488話 ねだる
水晶玉は、男3人を映している。部屋だ。木でできていて暖炉の薪に火がついている。
なんとかして声を拾いたい。見えていても仕方がないのだ。
しかし、声は聞こえない。なんとかして、声が聞きたい。どうすれば・・・
(魔物が声を拾ってくれるとか、忍がいればなあ)
無いものねだりだ。わかっている。
隣には、トゥルエノがいて階段に腰かけている。学校だ。来たい訳がないものの、家に戻ってもすることがない。ユウタの通う教室からは、見えない。通っていないのだから、当然赤点の連発だろう。実際、何しにいくのという具合で行ったところで? という。
(要するに、聞こえるようになればいいのでは? 直接つながって、見えないようにすればいい)
ユウタは、『聞き耳』を獲得した。
ユウタは、『空間操作』を獲得した。
珍しい。『聞き耳』をステータスカードで確認する。
聞き耳(肉体系):聴力がアップする。聴力をアップすると咆哮スキル等で、鼓膜が破裂しやすくなる。
こんなのあったんかいというようなスキルだ。しかも弱点が発生して微妙ではないか。
空間操作(魔術):精緻な空間操作が可能になる。亜空間を通して彼方と此方を繋ぐ。
精神が不安定、もしくは精神を消耗した状態での術式は制御を誤ると・・・
インベントリに似ている。
ユウタは、魔術師のジョブを持っているので、空間移動が可能だ。転移門を、縦横を小さくして水晶玉の向こう側へと展開してみる。すると、
「ちっ、おっさんが死にやがってことがデカくなってきやがった。どうすんだ」
男の声が聞こえてくる。怒気を孕んでいた。室内である。暖炉の火と蝋燭の灯りが壁にシルエットを映す。
ツーブロック男とおかっぱ頭の皿無し男が向き合っている。
ツーブロック男は、おかっぱ頭に掴みかからんばかりだ。
「便器の一つが壊れちゃったくらいじゃん。気にする必要ないって。このままやり過ごしてしまえるってば」
「そうそう、俺らがなんかしたっけ」
「そうだよ。クーパァが勝手に飛んだりしたけど、いじめなんてしてないじゃん」
「だな」
仲間の言葉で落ち着いたようだ。目を鋭く細めていた少年は、立ち上がって、
「いいか、この件。べらべらしゃべんじゃねーぞ」
ツーブロックに2人の少年が頷く。
ユウタは、全員処刑していいのではないかと思い始めた。関係者も含めて、全員黒そうだ。
学校は、行くべきものであるがいじめられるなら行かなくてもいい。
死ぬよりマシだし、36計逃げるにしかずなんて言葉もある。
「その者たちをお斬りになさいますか」
横で水晶玉を見ていたトゥルエノもどうして極端な行動に走るのか。ユウタが人のことを言えた口ではないけれど、
「シルバーナが調査しているし、捕まるでしょう。そうでない時に、どうにかしようと思います」
「それでは、そのように」
素直だ。セリアなら我関せず、いや他の女の子でもそうだろう。貴族は、利益で動くもの。
瞑目する少女は、納得をしていない様子だ。いじめは塾が舞台となった。ユウタの通う学校とは、学ぶ舎だ。歴史を学ぶでもいいのかもしれないが、
(他の転生者だったら、やっぱり学校に行くのだろうか)
気になる。そして、
(神様からチート貰ってくるんかな)
転生者なのだ。定番の鑑定からスキル強奪、能力値強奪となんでもござれである。
出会ったら最後、大概は殺し合うものだと推測できる。転移者であるアキラは、殺さなかった一例になるだろうか。
ともあれ、時間は有限だ。シルバーナからいじめっ子たちの結果を貰えればそれでいい。
「主様、よろしいでしょうか」
「え? うん」
陽は、中天に差し掛かっている。階段に座っていたトゥルエノは、刮目していた。
「いつヘルトムーアへ出兵いたしますか。そこをお聞きしたく」
「兵? 兵士は、ねえ」
兵士は、簡単に揃えられない。数だけなら募ってどうにかできる自信を持っているけれど・・・そう。
金がかかる。しかし、少女には何やら一存がありげな様子だ。
「ヘルトムーア王国を攻めよ、との王からのお下知を聞き及んでおります。何故、出兵なされないのですか。兵は、十分にあり金子もまた過分にあるとのこと、グレゴリー様、トーマス様は気にしておられます」
モヒカン鎧とトンガリガリ勉の入れ知恵か。ユウタは、勝手な行動も放任していた。
略奪と殺戮さえしなければ・・・
「それじゃあ、ヘルトムーア王国の様子でも見てみようか」
水晶玉を覗く。景色が飛んでいき、ざっと見るに北側でやりあっている兵士の姿が見えた。
ヘルトムーア王国を攻める。というより侵略だ。圧倒的な侵略だ。
中央に位置する首都は、見る影もなくなって廃墟になっている。
大地は、引き裂かれて割れ目が幾つも開いていた。直す方は、大変だ。
首都を取り戻そうとするヘルトムーア王国兵の死体が無惨な姿をさらしている。
北側にあるヘルトムーアの拠点が孤立して陥落するのも時間の問題だろう。
煙を上げているのは、ヘルトムーア国旗の立つ城の方で包囲されていた。いくつもの壁にできた穴は、投石機によるものに見える。見た目は、侵攻しているミッドガルド王国側が優勢のようだ。
「お決まりましたか?」
「とりあえず、移動しながら決めるよ」
学校にも結界が張られている。外には、簡単に出られる術だ。でなければ、移動に差し支えるというのがアルの一存で決まった。首都には、魔物だけを出入りできないようにする結界。ということは、黄色い毛玉や白い毛玉は魔物ではないのか。
普段は、出入り自由。主にアルの都合である。しかし、その気になれば逃がさない。長距離だろうが、転移魔術を行使できる人間の少なさも相まっての仕様と仕掛けだ。ユウタは、転移門を使いこなしているけれど他の人間が多用しているのを見ていない。とすると、ペダ村からでてきてすぐに転移できるようになってしまったのは罠だったのか。
(つまり、転移の術もしくはスキルが公開されていても使える人間が決まっているから特定も容易い・・・)
ゲームのように皆が使えるのなら、誰でも転移門を選ぶだろう。同じ魔術師のジョブを持つエリアスは転移門の運用に四苦八苦している。しかし、共通スキルとして登録されているはずなのだ。不思議だった。
ともすると、転移門を使う術者というのは普通でなかったのか。
だから、すぐにアルたちに気づかれたのかもしれない。ユウタは、行き先を決めあぐねていた。
向かう先は、ちょうど真昼間から城を攻めている戦場かそれとも首都か、はたまたネロチャマ村か。
校舎から出てくる道には、馬車も生徒もいない。植え込みの木を横にして校門の外へと出る。
守衛が居たものの止められることはなかった。
通行人もまばらで門の横には黒光りする鉄の格子がずらっと横たわっている。
人目を気にしながら、転移門を開いた。
◆
石の塊が飛んでくる。人の悲鳴と怒号は止まない。
ヘルトムーア王国北部の拠点ドレラベガは、陥落寸前だ。
何故、こうなったのか。正確に知る者はいない。ただ、ミッドガルド軍が攻めてきた。
首都を取られたので、取り返そう。10万の軍勢を東西南北から呼び寄せて、殲滅する。
包囲するのだから簡単に取り戻せると考えられていたが、結果は惨敗。
古来からある逆転の方法というと異世界人召喚か或いは勇者という名前の特攻兵器か。
特攻兵器は、安上がりで成功してもしなくても良い。
景品は、国で女というのが定番だ。隣の拠点ビルバオは陥落している。
首都はなく、西側も危うい。ビルバオより東部では籠城している城もあるが、陥落は時間の問題だ。
黒い衣装に身を包む少年が立っている。
(いやいや、それでもこりゃ詰んでるっしょ)
城を前に広がる敵であるミッドガルド軍は、2万ほど。対するドレラベガ城の中は5千。食糧は、やりくりしているものの1ヶ月が限度だと思われた。召喚された勇者というと老若男女な上に、訓練もろくに積んでいない。北は、海辺で東からくる敵勢力が南に陣取っている。逃げ場は西だが、西には敵に占領された軍勢がいるというのだからもう逃げ出したい。
ダイスケは、剣を見つめる。ありがちな、あり得ない話が横たわっていて目の前はハーレムでもなんでもない。女の子すら側にいなかった。不満は、山のようにあるのだが、男が、
「反撃に出るってよ。準備ができたら、裏口から敵の食糧を焼きにいくぞ」
簡単に言う。森が焼かれて城から出る兵というのは丸見えなのだ。
勇者召喚は、応じたものではない。つまり、大介に声をかけた黒衣の戦士もまた日本人風の顔で大柄だ。筋骨隆々の戦士のチートか。レベルが20と明らかに違う。最初からそうだったのかそうでなかったのか知れないが即日運用が可能な兵士になれる。
男は、若い。20代か。憧れの装備を身に着けている、というのは間違いない。
「了解しました。それで、どっから降りるんですか」
応じる少年ことダイスケは訝しんだ。空でも飛ぼうというのか。城は、丘にあって切り立った崖を作るのは民家だ。石の壁でできた直立した町がそのまま城下に広がる。城へ直接つながる入り口は、南側にあり細長くてなだらかな坂になっている。反対にある北の裏手は、湖だ。さらに離れて内陸湾が姿を見せる。
援軍の姿はない。
「こっちだ」
城の内部には、井戸代わりの水辺がつながっていた。そこから潜って外へと出ようというのだろうか。
敵は4倍。ダイスケの衣装は、黒い。服には防水性が付いているものの水中には適しているのかわからない。スキルがある世界だ。大柄な男は、
「スキルを確認したいが、いいか」
隠しておきたいが、そうも言っていられない。確認している時間もなく連れて来られて隠蔽などない。
「どうすれば?」
「ステータスオープンと唱えればいい。俺らにも見えるようになる。当然、お前にもな」
迷ったが、ダイスケは、
「戦士さん、お名前を聞いても?」
「鑑定が使えないのか。使えるのに、聞いてくるのは癖だとでも・・・まあいい。俺は、やまもとひでお。山にもとで英雄と書く」
「俺は、青木大介です。青い木に大きなすけって書きます」
「お互いどこにでもいそうな名前だな」
そこじゃねえだろと思いながらも、そう言えないのがダイスケだ。
目下のところ、状況がわからないままだ。
「ダイスケは、逃げてもいいらしいがどうするんだ?」
「逃げれる状況じゃないですよね」
「まあな。捕虜になれば、どうなるかわからん」
地響きがする。建物が揺れるはずがない。が、石がぱらぱらと落ちてくるのだ。只事ではない。
ヒデオと共に駆け足で石の階段を登っていく。ヒデオの持つ蝋燭の灯りを頼りにしているのだ。
生き埋めは、洒落にならない。
「敵が、乗り込んできている可能性があるな。死ぬなよ」
ヒデオは、大剣を背負っているのにそれを感じさせない速度だ。
対するダイスケは、息も絶え絶えである。ぐるぐる回る階段を上り、城の窓から見えるのは光の線だ。
城の上部から敵陣へと伸びている。光る兵器つまりビームとでも言うのか。
「なんすかあれ」
「馬鹿な。早すぎる。そして、放ったら敵も仕掛けてくるだろう」
情報を集めるどころか、地響きは頭上からしている。城の上部か。落下してくる石で死ぬのかそれとも建物ごと押し潰されるか2択が見えてきた。現状でできることは、逃げることしかない。よくわけのわからない自称神さまに二振りの剣を貰ったとはいえ、それだけだ。剣と服だけで死にかけている。飛んでくる石が頭に当たって倒れている兵士と逃げ惑う兵士で外部へと繋がる道も混雑してた。
ヒデオは、飛来する石を篭手で弾いている。それと、合わせるように、
「いくぞ」
ヒデオは、ダイスケの腰ベルトを掴んで建屋の上へと飛び乗る。驚異的な脚力だ。光がやんで地響きが止む。城の尖塔が有ったと思われる場所には、巨大な岩が突き立っていた。
「乗り込んでくる敵と戦うか、それとも脱出するしかなさそうだな」
「あれ、なんすか隕石落としとか魔法がある世界だったりするんすか」
「あるんじゃないか」
目の前に広がった光景というと、鈍色の兜を被った兵士が城塞の壁をよじ登る様だ。
敵が、梯子を使うでもなくよじ登ってくるのにあっけをとられてつつも前進して打ち合いになる。
押している兵士の背中が破裂する。肉にくしいものが飛び散って、兵士は倒れた。
代わりに現れたのは、女の子だ。
「なんだあれは」
ヒデオが大剣を正眼に構える。ダイスケも構えたが、銀色の髪の下で口から叫び声が聞こえると突っ伏した。
(なんだ? これは)
「降伏しろ。さもなくば殺す。皆殺しだ」
そういいつつ、指が動いて黒い影が刃の形を取って通路を真っ直ぐに走っていく。
兵士たちが弾けてばらばらになっていった。




