493話 暇
ユウタは、目を開く。
朝だ。知っている天井と白いカーテンから漏れる光が床を照らしていた。
腹の上に乗っている黄色い羊をどかそうと、腕に絡まる黄色い鳥を引き剥がす。
(こりゃ眩しい)
いつの間にか数が増えていく動物に、部屋が占領されそうだ。
獣の匂いがしないのと尻尾を持っている動物が少ない。残念だった。
起き上がりながら、ひとしきり順番に撫でて立ち上がった。
朝食を取るために着替える。学校かそれとも迷宮か。好き勝手にしていても何も言われない。
親は、我関せずといったところで寂しさを感じたりしない。
むしろ、放置されていてもいいくらいだ。日本であれば、学校に行けと煩いことだろう。
(しかし、部屋の中を荒らすだけ荒らして帰りやがる・・・)
ユウタがアルたちが飲み散らかした玩具やお菓子の屑を片付けることはない。お手伝いの掃除人がいて片付けてくれるのだ。だからといって、放置したまま帰るのには怒りがこみ上げてきた。本日の装いは、黒いローブに白いシャツと黒目のまっすぐ模様をしたズボン。鏡を見れば、血色の良い肌とややもすれば眠たげな青い目がある。鮮やかな金髪は、柔らかい。これといった特徴のない顔だ。
部屋の入口にあるスリッパ置き場から茶色いスリッパに履き替えて部屋を出た。
通路には、白いフリルのついたメイドが立っていた。
桜火だ。銀の髪の毛に金目が特徴で、無機質な瞳はじっとユウタを観察している。
(何を考えているのかわからないよな)
人の心は、わからないものだ。ましてや、女の心などユウタにわかるはずもない。
「おはようございます。本日は、どちらへ?」
「おはようございます。うん。どこへ行ったものかな」
「でしたら、玄関でお友達のシルバーナ様がお待ちになられています。如何なさいますか」
なるほど。ユウタは、呼びに来たのだと考えた。朝からシルバーナがやってくるのも稀である。
追い返すには、それなりの事情があるものと見た。
「おう」
「おはようございます」
シルバーナは、目を下三角にしている。尋常ならざる目つきだが、ユウタは気にしていない。
用事があってきたのだろう。なめした皮鎧が黒く染められている。幼女だというのに、左側の腰には剣を吊るし背中には剣の柄が見える。
「いくぞ」
「何処へいくの」
玄関から外へと歩き出すシルバーナを見送るか迷った足取りで、一歩だけ足を動かして止まった。
朝から並んで木でできた茶色い剣を振るっている兄弟を横目に歩く。
陽は、低い。
「女衒狩りだ。あんた、女衒が嫌いなんだろ」
「嫌いだね」
道には、何もない。歩く音がして、兄弟の視線を浴びる。期待して背けた。というようなものだ。
門の外へと向かっている。
「んじゃまあ、あたしの利益とあんたが好みが合うんだ。手伝え」
利益がある。いいことだ。特にセリアやアルは無料奉仕させるのだから。ユウタはユウタで稼がないといけない。金がないとあらゆることに差し障る。
「そういわれると、断る理由もないような気がするなあ」
「嫌いだから始末してしまえって、アル様にねだったのかい」
「いや、そんな暇じゃないよ」
ねだるも何も、別に殺して回るほどに憎くもない。ただ、好きか嫌いかで言えば嫌いなのだ。
それを仕事としているのが、奴隷商売だからか。そうだから憎いのかというと何より奴隷の扱いが上手くなるユウタの手管がある、だからか。
「まあいいさ」
門に立つ衛兵に挨拶して外へ出る。世界は、滅びかかっているわけでもなく人の通りはまばらだ。
◆
ユークリウッドを連れたシルバーナが向かった先は、王都からほど近い東の都市ベルン。
10万人程度が住み高い城壁に囲まれた風体をしていて、王都にはないものがある。
一つは、入りやすさだ。時間のかかる検問が、簡略化されているのだ。
都市の近郊に湖があり魔物がでる迷宮も近い。
そして、ライン川とつながっているので北と南に輸送が可能だ。
ベルンには、対魔物の結界が広がり外に出ても王都同様に安全に耕作ができる。
そんな都市ベルンだが、人の出入りがしやすいために風俗も人が集まる。
自然と売春宿ができ、女が股を開く。
「で、便利だよな。あんたの魔術」
出向くとなると、近郊とはいえ1日2日はかかる。転移門で移動しれば、1秒足らず。
シルバーナからしてみれば、喉から手が出るほど欲しい。いくら足が速くてても人は風になれない。
ましてや、光にはもっとなれない。レベルを持つ冒険者が健脚で、50mを5秒だったとしてもだ。
しかし、それはそれ。シルバーナはユークリウッドが嫌いだ。
「うん。それで、その女衒というのは何処にいるの」
「あの建物にいるらしい」
眼下に広がる建物の並びはぐるりと円を描いていて石を四角にして積み上げていた。
煉瓦か石で組み上がった壁の色は赤茶色だったり肌色だったりする。
変哲ない壁と雨戸があって閉じられているのは不思議といえば不思議。
金髪の優し気な眼差しで女を侍らせている男は、何を考えているのかわからないから不気味である。
「あたしは、女衒があってもなくても困りはしないんだけどねぇ」
とはいえ、任務は任務。王子の覚えがめでたい男と喧嘩をしたりしない。
そう、関係ないのだ。酒場の手下が、下の処理で呻いていたが知ったことではない。
シルバーナの家が再浮上するには、金、権力がいる。ユークリウッドは金を持っていてたかるには都合がいい。女絡みで家門の家臣、手下が下手をこけば始末するだけだ。
「僕は必要ないと思うね。あそこ、そもそも、罠ってこともあるよね」
茶色をしたシルバーナの半分ほどの丸太を手にした。黒い穴。インベントリか。
シルバーナは妬ましい。腰には袋がある。が、所持金が入った物だ。
ユークリウッドが丸太を転がす。シルバーナは、目を疑った。丸太でどうしようというのか。
茶色く短い丸太は、転がっていき人通りのある通りへと落ちた。
誰彼となく悲鳴が上がりそれと構わず茶色の丸太は鉄の縁作りをした扉へと当たった。
丸太が前後に転がってぶつかる度に扉はきしんで割れていく。
「どうやって指示を出してんだい。念話とかそういうのかい」
「念話かな。女衒は、禁止にしててもやるって理解できないよ」
ユークリウッドは、顎を撫でてている。丸太をどうやって操っているのか知れないが、女衒は必要でないと王子が言うのだ逆らうわけにもいかない。手下が要らないので金がかからないのは、好都合であるものの、
「金になるからやるんだろ。それ以外に理由なんてあるのかい」
「働けばいいのに」
女が働く。働く場所がない。そもそも、農夫にしろ職人にしろ女が金を稼げるとでも思っているのか。
ユークリウッドの思考は、シルバーナに想像できない。
シルバーナの家には、メイドがいた。今は、数が激減して3人しかいない。一つの部屋でも一人で掃除をするのは大変だ。掃除人のジョブはあっても、埃や塵を取るのは手作業だしスキルを連発できるほどならいいところに雇われる。
「んー。大した事ない、かな」
「へえ」
水晶玉を手にして、中を見ている。水晶玉は、インベントリから出したのであろう。シルバーナにしてみれば、手下もなく制圧できるなど思ってもいなかった。建物の屋根から下は、野次馬が遠巻きにして建物を囲んでいる。屋上は、煉瓦で小窓が木板で塞がれている。煙突から逃げることは可能か。
「女衒だよ。所詮、そんなものさ」
「用心棒とか雇ってるみたいだけど、見ることはできても何言っているのか聞こえないんだよね」
「どういうことだい」
水晶玉を眺めて座っているだけだからか。見るだけで、丸太は茶色の細いもので縛り上げている。
そのような丸太を見たことがないものだから気色が悪くなってきた。
「丸太が声を聞いたとしても、僕には聞こえないってことさ」
「便利なものじゃないのさ。それで、密偵の代わりになるんだったら手下は職がなくなっちまうよ」
金をかけて敵に忍び込ませるだけ無駄ということになる。
業腹ながらにやっている稼業だが、実入りはあるのだ。それもなくなれば、いよいよ盗賊稼業。
王子から仕事を貰っているので、そこまで堕ちていかないとはいえ・・・
「あー」
地下への扉を開けて、丸太が進むとユークリウッドは目を瞑りだす。
「嫌な予感してきたなあ」
牢屋がある。縦に鉄の棒が伸びて人が出られない。格子の扉は、頑丈な鍵と模様が刻まれた代物だ。
「スキル封じ、普通じゃないのさ」
「牢屋は気分が滅入るよ」
などと訳の分からないことを言う。ユークリウッドといえば、餓鬼の癖に戦場働きをする分で有名だ。どれだけ殺してきたのか知れない。牢屋など、可愛いものではないか。魔術で記録された板を読み取ると映像が出る道具だってある。放ったであろう術の一つで死んだ敵の数は、万を超えるのだ。
牢屋は、娼婦が逃げないようにするためだ。あるところにはある。
「助けたところで、女は股を開くしかないよ」
「そこは、考えないと」
「あんたは、仕組みを作るのは上手いんだろうけどねぇ」
人というものは、信じ難い。娼婦が娼婦を止めて働ける場所があるとでも? 力こそ全ての大地で弱い生き物は、死ぬしかない。
そして、信頼できる家臣など喉から手が出るほど欲しいものだ。
「女ってのは、働くようにできてないのさ。あんたんとこの兵隊がどんだけいるのか知れないけど、女が兵士になってるなんてないだろ。飛びぬけたのは、別としてもだよ」
「確かに」
「身を粉にして働くより、男の尻を叩いて働かせるのが生き物としてあってんのさ。仮に女衒を無くしても今度は股を開いても金を手に入れられなくなっちまうよ」
女は、男より弱い。ましてや、女衒がいなくなればいなくなったで金を払わない男も出てくる。
困るのは、誰なのか。
「あんたが望めば、そりゃあ男が支配する世界も壊しちまえるんだろうけどその後さ。どうやって支配してくのさね。まさか、考えてないとか言わないだろうね」
全部、シルバーナの手元に来ている。金は、儲かるが望んだことではない。
何しろ後ろめたい事ばかり。日の当たる方がいいに決まっているから、気に病む者は配置を変えてやらないといけない。いい女は金になるから、商売には困らない。
「シルバーナがやってるじゃない」
「ああ、そうさ。あたしは」
騎士になりたい。そうあるべき。商売人ではない。ユークリウッドは、商売が上手で権力と結びつける男だ。周りの貴族からは、農奴を引き抜いてと非難を浴びているけれども彼らにして諍いを仕掛ける者はいない。隣は、愛人のエリアスでその家門は魔術の大家。喧嘩を売るには、大きな賭けが大きすぎる。
だからといって、尻を振りたくない。
「売春管理人になるつもりなんてないのさ。だから」
「こいつが、ボスなのかな」
口をぱくぱくさせながら手斧を振りかぶる長髪の男は、枝が絡みつくと動きを封じられた。
飛来する火の塊は、丸太の枝で受け止められる。敵は、準備していた。
が、丸太が増えていき伸びる枝と燃え落ちる枝と増える火ですぐに人は動かなくなる。
丸太の数が合わない。
「悪名高い滓もここまでかい。やるじゃないのさ」
「建物の中で火を使うとは思わなかったけど、ちょっと頭がおかしそうだったね」
火の煙か空気の毒で動かなくなった。動いているのは、丸太だけ。建物から出てきているのは、女だけだ。取り囲む野次馬たちも、女に手は出さない。拷問好きの女衒たちだったので逃れられて、せいせいしているというところか。煙も出てきて輪には兵士の姿も見えてきた。
「行かなくていいの?」
「いや、聞けばあんたレベルを上げるの得意なんだってねぇ」
本題は、ここだ。アルストロメリアのレベルを知れば当然だろう。
「だから?」
「こうやって、あたしが女衒狩りさせてやってんだから見返りもあるべきなんじゃないのさ」
水晶玉を持つ腕を掴む。逃げられては敵わない。置いて行かれて困る。
目をぱちぱちさせるユークリウッドは、鮮やかな金毛の眉を逆さハの字にした。




