480話 廃墟へ2
灰色の壁と大地。
盛り上がってきた地面にアルーシュは、乗り上げる。
暗黒大陸と呼ばれる以前は、蒸し暑いものの人で溢れていたという。
(とてもそうは、見えないが・・・)
白と黒を混ぜて灰になって、地面がある風景。壁には、よくよく見れば人面が浮いている。
悪趣味な作りにアルーシュの顔が歪む。人の顔を意匠しているのかそれとも埋め込んだのか。どちらにしても真っ当な感性ではなくて、相容れそうもない。人と考えが隔絶している。
元来、魔物とはそうしたものだ。てらりと白い体をうねうねと動かし、緑と黒の混じった液体を飛ばしてくる。ユークリウッドが入っている浮いた木棺は、液体がかかっても傷一つない。
「殿下~俺、ここに居ても大丈夫なんすかね」
「お前がっ、ついてきたいというから同行させてやっているんだろうがっ、きりきり拾え」
魔物の死骸から魔石を取ろうにも、アルストロメリアはただの錬金術師だ。念動スキルや術理に長けているわけではない。アイテム拾いですらこなせない。魔物の死骸を切り分けるとか解体するとかそういったスキルもない。であれば、連れてきてもしょうがないのではないか。ただのポーション屋なのだからそもそも戦闘に向いていない。
(こいつ、顔だけだからなあ・・・)
ステータスカードに表示されている記述は、人面蝗虫を倒しましたと人面幼虫倒しましたと人面蟷螂を倒しましたで溢れている。だから、手持ち無沙汰で魔石拾いをやるしかない。エリアスとルーシアは戻らないし、オデットとトゥルエノは先行している。魔物の死体から煙が出ていたりするのは雷を使っているからだろう。
城は、山に囲まれていて枯れた堀がある。どす黒い川には、動く骨と動く死体がいた。中庭には、崩れた鎧とその武器だろう錆びついた大剣が地面に突き立っていた。人の鎧ではなくて、骨でできた鎧と骨が飛び散ったあとが残っている。オデットとルーシアが倒してしまったようだ。右を見ても左を見ても黒ずんだ灰が舞っていて魔石の一つもない。
「あいつら、どこまで進んでるんですか。置いてきぼりっすよ」
「慌てるんじゃない。飛蝗くらい倒せるだろ」
「冗談きついっす。あんなバカでかいの無理っすよ。弾が当たってもどうにかなるように思います?俺は思えないっす。せめて、もちっと小さいのでないと」
という風に、案山子になってしまった幼女は側から離れようとしない。が、好奇心もあるのか骨を棒で突付いたりする。白いスカートに長いタイツ、それに青い上着と魔物に殴られたら即死というスタイルでユークリウッドに守ってもらおうという思惑がたっぷりと乗っており甘い砂糖菓子より脆いタルト女だ。
「さて、奥に進んでいるようだ。私たちも急ぐぞ」
「危なくないですかね」
「こうしている間に、主が倒されているかもしれんのだぞ」
ほとんど駆け足だったが、全速力で走る。と、木棺がついてこないのでゆっくりとなった。
木棺の中にいるユークリウッドは、目を覚まさない。覚まさないのでつまらないが、それはそれでアルーシュにとって都合がいい。幸いにして、門までの道ができるように死体が黒い線を描いている。
「それで良くないっすか」
「お前なあ」
それでは、LVが上がっても戦えない。なんにしても死ぬときには死ぬし、どこでくたばろうがアルーシュの損でしかないとしても目に余る女だ。ユークリウッドが女としかPTを組まないけれど、ポーション屋から転職させるべきではないか。それくらいに戦えそうもない。人同士のほうが死にやすいなんて傾向もあるとはいえ・・・
(私が、人のことを言えたものでもないか)
ユークリウッドのものは、自分の物。自分の物は、自分の物を地で行っている自覚はある。
それで、ユークリウッドが逃げても文句が言えない。城を攻略しても褒美が与えられないのだ。既に、荒れ地の開拓が終わっている領地を召し上げるなど画策しても実行など出来ようものか。
人の忍耐には、限度というものがある。
「強くなりたいんじゃなかったのか?」
「そりゃそうなんすけど」
フィナルは、だんまりだ。ユークリウッドが起きている時は、もじもじとして気味が悪い。
会話に加わる様子もない。
中庭から崩落した城の入り口に進む。錆びついた鎧には、中身がない。魔物のようだ。
伽藍洞めいたそれに石が転がっていた。青白い燐光を放っている。念動スキルで動かしながら、収納袋に入れる。
「俺もそれ使いたいっす」
「錬金術師を上げきってからか、それとも魔術師に転職するかだな」
「でも、アル様は魔術師じゃないですよね」
「それは、見かけ上だ。レベルを上げる時には、必要に応じて変える。女なのに、王子だぞ。おかしいだろ」
そう。アルーシュを含めて、他2人も王子だ。王の子だから王子で間違いないのだが、字面であって男が王子で、女は王女。常識が可怪しいのかそれとも、王の子であっているのか女は違うのか。他国は、少なくともそうだ。女は、王女だ。
女だから劣っている。というのは、ある。少なくとも、アルーシュの家臣は概ね男で女など数えるくらいしかいない。仮にも、ミッドガルド軍10万としても衛生兵か補給兵で飯炊きくらいだろう。とても戦場には出せない。というのも、オークを筆頭に人間の女で繁殖する敵対生物がいるからだ。それでも女を戦場に出すというのなら、それはもう滅びる。
滅んだ国の滅んだ城の中は、そうであったのかしれないが長く使われていないようで人一人としていない。松明もなくて、魔術の光がそこかしこにある。そう進んでこいと言っているのは、オデットだろう。騎士というには、馬に乗らないといけない。馬に乗るから騎士である。馬の足が4本あったり8本あったりするのだ。
足は多い方がいい。手駒も多い方がいい。
「なんすか。じろじろ見て」
「いや、ユークリウッドの奴、ちょろいからな」
「そんなちょろいですかねえ」
(お前のような糞雑魚に厳しい躾をするのも無理というやつか? 私には厳しいのに)
なにかにつけて気を配っているのに、アルーシュには何もない。ユークリウッドの妹がイジメられないように見張りを立てていたり、そのシャルロッテが貴族に絡まれたら半殺しにしてみたりといろいろやっているのに。
錆びた鎧の横を通り抜けて、魔物の死骸を押しのけていく。死体で入り口が埋まる具合だ。
酸素がないと人は死ぬ。が、風の術が使えるオデットに死角はない。石の一つ一つに人の顔がついていてこれまた趣味が悪い。アルーシュには、理解し難かった。人間が憎くて魔物がそうしているのかどうか。魔物は、人と相容れない。というのも、魔物が人間を憎んでいるからか。兎角、残虐に尽きる。
(風が冷たいのに、石が生暖かくて生きていそうな具合だぞ・・・)
アルストロメリアが、歯向かうなど考えたこともないけれど人が憎くなったから拷問するというのは違う。あくまで、アルルが罪には裁きが必要だ! などと言うからであってさっさと人を殺したら死刑でよかろうである。では、ユークリウッドは?
目と目が合ったら殺すくらい人を殺す輩である。城内で刃傷沙汰に及んでいないのが不思議なくらいで、冒険者ギルドですら土下座強要野郎とのもっぱらの評判だ。そういう評判の元になるのも、また評判の悪いチンピラでアルーシュが処理している。
そう、後始末をするのは全部アルーシュとフィナルとエリアスなのだ。正確には、アルーシュからフィナルとエリアスに指示が飛ぶというもの。
振動が地面と壁を揺らす。炎か熱か。天井は、黒い色をして焦げたようである。高い天井に魔術の光が浮遊している。
「あいつら、どこまで行ったん。止まれっての」
「まあ、やれるなら一向に構わん。手間が省けていいじゃないか」
「つっても、俺何もしてねーんですけど」
多腕の飛蝗とか二足歩行の足が生えていて、灰色と薄緑の羽が千切れて転がっている。
大型に過ぎる。腕は、肌色をしていたのか。2本だけが残っていて首が動きそうだ。中身は無くて念動スキルを使うと青白い燐光を放つ石が出てきた。収納袋に入れながら、
「こいつらと戦うなら、戦士からやるべきだな。防壁スキルは必須だ。障壁スキルは、魔術師でも時間がかかる。ついでに、脆いし」
「お座り育成ですよね、俺」
「まあ、そうだ。他のパーティーだと2年くらいかかる速度じゃないか? 感謝するんだな」
「へへへ」
本気で感じているかわからない。
「お前んとこの兵隊を1000人ばかり前衛もとい生贄に使いながら、ペダの迷宮を潜るというと理解できるか」
「えへへ、理解しました」
わかっているのかわかっていないのか。子供なのだし、あまりきつい言葉をかけて狂ったら事だ。
立て続けに起きていた振動が一際大きく響いて止まった。
アルストロメリアは、金の計算を出来ても恩返しだとかそういう見えない部分に気をつけられるかどうかわからない。フィナルのようにユークリウッドが命のようになられてもらっても困るのだが・・・
「アイテム、ほっとくか」
「勿体なくないですか」
「時間が惜しい」
通路を抜けた先は、踊り場で瓦礫と肉が半々で転がっている。オデットとトゥルエノの姿はない。
階段を上がっていくとまた開けた地面と左右には穴がぼこぼこと空いていて風通しがよくなったのか崩れそうなのかわからない。石の一つ一つには人面が浮かんだままだ。
動く魔物は、いない。
「こんなんでいいんですかね」
「別にいいだろ」
木棺が開く気配はない。強烈な魔力の高まりは、感じない。アルーシュを圧迫するようなものはいない。血走った目をするユークリウッドくらいであって、他にはセリアとかも目が血走っていると恐怖を感じる。アルーシュは、弱くないつもりだ。扉がついていただろう金具を見ながら、正面を見る。天井にはまた魔物の死骸が胴に穴を開けてへばりついている。
緑の血は、降ってくるものの障壁で左右にわかれる。
女が戦えるのも10代くらいでおおよそ嫁に行く。貴族と一緒になれれば、最高の成り上がりだ。
アルーシュは、どうか。すでに、王族。他国であれば、王座の横でふんぞり反っている。
アルーシュを待ち構えて、立っていたの2人で怪我した様子もない。
奇怪な肉と肉が人型であったことが見て取れる。壁には穴があき玉座も姿はない。城の作りは中層に謁見場があるようだ。が、上には何もなくなって曇天が広がっている。割れ目は、なにか落としたかのように光が伸びていた。
「手強かったか」
「いえ」
「そうか」
「そうかって、それだけっすか」
「黙ってろ。場とか、結界とか、領域とか、陣とか作ったか」
「あったような? でも、そういうのって開かせないのが肝であります」
「ふむ」
全然、だ。一歩目になった。前衛が非常便利に使える。探索に来て死んでしまっては元も子もないし、アルストロメリアは戦いに向いていない。豆粒のような飛ばされても魔物に効かないことの方が多い。石ころに魔力を込めて指で飛ばすのとどう違うのか。アルーシュも使えるし、というよりアルストロメリア以外トゥルエノは知らないけれども全員が習得している。
そして、あったのかどうか人骨が部屋の隅に渦高くなっている。地面がそれだったのか知れない。
「それでは、破っ!」
後ろにいたフィナルが進み手にした玉から光が広がる。淡い光は、さざなみのように城の外まで広がっていく。
「こうやって金になるんすか」
「金じゃないだろ。金じゃ、誰もやらないことだ。だから、来ているだろう。お前にだって理解してもらうからな」
「うふふ」
フィナルは、笑顔だが目が笑っていない。宝物は、なさげだ。詰め寄る3人に、
「イジメ反対だぞです・・・」
「はあ、全くアルストロメリアときたら、どうしてこうなんだ」
アルーシュは、お手上げした。熱帯だというのに寒いし。アイテムは、ろくにない。
だから冒険者だって来やしない。行きやしないのだ。金にならないから。
金は、重要だ。だが、金で解決できないからやるしかないではないか。
弱者から搾取するのが強者なら、強者が守らなければ搾取する理由が立たない。
「にしても、遠すぎる」
大陸が海を挟んでいること。距離が有り過ぎること。見下ろす地面は、魔物の群れが押し寄せてくる様が見えた。
「撤退しよう」
集合を待って、帰ることにした。




