495話 盗賊じゃない
青い空だ。隙だらけだったのに。
日差しからすると正午。シルバーナは、ごつごつとした白い岩肌に転がっている。
残念無念。死ななかったのは、幸運だ。
ユークリウッドときたら座って、空中に浮かぶ水晶玉を見つめていた。
水晶玉が浮かんでいるのを見つめる。景色があった。
「暇そうじゃないか」
「まあね」
ユークリウッドを昏倒させるつもりだったのに、シルバーナでは力足らず。
ごわごわとした敷物から起き上がる。
(鑑定できない・・・玉なしかい)
男とは、隙あらばやるものだ。基本、女は受け身。ミッドガルドは、一夫多妻も認めていた。
他の国も同様だ。どうしてかというと、戦争で死ぬ。迷宮で死ぬ。病気で死ぬ。仕事で死ぬ。
兎に角、家の外で働く男はあらゆるもので死ぬ。
シルバーナの父親だって歳食ってから、若い嫁を貰っている。
中々子供が出来なかったようであるが・・・
「あんたはそのままでいいのかもしれないけれどねえ」
「これ以上、その話は無し」
少年は、小賢しく手を前に突き出して平を見せた。
眉の間に皺を作っている。余り早急に突っ込んでも、藪蛇になりかねない。
こればかりは、自身で解決してもらう他になさそうである。
アルから何とかしろ、と言われていてもシルバーナも子供なのだ。考えが浮かんでこなかった。
ユークリウッドよりもレベルを上げるしかない。
「次に行こうか」
「僕が倒しても、シルバーナが強くなるとは限らないよ」
それは、間違いなのだ。
「それでもやらないよりマシだろ。もうちょっとまともというかあたしでも戦えそうなところを選んでおくれよ」
金髪を揺すって振り返った少年は、腕を組む。
「レベルを上げたいっていうから、ここを選んだんだけどね。それに、対人専門というのならセリアのとこでも行くかい」
死んでしまう。ユークリウッドの言うセリアというと、狼人で将軍で獣人軍随一の狂戦士。
彼女が率いる獣人たちの戦いは、より原始的なものだ。戦闘となれば、敵を叩き殴り抉り食らう。
今やミッドガルド一の残虐軍団だ。
首を横に振る。ぶわっ吹き出た汗をぬぐい
「無理無理っ死んじゃうって」
そんな都合のいい迷宮なんてない。知っているけれど、期待せずにはいられない。
ユークリウッドは、赤い玉を手に浮かべる。それを眼下にあるであろう迷宮の入口へと向けて投げた。
「大丈夫なのかい」
「まあ、気配ないし」
赤い玉は、やはり赤い光を放ちながら1秒経たずに閃光を放った。次いで衝撃を受ける。
光がおさまって残ったのは抉れた茶色い地面に、飛び散った木々。浮かぶのは小柄なシルバーナも同じだ。
山肌にぽっかり空いた穴は無くなっている。シルバーナに同じことは出来ない。
「迷宮が消えた。ってことかい」
「消えるもんなんだねえ。なんでも試して見るべきってことだよ」
レベルを上げに来たのは迷宮を潰すついでだったのではないか。周りに冒険者の気配はしなかったが、
「人が居たらどうするつもりだったのさ」
「そこはもう、風の術でいる居ないわかるし」
風の術、赤い光は火の術か。
抉れた地面を見て、同じことをされるであろう想像をする。恐怖より滾ってくるではないか。
シルバーナは、革袋から茶色の膳を取り出し紙を並べる。紙の中には、文字が薄っすらと透けて見えた。
「そんじゃ、まあ、どれにしようか」
「それは何」
一つを手に取る。シルバーナは、何も遊んでいない。
手下を各地に送りこんで情報を集めさせている。宿屋及び酒場は、ネタの宝庫というのはいつの時代も変わりがないのだ。
「こいつはねえ、うちの手下が各地、各国に散らばってネタ集めしてる手紙さ。まとめていうと、もっとステータスカードで連絡できれば便利なんだけどね。まだ、そこまで技術が行ってないというから、気になるのがあるから調べてみるとするかい」
「シルバーナだけでは厳しそうなの」
当たり前である。まともな騎士には、子供のシルバーナは逆立ちしたって勝てない。
「そりゃ、そうさ。現場も遠いしねえ。手遅れになったら後味が悪くないかい」
「急ごう。何処なの」
「さて、場所はミッドガルドでないみたいだ」
多少のむかつきも苛立ちも我慢できるというものだ。地図で指示した場所へ光る門が現れる。
アルプスの山から一転して、どんよりとした雲が立ち込めている。
天気の知らせなどない時代だ。
ぽつぽつと降り始めた雨が行きかう都市に降り注ぐ。
広い通りに面した屋敷がある。目的地だ。飛行船を使って1日の距離である。馬ならばひと月か。
「結界はあるかい」
「なさそうだね」
高い壁に、柵格子。
それは、貴族の屋敷だ。正面から、広い庭と噴水が見て取れる。まじまじと見ていては、衛兵が寄ってくるだろう。
「あそこに忍び込む」
「隠密使えるの」
「だからそこは、あんたが使えるんだろ。影隠しでも風纏いでも術でさあ」
路地に入り込んで様子を伺う。人は、つけてきていない。
通りは、屋敷で終い。そういう作りの町なのだから権力者というのは分かりやすい。
夜まで待てはいいが、
「あそこに何があるの」
「この町、なんだか浮浪者が多くなかったかい」
「ん?」
と言われて、シルバーナが見る路地の奥には座りこんだ人が髭面をしていた。
今にも死にそうなくらいに精気がない。3万人程度の人口をした町だ。
しかし、飢えた者は野垂れ死ぬ。誰かが助けてくれるなどありはしない。
髭面の男だかもやがて死ぬだろう。
「そうだね」
「で、あそこには奴隷でもない子供が連れて行かれている可能性が高いってねえ」
「それは、手下の情報なの」
神妙な顔を向けてきた。
「そりゃそうさ。あたしの手には、耳があっても力がない。で、それも本当なのかもわかりゃしない。でもそういうのって当たるもんだろ」
「ああ」
シルバーナの手下は、というと集まってくることもない。草だから自然に埋めたままである。
「どうなっているのか調べないといけない。けどまあ、相手は旧アルカディア領の男爵家さ。びびっちまったのならやらなくたってもいいんだけどさ」
浮浪者が増えればどうなるのか。増えているからどうなっているのか。食い扶持がないのなら? 当然ながら、弱い者により風当りが強くなる。
「乞食の子供をなんで貴族が、浮浪者、あーーーそういう」
「何を想像したかなんて、聞くまでもないことさ。男ってのは、そうもんだしねぇ」
子供が、一人連れ込まれたとかいう話ではない。二人でもない。そう多くの子供が何故か攫われていて、何も起きていないのだ。身寄りがない者を狙っている節もあるというのだから、狡猾といえよう。浮浪者になってしまっている原因は戦争にあるのだろうが、
「丸太じゃ目立つよね」
「当然だろ」
密偵稼業ならでこそできることもある。問題は、忍び込むことができるのか否か。
ギハーロ男爵は、領主である。小さな町で権力を振るっている人間は少なくない。
当然、騎士も魔術師も抱えていて仮に忍び込んだとして露見するとなれば・・・
「シルバーナは、待っていた方が安全だけど」
「はっ。誰が、怪しい場所を調べられるんだい。あたしの脳味噌でも食べようってのか」
「はあ」
ユークリウッドは、腕をシルバーナの腰に回す。と、足が地面から離れた。目まぐるしく流れていく風景と、白い石段になっている屋敷に張り付く。犬だ。黒い塊が駆け寄ってくる。しかし、すぐに通り過ぎていった。まるで明後日の方向へと向かって行くのに鎧を着た兵士たちも続く。
「さて、どうしたものかな」
などと言いながら、ユークリウッドが歩く。壁には窓がある。扉は、開けられるのか試したいところだ。いくつも窓があるのだから、人のいない場所から忍び込むのが理にかなっている。
「これ、屋敷の人間に見えないのか。開いてる窓があるのに」
「人が多い。全部殺すなら別だけど」
「あっちが怪しいねえ」
指示したのは、領主の書斎だ。食堂は、真反対になる。食堂のごみ箱を漁ってみるのも有りだが・・・
ユークリウッドの移動した先というと離れだ。
「なんでこっち」
「ぼやを起こすのならこっちかなと」
しかして、入口は開かない。使われていた跡はある。ユークリウッドが力任せに離れの扉を引く。
それで、白い霧が漏れ出てきた。
「マジか」
幽霊。中々見ない魔物だ。死体が元で出てくる。とはいえ、ユークリウッドの手が淡く輝くと消えていていった。顔が青くなって赤黒くなる。
そうして火を付けるのだ。燃え上がる寝床に、慌てた屋敷の人間が次々と出てくる。
魔術師も騎士も、それに書斎にいたギハーロ男爵もだ。細身の男でとてもそのような風をするように見えない。
離れて見ているに、相手側が気が付いた風はない。
「どうするんだ」
「どうするもこうするも、人間じゃないか。丸太!」
すると、手からみるみる丸太が生えてきてぽこじゃかと地面を転がっていく。丸太が分身。
駆け寄ってくる犬は、両足を立てて逃げ出していった。引っ張られる兵士2人と間合いを詰めてくるのが3人。転がっていく丸太は、手足が生えて捕まえていく。
男も、女も構わない。
「こいつら、殺すのかい」
「さて、どうしようかな」
戦意を失っているのと半々といったところで、杖を構えていた男の姿が丸太で覆われる。
さっさと歩いていくユークリウッドをシルバーナは追いかけた。
扉から堂々と入り、待ち構えていたであろう男たちが転がっている。
出てきた兵士とは違う服装だ。横目で見ながら、放っておくのが気になった。
ユークリウッドといえば、皆殺しだ。特に火を使って焼き殺す。
丸太がいるからか。丸太が増えていくスキルが気になった。恐ろしく便利だ。
「不意をつかれたりしないんだろうな」
「館ごと爆発されると手の打ちようがないけれど」
爆発するには、人もいて、というところか。ユークリウッドは、書斎側へと歩く。
広い館だが、迷うことなく進んで如何にもという扉の前に立ち石像に向き直る。
「この下みたいだな」
こんこんと地面を叩く。ユークリウッドの手が動くと四角に切り取られた床があった。
(爪? そんなばかな)
武器で打ち壊すのならわかる。ユークリウッドの手は素手だ。ぽっかりと空いた口から聞こえてくるのは、悲鳴だ。成人一人入れるくらいの大きさを潜っていく。背中を追うに、明かりはついていて黒いローブの男が倒れている。左右に鉄の格子。中にいるのは、やつれた子供だ。通路には倒れている男がいて、また鉄格子。
奥までいくとすすり泣く格子団子が並ぶ広間があった。
黒ずくめは、軒並み倒れて動かない。生きているのかというと、鑑定スキルが通って死体表示がでてくる。鑑定することで十分に敵の背景がわかるのだ。
「どうするんだ。こいつら」
「連れて帰るしかないなあ。手伝って」
「手伝ってって外のはどうする。じきに、兵隊が駆けつけてくるぞ」
鍵を見つけるのに、知らない男の懐をまさぐるのは難儀だった。兵隊の地響きに恐怖しながら、逃がした子供たちが転移門をくぐっていく。
「丸太、倒されないのかい」
「燃やされるってのなら対策済だよ」
「てっきり出入口を塞がれて詰むかと思ったけど」
最後の一人を送り出すまでには、半刻ほど。出てきた口から這い出れば、人のざわめきがある。
通路には、倒れた人間だけだ。窓に寄ると、
「お前たち、何をしてくれてるのだー」
誰ともなく、
「誰だ、あいつ」
「私こそ神聖ミッドガルド王国王子にしてアルカディア総督アルであるのだが。私の顔を知らない奴は、全員死刑でいいじゃないかな。え、っとギハーロ男爵は爵位剥奪の上、追って処分を言い渡す。他のものは、よく考えて行動するようにあと中にいる人間を攻撃したりしたら加護も無くすのだ。以上なのだ」
声は、すぐに聞こえなくなった。
鳩が豆をくらったかのように駆け回って中に入ってくる人間はいない。
(やっぱ監視してるじゃないのさ。いつもなのかね)
シルバーナの知る限りアルルは神ではない。
従って、知らないことは知らなし興味がないことはしない。
シルバーナだけでは、子供たちを救出することも叶わなかっただろう。元男爵は喚いているものの取り合う者もいない。丸太が枝を伸ばした格好でそのままだ。
「あいつは、殺さないのか」
様子を見ているものの、シルバーナ自体には戦闘力がない。いつ死んでもおかしくないのだ。
どっと汗が出てきて、
「子供たちは、助けられた。間に合っていなかったのなら当然始末するけど」
手を向けて淡い光の塊が飛んでいく。そして、男が黒い角の生えた魔物に代わっていく。
「こいつは?」
次いで、眩い光が魔物を貫いた。魔物と丸太が燃え上がる。離れていた人間は、呆然としている。
「魔物になってたみたいだな」
「人間が?」
「元人間、て出てくるよ。鑑定スキル持っているよね。やってみていいんじゃないかな」
魔物か。魔物でなければ、そうそう人間の子供を生贄などにできないだろう。
悪魔との繋がりを疑われる家門だ。すぐにでも取り潰すのは、正しい。脳が追い付かない。
「なるほど」
悪魔信者。悪魔を信じてどうするというのか。悪魔の力に魅入られたとでも?
シルバーナには理解不能だ。
「勝てて良かった」
「もう帰るのかい」
「そうだよ。シルバーナも引き上げたほうがいい。もしも、俺の手に余るなら守り切れない」
ユークリウッドが作る転移門をくぐる。
陽は、まだ高い。が、すっかり疲れてしまった。
鉄格子の檻から解放された子供たちがユークリウッドの家の前で屯している。
「うちで引き取ろうか」
「それは、渡に船だけど。いいの」
「ちょうど、丁稚も必要だしね。レベルがあるかわからないから検査と調査が必要じゃないかね」
屋台で飲み物を貰って食い物である茶色のパンにかじりついている。正しく乞食だ。
だが、そうしたことがやりたかったのだ。
シルバーナは盗賊稼業をしたいわけではない。家門の復興こそ念願なのだから。
「や」
「?」
一人の女の子がユークリウッドの背中を掴んでいる。震えている手は、擦り切れていた。
「大丈夫。すぐにでも会えるって。ほら、そのままだとお前さんの手が痛いだろ」
ふるふると首を横に振る子を見て回りを見る。行きかう人間は少ないものの、人目につく。
さっさと移動したいところなのだ。
「そいつは、お前さんが面倒みろ。こっちにこれるようになったら連絡をよこしな」
とはいえ、離れる確率などあるのか。なるほど、このようにして女を増やしている訳だ。オデットやルーシアは、料理を振舞っていて気にした素振りもない。それに歩いていって料理を求めるのだから質が悪かろうともいうもの。
馬車をルーシアから借り受けるべく近寄っていく。ユークリウッドと話しをして去っていくのを目に、
「すまないけれど」
「馬車でしょ。荷車付きで」
と、待っていたシルバーナの背中へ掌で示す。白魚のような手だ。
「良かったのかねえ。あれ」
「良いんじゃないですか。間に合って本当に良かった」
てきぱきと鳥肉らしき切れ端を串に刺して、焼く匂いがする。ルーシアは、黒い整った髪を上げておでこが広がっていた。シルバーナが男であったのなら放って置かない。が、寄ってくる人間はいない。不思議なものである。
「でも、また女が増えたじゃないのさ。大丈夫なのかい」
「そんなの日常茶飯事ですので。それより、うれしい事があったみたいですね。いつもより上機嫌みたいだし」
「ああ。そりゃねえ。そうさ。良かったんだよ。あたしは、こういうことがしたいのであってね。女衒を殺して回るとかね。情報を集めるってのもね。つながるんだろうけどさ。ほんとままならないねえ。あんたたちも」
屋台の前の台に座る。馬車の御者は、男で荷台に子供たちのが乗せられた。
「誰も、彼も一緒です。変わりません」
「そうなるといいんだけど。いつもいつもあいつがいるとは限らないし、そうだ。あいつのこと、ほっぽってるのかい」
貴族であっても堕落する。領主であっても不正をする。であれば、人に英知はないのか。
「一向に構いませんよ。ユー君は、女の子のこと何も考えてませんからね」
「違いないねえ。さてと、お暇しようかね」
鋼鉄か。微動だにしない女だ。
ユークリウッドがソーセージや串物に手を付けた風はない。腹が減らないとでもいうのか。
手を振るルーシアに合わせて、走り出した馬車の後ろ姿を追った。




