485話 話せばわかるというが、そもそも聞く気がない
人とは欲望の生き物だ。
当然のように他から奪い踏みにじる。そうでない人間のいるはずがない。
歩けば、蟻を踏み殺す。肉を食えば、命を奪った結果だ。
赤い絨毯の敷かれた部屋だ。壁は、白一色で明かりがついている。壁には椅子に座った者の肖像画が一枚あった。背もたれに体を預けると、足を前にした。短足にならないようにする為だ。スキル【肉体】【操作】があれば、どのようにでもなるが自然な者と不自然な者は一目でわかる。
そして、人も神族も大した差はない。アルーシュは、目を閉じる。
手の汚れない人間など1人としていない。神族もまた同じ。
惑星の99%ほど死に絶えたとしても、自業自得だと言い切れよう。
神族であるアルーシュは、違う世界だって視ることができる。
例えば、アルーシュの行動の結果地球に住む人類が太陽光を遮る兵器黒傘によって死に絶えかけたりだとか。同じ地形に住む人間だけ生かしておいたりだとか。
結果、ユークリウッドは居なかったけれどテヘペロで痛痒を感じないだとか。
それらを廃棄して巻き戻したりだとか。全ては、ユークリウッドを逃さない為だ。
そのためならば、見知らぬ人間がどれほど死のうが知ったことではない。
蟻を踏み潰してなにも感じない人間と人を殺しまくって何も感じないのが神というもの。
そんな神が、異世界転生など唯の人間にどうしてしてやろうか。ましてや特典をつけたり鑑みて恩恵を与えたりするなど、神らしからぬというものだ。
だからか? 仕返しとばかりに、神もどきが転生者や転移者を送り込んでくる。
地球の制宙権を握ったのなら何もロボットや怪獣で攻撃して破壊するよりも太陽を隠して氷漬けにする方がよほど効率がいいというのに、残虐だという。
机の上には、書類一つない。黒いインクの出る筒と金属の板がある。
性懲りもなく、ヘルトムーア王国は、勇者の召喚を行ったと表示が出ていた。
当然、一人残らず殺せと書き込む。
椅子から立ち上がり、窓から下の景色を眺める。異世界人は、排除しなければならない。
彼らは、神対する信仰心など持ち合わせていない者たちだ。
故に、簡単に神を殺そうと企む。何を考えているのか。
本棚からお気に入りの1冊を手に取る。ジャポンランドで書かれた本だ。悪役令嬢物である。
勇者物は、アルーシュが馬鹿にされたような気分になるので1読して好まない。
アルーシュは、神族であり王族である。他に2人の姉妹がいるものの、本当に血が繋がっているのか怪しいくらいだ。何しろ父親がいない。そして、出産されたのかもわからない。
「うーむ」
婚約破棄して、王族が不幸になる没落展開はあり得るのか。
あり得ない話だから面白いのかもしれない。よほどの功績を打ち立てて、別の女と結婚する意味があるのか。どうせなら、側室にでもしてしまばいいのに訳がわからない。
(妾じゃいかんのか)
これに尽きる。財力も、権力も、暴力もアルーシュ以上の者はいない。
アルーシュが殿下役に見立てるとすると、別のいい男が見つかったので乗り換えるわーであるものの。
試しの儀を乗り越えた者は、ユークリウッドただ一人だけである。
別に男を見つけて乗り換えれば、どうなるか。
ユークリウッドは、離れていく。というより逃げ出す。
ユークリウッドが居なければ、セリアもフィナルも言うことを聞かない。
むしろ、ユークリウッドについていってしまう。
2人は、アルーシュの暴力だ。手放せない。大概のことは、最終的に暴力が解決する。
国民の信仰心を集める上で、フィナルは不可欠だから手放せない。
女同士で婚約してしまって、対外的には男と女であるもののどうするのかというと考えていなかったからどうにかなるようにしかならないだろう。
「むー」
金属板が振動して、勇者殺害記録が流れていく。記録には位置が表示される。セリア自身が潜入して直接攻撃していた。ヘルトムーア王国との戦闘では、直接首都を砲撃するなどできなかった。見える距離まで近づいて、投石、魔術で攻撃し合うのだ。
そうでなければ、最初からユークリウッドに火の術で先制攻撃していただろう。
だから、勇者を召喚したのなら当該場所まで徒歩か飛行船で移動して攻撃しなければならない。
何故かというと、国ごとに神の結界があるから地べたを這って侵攻しなければならないのだ。もしくは、低空で侵入するかである。異世界人たちは、召喚されたその瞬間から油断していたようである。或いは、ヘルトムーア王国が警護として機能していなかったのか。
「奴ら、間違いなく私を魔王にしたて上げてくるからな」
悪役令嬢風にいうのなら、王族かつ魔王。ついで、シャルロッテの様子を金属板に浮かべた。
友達と思しき女の子と談笑している。なんとも微笑ましい光景だ。
シャルロッテに、不躾な言葉をかけたら拷問かつ処刑である。
いじめというのは、まず挑発、侮辱から始まるもの。言って犯罪である。
シャルロッテは、魔族の血が入っているから放っておくといじめられる。
では、放置するのか。守らなかったら、ユークリウッドが離れていってしまう。
弱者は、弱者のままで放置するというかどうこうするのは本人次第ではないかというのが持論である。
這い上がれるように仕組みを作っているのだ。個人の商店は、多くて大規模を認めていない。
大きくてオデット、ルーシア姉妹の店くらい。
元は、ただのパン屋で潰れかけていたがすっかり大きくなった。潰そうと思えばできるけれど、ユークリウッドが離れていってしまう。商人の大店舗化は、大きさ諸々に制限がある。ユークリウッドが許さないからだ。貴族がどのように議論しようとも認められない。
壁に、映像が映し出される。ユークリウッドとフィナル、エリアスとアルストロメリアの4人がいる。
別の映像は、セリアと思しき銀髪の獣耳を生やした幼女が石壁を背景にして異世界人を襲っている。
複数の映像を写す技術は、特に重要で便利だ。
作ったのは、ユークリウッドの家に住み着いたメイドである。メイドは、金を欲していてアルーシュは技術と設備が欲しかった。量産するには、また金がかかる。それでも、1億ゴルであれば十分だ。異世界では普通にあってもミッドガルドに映像を写す技術が育たない。
なぜかというと、やはり呪いを怖がるからだろう。対象が見える。ならば、呪殺可能だ、ということになる。メイドの正体は、知っている。知ってもどうしようもない相手だ。ユークリウッドの部屋に住み着いている何か達は、正体を知るアルーシュの手に負えない。
何故、そこにいるのか。そこからだが、謎だ。もじもじしているフィナルは、襲えといえば鼻血を出す変態でフィナルは「無理っす」を連呼するしアルストロメリアは触ることすらできない。やる気があるのかないのか。
ユウタたちは、ネロチャマ村に帰ってきた。ゴブリンは、うようよといたが狩り甲斐がない。
一方的な虐殺で、戦いと呼べるものではなかった。
フィナルを見ると、視線をあわせて外そうとしないし。
ネロチャマ村は、進歩もなく人で溢れていて夕餉の支度をしていた。
「なー、もう帰るか別んとこ行こーぜー」
「せっかくですもの、東にある穴に行っては?」
「そうそう、色んなのがいるみてえだけどメリア大丈夫かよ。死んでも知らねえぞ」
村は、特に変わった様子がない。南から兵隊がくることもない。ネロチャマ村に進駐しようとしたのか兵隊がやってきたが、ユウタは要らないと考えた。せっかく村を整備し始めたのに、権力が一つでいいからだ。そして、今更ながらミッドガルドの侵略行為と取られても仕方がないことをしているのにユウタは気がついた。
(これは、やばいかも)
まさにアルーシュの侵略に手を貸している。だが、ネロチャマ村を放っておけない。
「大丈夫だって、ゴブリンじゃ物足りねーよ」
「って言ってるけど、どーする。もうすぐ飯の時間が近いけど」
アルストロメリアは、不満げに頬を膨らませた。経験値を誰より欲しているが、戦闘では役に立たない。拳銃を構えていたりするものの、魔物に効果があるのは稀だ。ゴブリンには銃弾が効果があったものの、ユウタの放つ術の方が処理に関して早い。
フィナルが、おずおずと転移門を開き向こう側が見える。通りには、村人が疲れた体を引きずるようにして行き来していた。特に、出来ることはない。村人が飢えている状況でないのだ。疲れを解消するには温泉、浴場の整備が必要になる。時間が必要だ。
「まあ、いいか」
足を踏み入れると、夕日が落ちるところだ。赤い光に黒い靄が立ち上る穴がある。
穴は、迷宮かそれとも魔窟か。いずれにしても放っておけない何かがいる。
オデットたちが探索した穴、ネロチャマ村の近郊に有った縦穴、そしてまた新しい穴だ。
西を見れば山の裾のが見える。東に平地、北にはまた剥げた山が連なる。南も一緒だ。
山からは海が見える。東西に平原が広がっているロゥマの北部で中央山地がややもすると北よりになっている。ネロチャマ村から東にいけば、ヴェネチア方向のはず。
穴は、山。ここは、何処なのか。
「入らないのですの」
見下ろす穴の前には、人骨が散乱していて壁面がぐるりと囲む。【熱風】ならぬ【炎嵐】ならば魔物も一撃で壊滅するだろう。問題は、肉が出てくるか否か。白い肉は、ユウタにとって経験値でしかないもののアルストロメリアにとってみれば即死級の魔物だ。
「入るけど、様子を見とこうと思ってね」
「じゃあ、俺のやつで」
言うエリアスより先に、ユウタは【水流】と聖水を使った。水が、黒い靄を除去しているのか消えていく。中に進む水と、岩壁から出てくる骨の巨人が足元から崩れて水に倒れる。水が聖性を帯びたことで動く骨巨人は形を保てなかったようだ。ぐるりと囲むようにしていた巨人は、倒れると細かく砕けて得物だけが残る。巨大な剣に盾と武器は様々だ。
「おい、降りてたら」
「メリアだけ死んでたかもな」
「冗談じゃねーぞ。空とかとっさに飛べないんぜ。もうちょっと錬金術師に優しくしろよ」
「遊びに来てんじゃねーんだよ。そういう道具を揃えろ。ポーション作ってばっかりで他がだめじゃこの先だって生き残れねーぞ」
当然のように使える術者系【障壁】治癒系【結界】近接系【防壁】これらを持たないと広範囲攻撃に耐えられない。避ければいいというけれど、スライムや虫系の粘液射出、蜥蜴の吐息、避けようがなかったりするのだ。盾も持たないからせめて土壁でも出せないといけないのだが、
「わかってるって、もちわかってるっての」
「何処までわかってるんだか」
動く死体に、銃弾を打ち込むのがアルストロメリアで止まらない魔物に動揺するのは定番だ。
肉体を鍛えていないのが、錬金術師といっても格闘技は学んでいて損もないのだが、
「進むか」
「聖水を流し込むだけでほとんどかたが付きそう」
何も死霊だらけの洞穴に突っ込む必要はない。降りた平地はごつごつとしていて湿っている。水は、ほとんどが穴の中で、一部が山肌を伝わりその地面から煙が上がっている。死体でも埋まって居そうだ。さらに【水流】を放つ。
「がんがん経験値が入ってるわー。でも、これって、どういうこと」
「死体で山ができていたりしてな」
「可能性は、ありましてよ」
穴のそこに蠱毒があったりするのか。底から、駆け上がってくる魔物がいる。
「隠形と土壁かな」
「どういうことですの」
「聖水で、溶けないやつがいるってことだろ」
死霊系は、聖水ですぐに浄化される。しかし、それに耐える個体もいる。世の中定番通りにいかないのだ。わかっていると、ユウタは土の壁をせり上げて穴から出てくる魔物を迎え撃つ。果たして出てきたのは、黒い人形だ。何でできているのか知らないが、それは赤い目と炎じみた影をまとっていた。
出てきたところに、水球が振り避けた刹那にフィナルの振るう光が束となって襲う。身を焦がしてユウタの手から放たれた炎が横薙ぎに光と炎と水が大爆発した。壁に隠れた4人は、霧の中で様子を伺いまたしても火を放つのはユウタだ。
霧の晴れた跡に、くぼんだ地面があった。人の骨が散乱している。黒い靄もなくなっていた。
「なんだったんだよ」
鑑定するに、【忍び寄る邪影】と出てきた。稀な魔物のようだ。
「様子見るとかいって全然、本気の本気だったんじゃねえの」
「まあね」
「こいつが、真面じゃねえときってあるか。ねえよ」
骨を丸太で砕く。丸太一号を呼び寄せて、探索へと向かわせる。下へと進んでいく。
「あれだけでいいのか」
「いいんじゃないかな。アイテムでも転がっていれば拾いにいくんだけど、進みたくない空気かも」
「瘴気だし、吸い込んでろくなことないか」
「つか、骨だけでもなにかに使えそうなんじゃ」
「またそのようなことを、言って復活するのが定番でしてよ」
骨からでも復活、再生しかねない。よくあるパターンだからだ。手加減、油断をして死人が出ては夜を過ごせない。安心して眠れないではないか。
「そういうならそうなんだろうな。でも、剣とかでかすぎて溶かして使うぐらいしかねーよな」
「フィナル、何時の間に光の剣とか習得したんだよ。聞いてねーぞ」
「あら、自身のスキルを公開しないといけない仕来りは寡聞にして存じ上げございませんわ」
「この骨がすっぽり隠れるデカさだったろ。相当な使い込みしてねえと出せねえ」
「ふふ、そう思うのならそういうことなのでしょう」
2人は睨み合う。いっそ、殴り合いを始めそうだ。巻き込まれまいとアルストロメリアは距離を取り、ユウタは、
「帰ろう。ご飯が食べたくなったし」
「光の剣て魔道具か何かか」
「馬鹿、あの光は手から出てたろ。見とけよな。あれを使うってなると」
丸太一号を呼び戻す。
フィナルに疲れた様子はない。ぎりぎりと歯を噛みしめるエリアスに事態が飲み込めないアルストロメリアがいた。
「なあなあ、光の剣ってなんだよ」
「治癒系の使う上位スキルだよ。剣士も魔法剣士を習得して使ったりするね。効果は、浄化が特徴で死霊系、不死系、悪魔系に特大の効果があるよ。国も光系の術は推奨してるし、見た目が派手だから神殿、教会は習得にやっきになるよ。お布施が期待できるし、演出したり使いみちは多いからさ」
「えらく長い解説ご丁寧にどーも。んなこたあ知ってるっての」
「それで、エリアスが噛み付くのは光は水を貫通するから防御できないんだよね」
「あーなるほど。それでか」
ちらと見れば、半眼になった魔女っ子がいた。
不味い。ユウタは、転移門を開いた。




