーナは、元からなのだが、
「軽功に飛行功があるんだけど、またの名をフライオーラ。習得してみる?」
「頼むけど、どうやって? っていうのさ」
ユークリウッドは、浮いている。どうやって浮くのか。スキル? オーラ? 確かにシルバーナは、剣気を飛ばす技を覚えたものの。それらオーラは、身体を強化して飛び跳ねるのに活用している。身体は、地面から離れないし浮かびもしない。
「今日は、お勉強会になっちまうけど、しょうがねえなあ。ほれメリア、おめーは魔方陣描いてやるから飛び方覚える」
「まじか」
「これなー普通ーに金がっぽり取れんだからな」
笑って誤魔化そうとしている彼女は、金を払う気が無さげだ。シルバーナというとユークリウッドが背中から気を送ってくるのだ。腹が、灼熱の玉でも入ったかのように膨れていないか何度も見る。
「が、がきが・・・」
「ん?」
「出来たみたいじゃこれ」
豚の悲鳴というか。膨れていないのに全身が燃え落ちそうで、目が回ってくる。
しかし、剣士が空を飛ぶなど聞いたこともない。魔術士に剣士が勝てないと言われる所以だ。
空を飛ばれれば、矢でも飛ばすしかない。そして、矢は障壁で防がれる。逃げればいいというが、そもそも移動速度で負ければ追い付かれて終わりだ。では、建物の中に隠れるのかというと隠れても倒せないのだからどうしようもない。
「飛んでないけど、無理やり浮かぶことは出来たみたいだね」
「あー。ジョブ、格闘にして飛行取らせたんか」
「それ、無理でしょ」
あり得るのかというと、有り得ない。有り得ないが、首から釣られるようにして地面から浮いている。
腹に浮き袋でも入っているのかという具合だ。
「う、浮いてるだけでこれどうやって飛ぶん。動けねえ」
「うーん。浮かべて、移動できるけど俺が動かしていて感覚を覚えてくれれば出来るようになるかな」
と言っても、飛べてどうするというか。飛べれば色々な事ができるというのは、分かる。
頭上から攻撃できるというのは、大きい。手下に飛べる人間がいないし参考にもならないだろう。
とは言え、動くかない。そのままゆらゆらと浮かべて引き連れていかれるのだ。
「なあ、これって拷問とどーちがうんだい」
「えっと、修行?」
「はたから見て、どうなのさ」
アルストロメリアは、激しく同意しているもののエリアスはにこにこ顔だ。
空からは、戦いの痕跡だけで荒れ果てた土地が広がっている。北へと向かっているものの王都は錆びれていたから農民もいるのか居ないのかだ。
「飛ぶというか、かこつけて変態行為してるとしか見えないんだけどねえ」
「あんまり言うと、マジでスケベな目に遭うぞ」
「こいつにそんな度胸はないね」
と、言いながら冷や汗が噴き出している。ユークリウッドは笑顔だが、
「慣れが必要なのかな?」
「無茶言うなよ。地面から飛ぶって、とんでもねえことなんだぞ。飛行船を作るみてーに言ってんじゃないよ」
いとも簡単に出来るという。頭のおかしな男だ。
「やっぱ、才能の無い奴だって。なんで、シルバーナを重宝するのか全くわかんねえよ」
「そりゃ、女衒とか面倒じゃん。きもいし。股開く女とかさー相手にしたくねーだろ」
まるで押し付けられたかのような恰好で話すが、シルバーナが稼業とする裏街道は金がぎっしりとつまっていてお上のお墨付きがあるから無敵だ。股が開いて金になるのなら金にするのが人というもので、貴族には分かりっこない。ともすれば、ユークリウッドの妾になってしまいそうだ。幸いにもなっていないものの彼に贔屓されていると思われて、エリアスからは当たりがきつい。
そもそも、
(エリアスは、なんでユークリウッドの事を気に入っているんだかねえ)
選り取り見取りなのである。別に、ユークリウッドだけが騎士でないし王の子であるアルと張り合ってまで旦那にする必要があるのか。いや、無い。女を売り物にする女は、居なくならない。理由がわからないが、貴族なのに何故? 力? ユークリウッドの魔力もスキルも大した物ではあるが、魔術師にしてみれば替えが効くのではないか。
「集中してないようだね」
「へいへい」
ユークリウッドは、スケベな男だ。女は、今も2人いる。スケベな行為をしていないけれども、女を侍らせているには違いない。男がスケベをするに決まっている生き物で、棒を穴に突っ込むのは当たり前である。何故、しないのか。十字架に張り付けられた格好で空中を散歩しながら考えている。
ユークリウッドが、棒を突っ込めばそれだけでシルバーナはあへあへ言うだろう。
だが、そうしたい男の性をしない。どういう事なのか。女を置いておく使い道など一つしかないというのに。ガキを作るのに使うくらいだ。どのように言い繕ってもガキを生ませる以外にない。
(謎だねえ)
貴族の証である金髪をしているし、顔は悪くない造形だ。黒いローブばかり着ていて戦争から逃げる悪癖があるものの力は申し分ない。人に飛行の術を教える事が、できるのか? 不明だが、シルバーナは浮いている。何故、浮いているのかわからないけれども・・・
「あんたさあ」
「ん?」
「エリアスとアルストロメリアのどっちが好きなのかい」
「なぜ、今、だけど、俺にもわからないよ」
「わからないことないだろ。顔が好きとか、体型が好きとか色々好きなところあるんじゃないのかい」
急に上下へと乱れ飛ぶ。死ぬかもしれないと覚悟した。
その様を見てが、他の女2人は揃って爆笑している。他に女がいたら、排除しようとするのが女というもの。シルバーナもわからない。
「思うに、そうだねえ。それで、好きを感じて自分だけのものにしたいとかなのかなあ」
「女衒の手口に、相手を惚れさせて売りするように仕向けるってのもあるから好きってのもどうかと思うねえ」
シルバーナは、ともかくユークリウッドは王子から寵愛を受ける臣だ。権力で追いかけている、にしてもエリアスの家は伯爵、いや公爵くらいの権勢がある。累代の魔術を良くする名家。シルバーナの家は没落して目も当てられない状態だ。比べてはいけない。
家が貧乏になってから何故か両親は、子供沢山作っているという・・・弟、妹、弟・・・
立て続けに生まれて、金が無い。そこへきて酒場経営から、密偵稼業、賭場に売春宿。
家臣たちの品性は、落ちるばかりだ。金は、ない。
「俺が女衒って感じに思えるってこと?」
「違うっての。おっぱい揉んどくかい」
「無いおっぱい揉む意味があるのかなあ」
といいながら、黒い皮鎧の上からがっしりと掴んでぐるぐる振り回すのだ。
「やっぱでかいのが男は好きだよな」
「さて、それはノーコメントです」
エリアスもアルストロメリアもシルバーナもそろいも揃って真っ平だ。将来は、でかくなる筈。
シルバーナにできることと言ったら当たって砕け散れで話をするしかない。
「男ならガキ作るだろ。エリアスもアルストロメリアも世間一般を見て、可愛いい、可愛くなると思うんだけどねえ。そういうの見越して育ててるんじゃ」
「最近は、それもわからんくなってきたよ」
ひょっとして、路に迷っているというところだろうか。シルバーナにしてもどこをどう間違えれば将軍の家門から盗賊もどきに身をやつすというだ。お嬢様などと言われているが、今や酒場と売春の金勘定が主な仕事で密偵がオマケについてきている。
2人して首をを傾げつつ、取っ組み合いをする別の幼女2人を眺めた。




