484話 ヘルトムーア王国の・・・
茶色の土の上には、物言わぬ人の形をした肉体が転がりそれを黒い鳥が啄んでいる。
農夫が鍬を振るい緑色で染まる田園が広がっていた平原だった。
人は、絶えて血と折れた旗や鋼が突き立つ。
平野には、死体が転がり朽ち果てる様を見て何とも思わない。思う人がいない。
それが、ヘルトムーア王国の現状だった。
兵士は、腰が引けるようになり負けそうになれば逃走するのも当たり前。
誰もが敗北を予感している。
街では、徴兵の声が盛んに叫ばれているがもうそれに応じる人もおらず行き交う人々はせわしげにしている。納税は、額が大きくなり終わらない戦争に辟易した風潮だ。
「首都を取り戻せ!」「ミッドガルドを追いだせ!」
という声も、戦場に行った兵士が戻ってこない或いは大怪我を負って物を言わなくなった様を見ては尻すぼみになっている。内陸部を押さえられ、山脈がぐるりと遮断する沿岸部は各個撃破されるか兵力差で蹂躙されるか子供でもわかる地形だけに取り返そうとするのだが、
「10万人の兵士が全滅」「ゴーレム部隊全滅」
などと伝わってくれば、兵士の成り手も居なくなろうというもの。
王都と狙う馬鹿と揶揄されたのも束の間、袋の口が閉まらずに中で狼が大暴れした。
生きて帰る者のいない戦場と無能と謗られる王侯貴族たちに打つ手がない。
志願兵がいなくなり、前線は崩れてそのままだ。
そうなると、どうするのか。
兵士がいないのならどこから調達するしかない。
「勇者を召喚する」
伝統的な挽回策だ。何しろ異世界から呼ぶだけで、自国の戦力が増えるのだからたまらなく魅力的だ。
生贄を捧げるでもなく、召喚術を発動させられる魔力を持った人間がいればいい。
ただし、呼ぶは易く返すは難しいとされている。
相手が、魔王や龍でなくて人間相手にすることを拒否するケースもある。
必ずしも戦力とならない、というのを念頭に入れつつ勇者を使うというのが最良とされている。
彼ら彼女らは、何らかのスキル持ち現れるのだ。
戦力とならなくとも、生産その他の仕事で役立つ。
ともあれ、無から有になる大量の戦士を得るなら学校を召喚対象とする。
差し迫った脅威であるミッドガルド軍を撃退して欲しい。侵略を受けているのだから、大義名分はある。かくして、大量の異世界人が召喚されることになりそれらは戦場に出ることとなった。
全ては、ミッドガルド軍を駆逐するために。
一人で千人の兵士に匹敵すると言われる勇者を利用して、
「国土を回復するのだ」
ヘルトムーア王国は、西風が強く山岳地帯ばかりで耕作に向いていない。
だから、異世界の勇者がもたらした道具、知識は有用で過去にも異世界召喚が多く行われた。
「で?」
人の姿をした男が、地面に手足をついている。ヘルトムーア王国の兵士だった様は、服が破け見る有様ではない。背中に乗っているのは、銀髪を弄る幼女だ。時折、腰を浮かせる。それを掴もうとしない男には諦めがあるのか苦悶の呻きを上げた。
「殺すなら殺せ!」
「威勢は、いいが・・・」
拳をとんとんと手にする幼女は、四肢を地面につける男に嘆息する。
ヘルトムーア軍の兵士だった。男は、半裸で腰巻きしかしていない。狼の耳は、尖って真上にそそり立っている。顔は、憮然としたものだ。平地にて迎え撃っては、死体と奴隷が増える。降伏すれば、奴隷として売り飛ばして金を得ていた。ウォルフガルド軍としては、儲かりまくりで100年でもそうしていて良い状況だろう。
「つまらん。どうしてくれようか」
狼は、強敵を欲していた。全力を出しても殺せないような相手を探している。
影の術を使う狼は、強靭な肉体と相まって敵がいない状態だ。
狼の手下に敗れるようでは話にならない。話にならないが、まずはやってみなことにはわからないから味見するわけだが影の術を避けることから困難という有様だ。影の弱点である光系或いは火系を使えないと戦いにならないというのもあるが、
「ここいらで、止めをさしちゃいましょうよ」
というのは、牛の角を生やした幼女だ。鋼鉄の鎧に術式を刻んだ格好で、兜から角が見えている。
背と腰に盾と槌を備えている手下の一人であった。
「そうもいかない」
というのは、アスラエル王国の参戦を待っているのだ。ヘルトムーア王国の救援部隊を編成している情報は掴んでいるので、本国を狙ってくるのかはたまた狼ことセリアの首根っこを狙っているのか不明である。
「大きな獲物を狙っていると、隣の猟師からいいのもらっちゃうかも知れませんよ~」
「もらっても、一向にかまわんのだ。それこそが、狙いであってだな」
ユークリウッドが攻めないから、ヘルトムーア王国が降参しないのだ、とか降参しようにもアルたちへ使者を送ることが難しい点は両軍にとって見えない。ミッドガルドへ入国することに時間がかかり、ついで面会もしくは書面を渡すことがまた手続きがいる。
空路が使えないから、陸路になり、陸路は山越えで旧アルカディア王国を通らねばならない。
海は、魚人がいるからだ。空路は、有翼人たちの縄張りで、撃ち落とされるのが関の山。
セリアが立ち上がると、首を横に振る。狙撃手はいない。山は、剥げた山になっている。
木があった頃は、隠れて狙撃してきたものだ。敵の戦力は、存外に尽きかけている。そう考えると、終わらせても良いと思うものだ。アルーシュは、世界の支配を望んでいる。それを叶えてやるのが仕事であり異世界人を駆逐することにつながる。
ヘルトムーア王国は、異世界人の召喚を行う邪悪だ。セリアにとって躊躇う理由がない。
だが、ユークリウッドは違うらしい。手加減をする。許せない点だ。
「南に行ったミミーとミーシャはどうしている」
「破壊していいのなら、って話ですけど」
2人とも白毛で、犬人と狼人の幼女だ。セリア手ずから鍛えて、そうそう死なない程度になっている。
とはいえ、攻撃して廃墟にして得るものは金品くらいだ。手紙一つで降参するなら、させたほうが安い。城壁を破壊して略奪しても、収穫が減るばかりだ。というのを最近になって学習した。ヘルトムーア王国が仮に復興しても元の人口を取り戻すのに十年はかかると計算している。仮にも王国なのだから、兵力はあったし殺しに殺しまくったあとには動く死体が農耕を妨げていてそれらもセリアたちの経験値に変わったのだが収穫がない。
食い物といえば、ユークリウッドの調達があって成り立っている。
ミミーたち犬人兵団5千もそれらを鞄にいれていても、現地調達しやしないかと心配になってきた。
ヘルトムーア中央平野、今更取り返すところもない土地から向かって北は、旧アルカディア領の兵隊が犠牲を出しながら西進している。
そちらはまた人取り、乱取りなんでもありの有様だとか。西を見れば、白い光が立ち登る。
「あれは?」
「勇者が召喚される光だ! お前らミッドガルドの野望もここまでと知れっ」
喚く男は、しかし脇腹への蹴り一つで痙攣する。芋虫のように転げ回るのだ。
モニカは、荒縄を腰の鞄から取り出して男を縛り上げる。筋骨は、3倍ほどあるものの苦にしない。
「わくわくしてきたな」
「そうやって強敵を呼び寄せるの止めましょうよ」
すっかりヘルトムーア人からは魔王軍扱いだ。セリアは、ヘルトムーア兵から影の魔王なんて呼ばれているからなのだが本人は何処吹く風である。昼飯時に、
「聞け、者共。敵は、異世界人の勇者を召喚した。これまでとは違う戦いだ。そうだ、戦いだ。光の束を放つ強敵かもしれないし、スキルや能力を奪う強敵かもしれない。だが、戦いが待っている。今、この瞬間にも火の球が、光の球が、巨大な石が降ってくるかもしれない。油断するな、備えろ、私か? 当然、奇襲に決まっている。今すぐに戦いに赴くだろう。皆、死ぬなよ」
即断即決である。足元の影へと体が落ちていく。
遠目には、ゴブリン。数は、知れない。
馬車が進んでくるのをただぼけっと見ているのは悪手だ。中に何が入っているのか知れないのだから。
「おい?」
アルストロメリアが、言うや否や水が馬車を包む。エリアスの使う水性物だ。如何様にも変化して音もなく現れた。包んだ瞬間、馬車だったものが膨れ上がって光を放った。爆弾か、それとも魔法か。わからないが、人間を油断させておいて殺すつもりだったようだ。
緑色に節くれだったゴブリンが腰巻き姿や鎧を着て駆け寄ってくる。それらは、地面から突き出る槍状の土が貫く。空中で貫くもの地上で貫くもの、様々だが焼き鳥肉の串を彷彿させる。アルストロメリアには土の術など使えない。エリアスとて得意ではなくて適正は水系という自己申告だ。
歩きながら、なんでもないとばかりに赤い光が溢れればそこから先にあった砦と思しき石造りの建物は姿を消していた。木も、岩も、馬車も、ゴブリンもまとめて更地だ。肉の焼けた匂いが漂って、鼻を擽り吐き気がする。
「なんだったんだ」
「ゴブリンですわね」
「だな。早すぎるってか、俺のマリンちゃんまで消えかけたじゃねえか」
白乳色の球が転がっていて手に浮かべては鞄に放り込む。
「溶けてなくなったら、泣くぞ。畜生」
「晶石なのだし、溶けてなくなるには早いのではなくて? 使えなくなったのなら代わりの物を用意して差し上げますわ」
フィナルは、思いっきりこびこびだった。彼女の権力を以てすれば、一日とかからずに用意できるだろう。対するに、ユークリウッドはばつが悪そうにしていても謝りはしない。何処までも傲慢な男だ。
もっともアルストロメリアはまるで役に立っていないので何も言えない。
けれど、
「ゴブリン、いなくなった見てーだけどまだ進むのか」
「そりゃ、まあ、何処まででも、だろ。ゴブリンが居そうなとこに突っ込んでくのがこいつだぜ」
ユークリウッドは、魔物が大群であろうと気にしない。
見える限り木がなくなり山があれば穴が空いていたであろう威力の術がある。
アルストロメリアには、使えない術だ。羨ましい。もしも、間近で見ていたのなら目が潰れていたに違いない。というより、フィナルとエリアスは何故平気なのか。
術の範囲は、腕か、胴くらいの太さだと思いきや自由自在に大きさを変えられるのかも知れない。
槍や剣でユークリウッドと戦うのは無謀だ。ともすれば、弓矢か銃で戦っても一方的に殺されるだろう。アルーシュが前線へ持って行きたがるのもわかる。魔物とも戦いというより虐殺でしかない。
「どうしたんだよ。静かじゃん。うんこ漏らしたのかよ」
「誰が、うんこまんだ。漏らすわけねーだろ。俺だって考えることくらいある」
「さて、どんなことを考えてらしたのやら。素材が取れなくなった、とかでしたらゴブリンから得るものなど知れたものでしょうに」
「ちゃうわ」
まさか、ユークリウッドの術で死ぬかもなんて考えていたなどとは思いもよるまい。
なんせ、敵も味方も同じ階位が集まるのが定番で錬金術師は場違いだった。
異世界には、両手で道具創造など使う者がいるというが与太話でアルストロメリアには使えない。
家中にもいない。家門にそのような者がいた伝えもない。
(だから、どうしようにもねえ。どうしようもな)
壱から積み上げて行く以外にないのだ。元から、持つ者であっても同じ位置にいたはずでも随分と差ができた。差は広がるばかりで、多少のスキル【暗視】【鑑定】【駆け足】など共通スキルを得てみても戦闘には向かない。錬金術師は、戦闘に向かないのだ。【製薬】文字通り薬を作る。【投薬】離れた仲間にポーションの効果を発揮する。
都合よくなんでもには、インベントリこと【道具袋】【魔法袋】【収納鞄】これらを持つか作るかだ。
身を守るなら戦士系の【防壁】魔術師系の【障壁】が有効なのだが、
(全然、経験値稼げねえし、なんなんだよ)
持っていない。アルストロメリアは、置物になっている。腹立たしい限りだ。
顔に出ているだろうが、笑顔を浮かべている。我慢の時である。
ならば、何時稼ぐ。
夜中のパーティーが稼ぎ時だ。それ以外は、と期待した通りに行っていない。
かといって、養殖隊は金がかかり過ぎる。時間もかかり過ぎる。
拳を握り締めた。
(一体、どうして、こんなに差がつきっぱなしなんだ。どうしたらいいんだ。糞がっ)
最低でも【障壁】は得たい。ともすると、エリアスのコピーになるとしてもだ。
進むに、地面は硝子を割るような音を立てる。木々が左右に開けてきて、魔物の姿は見えない。
きれいさっぱり消失、消滅したようである。
「そこ!」
フィナルがアルストロメリアをかばうようにして前に出ると、青白い礫と赤い光がぶつかり合う。
赤黒い頭が見えていて、魔物だ。小鬼将軍と出てくる鑑定結果は、魔術を使ってくる相手に合っていない。が、現実には熱風と冷風が極端な差で吹いてきて、痛いほどだ。その頭上から土の槍が振ってきて突き刺さると同時に渦巻状になった地面が絞り粕汁を吹き出す果実となった。
「珍しいなあ。こういうの」
「あるあるですわ」
だんまりなユークリウッドは、水晶玉を眺めている。
(棒でも咥えこんでダブルピースでもすればいいのかね。はあ)
この先もずっと? 冗談ではない。顔面は、負けていないと思っているが、他が圧倒的に劣っている。
熱風の術も持ってはいない。防げもしない。死ぬしかない。死にたくない。
一人なら炙り殺されていた。手下でもゴーレムなしにはどうだったか。
「熱風。いい術だったけど、エリアスと押し引きするなんてね」
「意外でもねーよ。熱は、簡単に上げられるんだからな。黙って見てろとは言わねーけど10秒くらいやってもいいんじゃねーの」
「蒸し焼きなんて嫌ですわ。わたくしは平気ですけどアルストロメリアさんが死ぬかもしれませんのよ。よくって」
「よくねーだろ」
耐火装備なんてない。着ているのは、ただの服だ。多少の物理攻撃は防げる式があっても上位の術を食らえばお陀仏である。
「地面に隠れるのはいいけど、隠れた後がお粗末だったね」
「やりすぎてなんにも得られないけどな」
ゴブリンのお宝も、いたかもしれない捕虜やら何やらもない。そっくりそのまま消し炭というより灰になって消えてしまった。アルストロメリアが、魔物の居たであろう場所に近づくと肉塊があった。魔物の死体でも核があったりすれば儲けものである。引き取って解体するべきだろう。ちらと、見れば、
「いいけど、割れてたらなんも得られねえよ」
「なんだって欲しいに決まってるだろ」
それは、持てる者の余裕だ。
持たないのなら、力がないのならパンツだって脱ぐし裸で踊りもする。
最後の手段であって、そうそうしないが。
持たない者は、みっともなくとも足掻くしかない。




