478話 丸太を洗濯した
ユウタは、黒く細い鉄製の塀にぶつかりそうになった。
家の前は、すっかり日が落ちて街灯の光が道を照らしている。
露天の台車は、なかった。さっさと片付けたのだろう。
門番との会話を済ませて、石畳を歩く。
「なんでついてくるの」
2人の幼女がへばりついている。帰れとは言いにくかった。なぜか、気分なのだろう。
「いいじゃねーか。飯くらいおごってくれたってよ」
「俺も、腹減っちまったし。風呂入ってから帰ろうかなって」
ユウタの後ろでのこのこと付いてくる。ユウタは、怒ったりしないがガキの時分なら決していれなかっただろう。それくらい偏狭であったし、親が煩かったし冷やかしというか経験がないのだ。よく考えれば、ユウタは子供である。エリアスとアルストロメリアも子供だ。
馬車は、いないし迎えが必要になるだろう。
「転移門で送ってくれればいいからな」
「そうそう」
人の力を頼らず自力で帰ろうという気がしていない。ピンチとかよくよく起こらないもので起こったら取り返しも効かないものだ。
「金なら払うからさあ。頼むぜ」
「いいよ」
「やった」
しめしめという内心が伝わってこなくもないが、金を貰って送ったのでは沽券に関わる。
丸太が前を転がっていくの見つつ、何も起きない一日を振り返った。
(魔物を倒して遊んでいるだけだけど、これでいいのだろうか)
「明日も頼むな」
「何を」
「何をって、迷宮に決まってんじゃん。なあ」
「そうそう。マジでぎゅんぎゅんきたわ」
自分でLVをあげようと思わないのが女らしいというか、セリアのようなのは稀なのかもしれない。
或いは、これが普通であってセリアが異質なのか。オデットやルーシアですら自分でレベルを上げている。フィナルもか。
「1人で上げるとか」
「冷てえ事言うなよ。お供を連れてくと金がかかるし、死なれると後味が悪いしでさあ」
「ユークリウッドと行った方が効率いいしな。心臓に悪いのも多いけど」
だからといって、いつもいつもユウタが組めるわけでもないしレナやリルの様子も気になる。
アキラは連絡を寄越さないが、無事でいるのだろうと信じたい。
死んだとか怪我をしたとか連絡はないので、思っているだけなのだが・・・
「親は、心配してないのかな」
「あー、大丈夫。責任とって貰えばいいってよ」
「死なばもろともだぜ」
「いいのかなあ」
良くないと思うのだが。ユウタだって男だし、股間は元気なのだ。
玄関には、人の姿はなくて建屋の窓から明かりが漏れている。
変わらない白い壁をした家の姿にほっと一息いれて黒い扉の前に立つ。
右には、隣の家から二階へと繋がる廊下が見える。何時の間にか連結されていてどうかと思った。
(一応、他所の家なんだけど、いいのか?)
親の家なので、ユウタがどうのこうの言う筋合いはない。金かもしれない。
ユークリウッドの所領は、あくまでユークリウッドの所領であると釘を刺されていたから金が入ってこないといえばそうなる。財政上、ユークリウッドの父グスタフの懐と切り離されているのだ。
真鍮の黄色い取っ手を下げて扉を開けると、
「お帰りなさいませ」
「只今、何か変わったことはなかったかな」
「特にありませんが、それは」
丸太1号が玄関をよじ登ろうとしている。ちょっとした段差も苦手なようだ。
「よろしいのですか」
珍しい。よろしいのですかとは、如何に。意味は、拒否を帯びているようだが・・・
「使い魔みたいな何かだからね」
傍を離れても活動できるのだが、制御が効かない恐れがある。側溝に嵌って動けなくなる、とか。
丸い筒型をした物体は、上がっていけないので丸太を抱えた。でっぱりが刺さって痛いのでそこを持つ。
「使い魔、ですか。それは」
「魔物、じゃないよ」
「いえ、マスターがよろしいのでしたら申し上げることもございません」
すっと、階段を上がっていく。上がった先には、右と左に通路があって、ユークリウッドの父親と母親の肖像画が目に入って来る。これも増えた物だ。右は、子供部屋が並んでいて一つ目の扉を開けると丸太1号を降ろす。途端に、衝撃が足を襲った。丸太1号が飛んできて当たったのだ。突然のことに、足で受けるしかなかった。
「やあ、おかえり」
黄色い毛玉に太い腕が生えていて、丸太1号がへこんでいる。砕けた皮が手にこびりついているから殴ったのだろう。ユウタは、丸太1号を拾って部屋へと踏み込んだ。
「どういうことなの。いきなり丸太を殴ったりして・・・」
「いや~。気分? みたいな」
普段は、だんまりで寝転がっている黄色い毛玉の目が輝いている。
眩しいというほどではないが、小さくなっていく腕が気になった。
何時でも変身できるようで、恐ろしい。
「どういうつもりなのかわからないけど、暴れたりしないでね」
「暴れたりしないしないってば」
言い返したら追い出そうかと考えたのだが、追いだしたら暴れそうだ。
部屋の中には、当然のようにテレビを見ている女の子たちがいた
黄色い毛玉を掴む。大人しく掴まれた。何が気に入らないのかが気になる。
「おう。どうした」
「なんでもないよ」
どうしたもこうしたも。上下青いジャージ姿の王女がいてくつろげない。
使い魔と居候の喧嘩といえば、犬と猫のようなもので、それだとユウタは感じた。
おけば、ころころと転がる丸太。死んではいないよう。
「ふーん。で、何か手に入ったのか」
金髪の毛先を弄って、鼻の所に持っていく。とても王女だなんて思えない仕草だ。
「特に何もないですね」
「まあ、骨だしな。せめて、鎧の奴が何か落とせばよかったんだがヤバい絵面だけだったようだな」
寝かせて欲しい。面々というと、謎に顔の赤いフィナルとそれを眺めて視線を向けてくるオデットだ。
ルーシアがいない。集まっていいのか。何を話しているのか知れないが、
フィナルが喋らないのはいつものことなのだが何を考えているのかさっぱりわからない。
「寝ないだろうな」
「寝ますよ」
「まだ早いだろ。最近、寝るのが早すぎるぞ」
ちびっこになってしまったら大変なのだ。女は、身長170cm以下を男として見ないなんて噂話もあるくらいだから身長は重要だ。早寝早起きと言うけれど、寝まくって身長を伸ばした方がモテてたりする。つまり、女が見るのは身長とあとは金、力ではないか。
内面だとか言うのは、まったくの嘘である。
「飯食ったら迷宮に行くぞ」
帰ってきたばかりなのだが。寝ていいだろうか、とユウタは言いたい。
「一先ず、汗を流してきたらどうかな」
オデットが、助け船のような泥船を出した。逃れられないのか。
風呂へ向かうべく部屋の入口に向かう。
すると、丸太1号は端っこで転がっている。ベッドへと向かわなかったのか。ベッドを覗くと白い毛玉に黄色い毛玉に、狐、羊と蝙蝠に魚が勢ぞろい。石は、なかった。
不穏な気配だ。
「ふむ」
丸太1号を抱えて外に出る。通路では、風呂から上がってきた幼女が入れ違いにやって来る。
「あのさ」
「ん?」
「アル様が待ってたりする?」
しおらしい。指を合わせている。隣で腕を頭の後ろで組んだ幼女が、
「大丈夫だって。びびってんじゃねえよ。レベル上がってるし、なんとかならあ」
ばしばしと音を立てて背中を叩くのだが、薄着すぎる。2人ともレイパーがいたら、秒でアへ顔ダブルピースするくらいに白い下着もどきか何かを着ていた。ユークリウッドの家で痴漢が出ないのを祈るばかりだ。
ユウタは、そそくさと風呂場へと向かった。股間が、元気になってしまっている。
丸太1号を抱えて、廊下を歩き誰も出会わないまま風呂場の扉を開けた。
人は、いなかった。男湯と女湯で別れているのでラッキー助平は、ない。
(アルストロメリアが何かしているのはわかるけど、なんなのだろう)
ユウタからすると、あれこれと付き纏ってくるけれど命令なのだろう、というのがわかるくらいだ。
エリアスもそうなのだろうが、ユークリウッドの監視というのなら理解できる。
昔から逃げるな、逃げるなと言われてきたからだ。
入っている人間もいなくて、扉の硝子から中を伺うもやはりいない。丸太1号を置いて、服を脱いで風呂場へと足を進める。無駄に広くて、日本人に合わない風呂場の広さだ。獅子の口からお湯がでていて、垂れ流しになっている。ご丁寧に熱い風呂とちょうどいい温度の風呂に分かれている。
誰が改造したのか。桜火かはたまた誰かなのだろうが、ベージュ色をしたタイルは滑り難くしてある。
安全にも気を使っていた。ユウタが身体を洗っていると、丸太1号が傍にいて前後に動く。皮は、水で湿っていてごつごつしている。
(洗って、どうするんだろうか。丸太なんだけど)
洗ってほしそうだからといって洗ったら動かなくなるかもしれない。知れないが、土が樹皮にへばりついていたりするから丸洗いしてやると、大人しくなった。丸太1号は、お湯に入れたら死にそうだ。だが、それを否定するように風呂のタイルに体当たりする。登ろうとするのだ。腕を生やしてくるので、掴まえて浮かべてみる。
丸太1号は、ぷかぷかと浮かんだ。死んでは、いないようだ。顔が浮かんでくるので、何と言っていいかわからなくなった。へこんだ顔から光が漏れてきて、見間違いでなく大きくなった。身体が大きくなったら、風呂場が壊れてしまう。ユウタは、仕方なく丸太1号を窓から外へと投げる。
「うわっ」
地面に触れた瞬間、丸太1号が爆発して縦に伸びる光の柱になった。
ユウタは、ただ丸太1号を地面に投げただけなのに、そこから伸びる光の柱は太くなっていき眩い光に飲み込まれて顔を風呂場に引っ込める。壁は、溶けないようだ。
(何が、どうなったら丸太が光るんだよ)
収まらない光に、黄色い毛玉が殴ったせいなのかと愚にもつかない考えが浮かんでくる。
「アル様、只今帰りました」
「うむ。ご苦労様。よくやった」
珍しい。アルーシュがよくやったなどと、思いもよらない。
てっきり叱られるものだとばかり考えていたから、アルストロメリアはほっとした。
なんとなれば、ポーション屋潰すぞが合言葉になっていたからだ。
「別になんもしてねえんですけど」
「それでいい。良くないが、慌てる必要もないかなと思い始めたのだよ」
ふふふ、とか言っているが本気なのか。
「慌ててたのって、謎なんですけど」
「こっちの都合だ。詮索しないでもらおうか。つーかよお謎、謎じゃねーよ。東の果てまでどんだけかかるっつーの。兵隊に任せてたら、何年かかるかわかんねえんだよ。お前らだって穴の存在は知ってんだろ」
「穴って」
すると、銅鑼を耳元で鳴らす音が聞こえて壁が揺れる。すわ、地震か。
窓に光が反射しているのか白くなっていて外を見れば柱があった。
天を貫く白い光だ。
「なんだ、あれ」
押しのけるようにして、皆が外へと踊りでて空を飛ぶものだから歯噛みした。
「まったく、死んでおけばいいものを」
なんて声に、どこからか聞こえてきてユークリウッドのペットのどれか。だが、問い詰めるなんてできない。アルストロメリアだって、漏れ出る魔力を感じて慄いたのだから。




