489話 お散歩
ユウタが移動した先は、丁度西風が吹きすさぶ赤い大地だ。ミッドガルド軍の陣地に出た。
2人だ。見ようによっては、よらなくても場違いだ。片方は、紺色の下袴に黒色の胴鎧を着た少女。
もう片方は、黒いローブを羽織って黄色い頭が眩しい。
「さてと、早速だけどどうしたものかな」
ひそひそと兵士は会話して目を合わせようとしない。しても、目を逸らして直立不動だ。
ユークリウッドの事を恐れているのだろうことは明白。
彼らもまたステータスカード等を利用して、相手を確認する。もしくは、鑑定するのだ。
「司令官にご挨拶するか、でなければこのまま前線へと?」
「さて、どうしようか」
決めていないのはいつものことで、敵陣、敵城から魔力の高まりを感知してユウタは、土壁を作る。
十重二十重にせり上がっていく様を見て、トゥルエノは呆気になった。
「これはっ」
これは、ではない。非常にいいタイミングでの攻撃で、まごついていれば味方の兵と諸共に蒸発していたであろう。ミッドガルド兵も土の壁を見て右往左往だ。が、何時破られるともしれない壁を見ていて安心していられるものではなかった。
水晶玉から、見える大体の位置に石っころと土砂を転移門を通して反撃にと落とす。
敵の妨害は、ない。ユウタの攻撃は過たず敵城の頂上こと尖塔へと突き立って光が消えるの見つつ火線を送り込む。もうもうと煙立つ城が、赤く輝いて爆発した。
もっとも恐れるべきは、敵がユウタを把握することで位置がばれているのなら反撃もくる。
トゥルエノを誘って、隠形を使い壁から離れて城へと向かう。壁を貫通するような術を持っているとも限らない。光がどのような効果をもたらすのか知らないが、土壁の外側へと移動するに、敵は来ない。ユウタを見つけられないのか。
それとも、
「んー死んでしまったのかな」
土の壁には、黒い染みがついていた。真横に一文字を描くようだ。が、これはこれでミッドガルドの兵も先へと進めない。暫く待ってみても、反撃の光はこない。付き立つ赤い光で溶けてしまったのかそれとも命中して死んでしまったのか。
はたまた、
「これでは、敵兵も生きていられないかと」
むしろ、生きている方が不思議といわんばかりだ。
敵に転移門が使える人物がいなかったのか。そう考えると、他に出来る人間に出会わない。
距離を無視する能力を選ばないのか、それもと選べないとか。
「結界も張っていないようだし、こんなものなのかな」
「あの攻撃を防げる術者は、ミッドガルドでも数が少ないと思われまする」
そうなのだろうか。セリアには防がれる。もしくは、避けられる。フィナルやエリアスに試したことはないが、訓練しておくべきかもしれない。転移門を使った攻撃に、どう対処するのか。崩れ落ちる城の上部と防壁に立つ兵が火を恐れて逃げ惑って落ちていくのが見えた。これで、水を落とすと城門の前から下がっている味方の兵まで巻き添えになる。
ユウタは、転移門を開く。
次に向かった先は、ネロチャマ村だ。
特に代わり映えのしない田園が広がりを見せている。一日、二日では変わらない。
「ここは?」
「ミッドガルドの南西、ヘルトムーアからみれば東かな。特に、魔物もいないし、争いといったらロゥマの貴族が難癖をつけてくるくらいなんだけど」
実際、面倒なので問答無用で処刑していたりするのだから始末に困らない。
昔の武士さながらに、面と向かう前に矢の的ならぬ魔術の的だ。
領有権を主張されたりすれば、劣勢なのは明らかだしただの農民とか避難民が戦えるはずもない。
傭兵だとか盗賊団がやってきても同じだ。
東へ向かえば、ゴブリンやらオークと揉めている町だとか町だった跡地があるものの、人がずっこんばっこんにやられているのは面白くなかった。
村の西側にある高台から眺めていれば、周囲が一望できる。
相変わらずの白い天幕が、並ぶ。心なしか増えているような? だが、ユウタが解決できない。家を建てるのは、大工で一から有を創り出すなんてできないのだ。それこそ、どうやって? というものだ。
(スキルで家が出来るなんてないよな・・・)
家作る、コマンドになるのだろうか。しかし、ぴこりんともしなかった。ステータスカードも反応はない。流石に、無茶な注文だ。ユウタが、手作りで作るしかないわけでそんな暇はというとない。
(まあ、人の心も操作したりできないんだけどね)
人の心は、簡単に変わりそして性根は変わらないものだ。人は、悪性か善性かというとどちらかといえばユウタは善性を信じたい。
心を操作が出来るならば、一体どうやってするのか気になる。催眠か。それとも洗脳か。
どちらにしても碌でもなさそうなスキルだろう。ユウタが言えた口ではないが、人形使いのジョブがまさにそれで鬼畜スキルを持つ。
たまに、セリアに使いたくなるのは病気だろう。尻尾に顔を埋めてすーはーすーはーしたいなどと、とんでもない変態だ。わかっているのだ。世間一般からしたら変態ではないかということ。それでも、時たまーにしたくなる誘惑は、大きい。
「こちらは、どのようなご縁で来ているのでしょうか。気になります」
「んー、じゃあ、のんびり絨毯に乗って散歩してみようか」
村の周りにゴブリンの姿はない。が、水晶玉では見てわからないこともある。水路ができていたり、だとかアルストロメリアの家臣に見つからないように隠形を使いのんびりと空の散歩へとしゃれこむ。
基本、平たい土地が広がって北に行くと山。山の裾野に森が左右へと広がり、西に橋と滅んだ町並が見える。東は、街道とそこそこの人が歩く。
といって、ぽつりぽつりで荷車を押していたりするのだから避難民は増えているのだとわかる。
避難民は、避難民で受け入れるしかないのだが限界もある。ネロチャマ村の備蓄を食い尽くすようなことがあれば、ネロチャマ村の先住人の方が何をし出すかわからないからだ。
低い木々からは、何が出てくるのかわからない街道は危険だ。ゴブリンが駆除されていても幽霊、不死者、その他の魔物は突拍子もなく現れて人間を殺す。荷車が転がって、荷物も放置されていたりするのはそういうことだろう。
ユウタは、インベントリから茶器を取り出して水を魔術で温めながら茶葉をいれた茶色いきゅうすに注ぐ。金網は、職人の手製で茶葉もどこぞより取り寄せた。ルーシアに言えばすぐだし、ユウタは香りを楽しむとこれまた茶色の湯飲みに注いでトゥルエノの前へと差し出す。
「これは、茶ですか」
「そうだね。どこで、生産されたのか知れないけれどね。いい匂いがするし、毒は、うん、ないね」
お茶より炭酸が飲みたいが、無いものは仕方がない。エナジードリンクはユウタも大好き。
しかし、ない。ひょっとすると、日本へと転移出来た際に拉致してくるべきなのだろうかと思う次第でしきりに飲みたくなる。こればかりは、病気寸前だ。
茶色い湯飲みを置かれた絨毯は、波打つ事もなくまっ平らで座る女の子は小袖から白い手を見せた。
周囲から魔術や矢が飛んでくる様子はない。魔力の高まりもない。まるで、気配を隠しているかのようだ。
小さな口に茶の湯を含んで、
「おいしゅうございます」
「左様で」
とユウタは答えた。とんだ遠足となっているものの、トゥルエノが死ぬようなことがなくてほっとしていたりする。光を見た瞬間、逃げるか跳ぶか迷っていれば焼かれていたかもしれない。もしくは、土壁が遮れなければ? ユウタは、ミッドガルド兵諸共に光を浴びてどうなっていたことか。死ぬか、それとも周りが死ぬかと恐怖した。
「茶の器に、興味はおありですか」
「うーん。黒い平べったいものは、いいものくらいにしか。興味はあっても、お値段がするとなるとですね。さして、必要でもないもので」
何を言っているのやら。ユウタは、しどろもどろだ。興味は、ない。しかし、ないと言っては話も続かない。
「主様は、どちらかといえば茶、そのものに拘りがありそうですね」
「美味しいものは、好きですよ。苦いだけでは、ね。そして、時間もありませんし」
ゆったりと、空を飛んでいるが魔物がいれば空から攻撃だ。下から見えないのが肝で地面だけを気にしていたら上からというオチをつけたい。土槍は、地面から上からは火槍か火線で。ともあれ、森に隠れているのか丸太1号でも召喚しないと出てこない。街道の先へと進み廃墟となった町を発見した。中心部も、人はいなくなっている。
「結局、人がいるなあ」
「町、ですよね。復興でもなさるおつもりですか」
「そうしないと、ネロチャマ村が最前線に成っちゃうからねえ。その前に砦でも作らないといけないんだけど。兵隊も、アルストロメリアんちで支援もアルストロメリアんちで、何もかもがアルストロメリアんちってなるともう、これアルストロメリアんちの領地になっちゃうんだけど、いいのかなって」
「それは、お上のお決めになることでは。主様が心配されてもせんのないことかと」
「そうなんだろうけどね」
実際、アルストロメリアが何もかもを差配しても、ひっくり返すのがアルたちだ。
当然代価をアルストロメリアが頂くことになるとして納得するかである。
もっとも、アルたちに逆らうミッドガルド国民がいるのかというと・・・
「生かすも殺すも声一つなんだから、難儀だよ」
それに、トゥルエノは微笑むばかりだ。ユウタは、悪寒を感じて防壁を張るか迷った。
『おい』
「?』
『私が苦労して書類を処理している間に、いい身分じゃねーか。ぶっ殺すぞ』
どこで見ていたのか。悪寒は、アルのどれかだ。
『防壁を張るな、結界をちっこくしろ、跳べねえ』
と、光の靄が横で広がるので止まる。絨毯は、十分に広い。4,5人が座ってもまだ余裕だろう。
果たして、出てきたのは白いシャツに短パンの幼女だ。
「日傘。あっちいだろ」
誰なのか。アルーシュなのかわからないが、次第にアルトリウスの方だと気が付いた。
「おい、てめーー。俺が一生懸命に事務処理してんのに、なんだこら、これ。俺にも飲ませろ」
ユウタは、頷いて、同じようにして出てきた縦ロールと黒い帽子の幼女を見やる。
一体、どうしてやってきたのか。二人とも、顔は血だらけだ。トゥルエノが拭いてやり、横になったが動かない。
「こいつら、むりくり結界突破してしょうがねえの。まあ、美味しいな。ところで、何で俺に声をかけない?」
「いえ、その」
どうしてって、散歩になっているが散歩ではないのだ。空をふよふよと飛んでいるだけになってしまっているけれど、ゴブリンもオークも出てこないのが悪い。なんなら狼や猪でもよい。良いのにでてこない。これでは、遊んでいるように見えるだろう。
「まあ、いい。いいか。俺もこういうの好き。何もしねーでのんびりすんの。好きなの。わかる? これ、こういうのでいいんだよ。魔法ぶっぱでもいいけどさー。たまーに、絨毯で菓子食うのでいいんだよ。お前、こっちさみーからって、こねーのおかしいだろ。お菓子、ほれ」
ユウタは、仕方なく茶色い茶菓子を出す。まあ、煎餅であるのだがこれまた匂いがいい。
醤油も当然振りかけて、風味が乗っている。手にとったトゥルエノとアルトリウスがかりっと音を立てて食べていくと、お盆に乗った煎餅は海苔巻きやら胡麻やら消えていった。
「なんだこれ、マジテロだな。お菓子、どーしてこっちにはないんだ。取り寄せって、配達、あれ、こっちに配達、お前、すっかり忘れてねーか。おい」
「そんなことありませんって」
忘れている。こともないが、普通に入ってはいない。砂糖は貴重品だし、大量に作られているのは麦だ。ユウタの秘密の迷宮工場は、単一のものしか取り扱ってない。それを他の物に替えるのが、オデットやルーシアの家だ。
「このふっくらとしてもっちり、それで中に入っているとろりと雪解けのような味わい。本当に、一品といって宜しいかと」
「おかわりは、ないのか」
「ほどほどにしておくのが、美味しく食べるコツですよ。食べ過ぎると不味くなりますので」
「そんなものか。寝る」
えっとなって、日傘を固定すると3人が川の字になっている。間を挟んだトゥルエノは、微笑した。




