500話 寄る辺
オデット一行が去って、セリアは白い天幕に入って寛ぐ。天井は、高くて梁がある。
通気性も十分。自身で設営することはない。なければ無いで野宿だ。雨露がしのげるのはある方が良い。セリアはともかく、兵士は堪える。
机は簡素なもので書類が乗っていた。
腹に入れても食えないものだが、処理しなければ金にならない。
「降伏の件、よろしかったのですか」
モニカだ。牛女である。胸だけがいっちょ前な雑魚だ。使える点は、あるが・・・
「良いも何も、そうだな降伏したいと言ってきたら、考えなくもない、というところだ」
セリア1人で良い。であれば、占領できない。すること?
実際には、ない。兵士にほとんど戦闘が無いのだ。ヘルトムーア人は、寸土を譲らないだろう。連中、支配者層を殺しつくして終わりにするか、それとも新たなる加護を与える者を仕立て上げるか。何れにしても、
「簡単に降伏は、すまい。したとしても完全に牙を抜いて犬に変える。そうでなければ復讐を考えるだろうしな。そもそもヘルトムーア人の気持ちを考えて情報を流して時間を掛けねばならないんだ。そう簡単な話ではない」
「左様でございますか」
南に海、西も海とミッドガルド大陸西端に位置するヘルトムーア王国が頼みにするのは北にあるアスラエル王国だ。同盟関係にあるはずで、援軍を送ってこないのは解せない。もっとも送ってくれば攻め込む口実になる。
「私が戦功立てれば、ミッドガルド国内でも獣人たちの地位向上に繋がる。部下の給料も増える。戦士は、精鋭で固めることも出来るようになる。兵士の士気も長引いても私が居ればすぐにでも帰郷が可能だ。帰りたい者は、帰らせられる」
「長く続いてはないですけどね」
戦争というものは、兵士を揃えて敵の財産を減らすことから始まる。だから、兵士がいる。攻めるにしても防ぐにしても優秀な兵士をどうやって揃えるかということだ。ヘルトムーア王国は、異世界から召喚することにこだわっている。自前の兵士は、どんどん死んだり捕虜になって売られていったりしていなくなったからであるが・・・
「ヘルトムーアが打てる手は、そうない。ゴーレムが無い以上、捕虜になっている王族を取り返して王都の地下でも探索するとか。アスラエル王国に参戦する理由を増やすしかないな」
「何故、アスラエル王国は兵を送ってこないんでしょうか。たしか、同盟関係にありますよね」
「さあな。考えても仕方がない」
セリアは、待っているのだ。強敵を、大地を破壊する戦いを、血肉沸き踊る鼓動を。
ヘルトムーア王国の惨状を見てアスラエル王国は、怖気づいている。自国が戦いに巻き込まれる、それが同盟というものであって、援軍を送らなければ同盟の意味がない。それとも、何か策でもあるのか。
(異世界人を召喚したところで、どうにもなるまいに・・・)
彼らが持つ能力は、意味が不明だ。敵を見てもたつくこともしばしば。
「援軍がくると、ヘルトムーアも勢いを取り戻すかも・・・今の内に降伏させておいた方がよろしいのでは」
魔力の不足を自国民の生贄で召喚を行うヘルトムーアは、いずれ滅びる。滅び去るしかない。
セリアは、襲ってくる異世界人を返り討ちにしている。彼らは、敵をよく知らない。
チート能力だか知れないものを持っていても死ぬ。死ぬときになって寝言を言う。
地図を目にして、
「王都に居座ってさえいれば、結局降伏せざる得ないのだから焦る必要もない。適当な時期を選んで攻撃を繰り返せばヘルトムーア軍は壊滅する」
「そう上手くいくといいんですけど。敵さんも徴兵なり募集して兵を補充してきてますよね。そのうち、男が絶滅してしまうのでは・・・」
「そのときは、そのときだろ。人間が一体どれだけの種を絶えさせたと思っているんだ。ヘルトムーアだけ死に絶えたとしても大陸を見ればまだまだ増える一方だ」
とんとん、書類は、進まない。セリアは、慎重になるのだ。文字が踊っている。
ユウタは、気が進まない。勝っている。勝っているのだ。止めてもいいころ合いである。
ヘルトムーア王国に、戦力はもうない。戦争は、悲惨なものだ。
殺しても楽しいことなど何もない。
ベッドから起き上がる。飯を食べて、学校に行くか、それとも労働か。
サラリーマンをやっていた頃とはくらべものにならないくらいの金が勝手に入ってくる。
ミッドガルドの領主は、特権も凄く生きるも殺すも領主次第である。
(ずっと寝ていてもいいんだけど・・・)
寝ていても仕方がない。寝ていては、モテない。おそらく、それが一番の理由だ。
金があるとモテるのか。モテるのであろう。身なりがいい、体格がいい、食事に困らない。
多くは、生活が出来るか否かの世の中なので多くの要素は望まれない。
波風が無い生活がいいのだ。そうもいかないのだが、どうにかして戦争を止めようという気もない。
何故って、それはそう。ユウタことユークリウッドは、王に仕える騎士。騎士が王に刃向かうとしたらもう謀反だ。そして、謀反の疑いをもたれたら処刑されてしまう。
どうやって専制君主に立ち向かおうというのか。はっきり言って現実的ではない。
早めの食事を済ませると、素振りで汗をかいている兄弟を見て挨拶を済ませる。
毛玉たちがついてくることもないので久しぶりに一人だ。
門番に挨拶をして、それからどうするか。毎日の日課は、輸送だ。
補給こそ軍にとって生命線であるから、ユウタが運ばなければ兵士が飢える。
ユウタは、戦争をしたくないのか。自問してもわからない。
ぼうっとしていたのか。門で通りを眺めていたら、1分もしないで勢いをつけた馬車が止まる。
風が頬を叩いた。
「おう、おはようさん」
シルバーナだ。よくわからない女の子だ。ユウタにとっては、戻るまで盗賊の仲間くらいの扱いだったが・・・
「おはようございます」
「そのかしこまった言い方、止めないのかねえ」
シルバーナ黒い上着に白いシャツに背広と黒のズボンだ。光沢がしてユウタは目を瞬かせた。鎧は、着ていない。御者の男は、人相が良さそうな顔をしていた。前後にいる馬に乗った男たちと走っているのもお供なのだろう。路駐の概念がないので壁に寄せた感じである。邪魔にならないのか。じわっと脇に汗が染み出た。
(どういうつもりなんだろう・・・)
人の心は、摩訶不思議。ユウタに心を読むスキルなんてない。
閉じ込められていた子供がどうなったのかとか、いろいろと書類は貰っているけれど・・・
「乗りな。そんで、話でもしようじゃないの」
頷いた。中は、赤見を帯びた木製の内装とふかふかとした黒い絨毯と白いシートだ。趣味なのか。
対面して座る。お供に女もいるようだ。シルバーナより上の年頃だ。胸に膨らみがある。
「お前さあ、いきなり人の胸を見るのは止めたほうがいいんじゃないのかい」
「見てないって、そんなに」
茶色い髪を弄りながら彼女は、にやにやとした。目は、上を見たりユウタの顔を見たりしている。
何を考えているのか。やはりわからない。ごとごとと車輪の回る音がする。
お尻が痛くなったりはしないようだ。
「まあ、そんなことは重要だけど、あんたに聞きたいことがあってねえ。立ち話じゃ怒られるかもしれないからさ。聞いてもいいかい」
ユウタは、嫌な予感に瞼が動く。
「いいけど、答えられないことだってあるよ」
「いいさ。じゃあ・・・お前さん、ちん●立つのかい」
少女は、金髪で髪を両側にわけている。おでこが見えて、口元には黒子。手足は、細い。
なのに胸があって、整った容姿だ。白いシャツに青いコルセットと青いスカート。
手元にはフリルがついていた。
「そりゃあ、男だもの。立たないわけがないよ」
無難な答えか、もう下の話は止めにしたいが・・・
「じゃあ、なんでエリアスでもアルストロメリアでもいいからやってないのさ。使えるんだろ」
「いやいや、やらないよ。普通は、結婚してからでしょ」
「古くせえなあ、うちは貴族だったけどかあちゃんはやりまくりだぞ。他のだって歳が気になるんならこいつで試すってのはどーよ。立たねえと、それはそれで困るじゃないのさ」
何故、こうなるのか。ユウタには理解できない。シルバーナは、いたって普通という顔をしている。
平然と言ってのける幼女には、違和感しかない。誰かに言わされているのか。それとも元々こうなのか。
「やらないよ」
「なんでさ。やるだろ、普通、男ならさあ」
「しつこいなあ。話が、これだけなら仕事に行くけど」
すると、手を振る。
「まてまて、なら、しょうがないねえ。んじゃ、金でも稼ぎにいこうじゃないのさ」
「どこに?」
見当もつかない。
「ああ、そうさねえ」
「お嬢様、女衒の件かそれとも迷宮に行くのでは」
黙っていた少女が口を開いた。考えもつかないが、女衒の件とは? ユウタが破壊した女衒たちの元締めだろうか。それとも人攫いもどきか。はたまた、迷宮とは・・・
「うーん。あんた、ポーション売りと戦争が絡むのは知ってるかい」
「いや、なんとなく想像できるけど」
「そうさ、戦争になると何がいるのかねえ。まず、兵隊、食い物、武器に治療品だろ。だから、戦争が起きたらまずポーションの値段が跳ね上がる。なんせ、生産するより消費されるのは定番で飯だってかかる。金だよね。金がないと戦争はできないのさ」
当たり前の話だ。輸送は、概ねユウタの仕事だ。いつまでも話をしなければならないのか。
「そりゃそうだけど、それで何か用があるんだよね」
「手伝っておくれよ。あたしら、ちょーっとレベルが低すぎてねえ」
「夜、何かしているみたいだよね。それこそ、昼まで荷物を運ぶのに付き合ってからならいいよ」
それで駄目、というのなら駄目だ。
シルバーナは、頭を掻きユークリウッドについていく。
馬車の中から転移門を開いたのには、腰を抜かしそうだった。
お供には、さっと説明をしてすぐに追いかける。何処へ?
最初に移動したのは、ヘルトムーア王都。それから、北西の拠点ビトリア、そしてバイヨンヌ。
西からの風が強くて、つれてきたモニクは自らに回復をかけていた。
拠点に、補給しているのはユークリウッドで一人でインベントリから出している。
おかしい。インベントリに入る量ではない。通常、商人は収納鞄に金貨を仕舞い込む。
何故なら、入る量が少ない上に多ければ多いほど魔力を喰うしメンテナンスにも金がかかる。
だから、魔術師を雇うのであるが入らない。食料などは、もっぱら飛行船で運ばせるか馬車というのが定番なのだ。
黙って、樽が並んでいくのを見ていたが・・・ミッドガルド軍が補給で困ることは有り得ない。
というのも頷ける。停戦、或いは講和に持ち込もうとしたのならユークリウッドを倒さねばアルの野望は止まらない。であればこそ、ユークリウッドを重用する。また寵愛するのだ・・・
「うん、ところで何処へ行くの」
「アルカディアの迷宮、とかどうなんかねえ」
「正直、シルバーナが何をどうできるのかわからないんだけど」
そう、わからないだろう。シルバーナも剣気ことオーラを磨いているのだ。
ただ、体力がすぐに無くなってしまい一回放つだけでも辛い。
簡単に強くなれないものか。幸いにして、景気のいいミッドガルドでは金も入ってくる。
酒場は、繁盛しているし女衒が潰れて後を掌握したシルバーナの一家は見る間に暗黒街を牛耳りだした。元々、素養があったのか。それともヤサグれた騎士たちには向いていたのか。
「簡単な迷宮から頼むよ」
「いいけど」
ユークリウッドは、頼みを断らない。あまりにもちょろくはないだろうか。
補給は、重要だ。転移門は、凄く良い。移動に、馬も必要ない。しかも、一瞬だ。
難点があるとしたら、本人が居ないと使えないという点だ。
「風剣、ってオデットに教えたんだろ」
「ああ」
頷く。受付の嬢は、子供の姿に浮ついた様子がない。慣れっこというところか。
「どうも」
などと、話をして、乾いた迷宮へと進む。簡単な迷宮で迷宮とも言わない。
攻略されすぎて、その門をくぐると広い大地があった。空はどんよりとしている。
「ここは、わかる?」
「ああ。有名だからねえ。腐れ鬼が出るんだろ。そんだけで」
進んでいく。前衛が2人、後衛が1人。モニクは、杖と外套を改めている。
明かりは、必要ない。防壁は、使えないので盾を持っている。
進むに、木々があって不意打ちの心配があるのだが・・・
「剣気出してみて」
「なんもいないけど」
「うん。ここはねえ、距離が関係なく居場所もわかるから秒で倒せてしまうんだよね」
シルバーナは、呆れた。火の術だろう。見ても大砲どころか比類ないものだ。
翻って、剣を抜いて気を込める。風剣は、その名の通り空気を裂き対象を斬る。
横一文字で振る。草木が割れて倒れた。
それだけだ。
「もう、何発いけるかな」
「いや、あと2回撃ったら気絶するぞ」
「鍛えてこなかったんだね」
怒りを堪えながら、
「んなこといったって、ガキで使える奴のが珍しいっての。大体・・・」
と狼がとびかかってくる。灰色の塊は、縦に避けた。手に剣は、持っていない。
ユークリウッドは、素手で倒した。
「詰まるところ、最後は素手だよ。気を使うならまず体力をつけないと。レベルが上がっても、体力までついていないんじゃないかな」
「そうなのかい。んじゃ、走ればいいのかい」
「そうだね。それもあるね」
走ろうとするが、足が震える。風剣を放つだけで、疲れてしまっていた。
ユークリウッドは、待っている。黒いローブから、青いシートを出して座る。
つられて、シルバーナも寝転んだ。
「それは、寛ぎすぎじゃないのかな」
「しょうがないって。あたしだって疲れる。あんたみたいに強くないもんね」
そういって、出されるお茶にどんよりとした空は合わない。
戦争をしているからか。そのような迷宮だからか。
「なんで、急に迷宮に行こうっていうことになったの」
「アルストロメリアもやってんだろ。だいたい、あいつ金があるんだから護衛でもなんでもいれてお座りしとけっての。こっちは金だってかつかつなんだからさあ」
孤児を受け入れると孤児院が必要になる。が、アルーシュはけちんぼだ。孤児院に金をかけるならユークリウッドからせびれときた。商売は上手くいっている。上手く行っているけれど、簡単に建物から土地まで用意するとなると、厳しい。アルストロメリアに相談するのは腹立つので、なんとなく上手く行きそうな策を考えたのだ・・・
(まったく、上手くいかないもんさねえ)
金を無心するというのに、抵抗がある。それなら股を開いたほうがすっきりするというものだ。
「上手くいってないの」
「いってるさ」
景気はいい。戦争をしているのだ。そう消費されるから景気はいい。消費が鈍れば、景気は悪い。
馬鹿でもわかる。戦争中だから、ポーションのほうが売れている。ついでに女、酒場も儲かる。
しかし、そういう理由で、なのか。アルストロメリアの家が気に食わないのは。
シルバーナにもわからない。喉まででかかっているのは、ちょっとズボンを下せよ、だった。




