483話 なんでもない毎日
黒い目玉は、戻っては来なかった。
消え去ったのか。
ユウタとフィナルは、走っても息が上がっていない。
「や、やすも、ぜ」
息も絶え絶えなのは、黒い帽子を脱いで黒いローブを羽織った幼女と青い上着がべったりと汗を帯びた幼女の2人だ。
向かった先は、ネロチャマ村から北へ行きそのまま森を破壊しながら東に向かっている。
破壊というには、乱暴だろうか。斧を使わずに、スキルで或いは魔術で一直線に伸びては倒れた木を避けつつ進む。森からは、魔物も出てこない。
予想に反して魔物は、森の奥に引っ込んでしまったかのようだ。
進む先は、平地が右手に道が見える。雑草を風が刈っていた。
「休もう」
「ええ。よろしくてよ」
満面の笑みを浮かべる幼女は、汗1つかいていない。魔女っこと錬金術師もどきといえば空を箒に乗って飛ばなかった。何を考えているのか不明だ。
3人とも学校に行っているようなのだが、どうしてユウタのところにやってきているのか。
(アルーシュに言われて、ヘルトムーア王国を攻めるように誘導しろとか言われているのかな)
ユウタは、ネロチャマ村で遊んでいるだけだ。あまりにも貧しくてどうにかしようという人もいない。
滅びた村や町を見るに、ロゥマ北部は魔物の攻撃にさらされていると言っていいだろう。
ロゥマの代官でも貴族でもないのだから、本来は面倒を見る必要がない。
息を整えているアルストロメリアは、青い顔をしているのでゆったりと歩いている。
「いい天気ですわ」
「日差しが強くなってくるんだが・・・」
日焼けしたくないのか、エリアスは黒い鞄から黒い帽子を取り出して被る。
「次は、箒を使うからな」
「それは、お好きにどうぞ。ですが、また体力がないもやしと言われましてよ」
「しょうがねえじゃん。俺ら、そもそも外に出る職じゃねーんだぞ」
ぎゃあぎゃあと煩さを感じる。ユウタには、絶望的に会話力がない。
仕事は、できる。いや、出来たが正しいのか。万事そつなくというには、難があったが。
ニートでもなくそこそこ金を稼いで、結局人を使う方が儲かるところに行きついた。
「外に出なくても鍛えるべきですわ。鍛えていないからその有様、体術に優れた敵と出会えばすぐさまにやられるでしょう」
「だから、こうして走ってたじゃねーか」
エリアスは、空を飛ぶ箒に跨る。黒い上着に黒いスカート。下は、黒い短パンだった。
パンツではない。魔物に出会うことなく進んでいき、やがてぽつぽつと荷車の残骸と死体が転がるようになって、火の術を放つ。拳大の塊が赤い膜のように広がり、対象となった死体と残骸は燃え上がる肉と木で弾けた。
「魔物、いねーな」
「いなきゃ、ここをうろつく意味はあんのかって思うけどな」
うろついても、金にならない。それは、そうだ。もっと言うならネロチャマ村の付近で活動する自体に意味はない。完全に自己満足の世界。褒められることもないし、金が稼げるわけでもないのだ。金は、主にアルブレスト領となっている土地から得られる物が大きい。むしろ、それが殆どでセリアが持ち出す金もそこから出ている。
「まだ、進みます?」
「うーん。とりあえず、何か出くわすまでかな」
「こいつ、行き当たりばったりだろ」
世の中は、金か。エリアスもフィナルもアルストロメリアも3人とも揃って貴族の子女であって、奴隷などではない。金は、たんまりと持っているだろうからユウタことユークリウッドに無心する必要はないのだ。少なくとも、ユークリウッドと遊ぶ必要はなくて食って習い事をして寝て起きての一般的生活サイクルから外れる必要は、ない。
3人ともユークリウッドより少し身長が低い位だ。血色は、良くてユウタが保護をしている訳でもない。だから、
「このまま行っても、ゴブリンの群れに出くわすくらいですかね」
「いいね。そーゆうの、お前の魔術でぱぱっと焼却だろ」
「ゴブリンじゃ、なんの素材にもなんねーし。やっちまっていいぜ」
何かというと、人の力を当てにしているところがある。女とはそういうものか。
近づいてきた群れは、前方にして距離がある。赤い光が伸びていき、左手の木を貫通してぱっと横に舐める。伸びた先には、燃え上がる木と水が降ってくるところだ。接近してみれば、跡には黒焦げにになった物体がそこかしこに散らばっていた。
「うーん。こんなんでいいのかなあ」
「なにが?」
「ああ、血肉脇踊る戦いとかいう奴に、憧れるみたいなのかよ。俺は、ともかくアルストロメリアとか瞬ころじゃん。ゴーレム無しなら、アル様配下の幹部候補で最弱だしな。財力、権力、武力・・・ああ、顔面くらいだよないけてるの」
「て・・・て」
「あらまあ、本当のことを仰っては泣きながら走り去って面倒事になりましてよ」
口角を上げる巻き毛の幼女に、トマトめいた顔面の幼女は湯気が上がっている。
顔芸も一級だ。いつか絶対ぶっころという顔を隠そうともしない。
「いじめたら駄目だよ。アルストロメリアだって、いいところがあるよ。俺の手伝いをしてくれるところとか」
「はあ? そんなん俺だってしてんじゃんか。いっつも面倒事を起こした後の始末してんだぞ。そう、女衒とか女衒とかな。お前、殺しまくったおかげで無法地帯になってんだぞ。勢力争いとか、もう地下に潜ったのとかな。後を追うのが大変なんだぞ。具体的に言うと、繋がっているのを洗っていくのが糞めんどい。人の関係とかよー。殺すのは、簡単だぜ、そらよえーし。女を道具にしか考えてねえ糞どもだし、基本きもいしな。値踏みしてよお」
はて。ユウタは、地雷原に突っ込んだのか。ゴブリンの群れに不満があったようではなかった。
入ってくる経験値というより、
「で、なんでこいつを庇ったりすんの。全然、納得いかないんだけど」
フィナルとエリアスは両腕を組んで3方からユウタをじっと見つめる。
話の流れについていけない。虐めは、いけないと口に出しただけなのに。
「別に俺は、ユークリウッドの家臣でもなんでもないじゃん。後始末を何度もやる必要ないし、金やら飯やらだって提供されてるわけじゃないんだぜ。じゃ、なんでっつーとアル様とは別に後始末する必要ねーし。なんとなーく、やってたけどありがとうの一言もねーし、あれ、ひょっとして当たり前みたいな。ちょっといじったくらいじゃん。なんかいらっとした」
生理かよ、なんて言えない。ユウタは、
「いつもありがとう」
お辞儀した。
「なんか、気持ちが入ってないよな。むしろ、いつもありがとう会をユークリウッドん部屋でやろうぜ。それくらいしねーと。焼き肉とかでもいいじゃん」
「じゃあ、今日の夕方で」
「おーけー。決まりな」
鼻の穴が広がっていてなんとも似つかわしくない。アルストロメリアというと、白目をしていた。
「どうしたのかな」
「さあ」
「板に乗せて運びましょう。わたくしもその程度の嗜みはありますので」
フィナルからは、なんの要求もなかった。便乗して何か、ということもなくて進んでいく内に右に町だったものの崩れた壁とゴブリンの死体が散乱したままの平地が見える。農地だった後は、放棄されたようで耕すことのないそこを占拠しているのは動く骨と死体だ。
ぷかぷかと浮かぶ板にアルストロメリアを載せ、経験値に変わるかどうかも怪しい骨と死体を火の術で焼いていく。エリアスが、得意げに火の球を飛ばすものだからすることがない。
「なあ。フィナルも、焼き肉以外でなんかしてもらったらどうなんだよ」
「え、ええ。特に、ありませんわ」
「ほんとにねーのかよ。あんだろ、なんかよー」
無いのならない方がいい。というより、フィナルはないのではないか。
神殿で働いているくらいで、そちらの方が長い。
じっと見れば、明後日を見る。
女の心など理解できやしない。できたのなら、童貞であるはずがないし。
やらせろ、と言ってやってしまうことが出来るのなら・・・
「それでは、お手をはいしゃくして・・・」
じっとしていると、
「手相でも見ようってさ」
手など握って、湿った感触にユウタは驚き眼が開く。ユウタも生前は、多汗症で手がべたべたしたものだがその比ではない。ナマコ化したようなふんわりとした手が、汁を垂らしているようである。
「どうした。掴んで、そのまま固まってんじゃねー」
引き剥がそうとして、ぬるりと抜けた手から湯気が立っていた。ユウタは、火傷するかのようにおのが手を見る。真っ赤になっていて、直前までの白い肌とは違う有様だ。
「まあ、減るもんでもねーし、おい」
板が地面に落下していてすやすやと寝ている幼女が増えた。
「どーすんだこれ」
「うーん。なんなの。俺の理解が追いつかないよ」
「理解、理解ねえ。俺だって理解できねえ。つーか、魔物が襲ってきたらマジピンチだしおめー本気出せよ」
「そうだね」
ユウタは、何時だって本気だ。常に奇襲したいし苦戦したくない。かといって、絶対というわけでないから敵が見えないと先手を取られたりする。矢が頭に当たればユウタだって死ぬ。漫画だと平気だったりするが、そこは鋼鉄の頭でも無い限り刺さるものと考えている。
「戦ってもねーのに戦闘不能が2人ってありえねーぞ。なんかおかしくねえか。今日は」
「さてねえ。集まると、大体アル様もいるし、気持ちが浮ついてるのかも?」
「あるあるって、ねーよ。そんなんあるかい。こいつら寝に来てんじゃねーだろうな。楽に経験値稼ごうとかよ。マジありえるわ。置いてくか」
「そうすると、魔物の餌になっちゃう」
「当然だな。天罰だろ」
矢が飛んできてそれが、防壁に当たり弾かれる。魔術は付与されていないようだ。
続いて遠目から2射目に合わせて丸太を投げつける。インベントリから飛び出したそれは、目標をとらえられなかった。枝から匠に降りたのだ。
「そういう戦法ねえ」
ゴブリンだ。帽子を被って矢筒を背負ったタイプである。間合いは、遠目だから逃げ切れると考えたのか赤い光が体を貫いて死体に変わる。
「気配を殺して、一匹づつ戦わせるのはいい手じゃ・・・ねえな。無駄使いかねえ」
「どうなんだろうね。逃げる間の時間稼ぎというのなら、役に立ってないけど」
海沿いに町が見えて、廃墟をとなったかのような砦を見つけた。
如何にも魔物が籠もっていそうだ。木の影に隠れて伺う。隠形のスキルを使いながら接近して、
「のんびりしてたわけじゃねーけど、どうする」
「様子を見てみようか」
砦は、歩哨が立っている。ゴブリンだ。緑色をしていて腰巻きに、手斧と槍を手にしていた。
標準がユウタたちの背丈だとしたら、大人サイズだ。
「寝てるのが、2人いるんだぞ」
「送ろうか」
「お前が帰らないのに、帰ったら後で何言われるかわかんねーよ。やるならぱぱっとな」
すると、馬車が近づいてきた。馬は、豚のような生き物に変わっていてなんとも知れない。




