504話 爺2人(バスコ、ビリー
殺す、殺さない。
他人の運命を簡単に決めてしまう。良いのか、悪いのか。
悪いのだろう。そして、行く先は・・・
(地獄かな? それにしても壺が入り込んでいるなんてな)
ユウタは、引っかからなかったし家族も被害を受けていない。
だが、世の中には壺売り印鑑売り、つまり言って詐欺に遭ってしまう愚かで哀れな馬鹿が存在するのだ。それを見たこともかかわったこともないが救って見せろというのなら禁止して、それら宗教を消滅させるしかない。そうでなければ、宗教という皮を被った詐欺集団から詐欺行為をどうやって防ぐというのか。
道には、石が転がっている。奇麗に舗装されていない石畳の道。ハイデルベルクは、雪がそこかしこにつもっていて寒さがある。シルバーナにエリアス、フィナルと別れて道を歩いているに、物乞いがいる。空き缶、ならぬ皿を前にして足の無い男が恨めしそうな面相で他所を向いていた。
金を恵んでやるべきか。やらないべきか。ユウタには、金がある。しかし、金が得られない状況を変えなければ元の木阿弥、ざるか穴のあいた鍋。丸太を取り出して、訝し気にする男の足に加工したそれを取り付ける。手首からないので鉤を付けてみた。男は、にっこりとして座ったままだ。
1万ゴル皿に載せて立ち去る。通りから抜けて、大きな通りに合流すると人の流れもまばらだ。
寒いからか。それとも何かが、あるのか。
物売りの数が少ない。1,2とまばらに客もつかず・・・
「坊ちゃん、どこの方でございやしょう」
横に来て話すのは、乞食の男だ。よたよたと足取りは、おぼつかない。
「ミッドガルドですが・・・これは普通の人通りなのでしょうか」
「ええ。そうですが、坊ちゃんにこんな金をいただけない」
「では、その金で商売をして返すというのは?」
しかし、大きな通りで人の通りが少ないのでは商売も上がったりではないか。
貧相な顔にあってないような衣服。寒さをしのげていない。にもかかわらず、己に話かけてくる。
ユウタは、首を傾げざるえない。
「さて、どうですかな」
「何か、理由でもあるのでしょうか」
「坊ちゃんが、壺教団を懲らしめた、というのは伺っておりまして立ち話しながら町を見ていただければ」
なるほど。しかし、ユウタにハイデルベルクをどうにかするなんて力はない。すれば、内政干渉ではないか。結局のところ、ユークリウッドは見た目は子供だし話をしても舐められる。なめられるのは嫌いだ。力こそ全ての世界で、一体の見た目も大きく影響してくる。
大通りは、人の通りがある。真っすぐに向かって城へと延びるのは平均的なミッドガルド方式で四方は壁だ。全部が全部そう、というわけではないが・・・
「町に活気がないような気がするんですけれど。何か原因でも?」
「そうですな。そう見えますかな。しかし、王には民がどうなろうとよかろうなのですよ」
ユウタは、黙り歩く。ハイデルベルク王国は、ミッドガルド王国と比べ物にならないくらいに迷宮がある。当然、平地にも魔物が出てくる。兵士は増えて、農民が減れば食い物がない。だから人の通りが少ない。寒いし、山は、すぐにはげ山だ。
年配の老人が1人。そして、また歩いていると1人。帽子をかぶっているものの背がユウタと変わらない。腰も曲がっているものの眼光だけ鋭いのだ。爺2人と歩くとは・・・
「どうしたい。こいつが例の坊やか」
「あまり乱暴な口を叩くんじゃねえよ。この子にかかったら秒で消し炭だぞ」
「そいつは怖いねえ」
不思議といらつかない、が時間が勿体ない。
ユウタは、てくてくと歩き冒険者ギルドを目指す。
女の子と爺とでは、まだシルバーナでも連れて歩いていた方がマシだった。
「坊ちゃんは、なんでこの国がミッドガルドみてーじゃねーのか不思議なんじゃねえか」
「それは、そうですね。寒いことを除いても・・・」
作物は、というより畑が少ない。というか、大分前、7,8年前のミッドガルドを彷彿させる。
その頃は、ユークリウッドだったし、皮もユークリウッドのなのだが、中身はユウタだ。
「物がないですね」
「単純にそうなんだ。で、原因は、というとだ。王の力弱い。国を守護する王の力は、何を以て増すのかというとな。一つは、結界器だ。こいつに魔力を注ぎこんで瘴気を緩和する。国の王城には大抵でかいのがある。いつからあるのか知れないがな。ハイデルベルクの城にだってあるんだぜ」
野太い声だ。爺どもと何故会話しているのか分からない。しかし、何かを伝えたいらしくユウタから離れることはないのだ。そして、匂う。風呂に入っていないのではないか。浅黒く、びっこを引く爺と帽子と外套の汚れが目立つ爺。2人に挟まれた格好だ。
「そこで、だ。ユークリウッド坊ちゃんに城の結界器へ魔力を込めてもらえんかの。わしらの国には、王が居っても力がない。本当に王として認めて良いものか怪しいほどじゃ」
「ついてしまったの」
冒険者ギルドの看板は、かろうじて見える。汚れがひどい。さて、ミッドガルドと比べるにはおこがましいところだが・・・
「ユークリウッド坊ちゃんは、何かくうかね」
「いえ」
扉は普通に木だ。取手を開けて入るにかび臭い匂いがした。ミッドガルド王都に比べて、いやウォルフガルドの根城ラトスクに比べてすら酷いかもしれない。改善されていないというより、元からであっただろうか。儲かっていないというより、やはり活気がない。
買取をしているカウンターを見ても、並んでいる冒険者の姿はない。昼だからか?
そうなのか知れないが・・・
「ホットミルクを一つじゃ」
「ワシは、お湯な」
入口の扉は、鈴がつけられていて音がする。椅子に腰かけて回りを見ても、奥に3人。1パーティーといったところか。がらんとしていて、物悲しい。
「ミッドガルドでは、迷宮で死人が少ないと聞くが実際本当にそんなに少ないのかね」
「さて、怪我をしても復帰しやすいからじゃないですか」
「見てのとおり、ハイデルベルクは治世が悪いのかはたまた力がないのが悪いのかどちらだと思う」
どちらもだろうけれど、それを言って何かが変わるというのか。何より、そうですね、なんて言ったらミッドガルドならば投獄だってあり得る。であれば、ハイデルベルクも同じと考えるべきだ。
「それは、答えがたいですよ。お二人は、一体、何を求めておられるのか。力を貸せるものと貸せないものがあります」
「ふむ。なら、この国を栄えさせるには、何が必要か。それは、知識か力かそれとも財宝か。知識は、空回りし力はない。財宝など、もっとない。力がないのにどうして得られる。得られるものは、迷宮にこそあるのにだ」
帽子を置いた男は鷲の鼻を撫でた。
「では、迷宮に入る冒険者の待遇をよくするとか」
「そんなものは、やっている。当然、だが、死ぬ。死ねば終わりだ。ミッドガルドとハイデルベルクの決定的な差じゃろう。リスクが、あまりにも高い。そのうち手足を失えば、引退なのじゃ」
神殿、とか無いのか。それにしても、
「まず、結界器に魔力を入れてもらいたいが頼めないかの」
「城の神官どもと話は、つけたとしてだ。あいや」
「時間もかかるようでしたら、まず案内していただきたいですね」
ユウタとしては、時間だ。時間がかかれば、もうやってられない。金は、使いきれないほど持っている。だからといって、寄付して廻るかというとそうでもないし。
くりくりと皺の帯びた額に、禿げあがった頭。左右反転して廻るのは異常だ。
「ワシは、バスコ。しがない市の商人じゃ。帽子のは、魔術師をしとるビリー。城の中に入るには、ビリーの名前でもお前さんでもいいじゃろ。だが、城の結界器へ寄るとなればビリーの方が早いでの。歩きでいくかね」
ユウタは、転移門を出してから、
「こちらで行きましょう」
「これが、噂の・・・」
帽子を被った爺は、興味しんしんに見て通り過ぎる。続いた爺は、のろのろと遅い。
「うぉっ」
「あぶないじゃろが! 殺す気か!」
手を向こう側から伸ばしてくれば、バスコにぶつかりそうだ。関係なく押してしまえばいいのだが、恐怖のあまりか彼は叫んでいた。ユウタは、追って入る。
「これは、なんとも便利な魔術じゃ。お前さんにもできんのけ」
「これを真似出来るやつがどれだけいると思う。今、詠唱もしとらんかったではないか」
にぎにぎと手もみしながら歩くバスコを追う。門番と話をして入って行くにやはり視線は、ユウタの方へと向いていてた。城の中へ入っていくに、雪の積もった中庭と建つ館が白く目立つ。乞食は、いない。城に居たらおかしいが、それと思しき爺が2人歩いている。黒い帽子を被るビリーは、手にした杖を地に付いていく。
「つまるところ、お主には他の人間には真似できない魔力がある。それで、ハイデルベルクをちょっとだけ助けて欲しい」
「それ、根本的な解決にはなりませんよね」
「そうだの。じゃが、今をしのげんとの。明日もこんと思わんか。まして、餓死者が出るのはつらい事じゃ」
餓死。ミッドガルドでは、中々聞かなくなったものの周辺ではありふれている。
日本だと金がなくて餓死するとか、そんなものであるがそもそも作物が育たない環境もある。
農地がやせていれば作物は育たない。魔物が蔓延れば育てる人間がいない。
ユウタは、食う気がしない肉もオークだろう食っているのを横目に食えなくなった。
「それで、結界器をどうにかすると魔物が沸かなくなると」
「具体的には、魔力じゃ。王とは、まさに守護者であり最強である者。そうでないのなら何のための王か」
言っていいのか。そんなことをアルに聞かれた日にはユウタが折檻を受けることは必定。
おいそれとはうん、と頷けない。
2人だけとはいえ、船頭する兵士もなくて良いものか。扉を装飾がなされているし、赤い絨毯は値段もする。家具に疎く、流行も知らないユウタでも赤い、そして毛の長いとなるとふかふかする通路の絨毯は正面から伸びていて真っすぐの階段に行き当たる。そこを裏へと回って降りる階段を下っていく。
すれ違う兵士のぎょっとする態度。そして慌てた姿勢。
「坊ちゃんは、ユークリウッド・アルブレスト卿で間違いないのかの」
「ええ。如何にも。ユークリウッドめでございますよ」
「人違いじゃったら、大目玉を食らうわい」
通された玄室は、青白く淡い輝きをした水晶が石の台座を下に浮いている。
部屋は、広く魔物でも入っていそうなくらいで部屋の前には2人。待機部屋に10人。
警護しているのだろう。寝ているローブ姿の男が3人。魔力を使い果たしたのか。
具合は、良くなさそうである。顎を撫でるビリーは、
「では、魔力を込めていただけないだろうか。謝礼は、出来る限りする」
「はあ」
せっぱつまったように言う。なんとも気の抜けた話だ。罠の可能性もある。しかし、困った笑みを浮かべた爺は禿げ頭の下でユウタと目を合わせる。本当に困った光は、爺の涙か。
インベントリから魔晶石を1つ取り出し、触れてみるも変化は無し。
手で直接触れたユウタが魔力を込めれば、すかすかな状態がわかる。酷いものだ。容量にして1割にも満たない。中身を満タンにしておくべきだろう。一体、どうして放置したのか。
「これ、魔晶石を使って補充とかしなかったんですか」
「ハイデルベルクにそんな金があるとでも? あるなら使っとる。そもそも、悪循環なんじゃよ。結界器は王の力に左右されるんじゃ。それは、当然魔力を帯びた晶石をいくつ確保できるか。というのも込みでな」
一気に込めれば、割れそうであるからゆっくり馴染ませていく。ぼんやりと淡い光が強まっていくにつれて、暗い皺を刻んだ額に疲れの見える爺の顔がほころんできた。帽子を取って、腹に当てるとお辞儀するのだ。
「実のところ、わしは半信半疑じゃったからの。ほっとしておる」
「ほれほれ。賭けは、わしの勝ちじゃ。お主も、認めざるえまい。この輝き、良魔晶石1万個価値ぞ」
「何をです」
バスコが自らの鼻を撫でる。
四角い水晶が、縦長になり青みを帯びて真水のごときつるつるした表面になる。暖かい光が放射されているというのに、見た目は極寒のつららだ。
「レシティア様とリューズ様のことよろしく頼むぞ」
「頼むも何もないんですが」
いくらなんでもユウタと歳の頃は一緒だ。ユウタの倫理観でも試そうというのか。
「お主、玉無しではないよな」
「ついてますよ」
何でそういう会話になるのか。まるで、その魔力を込める代金とでもいうようだ。
ユウタは、ほどほどで作業を打ち切った。
「まあ、抱くには早かろう」
「いやいや、わしがこのくらいじゃったらもうぶちゅーっとだな」
腰を振るのだから早々に退散することにした。
「ともあれ、これで一息つける。あの餓鬼ときたら、いまだに渋っておってだな。渋るなら渋るで自分でなんとかせいと」
「全て、循環なんじゃ。これは、な。悪循環ならば王に力がない。それが、そもそもの起点で悪い巡りにしかなっておらん。であれば、流れを変えるべく優秀な者を確保するか、財物にモノを言わせる。そうでなければ、加護のない国、人諸共に瘦せ衰えやがて倒れる。良い巡りになった感謝するぞ」
「来年あたり、おなかが膨らんどるじゃろうの」
それが、これ。別の意味で汗が噴き出してきたユウタは、お辞儀してそそくさと部屋を出る。
爺に上手く乗せられたが、変わるのか。変わろうとして、そう易々人は変わったりしないものだ。
ともあれ、ハイデルベルクで起きるであろう反乱は防がねばならない。
どうにかして。




