481話 社畜、でも夢を見る
毎日仕事がある。
いいことなのか悪いことなのか。楽して生きていくはずだったのに、全然楽ではない。
おかしい。違和感を感じる。恐ろしい夢は見なかったが、
(ん・・・)
目が覚めると、黄色い物体の毛があった。温かい部屋だ。そしてベッドの上だ。ユウタは寝ていた。
ふにふにと柔らかい毛玉と毛玉と丸い物体などをひとしきり撫で回す。
部屋の空気は花の香りがして、冷たくも熱くもない。木を黒く塗った机には、教科書がずらりとならんでいる。ミッドガルドの学校で使うものだ。同じものが学校にもある。面倒なので、机の中に同じものを用意したのだ。
持ち帰りが面倒だからだというのと金があるからできる芸当だ。死ぬ前は、というとそれが勿体ないという理由で出来なかったが面倒だし鞄が膨らむし重いしでろくなことはない。
(強くなりたいと願っても、勉強をまたしたいというのはどうなんだろうか。自由なのだ。仕事といっても時間に追われているというより可能かどうか、だし)
数学が出来ないこともない。
ミッドガルド語は、まんまドイツ語と英語の混ぜ混ぜだ。
ユークリウッドが覚えているせいかすらすらと口から出る。
なんなら翻訳スキルを使ってもいい。言語スキルだってある。
ならば? 学校に行って人間関係を構築する。苦手だ。
(けど、女の子は学校でしか出会わなかったからなあ)
別にニートでトラックに轢き殺されたわけでもなくて普通に大学を卒業して社畜をしていた。
また、社畜になっている気もしてきてベッドから降りる。抱えた黄色い毛玉は、寝ているようだ。
わしゃわしゃと手を動かして撫でても反応がない。ぬいぐるみのようだ。黙っていれば、である。
正面には、鏡と横に箪笥がある。左には仕切り用のカーテンと右には机。鏡には、白い寝間着を来た幼児が立っていた。均整の取れた体をしているのが、成長する前からわかる。
(喋りが下手で、顔が悪くてもなんとかなりそうなくらいだ)
ユークリウッドの体は、出来すぎていた。性能が全然違うのだ。視力がいい。物を覚えて忘れない。
これだけでも随分違う。
もちろん、スキルやレベルの影響も無視できない。肥えてもいない。体から下を見れば股間が見えた。
腹が出ていると股間が見えないのだ。
(げっ)
灰色のローブに白い上と灰色の下へ着替えて、カーテンを開ければ茶色いテーブルに布団もどきを敷いて囲むように女の子が寝ている。一人ではない。人の部屋が溜まり場と化している。文句は、ないが男の部屋なのだ。間違いが起きたらどうするつもりなのか。気が知れないとはこのことである。
何が起きるわけでもない。催眠おじさんや寝取りおじさんがいるわけでもなく毎日が過ぎている。
(これでいいんだろうか)
何もしないでいていいのだろうか。いつか去ってしまうとしても、今くらい楽しい時間がいつまでも続かないのを知っている。貴族なのだ。部屋の扉をそっと開いて食堂へと向かう。アルブレスト家の朝は、早い。すでに素振りをしている音が聞こえてきた。そっと外を覗くとユークリウッドの父グスタフとその前にクラウザー、アレス、オルフィーナ、レティシアが並んでいる。
木剣を握りしめ、上下に振っていた。グスタフは、長剣だ。上半身を晒して汗が湯気になっている。
ユウタは、食堂へと向かった。既に盛り付けられている分をメイドからもらうと、転移門を開くべく外へと向かう。正面の玄関は、隠密を使って抜けると木々の間から石畳を走る。門番に挨拶して外へ出て早朝の通りを伺う。
右も左も通りは、人がまばらだ。転移門を開いて、足に当たる丸太1号に気がついた。
各所に配達を終えて、思う。
(トラックの運転手の気持ちがわかる。今なら)
ユウタの給料は、ない。領地からの分は、領地の金であってそれらを無心していく女、主にセリアのことであるがそれに使われる。何に使われているのか詮索しても軍事行動の何かとしかわからない。調べれば詳細がわかるのだろうが飲み食いに使ったとか言われればなるほど兵の糧秣としか・・・
ユウタ一人で輸送を賄うのは、可能だがやりたくない。したがって仕事の余地はある。
それにも金がかかる。現地の兵か商人任せになるのであるが。
(窓口を絞って、下請けは増やさせねえぞ。ピンハネとか)
トラックの運転手というより運送業が苦境に追いやられたのはなぜか。
規制緩和だ。糞である。会社が乱立して生業として成り立たないほどだ。
やったら処刑するぐらいする。確実にする。下請けもピンハネ野郎も大嫌いだ。
だが、誰かがやるだろう。だから、そう思ったのなら行動するべきだ。
むかついたら全殺し。残念なことに現場に出くわさない。
次に向かった先は、ネロチャマ村だ。
木の柵と浅い堀、跳ね橋があって開いた木の扉の横には男が2人。マックとサドだ。いよいよ食料事情が切羽詰まったのか。門番マックは、手を振っている。へこむ頬は隠せやしない。飢えているようだ。
「あんた、良く来るよな。北にあるミッドガルドってとんでもなく遠いんだろ?」
「ええ、まあ」
「飛ぶ船は、毎日往復してくるけど難民が増えてやばい」
マックは、樽に座った。往来するひとは、畑を耕しに行く人と水路を作っている人か。
南へ向けけばロゥマへと続く道が見える。草が両側にあっても道が見えるだけマシというべきか。
「東から?」
「そうだな。北西は、滅んだ都市の廃墟だけだし西は崖だ。北は、すぐはげ山がって何も取れやしねえ。森は、焼こうにも魔物がうじゃうじゃいやがる。南からお貴族さまがくるってんでこっちはてんやわんや、あ」
村の中から人が出てくる。痩せぎすにしては背が高く筋肉はあるように見えた。
「ああ、こっちは、ホルストさんだ。アルブレストさんがここでくっちゃべってるって見てるらしくってな。話がしたいんだと」
「俺は、暇そうに見えるんでしょうか」
「まあな。ほら、村の中じゃ誰とも話してねえっぽいし? というところなんだろ」
「ポーション屋のホルストと覚えていただければ幸いです」
背が高くて見下されるのは、慣れっこではあるもののグスタフに優るとも劣らない背丈だ。
「お嬢様とはご一緒ではないのですか? てっきりご一緒されているものだとばかり思っておりましたが」
うんこ女のことか。朝っぱらからポーションの話を延々されると滅入ってしまう。
或いはホムンクルスの研究だとか。ユークリウッドの体液を買うなどと抜かしたり言動が怪しい。
顔と声はいいのだが、なんというか勿体ない。しょっちゅううんこを漏らし、役にもさほど立たない。
「いつでも一緒というわけではありませんよ」
「しかし、お嬢様の村への投資は馬鹿に出来ない額になっております。無駄とご当主は判断されているようでこのままでは支援も打ち切りになるやも知れません」
どういうつもりだろうか。ユウタには測りかねた。村は、ネロの仕掛けかアルーシュの入れ知恵ではなかったのか。つまり言ってしまえばロゥマへ打ち込む楔だ。敵が全方向にいて辛いところであるが、アルストロメリアの船が物資と兵を運ぶならユウタも面倒を見るつもりだった。そうでなければ、ラトスク、ハイデルベルク、ヘルトムーアと回って行く。
無駄ではないのだが、答えに窮するところだ。ユウタの考えがアルーシュのそれから離れていたりすると勝手をしているだけになる。ネロから頼まれて、というより魔族が跋扈して人が苦しめられているので何とかしてやりたいというのがユウタの内にある。ゴブリンもオークも厄介だが、肉の魔物に目玉の魔物、動く骨に動く死体とミッドガルドと違い過ぎてやばい。財政もやばい。
勝手に、アルーシュの考えを代弁していいものか。それとも、忖度しないで放っておくほうがいいのか。ヘルトムーアが2番目になっている。ヘルトムーアは、セリアがいる。放っておいても彼女は、破壊の限りを尽くすだろう。だから、手綱を取れといわれても無茶である。
「私個人としては、ポーションを売る開拓と思えば先行投資の範囲に入るものと解釈もできますが、何せ村人に購買力がない」
考えろということか。村には、外貨を得る方法がない。作物は、食うや食わず。兵隊は、むしろユウタが戦うくらいだ。村の外へと目を向ければ、収穫を終えた田畑が見える。冬に備えているのだろう。
「食べるだけで精一杯だ。道具もないから近くの街に残り物を探しに行くくらいだろう。けど、逃げてきたところに戻るってのもなあ」
「村を再生するには、多額の資金が必要でしょう。それでもって、ミッドガルドの影響力を良い意味で増やそうという目論見です。今は、西と北に勢力を広げているわけですが・・・」
「存じておりますとも、しかしながら目先の物がなければ、自分たちで立ち上がろうという意思も低い。これでは援助しても効果があるのかどうか」
ユウタにも村人のやる気を出させ方がわからない。湧き上がってくるものだが、一先ずは休息だろう。となると、祭りでもやるのがいいのだ。もっとも、村人たちの意見が重要であってユウタの思惑は外れていることもある。
「鍋パーティーでもします?」
「食ってばかりというより、援助してもらえると思うのが当たり前になってしまうのもどうかと思いますが、差し当たってはいい考えです。船で持ってこれる食料には限りがありますから」
「どこでやるんだ?」
「ここでしょう」
なんでここ、という顔だ。門に入ってすぐにインベントリから丸太を取り出す。丸太1号の姿はない。離れていく感覚から、勝手に狩りへと向かったようだ。丸太1号は自由気ままだ。置いてきぼりにしたらどうなるのか気になるが、ユウタがされたら激怒するだろうからしないことにして鍋をおく。
鉄の鍋だ。鍋は、重要だ。水の手から術で出していると、怪訝そうな顔をする3人。どこから出しているのかとしげしげと見てくるのだから尻がむず痒くなった。
丸太で台を作り、火を丸太につけて鍋の中の水を沸かす。
丸太台の飢えに野菜を並べて、入れていくだけなのだ。土を適当にこねくり回した竈門で暖炉にもなる。下手をしたら木の柵に火が燃え移るので土を固めて養生してみた。
「大きな鍋ですね。インベントリは、初めて見ましたよ」
人前で堂々と使っているから、咎めるような言い回しだ。殺されたら中身でも取れるのであろうか。
質量を無視した数々の物は手品でも無理だ。
ユウタは、味が濃い方が好みである。だからデブかというとそうではない。
「1杯頂いてもいいか」
「まだ、ぬるいですよ」
無料だが、茶碗まで用意できないので丸太を削った皿を作る。陶器は、入っているものの金だ。
丸太1号が狩りをしているのかステータスカードが懐で震えている。
音が出ないのが幸いだ。
「なんでもかんでも丸太からですか」
「丸太ですべてが賄えそうですし」
実際、箸も作れて割り箸を配る。
割り箸を素手で作るなどあり得るのか。あり得ない。ユークリウッドは、刃物を手にしていない。
灰色のローブと白いシャツは、いかにも地味で、貴族らしくなくて噂など当てにならないくらい低姿勢だ。およそ貴族の子弟は、年頃になれば居丈高になるものである。
ホルストは、ブルーガード家の家臣である。したがって、アルストロメリアの価値は高く売りつけるべきだと考えていた。それがよもやぽっと出の馬の骨にやるだなどど・・・
「これらの食材は、よろしいのですか」
「ええ」
なぜ、このように料理を振る舞うのか。塩味が聞いていて野菜が美味い。いつの間にか肉も入れてある。民草に媚びを売ろうというのは、貴族にあるまじき姿勢であった。子供ながら、目端が効くのはいい。魔力、武力があるというがホルストは噂でしか聞いたことがない。財力のほどは、天に届く黄金の塔を作り出すという。
(搾り取りようのない村人をもてなして意味があるというのか? 全く理解できない)
ブルーガード家の姫を充てがうには、噂が先行しすぎていると思われた。
アルストロメリアの指示で挑発や噂話は統制しているものの、炊き出しなどを他国で行う意味はあるのか。砂山に水を撒くようなもので何にもならない様子に落胆した。
「村人の様子を見られてのなさりよう結構なお手前でございます。が、かように食料を振る舞ったとして、アルブレスト様に何の利益がありましょうや。これらとて、ただの物ではありますまい」
ポーションで換算すれば、100本、200本とも取れる量が次から次に流れている。
村の人間が根こそぎやってきている勢いになってきてホルストも忙しなく手を動かしていた。
「良いじゃないですか。皆、元気になっているみたいですし」
ホルストの眉が上がった。これらの食事を用意しても大した量ではない。
毎日、定量を各拠点に納めるようにアルーシュから言われている量からすれば100の1にも満たない。であるから、サラダの玉3個並べて
「この付近一帯、頂いちゃいましょうか」
「は? はあ」
何いってんだこいつという顔だ。ロゥマの貴族が兵隊を送ってきたら、挽き肉にでもすれば理解してもらえるのか。丸太1号の狩り対象が魔物から人間になるだけだ。
「御冗談を」
「俺からすると、ミッドガルドでもロゥマでもゴブリンを魔物を追い払ってくれんのならどっちでもいいわ。どっちでもな」
ユウタは、考えた。力で追い払っても敵は、魔物だ。際限がない絶望から、兵を送ってこないとも思えた。言ってしまうならネロチャマ村から以北で食い止める。それが正しい判断だ。貴族なら、そうなのだろう。為政者としては、どうか。糞だ。できないから放置しておくとは、どういうつもりなのだろう。それが正しくても認められない。
食わせない為政者とピンハネ業者ほど有っていいものはない。次世代が再生産できないようにしてしまうとか。頑張ってもどうにもならない年収だとか。心臓がきりきりと痛む。敵の攻撃でなくて、自分で攻撃を受けているとは。
「頑張ってもどうにもならない人っているんですよ」
「それを救うと? 大した方だ」
皮肉だろう。たしかに偽善者なのだが、頑張っても頑張っても年収が上がらないサラリーマン時代を思い出す。変えられない政策と悪化する労働環境、ワンオペならぬ一人監督。頭がおかしい。
ホルストは、貴族が肥えればそれでいいという考えを持っていそうだ。ユウタには理解しがたい。
(支配するなら支配するで食わせなきゃさあ)
いるだけ無駄なんて思われたくないものだ。皆が豊かになって、皆で楽しめるような国を作る。
それこそが、ユウタの望みだ。為政者など、王などやりたくはない。が、糞が多すぎる。
何十年経っても少子化する理由も悪化する経済と年収も理解も打開もできないなどと・・・
(最初の立ち位置が悪ければやはりどうにもならないことも多いんだよ)
村人だって、ユウタの知識とユークリウッドのスキル、術があれば同じ事が、きっとできる。
下にまともな人が多くて上に行くほど阿呆と馬鹿が多くなるという。
村人は、農奴としてそこに生まれついて抜け出す術がない。もしくは、知らないのだ。
貴族と奴隷、正社員と非正規、なんと似たことか。作り出した悪を思い出し頭が熱くなる。
ユウタは、群がる村人を見つめた。
「だから、俺が導いてあげますよ」
そうだ。人は、家畜ではない。




