506話 でも、何も起こらない
ヘルトムーア王国は、領土3分の2を失って西へ追い詰められている。
首都を抑えられて国王も不在。ミッドガルド王国に降伏するのも止む得ない。
では、誰と講和、もしくは降伏すればいいのか。
「セリアは、受けないんだよ」
5人の幼女が通りに面した塀で立ちんぼをしている。寒気で朝から金髪幼女が3人。1人は、黒髪でもう1人は栗毛だ。服装は、ばらばらで青いローブに裾は金縁と紺のスカートをした1人が、
「あいつならそうするだろ。知らんけど」
当然と笑みを浮かべる。いつも笑みを浮かべる幼女は、どこか落ち着いた瞳で塀の向こうを見た。
何を見ているのか知れない。金にしか興味がなくて、錬金術第一の女なのにどうしてユークリウッドのところへ来るのか。玉だけならば、他所へ行けと言うのに。
「あんたら、こんなに雁首揃えて暇かよ」
おかしい。金目当てならば、シルバーナが金に困っているくらいで興味なさげというよりは嫌っていたはず。少なくとも、大した能力も持たずすぐ消えるものと思っていたが・・・
鑑定結果からは、剣士レベル上昇と称号:ユークリウッドの密偵が追加されていて迂闊に消す訳にもいかない。密偵とは、騎士とは思えないものの剣気、オーラブレードを短期間で習得している。
(まあ、でも雑魚だけどな)
他の4人ときたら金には困っていない。むしろミッドガルド国内にあっても有数の金持ちばかり。
では、ユークリウッドに金があるから? そうではない。別に困っていないのだ。
(ふむ)
塀の前で雑談して、中へ入って行くのも決まった人間だったのだが、段々と増えている。
これで、学業をおろそかにしていいのか? それもいけない。学校とは、つまり人脈を作るところ。ユークリウッドは重視していないものの、通うことに意味はある。
オデットとルーシアは、姿を消すし何処へ行っているのか不明だ。
アルストロメリアは、妙に現れる。
「暇じゃないですよ。ちょっとヘルトムーアまで行ってたりするであります」
「だろーな。おめーらも大変だぜ」
「ちっとも大変ではありません」
ルーシアは、のりのりだ。オデットも見た目と相反して敵と見れば殺す女である。
「そりゃ、そうなんだろーけどさあ。あんたら、ユークリウッドに何かしてもらってんのかい」
「いえ。何も」
「良くないねえ。別に、金を貰っているわけじゃないんだろ。アル様も何を考えておられるのかねえ」
「あんま突っ込むんじゃねえよ」
地雷原にフルバーストで突っ込む女が、1人。勝手に死ぬのは結構なことだが、エリアスにも飛び火してこないとも限らない。
金、権力、女。男を篭絡するならば、いずれかで事足りる。だが、ユークリウッドというと・・・
「エリアス様にしてもだよ。金が欲しい訳じゃないんだろ」
「たりめーだ。金が欲しいのは、お前であって俺じゃねえ。最近ユークリウッドのとこに顔出すようになりやがって」
「そりゃー、アル様の言いつけもあるし。あいつの趣味、理解してるんじゃないのかねえ」
趣味。趣味ときた。が、エリアスにはとんと理解できないあれだ。
2人が転移門で姿を消して、門から入っていく。何故、門から入るかというと結界があるからだ。
エリアスでは、壁にめり込むとも地面の下にいくとも限らない。
「趣味ったっても1円にもならねえ村の面倒とかだろ? あれも良くわかんねえんだけど」
ポーション売りだからか。金勘定で忙しい彼女は、ロゥマでの損失を見る。ネロ村、もしくはネロチャマ村。どっちでもいいが、利益は見込めない。食い物は、ろくに出来ない。黒い上着に黒い鍔の広い帽子。白いシャツ。光沢を帯びたスカートにフリフリ。下は、ズボンで術がそれぞれにかかっている。元の素材も植物から練り込んで耐刃耐衝撃の機能付き。
金がかかっている。男を見るとき、女は金で推し量るという。女を見る時、男は顔と体という。
エリアスは、どうにも可愛い、と言われる方。アルストロメリアにしてもそうだし、シルバーナはどうだか微妙。だというのに、シルバーナに対して妙に優しい。そんな気がするだけなのか。
「なんでだろうな」
「お前がわかんなかったら、誰がわかるんだよ」
シルバーナの顔を見る。すると、汗を浮かべた。
「脅したって、あんたら、分かるだろう」
「わかんねえから、お前を見てんだろ」
木は、何も喋らない。ともすると、弱っちいのに優しいというのか。
「例えばさ。あんたらは、その生活が当然だと思っているんじゃないかい」
「何が言いたいんだよ。当然、貴族ならそういう風なのは当たり前じゃねえか」
「そう、それさ。あんたは、そう。エリアス様もそうなんだろーけれどねえ。地べたを1回でも這いずり回ったら、地べた擦りの気持ちもわかるようになるんじゃないのかねえ」
なるほど。エリアスにしてもアルストロメリアにしても持つ者。持たざる者を気にかけているのなら、そういう落ちぶれたシルバーナと息が合うというのは・・・
「だとしても解せないぜ。あいつは、あれで国だって買えるくらいの稼ぎがある。地べたに埋まるようにはどうやったってならないってばよお」
訓練に汗をかいている兄弟に会釈して玄関で待つ。朝から入って行っても困るだろう。
「ユークリウッドは、持つ者だぜ。民草の気持ちがわかるとしたら、そりゃ意味がわかんねえ」
だからか? 違う。アルストロメリアにしても貴族でシルバーナは元貴族。その差か。
「おはよう。どうしたの。また早いね」
「おっす。調子は、良さそうだな。俺は、ヘルトムーアに行こうぜって話」
「同じだなあ。迷宮のが良くねえ」
ユークリウッドは、どこかおかしい。シルバーナと同様、いや、もっと子供相応のふるまいではないのだ。黒味を帯びたズボンに白いシャツ。どこにでも居そうな子供をしている。目は、穏やかな海のよう。吸い込まれそうになって逸らした。
魔女の娘と錬金術師見習いが揃っているのも不思議な光景である。
(仲が良いはずないんだけどねえ)
ユークリウッドは、いけ好かないが能力は申し分ない。旦那候補として粉をかけているのだろう。せいぜいアルの引き立て役、もしくは肉便器として錘になってもらわねばならない。女だてらに魔術師づらしているけれど、結局のところ男には勝てないというのに。
「逃げ出した壺教団の糞どもが残っているみたいだよ。どうするかねえ。万が一にでもハイランドに逃げ込まれると厄介だよ。壺は皆殺しにしろって命令だあ。できれば、ユークリウッドの手を貸して欲しいんだけどあたいらじゃ返り討ちに合うかもしれないしさあ」
「そっちに行こうかな」
エリアスとアルストロメリアは、顔を見合わせる。
「そんなの俺の手下にやらせるか、いや手伝うからセリアの方にも顔だそうぜ」
「俺んとこは戦闘に向かねえから、偵察だけな」
協力的だ。妙に、ユークリウッドの顔色を窺っているようですらある。
それとも、それが普通なのか。アルストロメリアもエリアスも貴族だ。
他人に阿るというには、格式が伴わない。ユークリウッドが転移門を出すので慌てて追う。
「ちょっと待てって」
ハイデルベルクは、飛行船で半日。馬だとひと月。移動にかかっていた時間が、零。
これは大きい。大きすぎる。エリアスも転移門が使えるし、家から直行で空から探す次第で直ぐに見つかる。シルバーナの手下が包囲していて、異世界人と思しき少年を倒すと、
「なんで殺さないんだ」
「びょーきだよ。びょーき。異世界人だから、死んでないってなると厄介なんだ」
即死していなかったそれは、邪神の使いですらある。黒髪の少年は、気絶しているのか動かない。
腕は、右手が飛び無くなっている。服装は、黒。皮鎧でもなく学生が着る服にも似ている。
「空から丸見えになっているのに、どうして真っすぐにハイランドを目指したんだろうな」
異世界人が討ち取られるのを見て降伏していく邪教徒たち。壺は、死刑と相場が決まっているのを知らないからであろう。不貞腐れた表情を浮かべて、嘆息したユークリウッドはどうしてか疲れたように動きが鈍い。朝、だからという訳でもなく異世界人の捕り物をしたからか。となると、ユークリウッドの異世界人贔屓は不可解だ。
「知るかよ」
「こいつら、逃げ出せるってどうして思ったんだろうな」
他に居ないか、空から偵察するのに箒に跨るのはエリアスとアルストロメリアの2人。
軽快に飛んでいて、シルバーナは鳥馬を使う。落ちれば、死ぬ。飛行能力があるわけでもなくユークリウッドのようにぷかぷか浮いて移動できない。人は、空を飛ぶようにできていないのだ。
飛べといわれれば、シルバーナは何かを使わざる得ない。
「可能性の問題で、山にでも逃げ込まれてたら捜索困難だけど地獄だし。ハイランドに金でも恵んでもらうとか。ねーわ」
「まとめると、行き当たりばったりなんだろうねえ」
いきなり逮捕されて処刑されるだなんて想像もしていないのだろう。人の命は、麦樽1つとかわらない世の中だというのに。ミッドガルドのみならず世には、魔術やスキルがある。異世界人の世界には、無いという。代わりに文明の利器がない。
(異世界人どもは、何を考えているのかねえ)
壺による詐欺行為に加担、示唆、教唆すればおのずと憎まれる、嫌われる。
ともすれば、排斥される。排斥とは、地獄へ送られるということであり処刑されるという事。
ましてや、累代彼らは神を殺そうとする。ミッドガルド王国にあっては、見つけ次第殺処分して良い事になっているのだ。彼らは勇者だろうが、英雄だろうが同じである。
「そんなに馬鹿なんかね」
「馬鹿なんだろ。囮をいくらか出しても、連中のステータスは隠蔽しようが、看破できる」
鑑定、看破スキルは国家にとって最重要スキルと言っていい。何故なら、魔族が潜りこんだり敵勢力が破壊工作を仕掛けてくる際に必要になる。それらを疎かにするならば滅びる。国が亡ぶのに、さして時間もかからない。粛々と捕らえ、鉄の格子を備えた馬車で教徒たちを刑場へと送る。アルカディアや犬人国では四輪車があるというのに。ハイデルベルクでもミッドガルドでも馬車だ。
「元気だぜよ。ちょっとエリアスのおっぱいでも揉んでくか」
「なんで、俺のだよ。おめーがだせ」
「無いおっぱいより、おっぱいで良ければでかい女もいるよ」
「それ、反則だろ」
じっと、ユークリウッドを見る。だが、困った表情だ。流石に無いおっぱいよりはでかい風船で良いのではないか。男はおっぱいが大好きなのだ。真っ平な体を横向きにしてもくねらせても、2人して赤面している。胸は、無いより有る方が良いに決まっているのだ。
(しかし、おっぱい無い面子だからねえ。こればっかりは、どうしようもないわ)
ユークリウッドがきりきりと動くのは、正体を知る前で異世界人がジャポン人だと知れば途端に鈍る。
ご褒美という感覚は、皆持っていない。これも有るかもしれないが、ユークリウッドにご褒美といったところで反応しない。
「じゃあ、おっぱいのでかいの揃えてみようぜ」
「次に行こう」
「つまんねー」
だだこねても無駄だった。鏡を取り出して、顔を見るも変ではない。
次に向かったのは、ヘルトムーア王国。
1日でどこまででも廻っていける。最高ではないか。どうしてこの力が無いのか。
シルバーナは、飛行船で移動しているのが阿保らしくなる。だが、己の魔力なんてたかが知れている。
王都の瓦礫が散乱していない。
「片付けしてるんだな。見直したぜ」
「けど、前線ってどこなのかな。ちょっと休憩しよう」
道端で物売りする人間の姿は、ない。樽を置いて椅子替わりにして顔を突き合わせる。
「後始末は、エリアスの奴がするって良かったん」
「そりゃあんた、転移門が彼女使えるじゃないのさ」
「そうなんだけどよ。俺ら2人でユークリウッドに取り残されたら迷うんじゃ」
「置いてかないけどね」
水晶玉を取り出して、景色が浮かぶ。その技能もシルバーナにはない。空は、青くて澄んでいる。
獣人が歩いてくると、くるりと回れ右をした。
「転移門が使いてーなあ。むしろ、魔術師やるべきなんか? これ」
「って思うじゃないのさ。そこのところ、どーなのかねえ。あたしらも修行すれば1日1回くらい開けるようになるのかい」
「どうなんだろうね。覚悟次第かな」
魔術師になるのもやぶさかではない。何故なら、距離こそ軍を動かす上での懸案なのだから。
伝令にしても魔術師の伝心、伝音といったスキルは重宝される。
「それもあるけどよ。ユークリウッドは、なんでスケベしないんだ。起たないんなら薬をやろうか。そこんとこどうなの」
「そりゃまた急じゃないのかい。なあ」
「起つよ。でも、だからって、スケベするわけにいかないよね」
金髪の下に汗が浮いている。苦手、というのだろうか。
「じゃあ、どうしたらするんだよ。まさか死ぬまでしねーってわけじゃねーだろ」
「そんな煽って本気になったら、どうするのさ。まさかそこらでおっぱじめるんじゃないだろうね」
「やらないより、やった方が後悔しないっていうぜ」
にやけ顔をしている幼女は、樽の上で膝を横に寝かせて足を組む。
スカートをひらひらとさせれば、ユークリウッドの青い目は大きくなった。
しかし、それ以上何も起こらない。




